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101番目の百物語 畏集いし百鬼夜行

作者:biwanosin
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第十五話

◆2010‐05‐13T05:00:00  “Nagi’s Room”

 早朝。ちょっとした悪夢……体がだるく、苦しみながら死ぬなんて言う悪夢で目を覚ました俺は、冷や汗で気持ち悪いシャツを引っ張ったところでテンのことを思い出した。分かりきっていながらベッドを確認するも、もうそこにテンの姿はない。俺が眠った、とかそんな感じの区切りで家に戻れたのかもしれない。しかし、ジャージとスウェットがなくなっていることが少し残念だ……おっといけない。これでは変態の仲間入りじゃないか。

「まあ、でも……また会えるんだし、いっか」

 また学校に行けば会える。そこでテンがジャージとスウェットを返してくれれば、周りの反応が面白いことになってテンをいじれるに違いない。アイツがそのことに気付くかどうかであいつが真っ赤になる様子を見れるかどうかが変わるわけか……。ついでに、俺が殴られるかどうかも。

「それにしても、ホントに早く起きすぎだろ、俺……。あ、新聞配達来た」

 新聞配達の人のものであろうバイクの音が聞こえてきて、俺は大体の時間を察した。外が暗いなーとは思ってたけど、そこまで早かったとは。とはいえ、あそこまでの悪夢を見たってのにまた寝なおそうという気分にはなれない。さすがにあれは、この年でも怖いって。腕とか一部一部黒くなってて、今思い出してみるとだんだん腕がなくなっていってるみたいで……。

「って、俺は何を思い出してるんだ……」

 やけにはっきりと思い出せるからと言って、思い出すもんじゃない。悪夢なんざさっさと忘れるに限る。……体でも動かせば、少しは忘れるだろうか?

「そうと決めれば……」

 俺はタンスから新たにジャージを取り出し、それに着替える。そうと決めたならすぐに実行するのが俺のいいところだそうなので、その通りに動くだけだ。ついでにコード探しもするか、なんて考えながら。俺はDフォンを持って姉さんを起こさないように気を付けて家を出ると朝方の涼しさが気持ちよくて、俺はジャージの袖をまくった。

◆2010‐05‐13T05:25:00?  “Yatugiri City”

「なんか、変だな……」

 散歩くらいのつもりで街を歩き回っていると、どうにもそんな風に感じてしまう。理由は分からないけど、なんだか変というか、不気味というか……こう、言葉で表現しづらい。あと、やけに猫を見かける。黒白灰色茶虎、何ともまあカラフルな猫の数々。というか、テンの時と言い最近やけに猫と縁があるなぁ……。
 で、そんなことを考えながら猫にDフォンのカメラを向けてみるも反応はない。

「まあ、さすがにそれは期待しすぎだよな」

 猫繋がりで何か出てこないかな、とかさすがに考えが甘かった。そもそも、猫が関わる都市伝説ってどれくらいあるんだ?アレクは調べてそうだが、アイツに聞くのはな……どうせ聞くなら付け焼刃のあいつではなく、オカルト大好きな美少女ティアに聞く方がいい。

「とはいえ、そうして一緒に調べて回る、とかなると困るしな」

 そんなことになれば、巻き込んでしまうのが主人公というものだろう。無関係なはずのクラスメイトと一緒にいたら巻き込まれたとか、いろんな作品で見るし。
 ついでに言うと、ティアには既に俺が『百鬼夜行の主人公』に選ばれてしまったっぽい、という話をしてしまった。もうこれ以上ないくらい巻き込んでしまうフラグだと思う。何か一つきっかけがあれば巻き込むやつだよ、これ。しかも、タイミング的には『ペスト』に巻き込んじゃうやつ。だから、できる限りティアに聞くのは避けていきたい。そうなると、今からどうしたものか……何の目的もなく歩き回る、ってわけじゃねえんだし……。

「……公園にでも行くか」

 恋人同士のものから怪談系で逃げ込む場所まで、様々な都市伝説の舞台となっている……ような気がする場所だ。行ってみれば、何かあるかもしれない。
 そんな、テンにでも言ってみればバカにされそうな浅はかな考えの下、俺は早朝の公園へと向かう。最後に行ったのはいつだったか。昔幼馴染と一緒に遊んだ記憶が蘇ってくる。
 ヘッドホンで音楽を聴きながら歩き、いろんな種類の、大小様々な猫を見て和みつつ、俺は公園へとたどり着く。今更ながらこの公園の名前は知らなかったなと思い探してみるけど、どこにも公園の名前は書いてなかった。不思議なものだ。
 不思議と言えば、今日は本当にたくさんの猫を見る日だな。公園に入ってみると、また大量の猫がいた。野良猫が集会でもしているのだろうか?そう思わずにはいられないほどの猫。

「名前の分からない公園に、大量の猫……。都市伝説にできそうな状況だよな」

 あるいは既に巻き込まれているのかもしれない。そう思ってDフォンのカメラを向けるか検索をするか、なんにしてもDフォンを取り出そうとする。と、

「ケホケホ……そう、ですね。不幸の黒猫に九つの命、ネコネコネットワーク(NNN)など、猫の都市伝説はたくさんありますから。猫の国、なんてものもあるのかもしれませんね」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには制服姿のティアがいた。なんでこんな時間に、とか既に制服姿なのか、とか。聞きたいことは色々とあるのだけれど。それよりまずは。

「あ、あの……なんで頬をつねっているのですか?」
「いや、ちょうどついさっきティアのことを考えてたからな……そんなタイミングでティアにあったから、幻覚でも見てるのか夢の中なんじゃないか、と」

 そう真面目な顔でいうと、ティアは一瞬ポカンとしてからクスクスと笑う。そして俺に近づいてきて、頬をつねっている右手を両手でやさしく包んでくれた。

「今は間違いなく現実ですよ。そうじゃないなら、温かさは感じないでしょう?」
「う、うむ、確かに……」

 どうにかそう返したものの、俺はそれどころではない。すっごい至近距離にティアの顔がある。俺が男子の中で背が高い方でも低い方でもないこともあって、本当にすぐそこに。いつの間にか俺の右手は頬から離されて、つねった影響で少し赤くなっているであろう頬を、ティアがやさしく撫でてくれている。本当にこれは、夢じゃないのだろうか?

