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ハリー・ポッターと蛇の道を行く騎士

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第十四話 列車

 9月1日。ついに入学の日が来た。
 今回は迎えも無いことだし、クラス分けの時とは違って汽車でボーバトン魔法アカデミーまで向かう。
 1人でフランスにやってきたエメはさっそくディオニュシウス号に乗り込む。やはりと言うべきかキリスト教の影響が強いらしく、汽車の名にも聖人の名が使われている。

 当然のように早い時間から余裕を持って来ていたエメは出入り口に近いコンパートメントを選んで占拠する。
 カーテンを閉め、内部を見えないようにしたエメは、少々行儀が悪いが誰も見ていないことをいいことに、横になって目を瞑った。そしてそのまましばしの浅い眠りにつく。











 汽車が出発する少し前に、コンパートメントの扉が叩かれた。
 直ぐに目を覚ましたエメは軽く身嗜みを整えて、シワのついた服を少しはたく。
 扉を開けたエメの前には、エメより少し低い身長の少女が2人、立っていた。
 確証は無いが、2人ともくたびれた様子のない真新しいローブを持っている様子から、おそらく同学年の新入生だろう。

「すみません、相席してもよろしいですか?」

 可愛い子なら大歓迎さ!!
 ──残念ながらエメはそんな気障(きざ)な台詞をはくような性格はしていない。

 ……冗談はさておき、断る理由も無いエメは笑顔で2人を招き入れ、さり気なく荷物を持ってあげるなど紳士っぷりを発揮する。

「どうぞ、俺1人しかいないから席は空いているし、自由に座ってくれて構わないよ」

「「ありがとうございます」」

「荷物は上に乗せておくね。取りたいものがあったら遠慮なく言って」

 第一印象は大事です。初対面の時から好印象を持たせておこうと彼なりの考えがあっての事だった。
 基本的にエメは敵対者か、価値の無い人間以外は邪険に扱ったりしない。マルフォイの時は例外中の例外だ。
 今回は特に、アントワネット寮の先輩達という競うべき相手がいる。自分に好印象を持つ人や支持者は多いにこしたことはない。

「自己紹介がまだだったね。1年1組アントワネット寮のエメ・アーロンです。よろしく」

「あっあの時の凄い人! 凄い堂々としていて、皆に注目されてましたね。私もかっこいいなぁって思ったんですよ。アントワネット寮って選ばれた人しか入れないらしいですし、とにかく──」

「ちょっと、レナ!? 落ち着いて、また暴走してるから!!」

「あっ、ごめんシルヴィ。シルヴィも話したかったよね」

「じゃなくて自己紹介。ごめんなさいエメさん、この子ちょくちょく暴走するんで。私の名はシルヴィ・ルピアです。エメさんと同じ1年1組で、寮はエヴァリスト寮です。よろしくおねがいしますね」

「私はレナ。レナ・ワーテルズーよ。ジャンダルク寮で1年2組だね。シルヴィとは幼馴染なんだ~」

 勢いよくマシンガントークを始めるレナとブレーキ役をするシルヴィの自己紹介が終わり、打ち解けた3人が談笑していると、突然扉の壁に何かが叩きつけられたような重い音が鳴り、複数人の叫び声が聞こえた。
 突然のことにびっくりして目を丸くしているシルヴィとレナにエメが声を掛ける。

「ちょっと窓際によってて貰えるかな?」

 扉側に座っていたシルヴィを自分の座って位置に座らせて、エメは扉を開く。
 扉に寄りかかるように座っていたのか、エメが扉を開くと、足元に人が倒れ込んできた。
 一瞬足蹴(あしげ)にしようかと考えたエメだったが、本人が気絶していることと、後ろでシルヴィやレナが見ていることを考慮して、倒れている男子はまたいで通り過ぎる。
 廊下の様子を見ると上級生を含めた十数人の男女が喧嘩をしている最中だった。どうやら既に1度殴り合いをしたらしく、複数人の服装が乱れている。
 何人かが杖を抜いても決着がつかず、またにらみ合いの状態に戻ったというところだろうか。互いに杖を抜いた状態で構え、口汚く罵り合っている。

