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お高く留まる

作者:桜磨
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お高く留まる

貧困の差。ここまで開くことなんて、容易に予知できたはずなのに。
お金。一体何処まで上げれば気が済むのだろうか。
家。あんなに沢山いるのだろうか。
洋服。着飾っちゃって、中身はぎっとぎっとに汚いのに。
あーあ、一つ一つ挙げていったらきりがない。お金は人を怪物にする薬だね。
「おーい、なんか見つかったか?」
ゴミの山の中、ユウイチの声がする。僕はユウイチを目にとらえた為、首を横に振る。到底使えそうなものはない、全部持っていかれたのだろう。
「だめか…」
ユウイチは肩を落とす。お高く留まった者たちは、こんな苦労を知らないのだろう。金を手に入れるために争いあう、なんとばかばかしいことか。
僕は光り輝くビル達を見つめ、そこら辺にあった缶詰の空き缶を投げた。
人口増大。この国は全ての人間を養えるわけがなく、富裕層のみを救済し、それ以外を切り捨てた。
人口3億人。そんなのは上辺だけの話で、実際は2倍ぐらいいると推測されている。まあ、一生正確な数字はわからないだろうけど。
人口増大の一番の理由、医学の発展と心の教育のなさだ。医学の発展は確かに素晴らしかった。そう、素晴らしかったんだ。今となっちゃ、生きた化石製造装置だ。医学が発展し過ぎ、自由に出来ないのに生き長らえさせられる、とんだ地獄じゃないかい?さらに現代人の途方もない執着心がプラスされる、するとどうだ?表面に見えずとも、苦しみながら生きている人間が多くなっていかないか?そんなに苦しみながら息を引き取る顔を見たいのか?ドSなのか?僕にはわからない。
まあどーでもいいや、出生率は減る一方、ここらで滅んでくれるんじゃないですかね?
「帰ろう」
僕はユウイチに言った。

路地をちょっと入ったところにある小さな倉庫。それが僕たちの住処だ。
「お帰り」
蝋燭の明かりの中、ユウリがこちらを見て言う。
「おお、帰ったか」
寝っ転がったまま、ここの最年長である、ヨシクニおじさんが言う。
「何かあったかい?」
腕組をし、壁に寄り掛かるように立っているハルコ姉が、俺たちに訊く。
「なんも」
ユウイチが首を振り答える。
「やっぱり何もないか」
ヨシクニおじさんは起き上がり、燭台が置いてある木箱の近くに座りなおした。
「まさか蝋燭明りの下で生きることになるとはね…」
溜息交じりにおじさんは言う。
「あんたそれ言うの何回目だい」
いらいらしながら、ハルコ姉は言う。ハルコ姉は、同じことを何回も繰り返すのが、そして繰り返されるのが大嫌いな人だ。
「わりぃな」
おじさんはそう言って、再び寝っ転がった。
「二人とも、座りなよ」
ユウリにそう言われ、立ちっ放しだったことにようやく気が付く。基本的にずっと立っているため、感覚が麻痺しているのだろう。
僕とユウイチは、燭台の近くに腰かけた。

「何か見つかったー?」
僕は首を振る、どうやら今日も何もないらしい。高いゴミ山を見上げる。
夕日に照らされ、ペットボトルか何かが光っている。
眩しいなぁ…僕は目を細める。
「ん?」
見間違いだろうか、今ペットボトルが動いたような…
「気のせいか」
帰ろうと思い、ゴミ山に背を向ける。
ガサ、パラパラパラ…
え?
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ドーン!振り向いた僕に何かがぶつかる。その勢いに負け、僕は思いっきり吹っ飛ばされる。ここ2,3日、まともなもの食べてなかったからな…
「大丈夫かー!」
ユウイチが駆け寄ってくるのが聞こえる。僕は頭を擦りながら、目を開ける。
徐々に焦点が合ってくる目。僕の目は、女の子を捉えた。
久しぶりだな、女の子とこんな体勢になったとのは、ユウリとヤった時以来だ。
「大丈夫?」
やっちまった、と言わんばかりの表情で女の子は僕に言う。僕は右手を挙げ、グッドサインを出した。

