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とある幻術使いの物語

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一話:藤原柊也


 深い闇に包まれた裏路地を、神父服を着た一人の少年が走っていた。
 表情はフードを目深に被っているために見えないが何かから必死に逃げているのはときおり振り返りナイフを投擲することはあっても足を止めないことから明らかだろう。
 しかし、少年の逃走劇は突如として終わることになる。
 行き止まりに突き当たり先に進むことが出来なくなったのだ。少年は袋小路に追い込まれていたのだ。
 逃げ場がなくなり、武器であるナイフも失い立ち尽くす少年の背後に異形の影がさす。

「よう、追いかけっこは終わりか?」

 どこか愉悦を含んだ声で少年に語り掛けながら異形はその姿を現す。顔は普通の人間だがその体からは本来あるはずの無い四本の腕が生え、手の先の爪は鋭利で闇の中でも存在感をあらわにしていた。
 足は二本だが靴は履いておらず、やはりというべきかそこからは鋭利な爪が顔を覗かせていた。
 少年はその姿に恐れをなしたのか壁に向かい後退っていく。
 異形―――はぐれ悪魔はさらに笑みを深めて少年の方へと一歩ずつ足を進めていく。
 まるで、恐怖を煽るような行動からは、はぐれ悪魔の性格の悪さがにじみ出ているように感じられる。

悪魔祓い(エクソシスト)ってのも大したことねえな。所詮人間は俺達に狩られる側なんだよ」
「…………だ」
「あん? 遺言なら聞いてやってもいいぜ。今の俺は気分が良いんだ。言ってみな」

 少年がフードの下で口を動かす。はぐれ悪魔は目聡くそれを見つけて最後の言葉だと思いニヤニヤとしながら問いかける。
 少年は先程、はぐれ悪魔が聞き取れなかった言葉を無機質な声でしっかりと言い直す。


「狩られるのはお前の方だ」


 少年がその言葉と共に指を素早く動かす。
 すると、辺りが赤色に染まる。はぐれ悪魔は一体何が起きたのか分からず呆けていたが何故か自身が地面に倒れるのを感じた。
 はぐれ悪魔は倒れながら自身の腕が注に舞っているのを見つける。
 そこでようやく気づく。自分は嵌められて手足を―――切り落とされたのだと。
 人よりも多い手足を失い地面に転がるはぐれ悪魔を見下ろし、少年は無表情のままにその体へとガソリンをかける。

「な、なんで俺の手足が切られたんだよ!?」
「お前はまんまと蜘蛛の巣におびき寄せられたのさ。周りをよく見てみろ。今なら(・・・)見えるだろう?」
「っ!? ワイヤー! うそだろ、さっきまでは何も見えなかったぞ!」

 袋小路にあらかじめ仕掛けてあった蜘蛛の巣のように張り巡らされたワイヤーにはぐれ悪魔が先程までは見えなかったと叫び声をあげる。
 はぐれ悪魔がこうも驚いているのには理由がある。元来、悪魔は夜行性の為に暗くても物がはっきりと見える。
 しかし、今回はワイヤーの存在に全く気づけなかった。
 いくら、ワイヤーが細くてもこれだけ張り巡らされていれば気づけないのは不自然なのだ。
 だが、見えなかったのは当然だろう。少年はワイヤーをはぐれ悪魔の目から見えなく(・・・・)していたのだから。

「さあな。今度は俺の方からだが、遺言はないか?」

 少年は何もない空間からライターを取り出して火をつけ、これ見よがしにはぐれ悪魔の前にかざす。それを見た瞬間、一気に顔から血の気が引いていく。
 そして理解する。この少年は自分を生きたまま焼き殺そうとしているのだと。
 ベタつくガソリンが一層恐怖を煽る。

「や…やめろ…!」
「それが遺言か、随分と短いな。しっかりと覚えておこう―――十秒程な」

 少年はどこまでも平坦な声で告げ、ライターをはぐれ悪魔の上に放り投げる。
 最後の瞬間がスローモーションで訪れるという事もなく、はぐれ悪魔の体の上にライターが落ちる。
 瞬間、燃え上がる業火。はぐれ悪魔は手足を切り落とされてしまった為にのたうち回ることも出来ずに断末魔の悲鳴を上げる事しか出来ない。
 少年はその悲鳴を聞いても眉ひとつ動かさずに傷つき片方しか見えない黒い瞳で黙ってはぐれ悪魔が燃えていくのを―――どういった死に方をしていくのかを見つめるだけだった。
 そして、遂にその命が潰える。だが、不思議なことに炎が消えた後には悪魔の翼があるだけで焼け焦げ一つない。
 それどころか、ガソリンも大量に残りまるで先ほどの光景は幻だったように感じられる。