「……あっ、」

 あ、ティアが現状を理解したのか真っ赤になった。間違いない、これは現実だ。俺の夢であったのなら、これを再現することは不可能だ。
 それにしても、朝の散歩でここまで貴重な体験ができるとは……悪夢に感謝である。

「えっと、ですね……」
「ティアのしてくれたことや見れた顔など、大変素晴らしかったです。ごちそうさまでした」
「って、そんなこと言わないでください!」

 俺に対して呆れたように一つため息をつくティア。まあ何にしても、これで一度リセットだろう。ティアもそれは分かっているようで、ガラッと話を変える。

「それで、カミナ君はどうしてこんな時間に?」
「あー、いや。ちょっと悪夢を見て目が覚めちゃってさ。気分を変えるために散歩でもしようかな、と」
「悪夢、ですか……」

 ザックリとしすぎていてどんなものなのかと思っただろうに、ティアは何も聞いては来ない。思い出したくないであろう、と思ってくれたのだろうか。いい子すぎる。

「それで、ティアは何でこんな時間に?」
「私は……ちょっと目が覚めちゃって、寝なおせなかったので」

 それで散歩でも、ということか。そのおかげでこうして会うことが出来たのだから、俺にしてみればいいことだらけである。
 その後立ち話を続けるのもということで、公園のベンチに移動する。その時ベンチの周辺に似た猫が走って移動したが、公園の外に出るということはなく、公園の中にとどまった。気のせいか、だんだんと猫の数が増えてきているような気がする。本当に猫の集会でも始まるのかな?

「どうかしましたか?」
「ああ、いや……今日はやけに猫を見るなぁ、と」
「ふふっ……ケホケホ。この公園、朝は割とこんな感じですよ?」
「そうなのか」

 驚きである。思い出の公園の別の姿を見たような気分になり、なんだかおもしろくなった。というか、なんでティアはそんなことを知ってるんだ?

「……なあ、ティア」
「ね、カミナ君」

 と、俺が呼ぶよりも先にティアの方が俺を呼んできた。早かったからというわけではないがティアからどうぞ、とジェスチャーで示すことに。

「じゃあ、その……えい」
「ふぇ?」

 無意識のうちに声が漏れてしまうほど、俺は驚いた。というか、混乱していた。
 えい、という可愛らしい一言と共に肩に生まれた重み。ティアの方を見るも、角度の都合で俺からはティアの顔を見ることはできない。だが、その耳が赤くなっているのは見ることが出来た。

「えっと、ティアさ」
「ねえ、カミナ君。何か思うとことはないの?」

 今度は、おそらく意図的にかぶせたのだろう。ティアは俺の問いかけを気にすることなく、顔をあげて俺の目をまっすぐに見る。少しうるんだ瞳で見上げられた俺は、ティアの顔がとても色っぽく、艶やかに見えてしまいどうしようもなくなりそうだ。彼女の持つ独特の儚さもあいまって、俺はその顔に見とれてしまう。しかしその時間も短く、再び肩に載せられた。

「毎日学校で朝に話したりする、仲のいいクラスメイト。そんな間柄であっても、年頃の男女が誰もいない公園で二人きり……」

 意識してしまったらどうなるのか、という思いで目を逸らしていたことを指摘されて、俺の体温が一気に上昇する。この状況にこんな偶然で、意識しないはずがない。

「好きな人がいて、その人とはだいぶタイプが違っても……ベクトルが違っても、美少女と二人きりなんですから」

 確かに、俺の好きな人は亜沙先輩であるし、ティアと亜沙先輩は全く違うといってもいいくらい美少女の方向性が違う。だが、それとティアが好みのタイプであるかというのは別の問題だ。事実、俺はティアのような女の子も好きなのだから。それこそ、出会う順番が違っていれば、亜沙先輩に惚れる前にティアと出会っていたら、全く違う今があったであろうくらいには。

「ねぇ、カミナ君……」

 この短い時間で、彼女に何度名前を呼ばれたことだろうか。つやを含んだ声で何度も呼ばれ、今にも脳が溶けてしまいそうなほどに思う。ティアは俺の肩に乗りっぱなしであった頭をどかしたと思うと、少し体をひねって俺の胸のあたりから俺の顔を覗き込んでくる。
 それだけではとどまらず、ティアはポカンとして少し開いてしまっている俺の上唇に指をあて、そこからツーっ、とおろしていって唇から顎までをなぞり、首を通って俺の胸をジャージの上からなぞった。ただその動きだけでも不快ではない、ぞわぞわっとした感覚を味わったのに、途中ティアの指は少し開いた俺の口の中にも少しだけ入っている。そのこともあってなおさらドキドキしてしまう中、ティアの手はさらに下って俺の太ももの上に。
 そうして置かれた手に少しだけ力が加わりながら、ティアの顔はだんだんと俺の顔に近づいてくる。俺はもうすでに骨抜きにでもされてしまっているのか、何の抵抗もできない。そのままティアの顔が近づいてくるのを見て、同時に太ももに添えられた手も外側に動くのでぞわぞわとさせられ、距離の関係で俺の胸に押し付けられた胸がつぶれる感覚にドキドキして、そして……

 バチッッ!!