「なんだと? もう1回言ってみろ、マグル上がりの魔法使いめ!!」

「何度でも言ってやるよ! 敗北者の末裔が!! 御先祖様と同じように地に這いつくばってブルブル惨めに謝罪でもしてみればどうだ?」

「貴様!!」

 何人かが杖を振って、魔法の応酬が始まる。
 実にアホらしい。

 どうやら音の正体は魔法で吹き飛ばされた奴が、エメたちのいたコンパートの壁にぶつかったのが原因らしい。ぶつかった拍子に頭でもぶつけて気を失ったのだろう。
 他のコンパートにいる者たちも、扉から顔を覗かせて、嫌そうに顔をしかめて引っ込むもの、興味深げに見学するもの、出てきて加勢する者など様々な反応をみせる。
 レナとシルヴィもコンパートの扉から顔を覗かせ、状況に納得する。

「ああ、旧貴族派と革命派がかち合っちゃったか~」

「なんだそれ?」

「フランス革命って知ってる? 18世期後半、だいたい最後の10年ちょっとでおきた市民革命運動なんだけど」

 レナが訳知り顔で呟いたのでエメが質問すると、割と有名な出来事についてシルヴィから聞かれる。
 詳しいことは知らないが名前ぐらいは誰でも聞いたことがあるだろうし、大体の概要ぐらいならばエメも知っている。

「旧貴族派は当時第1身分、第2身分と言われた聖職者や貴族の生き残りの末裔ね。聞いたことあるかもしれないけど、この時代までの高位の支配者達は大抵魔法使いとの交流も深く、魔法を使える者が基本だったから」

「そうそう、それで革命派はその時に革命を支持していた魔法使いが作った派閥なんです。マグルというか、第3身分の親を持っている魔法使いが革命の手伝いをしていて、フランスの魔法使いは真っ二つに割れて殺し合っていたそうなんです。主に革命の中心となっていた指導者のサポートをしていた魔法使い達の末裔ですね」

「つまり、存在からして相容(あいい)ることのできない、犬猿の仲ということか」

「「そうですね~」」

 百年近くも前に決着が着いたことを未だに引きずっているとは実にくだらないなと冷めた目で争っている連中を見るエメはコンパート内に引っ込むことにした。

「あなたたち! 何をやっているの!!」

 エメ達がコンパートに戻ろうとしたら、喧嘩をしている者達を挟んで向かい側の車両から、最上級生らしき人達を含んだ数人がやってきた。

「アントワネット寮の監督生、7年のアリス・デラクールよ。事情を説明しなさい」

 監督生はそれぞれの寮のリーダーであり、寮生の模範となり、下級生や他の寮生を指導する。必要ならば、監督生以外の生徒に罰則を与えることもできる権限を持っていて、優秀な生徒が選ばれる。

「「コイツが!!」」

 喧嘩していた者達が互いに相手を指差し、睨み合う。

「成り上がり風情の連中(コイツら)が我らの祖先を侮辱したのだ」
「負け犬崩れの連中(コイツら)がいちゃもんをつけてきたんだ」

「穢れた血め!!」
「敗北者が!!」

「はいはい、そこまで~」

 どこまでいっても平行線な両者の主張を聞いて、どこかうんざりとした様子のアリスが手を叩いて、再び衝突しそうになっている者たちの注目を自分に戻す。

「とりあえず喧嘩に参加していた全員の成績を一点減点とします。次に17歳未満の学校外での魔法使用は禁止されているにも関わらず魔法を使用した人がいるようなので、魔法使用者は追加で二点減点とします」

 不満そうな様子を見せる人たちを見回したアリスは、一枚の紙をひらひらと振ってみせる。

「見てくださいよ。魔法省の魔法不適正使用取締局から送られてきた抗議文章、および警告状です。貴方たちのおかげで余計な仕事が増えたのですが?」

 皮肉げな笑みを浮かべて告げる。

「関係各所への状況説明や謝罪、いったい誰がするのでしょうね? 貴方たちが代わりにやってくれでもするのですか?」

 さっきまで不満そうだった者たちは気まずそうに目をそらす。
 文句のある奴がいなくなった所で、アリスは事態の収集を図る。

「はい、異議のある方もいないようですしとっとと解散してください。……それとも、まだ私の手を煩わせるおつもりですか?」

 集まっていた者たちは、そそくさと解散して散らばっていく。互いに最後のひと睨みだけは忘れなかったが……。





「アリス先輩、すごい人だったね~」

「そうね、格好良い人だったわ」

「そうだな、すごい人だった」

 日本で生徒会長をやっていた時の自分のようだと思ったエメ。いや、理路整然とした話や人を惹きつけ納得させる様子は、今のエメを上回っている。
 人生で初めてと言ってもいい目標とでも言うべき存在との出会いに浮き足立つエメ。



 エメはまだ知らない。自分の感情の正体を、その名を……。
 
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