「いんやー、毎度毎度えげつないっすねぇー、先輩は。殺しの実験をするためにわざわざ逃げるふりをするなんて」
「フリード……来てたのか」
「先輩にえげつない殺し方を御教授して貰おうと思ったけど、さっすが先輩ですわ! おれっち惚れちゃいそー! 手足を切り落として動けなくして最後に『幻術』で焼き殺されたと思わせる(・・・・)なんてシビレルゥゥゥッ!」

 突如として現れた少年よりも幾分か幼い白髪の子供、フリードが手を叩きながら少年の『幻術』を賞賛していく。
 フリードが語ったように少年は脳に働きかけ『幻覚』を見せる『幻術』ではぐれ悪魔に見せることで脳に自分は焼き殺されたと錯覚させて殺したのである。ワイヤーは幻覚で隠し、マッチと炎も彼の創りだした幻覚だったのだ。
 ガソリンだけはリアリティを増すために本物を使用していたがその気になればガソリンも幻覚で補える。
 
「人は思い込みで殺すことが出来る。人体実験でもそれは確認されている。実際には血を流していないにも関わらず血を流していると錯覚すれば自分は出血多量で死ぬのだと脳が誤解しショック死を起こす。……今回はそれを利用しただけだ。さらにリアリティが高ければ実際に火傷を引き起こすことも可能だ」

 少年の説明にフリードは感心したような声を上げる。少年の方は心底どうでもいいといったような感じで気力の無い説明を続ける。
 どうでもいいにも関わらずにしっかりと説明をする少年は、根は優しいのだろう。
 もっとも、力を得る以外に興味がないといった行動をとるのには理由があるのだが、それは昔から少年を知る者にしか分からない。
 残念ながらフリードは少年の過去を知らないので分からない。
 
「そういや、先輩ってどこで幻術なんてエクスタシーな物を覚えたんすか?」
「……答える意味がない」
「ありゃりゃ、フラれちった」

 あからさまに肩を落としてみせるフリードを無視して少年は在りし日を思い出す。
 数年しか経っていないが随分昔のように感じる光景に思いをはせながら少年、藤原柊也(とうや)は目を閉じるのだった。


―――――――――――・・・




 ぼさぼさの黒髪を叩くことでやる気を入れて強くイメージする。
 思い描くのは二匹の猫がじゃれあっている姿。
 しっかりとした幻影が浮かび上がり自分のイメージ通りの姿が現れる。一匹は黒色の子猫、もう一匹は白色の子猫。自分が一番イメージしやすい姿だ。でも、“本物”じゃない。
 これは偽物、『幻術』により生み出した『幻覚』だ。
 父さんに基本だけ教えて貰った俺の家に伝わる秘術みたいなものだ。
 父さんはこれを使って悪魔祓い(エクソシスト)の仕事をしているらしい。
 俺もいつかは父さんみたいになるんだと思う。
 でも、今はそんなことよりも目の前の事に集中しないといけない。
 なぜなら、俺の目の前にはモデルになってくれた猫又の姉妹が面白そうに幻覚を見ているから。

 大好きな姉に抱きかかえられて上機嫌な様子で目を輝かせながら幻覚を見ている五歳の白音。
 そして、そんな妹の白色の髪を可愛くて仕方がないといった感じで撫でている俺と同じ十歳の姉の黒歌。
 二人と出会ったのは今日みたいに人目に付かないように山で幻術の練習をしている時だった。幻術の練習ですっかり夢中になって二人の接近に気づかずに見られた。
 俺はバレたら父さんに怒られると思い、丁度おやつに持ってきておいた板チョコを差し出して他の人に教えないように頼んだ。父さんからは人に見せたらダメだって言われていたからな。
 だから、二人にお願いしてその時は事無きを得たのだけど……しばらくして、またこの山に来たら二人、というか黒歌からお菓子を催促された。
 泣く泣く、また持ってきておいた板チョコを差し出した。
 黒歌は俺から奪った板チョコを今よりも小さかった白音に全部あげた。でも、白音が板チョコを三人分に割って笑顔で俺と黒歌にも分けてくれた。
 その時の笑顔は俺が今まで見て来たどんな笑顔よりも可愛かった。赤ちゃんじゃないけど、小さい子ってどうしてあんなに可愛いんだ? 黒歌が白音シスコンになる気持ちがよく分かった。
 とにかく、その時に二人が猫又だとも知ったので俺達はお互いの秘密を共有して友達になった。