「っ!!」
「痛っ!?」

 突然、俺の脚のティアの手がある辺りからそんな音とともに痛みが走った。
 その衝撃は、あそこまで気が抜けきっていた俺が我に返ったほどだ。

「って、ティアは大丈」
「あー……やっぱり、そうですよね」

 ティアの手にも何かあったのではないかと思い声をかけようとしたが、それは途中で止まってしまう。ティアの表情からはさっきまでの様子は消え、雰囲気もまた消えている……いや、これまでに見たこともないようなものになっていたのだ。普段、いつでも感じられた優しさのようなものは消えて……どこか、人のことを虫でも見るかのような無感情さに満ちている。
 そんな様子に呆然として固まってしまっている俺をよそに、ティアは俺から体を離すと立ち上がり、少し離れた位置で俺の真正面に立った。結果、俺を見下ろす形になる。そこで今更、ティアの手から血がながれていることに気付く。おそらく俺のジャージにもついているのだろうが、それを確認することはできない。ティアから視線を逸らすことが、できない。

「プロテクトは万全、ということですよね……惜しかったです。カミナ君だけなら、あのまま終わってたかもしれないのに」
「…………」

 ティアが言っていることに反応することが出来ない俺は、彼女が視線を向けている先に手を動かす。その先にあるのは、俺の脚で……いや、そうじゃない。彼女が見ているのは俺のポケットの中にある……

「熱くなってる、なぁ……」
「あそこまで反応してたのに熱くならなかったら、故障ですよ」

 Dフォンに触れた俺にそう言ったティアは、いまだに血の流れている手をぺろっとなめる。たったそれだけのことで、止まりそうになかった出血が止まった。もう、何が何だか、なんだが……一つだけ確かなことが、ある。

「つまり、ティアはこっち側の関係者なんだな?」
「はい、そうなりますね。というより……カミナ君とテンさんが最近探ってた魔女って私のことだったり」

 いや、確かにこれも物語の中では定番すぎるほどに定番な流れだけど……主人公ってのはここまで定番に出会ってしまうものなのか。

「それじゃあ、改めまして。『黒死斑(ペスト)の魔女・ケオプスミ』っていう魔女なんだ、私」
「ペスト、じゃないんだな」
「それは略称みたいなものですね。一々ケオプスミというのは大変ですし」

 確かに、なんだか噛んでしまいそうな名前だよな。なんでそんな名前なのかがすごく気になるのだが、それについて聞く余裕はなさそうだ。

「それにしても……驚きましたよ、私。もっとゆっくり、それこそ数十年単位でゆっくりと今を過ごそうと思っていたところにカミナ君から『百鬼夜行』の主人公になったって聞いたんですから」
「あー、そのあたりまだ全然わからないんだが……やっぱりすごい存在なのか、俺?」
「はい、かなり。元々カミナ君の性格から素質があるとは思っていましたけど、まさか本当に『百鬼夜行』の主人公になるなんて。ふと電話をかけてそう聞いたときは、思わず固まってしまいました」
「あれについてはあそこまで反応された俺も驚いたんだけどな」
「一切警戒していなかった『お友達役』に選んだ人が、まさかの大出世で……私としてはあまり長い出来なくなってしまいました。いつ正体がばれてしまうか分からなくなりましたし……何より、私ほどの『破滅の物語』、『主人公』のロアたちに知られてしまえば、すぐにでもたくさん来てしまいますから」

 この間、テンにも教えてもらった。『ペストの魔女が実行する物語とは、疫病によって死人を大量に出すことである』、と。『その被害が……崩壊が街単位で済むかはわからない』、と。確かに、主人公が相手するには十分すぎる物語である。
 ……俺みたいな駆け出しのよわよわ主人公が相手するには強すぎるんだけど。ということで、俺はポケットの中でDフォンをいじろうとするのだが……一気に体中の力が抜けてしまう。指すら動かず、立っていることもできなくなって前のめりに倒れた。

「これ、は……」
「あ、今更だけどごめんね、カミナ君。実はさっき病原菌はカミナ君の体の中に入れたから、しっかりと効果を出すまで待ってたんです」

 それで、話を引き延ばしていたのか。いまさらになってそれを悟った俺は、いつ病原菌を俺の体内に入れたのかを考える。ロアとしての能力なんだからペストという病気そのものの特性とは違うものがあるのかもしれない。チャンスがあるとすれば……さっき、俺の口の中にティアの指が入った時だろうか。ティアの血が俺の体に落ちた時かもしれない。つまり、チャンスはいくらでもあったというわけだ。
 ふと、視線の先に自分の腕が見えた。そこを見ると、なんだか黒い斑点ができている。斑模様のように腕中にできていて、黒く消えているみたいだ。それが今朝の夢とかぶった。まさか、この光景だったのだろうか。

「それじゃあ……すこし、お話でもしましょうか」
「このタイミングで、お話なんだな……」
「はい。私、毎朝のカミナ君とのお話はとても楽しかったんですよ?」

 そう言ってもらえると、俺としてもうれしいことこの上ない。幸いにも下はちゃんと動くようだし、お話しするとしよう。スカートが汚れることも気にしないで目の前に座ったティアを見て、そう思う。

「それにしても、あれだけ警戒してたのに今すぐ殺す、とかはしないんだな?」
「あー、えっと、それは、ですね……さっきも言ったように、楽しかったので。そんな風に失われてしまうのは、ちょっと」