「という訳だ」
ユウナ、彼女はそう言う名前らしい。
「よろしくお願いします」
ユウナは丁寧に、深々と頭を下げる。
「まじかよ、さっきの話…」
ハルコ姉が、声を震わせながら言う。無理もない、僕やユウイチが聞いた時も、正直信じられなかった。
「はい、私はあの場所から来ました」
窓から見えるビルの光、ユウナは底を指さして言った。
「そんな馬鹿な、何でこんなところに」
おじさんは、信じられない、という表情でユウナを見る。
「私、嫌気がさしたんです」
ユウナは語り始めた。
「お金を稼ぐことだけを考えて生きていくの、どうしても私には合わないみたいなんです。自然の中、蝶やトンボを追いかけたり、芝生の上でお昼寝とかしたい。そう思って、私はあそこを抜け出したんです」
僕たちは顔を見合わせる。僕たちは知っている、ユウナが求めるような自然はないと、汚れきった、立ち入るのにも勇気がいるような自然しかないと。
「どうしたんですか?」
ユウナは全員の顔を見て回りながら言う。
「もうないのよ」
ユウリが口を開く。
「え?」
「そういう自然はもうどこにもないのよ…」
「え…」
当たり前のように訪れる沈黙、僕は何も言えない。
「そう…なんですね…」
落ち込んだようにユウナは言う。
「そうなんですねだぁ?!」
突然、ハルコ姉が声を荒げた。
「誰のせいでそうなったと思ってんだぁこら!!」
マズイ、早く止めなきゃ。僕たち3人は顔を見合わせ頷くと、3人がかりでハルコ姉を抑えにかかる。
「おめーらがどんどん開発進めて行って、自然がどーなろうとお構いなし、公害の教訓はごみ箱に捨て、その中で安全が保てればいいやという考えに至った、そんなお前らのせいだろ!なのによくそんな口きけるなぁ、なあ!」
「ハルコ姉、落ち着いてって」
僕は声をかけることしかできない、どうあがいても力じゃ敵いっこない。
「落ち着けるか!こいつに判らせるんだよ」
もがきながら言うハルコ姉。
「おりゃっ!」
「「「うわっ!」」」
吹き飛ばされる僕達、もうだめだ!
「バカか!」
声を挙げたのはおじさんだった。ハルコ姉が止まる。
「その子が悪いのか大人が悪いのか、それぐらいの判断付くんじゃねーか?」
ハルコ姉がゆっくり、ゆっくり手を下す。長年おじさんと一緒にいるけど、こんなおじさん見たことない。
「…すまねぇ」
春姉は小さいながらも謝った。
「で、質問なんだけど」
いつものトーンでユウナに訊く。
「はい」
「どうやってあそこへ?」
「「あ」」
僕とユウイチの声がハモる。
確かにそうだ、何であんなところにいたのだろう。毎日あそこに行く身だから、全く疑問には思えなかった。
「ゴミとしてきたんです」
「「「「はぁ?」」」」
今度は4人の声がハモる。何ですと?
「あそこから外に出るのは、相当厳しいんです。だから、私は適当なゴミ捨て場に向かって、自らをビニール袋に入れ、内側で結び、できるだけ空気を抜いて、酸素ボンベ片手に、ゴミと一緒に来たんです」
なんとたくましいやら…
「でも燃やされちゃう可能性もあったでしょ?」
ユウリの言うとおりだ。何も不燃ごみだけじゃないはずだし…
「そこは分別みてやってますよ」
なるほどね。
「しかしどうしましょう…」
ユウナは考え事を始める。
「どうしたの?」
僕は訊く。
「自然求めてここに来たのですが…どうやらここにはない様子。すると私はどうしたら…」
「壊しちゃえば?
「「「「え?」」」」」
ユウイチの突拍子もない言葉に、全員が驚く。
「だって自然が好きなんでしょ?てことは、あれを壊しちゃえばいいんだよ」
ユウイチは、窓の外を指さして言った。
「はぁ?何バカなこと言ってんだよ?」
ハルコ姉が頭をかきながら言う。
「僕達だけじゃ無理だけどさ、ここにいる全員の力を合わせれば…」
「なるほど、数にものいわせりゃいいのか」
おじさんがぽんと手を打つ。
「んでもよー」
またも頭をかきながらハルコ姉が言う。
「そんなにうまくいくもんかよ」
確かにそうだ。数に物言わせるのはできる、しかしそれは、ここの全員の同意があってこその話だ。それにこんな生活を送っている俺たちがかなうなんて到底…
「彼女という希望の星があるじゃないか」
ユウイチはユウナを指さして言う。指さされたユウナは、きょとんと首をかしげる。
…なるほど、そういうことか。
「よしやってみよう!」
僕とユウイチは顔を見て、頷いた。

「みんなありがとう」
バスケット広場。もともとはバスケットコートだったが、整備が行われず腐敗したため、集会場みたいなものになっている。
「一体どういうことだよ」
人混みの中から声が上がる。みんなを集める際、集める理由は話してある。
「あいつらを倒せるなんて…」
小ばかにしたような言葉が飛ぶ。その言葉にカチンときたハルコ姉が、そいつを殺しにかかりそうだったので、慌てて4人で止める。
「みんな、聞いてくれ」
ユウイチの声で会場が静まる。
「あそこに住んでるやつらの中にも、人間の心を持ってるやつはいるんだ」
再びざわつく。そりゃ突然そんなこと言われても、信じられるわけがない。
「それを証明しよう」
ユウイチがユウナを呼ぶ。ユウナの姿を見て、ざわつきは一層激しくなる。
ユウナは一礼すると、話を始めた。
「皆さん、私はあそこに住んでいました」
ユウナが指し示す方向、太陽光を反射するビルをみんなが見て、さらにざわつく。
「ですが私は自然欲しさにここに出てきました。ですがここにも自然はなかった…だから決めたんです、あそこを壊すって」
「あそこにいた証拠は!」
疑り深いなぁ…あ、人のこと言えた性質じゃないか。
「これです!」
そういってユウナがポケットから取り出したのは、紛れもない本物のお札だった。
「おー」
全体から声が上がる。もちろん僕達からもだ。
「皆さん協力してください!あそこを壊して、人間としての、いや、生き物としての世界を取り戻しましょう!」
静まり返る広場。
パチ、パチパチ、パチパチパチパチ…
広場中に拍手が広がる、もちろん僕らもスタンディングオベーションだ。
「皆さんっ!」
振り返ってそういうユウナの瞳は濡れていた。

壊滅は意外とあっさりだった。望んでいた人間が圧倒的に多く、一気に形勢は逆転した。
「懐かしいわね」
窓の外を眺める総理。
「全くですね」
僕は手帳を閉じた。
「ユウナ総理」

 
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