 それからは一緒に遊んだり、一緒に俺が持ってきたお菓子を食べたり、こうして幻術の出来栄えを見て貰ったりしている。
 と、今は集中しないとな。俺は二匹の猫を動かす。黒歌に白音を抱きよせさせたり、お互いの尻尾を追わせたりする。
 動く速さを上げていくと幻覚がぼやけてくる。俺のイメージが追いついていかないせいだ。
 父さんが言うには幻術において最も重要なのは想像力とリアリティらしい。難しいけど、簡単に言うとどれだけ本物に近づけるかが大切ってことらしい。
 だから、俺はいつも一緒に居る二人をモデルにした。
 他の物をイメージするよりも簡単に出来るから早く動かしてもイメージがぶれにくいはずなんだが……やっぱり父さんみたいにはいかない。
 幻覚を維持するのにも疲れて来たので溜息を吐きながら幻覚を消す。

「まだまだ、難しいか……」
「まあ、前よりは上手くなってたんじゃない? 本物の白音の可愛さには足元にも及ばないけど」
「厳しいな……」

 黒歌のこれぞシスコンといったセリフに思わず苦笑してしまう。この姉は普段は軽い感じで物事に真剣に取り組まない性格だけど、妹の事になると別人かと思うぐらい真剣になる。
 以前に一度だけ誤って白音をこけさせて泣かせてしまったことがあるけど、その時は酷かった。
 弁解の暇もなく黒歌にボコボコにされてしまったのだ。猫又が本気を出すと恐ろしいというのが良く分かった。その時から俺は白音だけは絶対に泣かさないと決めた。
 まあ、元々泣かす気なんてなかったんだけどな。白音もそこら辺は分かってくれたみたいだからその時は俺よりもボコボコにした黒歌に対して怒っていたし。
 うん、やっぱり白音は可愛いな。俺も黒歌の事が言えないくらい白音を可愛がっている自覚はある。だって、ほら。

「トーヤさんはすごい。姉様そっくりにつくるから」

 ホワホワとした笑顔で俺を褒めてくれるんだから。
 思わず白音の頭を撫でてしてしまうのは仕方ないことだろう。因みに『トーヤ』というのは俺のあだ名だ。俺の名前は藤原柊也(とうや)なんだけど『とうや』と言うよりも『トーヤ』の方が発音しやすいらしい。
 なので、学校でも『トーヤ』と呼ばれている。
 まあ、今はそんなことはいいか。なんだか黒歌が恨みがましげに俺の方を睨んできているから名残惜しい気持ちを押えながら白音から手を離す。

「ふん。私だって母様から習っている仙術を使えばもっと凄いこと出来るんだから」
琴音(ことね)さんから?」

 黒歌の奴、最近偶にいなくなると思ったら琴音さんからそんなこと習ってたんだな。
 俺の頭の中で白音と同じ白色の髪を長く伸ばした儚げな美人の姿が思い浮かぶ。
 顔立ちはどちらかというと黒歌の方が似ている二人の自慢のお母さんだ。お父さんの方は俺の母さんみたいに白音に物心がつく前に天国に召されたらしい……。

「そうにゃ、マスターすればトーヤのちゃちな幻術なんて目じゃない凄いことが出来るのにゃ!」

 そんな暗い過去も感じさせずに、得意げに笑いながらビシッと俺に指を差して来る黒歌。
 それにしても仙術か……結局なんなんだろうな? 凄いって事しか伝わってこないけど何が出来るんだろうか。
 ちょっと見てみたいなと、俺が何気なく呟くと黒歌はしまったとばかりに目を見開く。
 