 その言葉を聞いて、そしてちょっぴり悲しそうな笑顔を見て、俺は感動と悲しさに同時に襲われた。そんな顔をさせてしまった自分が、この上なく情けない。

「さっきも言ったように、私は毎朝のカミナ君とのお話はとても楽しかったですし、あなたのことは結構好きでしたから。だから、名残惜しいんです」
「そう、か……これだけいい雰囲気で告白してくれたなら、もう結構満足かもしれなかったな」

 病気で倒れた主人公が、死の間際に美少女から告白される。ここまでのシチュエーションというのも、他にはないんじゃないだろうか。

「しれなかった、なんですね」
「ああ。……ちょっと、まだ死ねない理由があってさ」
「それは、大変ですね」

 まだロアの世界にかかわってなくて、何にも知らない頃なら良かったかもしれない。Dフォンを渡されたその日であっても、問題はなかった。それがティアにとって必要なことであるのなら、死んでもいい。でも、今はそうもいかない。
 テンと鈴ちゃん。すでに二人も俺の物語がいる以上、主人公が勝手に退場するわけにはいかない。……いや、何もできそうにないんだけどさ。

「大変ですけど、もうカミナ君には何もできないんですよ?」
「ま、そうなんだよな……体、動きそうにないし」
「だから、今のうちに謝っておきます」
「うん?」

 ケホケホ、と一つ咳き込んでから。ティアは話を始めた。

「えっと、ですね?実は私、まだカミナ君と知り合って一ヶ月くらいなんです」
「……………」

 理解から吹っ飛びすぎていて、俺は何も言えなかった。が、少しずつその言葉の意味を理解する。

「そういうわけで、はい。それより昔の思い出なんかは全部ありもしなかったことなんです。カミナ君とか他の人たちとか、皆の記憶を『私がいた』っていう形で書き換えました」
「……つまり、『ここにティアがいたらこうなってて、こう感じてて』、みたいな感じのことが実際の記憶になってる、ってことか?」
「大体そんな感じです。よく今の話が理解できましたね」
「いやまあ、確かに自分でもそう思うんだけど……すごいな、魔女」

 話を聞いた俺の感想はそれだった。その人がどう思うかまで完璧に再現するだなんて、すごすぎるだろ。魔女ってどこまですごいロアなんだろうか。ロアって有名度で力が増すらしいし、魔女ともなるとそういう面では強いんだろうなぁ。

「ショックは……受けないん、ですか?」
「いや、そりゃ確かにショックはあるんだけどさ……感情そのものまでティアに作られたわけじゃないんだし、一ヶ月はしっかりとあったわけだし」

 つまり、厳密には違ってもティアと過ごしてきたようなものなわけだし。何より一ヶ月の間にあった出来事には何も混ざっていないのだ。何も問題はない。

「……ふふっ。本当に、不思議な人ですね」
「そう言ってくれると、うれしい限りだよ」
「そうですか。けど……ここまで知られてしまったら、このままにするわけにも」
「ま、そうだよなぁ」

 そう俺が呟いた瞬間に、体のだるさが増大する。体の重さはより一層強くなり、意識はもうろうとしてくる。小さかった頃、インフルエンザで寝込んだ時にも似たような症状に見舞われて、『ああ、死にそう……』とか思ったけど、あんなの比べ物にもならない。
 黒死病ってのが本来どんな症状が出るのかは知らない。だがそれでも、これなら確かに人類の多くを滅ぼすことが出来るだろうと思う、それくらいの辛さ。魂にまで染み入ってきそうな、死の気配。
 あぁ、ここまで……

「……やっぱり俺、ティアのこと大好きだよ」
「……ここまで、したのに?」
「それでも、だ。ティアにどんな考えがあったのかも、何かを演じてたのかも、本当に何もわからないけど……」

 ここまで、死を身近に感じたのは……

「それでも、何も変わらない」
「っ……」

 死を身近に感じたのは、テンの時以来だ。
 何かに耐えるようなティアの顔を見ながら、なんだか呑気にそんなことを思っていたら……その瞬間、夢を見た。

 広がる光景は、今俺とティアがいる公園。少し上からの視点なのか、地面に倒れる俺とそれを見下ろすティアがはっきりと見える。
 何が起こっているのかと、そんな分かりきっていることを考えていると……ちょうどそこででかい石が飛んできて、俺の頭をトマトのように潰した。

 ……今見た光景に若干の悪意を感じつつ。
 もう動かないと思っていた体に全力を注ぎ込んで、動けと命令して、一回転分だけ横に転がる。その一瞬後には、想像通りでかい石が頭があった位置に落ちてくる。その勢いだけで間違いなく人の頭を潰せたであろうサイズの。人間って、死ぬと思えば動けるもんだよな。
 んで、流れとしてはここで……

「全く……夢と違うことをするなよな、ってね」
「違うことさせる気満々なのに、それはどうなんだよ……」

 なお、俺はあれを避けた後に『このまま倒れて動けないままでいたら車に引かれて死ぬ』という夢を見せられた。なので、立ち上がって動く。詳しくは知らないけど、テンの物語が『回避できる』というものであるからできるようになったんだと思う。まだ体はだるいままだけど、動けるようになってしまった。
 今更だけど、テンってすげえなぁ……。

「さて、どう?動ける?」
「体が超だるいし、今すぐにでも倒れたい衝動に駆られるが……おかげさまで、何とか動けるよ」
「そう、それはよかったわ」

 まだ軽くふらつく俺の隣まで歩いてくると、テンは軽く肩を叩いてくれる。それだけでも体に力が湧いてくるようだった。
 そんな頼もしい俺の物語を見ると、それは前に俺と握手したときの姿であった。すでにロアとして戦う準備は万端、ということだろうか。

