| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

お目当てができて

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

3部分:第三章


第三章

「これは海草じゃな」
「そうです。イワツバメは海草から己の巣を作ります」
「ではこれはかなり身体にもよいな」
「その通りです」
「よいのう。他のも見事じゃ」
 見れば皇帝は烏賊や海老をふんだんに使った料理も楽しんでいた。とにかく広東のものは海のものが美味しく感じられた。それにだった。
 御飯、炒飯のそれも食べる。それはだ。
「卵にじゃな」
「海のものを使いました」
「これもよい」
 この国の料理の基本中の基本のだ。それもだというのだ。
「料理はまずは炒飯からじゃが」
「その炒飯がですな」
「よい。よい料理人じゃな」
 皇帝は炒飯を作った料理人も褒めもした。そしてだ。
 食べ続けながらだ。こんなことも言った。
「これだけ豊かな海の幸があればそれに溺れる」
「しかしだというのですな」
「それに溺れず充分に生かしておる」 
 皇帝は海鼠や鮑も食べていた。乾燥させ料理の中に入れているのだ。
 そうしたものも食べながらだ。言うのだった。
「よいわ。そして決まったぞ」
「この国で最も美味なもの」
「それがですな」
「そうじゃ。ここの料理じゃ」
 皇帝は満足している顔で己の周りに控える宦官達に述べた。
「この広東の料理じゃ」
「では他の料理と比べてですか」
「広東のものはよいのですか」
「朕はそう思う」
 皇帝である彼の言葉だ。そしてだった。
 今度はいささか残念な顔になってだ。こんなことを言ったのであった。
「北京におることが残念じゃ」
「都におられることがですか」
「そうだと仰るのですか」
「そうじゃ。北京からこの広東は随分と離れておる」 
 このことがだ。残念だというのだ。
「これだけ美味なものを何時でも食することができぬとはのう」
「しかしそれはです」
「御気持ちはわかりますが」
「わかっておる。朕は皇帝だ」
 この国の主、それならばだというのだ。
「都におらねばならん」
「はい、そうです」
「その通りです」
「そうじゃ。では数日ここに留まり食べ終えればじゃ」
 そうすればだというのだ。それからすることは。
「北京に戻ろうぞ」
「ではその手配はです」
「お任せ下さい」
「そうする。しかし決まった」
 皇帝は満足している顔で述べていく。」
「この国で最も美味な料理はな」
 箸を動かし続けながら皇帝は言った。そうしてだった。
 皇帝は満足している顔で北京に戻った。そのうえで料理人達にこれまで食べてきた料理、とりわけ広東料理のことを話してだ。宮廷の料理をさらに豊かにさせた。
 そのうえで美食に包まれ続けた。しかしだった。
 皇帝はその中でだ。時折こんなことを言った。
「また行きたいのう」
「あの、またですか」
「またなのですか」
「そうじゃ。また行きたい」
 切望する声でだ。周りに言うのだ。
「広東にのう」
「この前行かれたばかりではないですか」
「それでもうですか」
「また行かれたいと仰るのですか」
「その様に」
「まことに美味だ」
 皇帝は広東の味を思い出してだ。無意識のうちにその顔を綻ばさせていた。それは龍顔というにはいささか綻びが過ぎていた。だがそれでもだった。
 皇帝は言うのだった。その広東の味についてだ。
「だからじゃ。またじゃ」
「ですからこの前行かれたばかりです」
「もう少しお待ち下さい」
「御言葉ですが我慢をお願いします」
「料理人にあの地の料理を作らせますので」
 周囲も大変だった。皇帝を止めることは。
 とにかく皇帝は広東の味を楽しみたかった。遠い北京から。
 乾隆帝は無類の美食家だったことで知られている。そして度々広東を巡幸してその料理を楽しんでいた。中国の歴史において名君の一人として名高い彼であるが贅沢を好んだことでも知られている。そしてその中で食に関するこうした話も残っている。面白い話であるのでここに書き残しておく。それ程までに広東の食は美味ということであろう。


お目当てができて   完


                   2012・3・22
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