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魔法少女リリカルなのは~過ちを犯した男の物語~

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五話:審判と運命

――オリジンの審判――


かつて、ヴィクトルの一族であるクルスニク一族が挑んだ審判。ヴィクトルの居た世界には人間と精霊が存在した。しかし、遥か昔に人間は黒匣(ジン)と呼ばれる精霊の力を搾取してエネルギー源とする道具を開発した。地球においての化石燃料のようなものを精霊から直接奪う物だったために、力のない精霊は生命力を奪われて死んでいった。

その様子を見た最も力を持つ原初の三霊と呼ばれる大精霊、オリジン、マクスウェル、クロノスの三体は人間に対して滅ぼすべきかどうかを検討し合った。その結果、彼等は人間に進化の猶予を与えることにした。人間が己の欲望を制せるかどうかを、魂の昇華をなせるかを図った試みを彼等は行った。それこそが『オリジンの審判』だった。

クロノスはミラ=クルスニクと呼ばれる巫女とその周りに集まった13人の者たちに骸殻能力―――欲望のバロメーターを授けた。そして骸殻能力を授けられた者達がクルスニクの一族となり人類の代表として、審判を受けることとなった。骸殻は人間に人知を遥かに超えた強大な力を与える物だった。それ故に使いすぎればヴィクトルのように時歪の因子化(タイムファクターか)を引き起こし、最後には時歪の因子(タイムファクター)と化し、死ぬと共に『分史世界』へと変わり果てる。

その為に審判の内容は時歪の因子(タイムファクター)の発生数が1,000,000に達する前に、人類が『カナンの地』に辿り着くこととされた。達成の見返りとして、オリジンの無の力によって“願いを一つだけ叶える”ことができる。もし失敗した場合は、精霊は完全に人間を見限り、人間から意志を失いさり世界を構成する物質であるマナを生み出すだけの存在に成り果てる決まりとなっていた。

ただそれだけであればこの審判はそこまで難しくはなかっただろう。だが、この審判には見返りと言う名の罠が隠されていた。たった一人(・・)のたった一つ(・・)の願いを何でも叶える。この条件が人間の欲望に火をつけた。審判をそっちのけでクルスニク一族は、カナンの地の一番乗りを巡って醜い骨肉の争いを繰り返してきたのだ。時に、父と子が、時に兄と弟が殺し合って。

その為に、より強い力を求めた一族は結果として骸殻を使用して、多くの者が時歪の因子(タイムファクター)に姿を変えて来たのだ。そして、二千年もの間、人間は醜い争いを繰り広げ続け審判の失格寸前というところまで来ていた。そんな時代に生まれたのがヴィクトルという一人の人間だったのである。彼は『カナンの地』へとたどり着く資格である『カナンの道標』を集めることには成功したが自らの世界が分史世界だったために正史世界にしか存在しない『カナンの地』は出現せずに絶望の淵に旅を終えてしまったのである。



「……いつの間にか寝ていたのか」


懐かしい夢を見ていたものだと思いながらヴィクトルはソファーから起き上がると何やら重たい物が体に乗っていたので不思議に思い見てみると自分のお腹を枕にしたフェイトがすやすやと眠っていた。そして、その体にはアルフがかけてくれたのであろう毛布がかかっている。その事に心が暖かくなりながら彼はフェイトの頭を優しく撫でる。すると、もぞもぞと動いたかと思うと目をさましてトロンとした目でヴィクトルを見つめてきた。


「目をさましてしまったか……すまないな」

「……お父しゃん」

「ッ! 」


ヴィクトルさんに対して『お父さん』と言ったかと思うと、フェイトは、また直ぐに目をつぶって眠ってしまった。ヴィクトルはその言葉にしばらく呆然とした表情でフェイトを見つめていたが、やがて、悲しそうにポツリと呟く。