「……それが、貴女のロアとしての姿なんですね?」
「厳密には違うんだけどね。あたしは夢によって姿を変える存在だから」
「じゃあ、なんでその姿に?」
「コレの物語になった時に子の姿だった影響か、ロアモードになるとこの姿になっちゃうのよ」

 なるほど、つまり俺があの時に契約をしたからテンはこのナイスバディな姿になっている、と。ナイスだぞかつての俺。普段のテンも最高だが、こっちのテンもまた最高だ。

「でも、この感じだと‥…カミナ君も例にもれず、『自らの百鬼を使役する』っていうのが能力なのですか?」
「ま、あたしもつい昨日知ったばかりなんだけどね。ついでに言うと、コイツが使えるのはそれだけじゃないっぽい」
「ワオ……それはすごいです、ね!」

 ティアがそう言いながら手をあげると、公園にいた猫という猫が一斉に襲い掛かってくる。って、猫!?

「魔女の使い魔として、猫っていうのはこれ以上ないくらいマッチすることでしょ?何を驚いてるのよ」
「いやまあ、確かにテンの言うとおりだけどな?この数が相手じゃ……」
「それこそ、必要ない考えよ」

 テンはそう言って手を挙げ、呟く。

夢予告(デス・ノウティス)

 次の瞬間、全ての猫が銃弾に貫かれて死んだ。驚いて周りを見回すと、俺達を囲んでいた猫のさらに外側に、銃を構えた人間が囲むように立っている。とはいえ、それも俺が認識してすぐに消えてしまったが。

「正夢造りの通常技(・・・)。噂には聞いていましたが、ここまでとは思っていませんでした」
「ま、これくらいはね。むしろ、この程度で驚いてちゃキリがないわよ?」

 俺達を包囲していた使い魔を一瞬で片づけたというのに、テンはさも当然のことであるかのようにそう言う。それがはったりであるのか、それとも本気でそう言っているのか……その疑問は、次の瞬間に解決した。
 ティアが手を突き出し、そこから明らかに怪しい黒い霧を出していると……テンが再び、呟く。

死夢(デス・エンド)

 たった一言。何の感情も込めずに呟かれた、初めて聞く言葉。一体何が起こるのかと身構えていると……変化が起きているものが、一つだけ見つかる。ティアの様子が、表情まで含めてすべてが一転した。
 ついさっきまで出てきていた黒い霧は、もう一切出てきていない。手は上げられたまま、それどころか全身の全てが固まったまま動く気配を見せていない。表情も驚愕に染まったまま、目を見開いた形で固まっている。

「ティ、ティア?」
「…………………」
「無駄よ。今ティアは、ああして固まってることしかできないから」

 何も答えず、本当にずっとそのままでいるティアの代わりに、テンが答えてくれた。

「固まってることしかできない?」
「ええ。例えば、今右足を踏み出せば銃で撃たれて死ぬし、逆に右足で下がればさっきのアンタの時の二倍くらいの石が立て続けに振ってきて、全身潰れて死ぬ」
「………は?」

 えっと……つまり、右足で前後に動いた場合死ぬ、ってことだよな?それがどうしてティアが動けないことに……いや、まさか。

「とまあそんな感じで、動きは封じてるわ。右足から動き出す場合も、左足から動き出す場合も。右手も左手も。跳ぶのも倒れるもの。黒い霧を出すのも使い魔を操るのも。ティアがこの状況で取れそうなありとあらゆる行動は、その後に死が待っている夢を見せたから」

 俺は言葉を失ってしまう。今俺の隣にいる少女はここまで強かったのか、と。「ま、無条件に使えるわけじゃないんだけど」とか言っているが、それを抜きにしても異常なくらいの強さだ。何せ対象は、あのまま固まっていることしかできないんだから。

「さ、これで彼女の動きは封じたわ。私じゃ何をしても殺せないからあとはカミナが・・・」
「……ごめん、テン。それはできない」
「じゃあ、どうするのよ?」

 テンに問われた俺は、ポケットからDフォンを取り出して。

「…………こうする」

 ピロリロリーン!

 できることならあんな表情じゃなくて笑顔にしたかったんだけど、今のティアを写真に収めた。

「……へ?」
「ああ、俺が行動したからもう大丈夫なのか。まあ何にしても、これでティアは俺の大切な物語だ」

 俺ができる唯一の選択。それをティアに告げると、ティアの顔はみるみる赤くなって……そして。

「ふふっ、ふふふっ」
「あれ?」
「あはははははははは!カ、カミナ君。それは、面白いです!面白すぎて……ああ、もう!おなか痛いです!」
「え、えー……」

 あ、あれ?これってそういう流れなの?そんな笑われるようなことはしてないはずなんだけど!?

「ケホケホ、ケホッ……ご、ごめんねカミナ君。さすがに耐えられなくって……」

 そこまで笑えて仕方ないことしたかなぁ……と、そう考えた瞬間に、背中に何か押し付けられる。何か棒状の、筒みたいな感触。「何かな、これ」とか思ってると、ガシャンというまるで銃をコッキングしたような音が……

「ちょ、テンさん!?」
「鈴ちゃんの時はともかく、今のはねぇ……」
「いったい何のことでしょう!?」

 思わず上ずった声が出てしまう。なんでこんな底冷えするような声を!?