「……母様が傍に居ないときはまだ使ったらダメって言われてるにゃ」
「危ないってことか?」
「そうみたいにゃ。でも、もう使えるんだから使わせて欲しいにゃ!」

 少し、はぶてたのか頬をプクッと膨らませる黒歌。でも、その表情がフグみたいで面白かったのか白音が黒歌の頬をツンツンとつついて遊び始める。
 それにしても、黒歌の方もたったそれだけで機嫌が直るのはどうなのだろうか?
 まあ、白音が可愛いのは事実なんだけど。
 それにしても、琴音さんか……今日も手伝いに行った方がいいか。
 実は琴音さんは病気で体が弱っている。色々と試したらしいけど一向に治る兆しは見られない。だから家での家事なんかは黒歌や白音が手伝っている。
 俺も困っている人が居たら力になりなさいと父さんに言われているからよく手伝いに行っている。
 よし、そうと決まったら琴音さんがいる二人の家に行くか。





 山奥に建てられた昔ながらの日本の家。そこが二人の住んでいる家だ。
 前に町に出てくればいいのにと言った事もあるけど琴音さんが言うには猫又の成長にとってはこっちの方がいいらしい。
 確か気が満たされている自然がいいとか、言っていたと思う。
 何の事かは分からないけど黒歌が言っていた仙術に関係するのかもしれない。
 そんなことを考えながら床を拭いていたらいつの間にか終わっていたので雑巾を絞って外に干す。

「トーヤ君、いつもごめんね」
「汝の隣人を愛せよ、です。気にしないで下さい、琴音さん」
「ケホ、ケホ……ありがとうね」

 少し咳をしながらも雪のように白い手で頭を撫でてくれる琴音さん。
 それが少し恥ずかしくて思わず頬が熱くなってしまう。でも俺の様子を見てお子ちゃまと黒歌が笑って来たのですぐに頬の熱は引いた。
 俺は琴音さんの手の下から抜け出すと仕返しとばかりに黒歌のほっぺたを引っ張ってやる。もっとも、女の子には優しくしろと父さんに言われているから痛くはしないけど。

な、なにするにゃ(ふぁ、ふぁひふるにゃ)!」
「笑った、お返しだ! 変な顔になってるぞー」
それならこうするにゃ(ほれふぁら、ほうふるにゃ)!」
(ふぁに)!?」

 可笑しな声で抗議する黒歌が面白いので笑いながらそのままいじくりまわしてやる。
 すると、黒歌の方も反撃とばかりに俺の頬を引っ張って来たのでお互いの頬を引っ張り合って喧嘩し合うというなんとも奇妙な光景が完成してしまった。
 だとしても、俺達は真剣に戦っているので一切手を緩めずに引っ張り続けて最後にはどちらが相手をより変顔に出来るのかという勝負に変わってしまった。
 俺達の顔を見て笑う白音と琴音さん。そのうち俺達も馬鹿らしくなってきて二人で顔を見合わせて笑い始める。
 
「二人は本当に仲がいいわね」
「私は別にこいつなんかと仲良くないにゃ」
「琴音さん、俺は黒歌とは友達ですけど仲が良いわけじゃありません」
「そういうところを仲が良いって言うのよ」

 同時に指を差し合う俺達を見て微笑みながら琴音さんが俺達の頭を撫でて来る。
 そうされると俺も黒歌も何も言い返せずに黙って撫でられるしかない。
 まあ、黒歌も俺に対してお子ちゃまだと言っていたけど実際に撫でられると気持ちよさそうに目を細めるんだから同じような物だ。
 
「母様、わたしもなでなでしてほしい」

 俺達が撫でられているのを見て羨ましくなったのか白音がトコトコと歩いて来て上目遣いで琴音さんにせがみ始めた。隣で黒歌が白音の余りの可愛さにクラクラとしているのはいつもの事なので気にしない。
 そういう俺も思わず抱きしめたい衝動に駆られているのだから似たようなものだけど。
 とにかく、白音は願いどおりに琴音さんになでなでして貰えてご満悦の様子だ。
 そして、白音の可愛い姿を見れた俺達もご満悦だ。
 今更だけど、二人と友達になれてよかった。
 いつまでもこんな生活が続くといいなぁ……。


 天にまします我らの父よ。願わくは彼女達に祝福を与え給え。アーメン。

 
 

 
後書き
黒歌と白音の年齢は独自設定です。 
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