「私には……父を名乗る資格などない」


娘の愛情を利用し、尚且つ娘の心に深い傷をつけた男には。





「あわわ! ご、ごめんなさい。ヴィクトルさんが眠っているのを見ていたら私も眠くなって……お、重たかったですよね」


しばらくして目をさましたフェイトが自分の状況を把握して顔を真っ赤にしながら謝り始める。ヴィクトルは余りに必死な様子に苦笑し、アルフはそんな微笑ましい様子をホームビデオに納めていく。自分がビデオに撮られていることに気づいたフェイトはさらに混乱しあわあわとして混乱し始める。流石にフェイトが可哀想に思えてきたのでヴィクトルは助け舟を出すことにする。


「気にすることは無い。特に寝苦しいこともなかったからな」

「で、でも……」

「私に甘えたいのなら好きなだけ甘えればいい。君の父親(・・)にはなれないが、大人として子供を甘やかすことぐらいは出来る」

「……お母さんの為にがんばらないと」


懸命に母の事を思うあまりに自分の事を蔑ろにするフェイトにヴィクトルは心を痛める。そして、今更ながらに理解する。自分が娘の愛情を利用して、その頑張りを無に帰そうとしたことを……。(エル)は自分を救うという願いを叶えるのだと懸命に涙をこらえながらカナンの地を目指した。

そして、彼の思惑通りにエルはかつての自分がそうしたようにアイボーである“ルドガー”と共に帰って来た。彼は当初の計画通りに正史世界の自分をその仲間諸共殺そうとした。何故殺さなければいけなかったのかと言うと、正史世界には同じ物が同時に存在することは出来ずに、偽物の方が消えてしまうからだ。

ヴィクトルの願いはカナンの地にて生まれ変わりを願う事だったが故にまずは本物の自分を消さなければならなかったのだ。だが、ヴィクトルの願いは娘の拒絶と自分とは違い“エル”を見捨てなかったルドガーにより打ち砕かれた。

だからこそ、フェイトには自分の娘のような目にはあって欲しくないのだ。親の為に必死に頑張ったにも関わらずにその親から拒絶されるなど……耐えられないだろうから。それを行った張本人であろうとも見過ごすという選択はしたくなかった。ヴィクトルは俯くフェイトを優しく抱きしめ、慌てるフェイトに穏やかな声で話しかける。


「私とアルフの前だけでいい。甘えてくれ。素のままのフェイトでいてくれ。それが私の願いだ」

「……ヴィクトルさんと…アルフの前で」

「そうだ、フェイト。私の願いを叶えてはくれないか?」


その言葉にしばらく悩んでいたフェイトであるが、やがて、コクリと小さく頷いて甘えるようにヴィクトルの胸にその小さな顔を埋める。彼はあやす様にフェイトの背中を優しくポンポンと叩く。アルフはその様子をニヤニヤとしながら見つめていたが、ヴィクトルに手招きされてギョッとしながらも近づいていき促されてフェイトの頭を撫でる。温かな感触にフェイトはヴィクトルの胸の中で目を猫のように細める。


「フェイトも甘えん坊だねえ」

「……ヴィクトルさんとアルフだから甘えてるの」


少し拗ねたような声にアルフは苦笑しながらもフェイトが子供らしくなってくれてよかったと思う。以前までの余りにも自分の使命に殉ずる姿は長年見て来たアルフからしても異常だと思っていたし、フェイトにそうさせるプレシアに対して怒りを抱く大きな原因にもなっていた。

だが、そんなフェイトをヴィクトルが変えてみせた。自分にも変えられなかったフェイトを変えてみせたのに若干の嫉妬の念も抱くがそれ以上に感謝の念が大きい。目の前でまるで、父親が娘を抱きしめる様に慈しみを持ってフェイトを甘やかしているヴィクトルに対してアルフはこの男がフェイトの親だったらよかったのにと思わずにはいられなかった。