「あ、カミナ君。これは私たちロアにとっての事なんですけど」
「なんだ、ティア……って、銃でゴリゴリするのやめてください!すっごく怖いので!!」
「『自分の物語になれ』って、プロポーズみたいなものだったりするんです」
「……ふえ?」

 飛び出てきた言葉に対して、驚きのあまり背後の恐怖を忘れてしまう。

「『お前のロア人生、俺のロア人生にしてやるよ』とか、そんな感じの、未来永劫、一つの物語として共に歩もう、みたいな意味になるんですよ」
「……マジ、ですか?」
「はい、マジですよ」

 あ、うん。それはやらかしたな。間違いなくやらかした。なんとなくテンには心を読まれてる感じだし、そうじゃなくても何度かテンの事を『俺の物語』的な感じで言ってたと思う。
 一番アプローチしたい相手には何にも出来てないのに、クラスメイト二人にはプロポーズしてしまった。さらに、鈴ちゃんの「貴方の物語にしてください」という発言も受け入れてしまった。

「なんだかもう、気付かないうちに自分がどこまでダメ人間していたのやらで……」
「……はぁ、もういいわ」

 本気で落ち込んでいたら、テンが背中に当てていたものを離してくれる。

「はぁ……ケホケホ。面白かった」
「面白かったのですか……」
「はい、とっても。なので、もう少しカミナ君のそばにいるのもいいかもしれません」

 まさかの、理由が面白かったから、である。もう喜んでいいのかどうか……いや、別にいいのか。

「ただ、もしつまらなかったら、病死してしまいますけど」
「さらっと怖いんですけど!?」
「仕方ないでしょう?アンタは写真に収めることで、魔女との契約を結んじゃったんだから」

 自分のしたことに後悔こそしてはいないけど、それでもやらかしてしまったということだけは理解していると、その間に二人はどこかに行ってしまった。ティアは一声かけてから公園を出て行って、テンは「おやすみ」というや否や消えてしまった。一体どういう仕組みなのか気になるのだけれど。

「ま、なんにしても……これで一件落着、かね」
「うん、これで一件目はおしまい。おもしろかったよ、お兄さん」

 崩れるようにベンチに座ったら、隣にラインちゃんが座ってて。
 もう驚きすぎて何のリアクションもできなくなった。

「あー、おはようラインちゃん」
「おはよう、お兄さん。うまく二人を誑し込んだね?」
「君みたいな年頃の子が、そんな言葉を使うんじゃありません」
「ふふっ、はーい」

 実際の年齢がどうなのかはわからないのだけど、とりあえず見た目でそう判断して注意しておく。
 この理屈だと俺は亜沙先輩にも言わなければならないな……困ったぞ。

「それで、お兄さんはこれからどんな物語を目指していくの?」
「あー、それなんだけどな……かなりカオスな感じでなら、一つあるんだよ」
「へえ、どんなどんな?」

 興味を持ってもらえるとうれしくなって、俺は体を反らせて空を見ながら、言う。

「俺は、望む人がいるなら皆受け入れるような、そんな物語になりたい」
「へえ・・・それは、何の統一性がなくても?」
「もちろん。どれだけ統一性に欠けていても、どれだけ危険な物語でも。そんなことは関係なく、一緒に物語を描いていきたいんだ」

 それが無茶なことだというのは、何となく理解している。主人公が自分の物語にするには、そのロアとの間に縁がないといけないのだ。向うが望んでいるからと言って、ロアとしての縁が必ずあるとは、到底思えない。でも、

「『畏れ集いし』なんていうくらいなんだ。さまざまな物語(畏れ)を集めなきゃ、意味がないだろ?」
「ふふっ……確かに、その通りかもね」
「そうそう。だからラインちゃんも、何かあったら言ってくれていいんだぜ?」
「私までたらしこんじゃうんだ」
「だから、そう言うことを言っちゃいけませんって」

 注意したばっかりなのに言ってきた彼女に突っ込みつつ。

「まあ、そんなことは関係ないんだよ。助けたいから助けるし、助けてほしいなら助ける。それが俺の百鬼と見た」
「つまり、幼女から老婆まで幅広いハーレムを作っちゃえ!ってこと?」
「語弊がある感じなんだが……まあ、美少女なら実年齢は関係なく大歓迎だ!」

 はっきりと宣言すると、ラインちゃんは子供らしく足をバタバタさせながら、おなかを抱えて笑う。それが収まると、帽子をつい、と少しだけ上げて。

「それじゃあ、期待してるよ。私のことも幸せにしてくれるって」
「おう、期待しててくれ」

 その下にある顔には、当然ながら見覚えなんてなかった。それでもやっぱり、とてもかわいい子だということは分かる。

「それなら、私を笑わせてくれたお礼と、いつか幸せにしてくれることへの先行投資で、二つ。まずお兄さんのDフォンを『8番目のセカイ』に接続できるようにしといたよ」
「それはありがとう。なんだかんだ、使えないと今後困りそうだしな」

 なんにしても、これでまともにDフォンが使えそうだ。

「で、二つ目。お兄さんの物語……『百鬼夜行』の主人公の事なんだけど」
「何か教えてくれるのか?」
「うん、大サービス」

 それも助かる。何をすればいいのか、ホントに何もわからないし。

「まず数の制限だけど、厳密にはないよ?」
「うん?『百鬼』とか言うくらいだから、百じゃないのか?」
「これが違うんだよねー。この場合の百は、『すっごく多い』くらいの意味だし」

 つまり、百鬼というのはすっごい数の鬼たち、ということなのか。何それすごく怖い。

「そういうこともあってか、百鬼夜行の主人公にはみんなある他の主人公にはない特殊なところがあってね。『自分の物語の数を自分で決められる』の」
「うわお」
「だから今すぐにでも、お兄さんが『俺の百鬼はこれで十分だ』って思えば、お兄さんの物語集めはそれで終わるの」

