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ウンムシ

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4部分:第四章


第四章

 しかしそれも一瞬だった。今度はその首に対して上から刀を一閃させたのであった。胴から断ち切られたうえに真っ二つにされた首は今度こそ動けなかった。そうしてそのまま床に落ちて左右にゴロゴロと転がるのであった。
 丁度そこに杯が落ちてきた。刀を右手に持っていた為朝はそれを左手で受け取る。酒はもうかなり零れてしまっていたがまだ残っていた。彼はそれを飲んでから大きく息を吐いたのであった。
「これでよし」
「よしではありません」
「為朝様一体何を御無体を」
「馬鹿を言うでない」
 杯の酒を飲み干した為朝は驚きを隠せない島の者達に対して言う。
「わしは武器を持たぬ者や普通の者は切りはせぬ」
「しかし今」
「こうして」
「切ったというのだな」
 まだ驚いている周りの者に対してまた言う。
「わしがこの女を」
「現にそうではありませんか」
「どうしてそのようなことを」
「では見るがいい」
 為朝は今さっき切った女の二つに分かれた首を指差して告げた。
「この首は。何だ」
「女のものではありませんか。何を仰るかと思えば」
「いや、待て」
 ここで皆その首が変わるのを見た。
「この首は」
「まさか」
 彼等は首が変わっていくのを見た。首はそれぞれ四つずつ角のある牛のそれになっていた。それは。
「これは」
「わかったようじゃな」
 為朝はここでまた島の者達に対して言うのであった。
「これはウンミシのものじゃな」
「はい」
「紛れもなく」
 見間違える筈もない。その異形の姿は。
「では化けてここまで来たのですか」
「何という」
「生きておれば来ると思っておった」
 為朝は驚くこともなく言うのだった。言いながら自分の座に戻る。そうして話を続ける。
「言っておったな。ウンムシは非常にしつこいと」
「ええ」
「それこそ岸まで追って来ます」
「だからじゃ。それならば来るとわかっていた」
 彼はまた言う。
「こうしてな。それはわかっておった」
「しかし」
「どうしてこの女に化けているとわかったのでしょう」
 島の者達が次に不思議に思うのはそこであった。
「それはどのようにして」
「酒じゃ」
 彼はここで杯を皆に見せて告げた。
「杯ですか」
「左様。ここの酒に映っておったのじゃ」
 こう彼等に対して教える。
「それでわかったのじゃ。まじまじとな」
「酒に姿が映っていた」
「それは」
「鏡は人のまことの姿を映し出すという」
 これはこの時から言われていた。それは為朝も知っていることであったのだ。
「化け物であっても。例え化けておってもだ」
「それでですか」
「そうじゃ。酒もまた鏡になる」
 ものが映るからだ。彼はここでは酒を鏡に使ったのである。
「そういうことじゃ」
「水と同じころですな、それは」
「左様。はっきりと映っておったわ」
 為朝の顔が険しくなった。
「鬼の如き牛の顔がな。さて」
 ウンムシの亡骸を見た。そうしてまた言うのだった。
「退治したこの化け物を弔ってやろうぞ」
「弔うのですか、この化け物を」
「化け物とて粗末にしてはならぬ」
 為朝はここでは武士としての顔を見せた。単に武勇に優れた豪傑ではないのであった。
「死すれば弔ってやろう。よいな」
「為朝様がそう仰るのなら」
「それでは」
 島の者達も異存はなかった。これでおおよそのことは決まった。
「これで島の漁を脅かす化け物もいなくなった。弔いと共にそれも祝おうぞ」
「左様ですな」
「それは」
 島の者達もそれには異論はなかった。そうして為朝の言葉に従う。
 彼の言葉に従いウンムシは弔われ漁ができるようになった。人々はそれを祝って祭りをする。これがウンムシ祭りのはじまりである。
 この祭りは今でも沖縄の島に残っているという。だがそれをはじめたのが誰であるかは伝わっていない。しかし源為朝が琉球王家の祖になったという伝説は残っている。ウンムシを倒したのは天下無双の豪傑であった彼としても伝説ならば不思議はない。あくまで伝説の中の話に過ぎないとしても。


ウンムシ   完


                  2007・12・16
 
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