「温泉か……偶にはゆっくりするのもいいだろう」


温泉旅館の玄関口で旅館を眺めながらポツリと呟くヴィクトル。フェイトに甘えろと言った後日、ヴィクトル達はこの旅館周辺にジュエルシードがあると目星をつけて、折角近くに温泉旅館があるのだから泊まって英気を養おうという考えに至ったのである。様々な事を考えながら三人は受付を手早くすまして予約しておいた部屋に入り一息つく。

見た目が怪しいヴィクトルに、明らかに日本人には見えないフェイトとアルフの一行は人の目を引いてしまうのだ。せめて自分が仮面を取れればまだ怪しまれないのだが、とヴィクトルが思うものの外したら、外したらで、今度は時歪の因子化(タイムファクターか)の痕が見えてしまうので余計に目を引いてしまう。


「二人はお湯にでも浸かってきなさい」

「アンタはどうするんだい?」

「私はしばらく適当にくつろがせて貰うよ。温泉には人が少なくなったら行ってみるさ」

「そうかい。じゃ、行くよ、フェイト」

「うん。行ってきます」


ヴィクトルは二人を見送った後、何をするもなしに窓から見える景色をボーっと眺める。温泉旅館とだけあって周りの景色自体も悪くはない。彼は景色を眺めながら妻が生きていればこういった場所にも共に来られていただろうと何となしに考える。妻と共に居られた時間は四年にも満たない。だが、彼にとっては何よりもかけがえのない思い出の日々だった。

彼の妻の名前はラル・メル・マータ。初めて会った時から惹かれ恋に落ちた女性。表では落ち着きのある大人の女性として見られていたが、その実、子供っぽい所があり料理の腕でヴィクトルに負けたと思った時などは一心不乱に料理の練習をするなど負けず嫌いな一面が見られた。そんな彼女に彼は心を癒されたからこそ今ここにこうして立っていられる。彼女がいなければとうの昔にヴィクトルという時計は止まっていたのだろうから。


永遠(とわ)に愛しているよ……ラル」


彼は例え時歪の因子化(タイムファクターか)に侵されていなくとも、ラル以外の女性と添い遂げる気もなく、愛することもないだろう。例え、ラル自身が彼に再婚して幸せになってくれと頼んでいたとしても彼はラル以外を愛する気はないだろう。いや、彼女以外の女性を愛せはしない。

絶望の淵から救い上げてくれた恩人であり自分の全てを受け止めてくれた女性……言葉では言い表せない程の気持ちを彼は彼女に抱いている。ただ一つに、ただ一人に執着することが多いクルスニク一族の中でも彼は特にそれが顕著だった。それは、娘を守る為に他の者全てを犠牲にしたことからも分かるだろう。彼は妻に執着しているのだ。
何に代えても守り抜くと誓い―――その手で殺すことになった女性に。


「我ながら女々しい男だな……だが、それでいい。誰が何と言おうと私は君を愛し続ける」


ヴィクトルは胸の前で軽く手を握りながら呟き、追いつくことなど決して出来はしないのに、まるで落ちて行く夕日を追いかけている様な月を寂しげな目で見ていたのだった。





深い闇に飲まれ、昼間の陽気な雰囲気とは打って変わり不気味な雰囲気を醸し出す森にヴィクトル達は来ていた。ジュエルシードの反応を追って近づいたのはいいが、こうも木々がうっそうと茂っていては見つけるのに苦労するだろうとヴィクトルは思っていたが、ジュエルシード自身が青白い光を発していてくれたので発見は容易かった。小さな川に浸るジュエルシードを封印して早いうちに帰ろうと思っていたのだが、物事はそう簡単には進まない。