 それはまた、何とも凄いことだな……そして、助かる。

「正直、百で終わりってのも寂しいなぁ、って思ってたんだよな」
「あ、そっちなんだ?」
「ああ。だって百人って、小学一年生の目指す友達の数だぜ?」

 有名な童謡の歌詞にもある、百人の友達だ。だったら、俺の集める物語はもっと多くあってほしい。

「なるほど、確かにそう考えればもっと多くあった方がいいのかもね?」
「そういうことだ。ま、それでも縁がないと難しいんだろうけどな」
「それも、実は問題なかったり」

 まだ、何かあるというのだろうか。百鬼夜行の主人公というやつには。

「何せ、百鬼夜行の主人公が『自分の物語にしたい』って思えば、それだけで小さな縁になるんだもん」
「……本当に、百鬼夜行の主人公ってのはすごいんだな」
「すごいよ。さらに、相手のロアも『この人の物語になりたい』って思えば、その瞬間に縁は大きなものになる。それこそ、物語として攻略しなくても物語にできてしまうくらいには」

 それを言われて、俺は鈴ちゃんの時のことを思い出した。あの時は最初、音楽室にカメラを向けても何も反応しなかったのに、後々鈴ちゃんだとわかると俺の物語にできたのだ。それは百鬼夜行の主人公の持つそういう属性が関わっていたのだろう。

「そういうわけだから、実はお兄さんの目指すものって実現可能だったりするんだよね」
「そうなんだな……すごいな、百鬼夜行」
「でも、ぬらりひょんって来るもの拒まずな感じがあるよね?」

 すごく納得できてしまう。なんとなくだけど、ぬらりひょんってのにはそんなイメージがあるな。さすがはぬらりひょんだ。

「さ、それじゃあもう行くね」
「行くのか」
「うん。そろそろ日常に戻る時間なんじゃない?」

 たしかに、そろそろ帰って色々とやっておきたい時間帯にはなっている。そうじゃなくても、『早朝に幼女と話している高校生』という誤解を招きそうなレッテルを張られかねない。

「じゃ、またね?」

 そう言って手を振った彼女は、次の瞬間には消えていた。ロアってのはみんな瞬間移動の能力があるのだろうか、なんて考えつつ。

「俺も帰るか」

◆2010‐05‐13T05:30:00?  “??? Park”

「うっひゃ~、カミナのやつ、うまいことやったなー」
「ええ、もう文句がつけづらいくらいしっかりとやってくれましたよ!」
「あそこまで百鬼の主っぽくやれるなら、今後もどうにかなるんじゃないかね?」
「いや~、それは無理でしょう。これまでの人たちがみんなそうであったように、百鬼の主らしいがゆえに失敗するのではと見ました」
「ケド、今んところの三人には百鬼の主らしかったからこそ対応できてたんだろう?」
「その通り!まあ、むしろそのらしさのせいで問題を一つ抱えちゃってますけど、それはそれで面白いですし!」
「それは、『語り部』ゆえの面白さなのかい?」
「おっと、気付かれましたか。確かに私としてはあんなにも語っていて面白い人はレア中のレアケース!語る上であそこまで楽しいのはなかなかありませんよ」
「それはこれまでの百鬼の主にも言えるんじゃないかい?」
「まあそれはそうですけど、それでもこれまでの人たちはロアの能力を得てから自分の物語をゲットしてましたから。まだ何もないのに三つもなんて、これまでにはない面白さなんですよ!」
「ふむふむ。アンタがそこまで言うほどの何か。そこに三人も惹かれたのかね?」
「そう言う貴女はどうなんですか?」
「あー、あと一つクリアしてくれねえと無理だなぁ」
「ということは、これからは?」
「何とも言えない。あのままティアとくっついても面白いだろうし、天樹とくっつくのもいい組み合わせだと思うぜ?鈴ってことくっついたとしても、いいコンビになるだろうしな」
「ご自身については、何のコメントもなしですか?」
「だから、あと一つ要素がなぁ。最後まで生き残ってくれるっていうことが分かってくんねえと」
「うひゃー。百鬼夜行の主人公には高いハードルを!」
「それくらい乗り越えてくれる人じゃねえと、女はモノにできないんだぜ?」
「なるほどなるほど。それで、その候補に挙がっている彼なんですが、これから先どうなりますかね?」
「ある程度の雑魚が相手なら、あの二人がいれば何とでもなるだろ」
「ええ、そうでしょうね。大抵のロアは彼の物語に加えることが可能だろうし、そうじゃなくともあの二人が相手では『えい』で終わっちゃいます」
「だからこそ、もっと格上のやつ……神話や伝説クラスのやつとか、もしくは特定条件で無茶苦茶強くなるやつとかを相手してほしいな」
「うっひゃー!どこまで過酷さを彼に求めるんですか!?」
「けど、見てみたいんだろ?」
「確かに!それを見せられちゃったら、さすがの私も『キャー!素敵―!』って声援を送ってあげてもいいかもです」
「私としてもそこまでされたら、もっとサービスしちゃう気になるんだろうなー」
「悪いですねぇ、貴方も。一体どこまで計算しているのやら。たまに見せる赤面も、計算なんでしょう?」
「極々たまに、引き出されることもあるんだけどな。ってか、アンタも結構悪女だろ?」
「ええ。お互い、人間とは言え気を付けないとですね」
「だな。『百鬼夜行』の主人公ってだけでも『どんな物語でも取り込んでしまう』って属性があるはずなのに、『畏れ集いし』なんておまけつきなんだ」
「これまでの百鬼夜行の主人公が皆さん期待しまくりでしょうね。自分たち以上に『百鬼夜行』の主人公なんですから」
「カミナのこれからにご期待あれ、とでも語るのかい?」
「おっ、それもらい、です!」
「そんなんでいいのか、『語り部』さん?」
「いいんですよ、これで。それでは私は『語り部』してきますので!」
「んじゃ、私も『観測者』してくるとするかねぇ」

◆2010‐05‐17T16:10:00  “Yatugiri High School Gate”
                 ◇View  Side:Site Observer◇

「あ、先輩!相変わらずちっさいですね」
「身長のことをいうなよ、カミナ!?」

 私を見つけるなりそんなことを言ってきたカミナは叩きつつ。
 その横にいる、可愛い女の子二人にちょっと驚いた。

「どもー、あーちゃん先輩」
「こんにちは、亜沙先輩」
「ティアはこんにちはだ。けどテン、オマエは年下なのによくもまあ遠慮なくいってこれるな」
「普段この呼び方をしてない人、カミナくらいしか知らないもので」

 つまり、ティアもまた普段はその呼び方ってことか。
 はぁ……まあ、もう全校生徒どころか教師にもその認識みたいだし、いいんだけどな。

「なんにしても、だ。カミナまで呼び方を変えてくることはないよな?」
「その予定はないですよ」
「えー、一回呼んでみたらいいじゃない」
「イメージがそうであるかと行動するかは別の問題だろ」
「そうかそうか、お前もイメージはそっちなのか」
「すいません先輩」

 あっさりと折れるコイツをいじるのは楽しい、ということをテンとアイコンタクトで共有しつつ。

「そうだ先輩、今から三人でケーキバイキング行くんですけど、よかったらご一緒しませんか?」

 そんな予定だったのかと少し驚きつつ。しかしケーキは魅力的だな。

「おっ、いいねケーキ!一緒に言っていいんなら行かせてもらうぜ」
「もちろん大歓迎ですよ!」
「女子率が高い方がこの手のものは楽しいですし」

 どこか遠慮を感じさせないしゃべり方のやつだったから。
 私は、この距離感なく入ってくるくせに自分は踏み込ませないテンのことを会ったその日に気に入った。
 ……ま、ちょうど色々ごたついてたあの日の学校であったんだけど、そんなことは気にしない。
 どうせこの三人は、私があの時覗いてただなんて気づいてないんだから。

「むしろカミナ君が甘味だらけで大丈夫なのか‥…」
「まあ、コーヒーとか紅茶とか飲みながら過ごすとするさ」
「それでカミナがいいってんなら、いいんじゃねえか?とってきてもらうって使い方もあるんだし」
「先輩がそれを望むのであればこの神無月凪、全力で働かせていただきます」
「かんなづきなぎ?その長ったらしい名前はどのカミナだっけ?」
「分かってて言うのはやめような!?」
「あははっ!」

 いやー、この二人の絡みは見てて飽きないだろうなぁ。今度はティアとのアイコンタクトでそれを確認する。

 こんな普通な感じのやつらが、戦ったり、苦しんだりして。
 本当に、世の中ってのは不思議なことが多い。
 いろんなやつと仲良くなってくるカミナは、重要な物語の主人公で。
 空気を読んだり取り持ったりするのが得意なティアは、この上ないくらいおっかない魔女で。
 同棲異性関係なく相手と壁の中に踏み込むのがうまいテンは、えげつない手段で相手を殺害に追い込む夢の使い手だ。
 こんな三人がここまで仲良くやれてるんだから、もう世界中の理解に達することのできていない人間たちがどこまでコミュ力不足なのか。
 ……って、それは私が言えたことじゃねえか。
 こいつらに隠してる私の立場だってある。
 いずれバラすことにはなるんだろうが。
 今はまだ、秘密にしておくか。
 こんななんてことない日常を、中々観測することのできないこの日常を過ごしたい。
 まあそういうわけで……悪いな、カミナ。
 もうしばらく、なんも知らないふりをさせてくれ。

「……ん?先輩、どうかしましたか?」

 少し考え事をしていると、すぐにカミナは気付いてくれる。
 こういうところが、世界に『百鬼夜行』の主人公だと認識されたんだろうなー、と思いつつ。

「いんや?ただ、早くケーキバイキングに行きたいなー、ってな」
「そういうことなら、行くとしましょうか」

 カミナはそう言ったと思ったら、二人にもいくように促している。
 そんな流れがもうできてしまっていることに少しモヤモヤしたから、観測者らしくないことをするのを許可した。

「そういや、あのケーキバイキングには都市伝説があったっけか」

 思い出すようにそう言うと、三人の雰囲気が変わった。
 ティアは驚き。
 テンは警戒。
 カミナは興味。
 それぞれのロアに対する感情がどんなものなのかを観測できて、面白い気分になった。
 これもまた観測者のサガなのかねぇ。

「面白いことに、この街のケーキバイキングには絶対に入らないだろってくらい小さい体なのに、全種類を余裕で食べちまう少女が現れるとか何とか……」
「って、小さいって先輩の事じゃ」
「ていっ!」

 小さいで判断したカミナのすねを蹴りつつ。表には出さないが安心した様子の三人を見る。ハハッ、ちょっとイタズラしちまった。

「んじゃ、行こうぜ三人ともー」
「そうですね、あーちゃん先輩」

 そうして、私たちは四人でケーキバイキングに向かった。
 まあここからのことはわざわざ書くことでもねえし。何よりこうして語ったり記したりするのは本来観測者の仕事じゃないから。
 今回はここまで。この先が気になるなら、また誰かが語ってくれるのを待つんだな。
 
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