「二人共、こっちに近づいて来る魔力反応があるよ。多分、おちびちゃんだろうね。折角、昼間に警告したって言うのにさ」


犬歯をむき出しにしながら唸るように話すアルフにつられてヴィクトルも戦闘態勢に入る。相手も子供なのだろうが、フェイトの邪魔をするというのであれば殺すまではしないが容赦はしない。ヴィクトルがアルフとフェイトが見上げる先を同じように見つめるとそこには宙を飛ぶ白い制服の様なバリアジャケットを着た見覚えのある少女が居た。そのことに驚いて声を掛けようとしたところで相手が先に口を開く。


「あの、私の話を聞いて……くれないかな?」

「私には話す理由なんてない」

「昼間に言ったはずだよ。ちょっかい出して来るならガブっていくってね」


少女の言葉に対して冷たく返すフェイトとアルフ。その言葉にはハッキリとした拒絶の意志が含まれていた。少女はビクリと震えたものの、決意を揺るがせることなく踏みとどまる。そして、今度は少女の肩に乗っていたフェレットらしき動物が叫ぶ様に話し始める。


「キミたちが集めているジュエルシードはとても危険なものなんだ! 使い方を誤ったりしたらとんでもないことになる、それをキミたちは分かっているのかい!?」

「だとしても、私達はフェイトの為に止めるわけにはいかないのだよ」

「え? あなたは猫を助けてくれた人!?」


ヴィクトルが会話に口を挟んだことでようやく少女は彼の正体に気づき驚きの声を上げる。フェイトとアルフも二人が知り合いだったことに驚きの表情を浮かべて彼を見つめる。見られている彼は少しばかりの気まずさを感じながらも顔に出すことはせずに少女を見つめて声を掛ける。


「まさか、君がアルフの言うおちびちゃんだったとは……驚いたよ」

「私の名前はおちびちゃんじゃなくてなのは! 高町なのはです!」

「名乗られたのなら答えておこう。ヴィクトルだ。なのは、ここは手を引いてはくれないだろうか? 私達は三人。それに対して君達は二人だけだ。君達は不利だ」


簡単な自己紹介を終えた後に淡々とした声で、話しかけ穏便に済まそうとするヴィクトル。流石の彼も知っている子供と戦うのは出来ればやりたくないことだ。その為に話し合いに見せかけた脅しを行いなのはを退かせようとする。フェイトも元来優しい性格なので相手を傷つけることを喜ばないだろうと判断しての行動だった。だが、なのはは退こうとはしなかった。それどころか予想外の返事を返してきた。


「逃げない、だってすぐに助けが来てくれるから! 私達の所に―――ルドガーさんが」

「なん…だと?」

「なのは! 無事か!?」


ルドガーという名前に驚愕してエメラルド色の目を大きく見開くヴィクトル。そして、それと同時に聞きなれた忌々しい声が近づいて来る。現れた青年の姿は銀色の髪に右前だけ黒く染めたメッシュ。同じように整った顔立ちにエメラルド色の瞳。手には逆手に持った懐かしい双剣。

間違いなく、相手はルドガー・ウィル・クルスニクだった。それを理解した瞬間、ヴィクトルの目に抑えきれない憎悪の炎が燃え上がる。自分を殺したことを恨んでいるわけではない。ただ、彼の―――存在が認められないのだ。刹那、双剣を握りしめ殺す気でルドガーに斬りかかるヴィクトル。


「―――ッ!? なんで俺以外にもお前がこの世界にここにいるんだ―――」

「それは“俺”のセリフだ―――」


斬りかかったヴィクトルの双剣を自身の双剣で防いでいくルドガーだったが、余りにも予想していなかった相手の登場に動揺して叫んでしまう。一方のヴィクトルもなぜお前がいるのかと怒鳴り声を上げる。そんな普段とはかけ離れた姿にフェイトとアルフは驚愕の表情を浮かべる。感情の高ぶりにより口調が崩れ、かつての一人称を使い始めるヴィクトルだが本人はその事に気づかない。


「―――ヴィクトル!」

「―――ルドガー!」


――運命を刻む二つの針が今、重なり合う――

 
 

 
後書き
次回はルドガーさんとのバトルです。 
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