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魔法科高校の神童生

作者:星屑
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Episode37:一と九十九と紫と

 
前書き
遅れて申し訳ないです! 

 

 紫道聖一という男に対しての不信感は、初めからあった。
 それこそ、彼が三高に編入してきた時からずっと。

 隠すつもりがないのか、剥き出しにされたままの殺気。不自然な程に途切れ途切れの喋り方。異様なまでに高い魔法力。そして、敵に対する必要以上の過剰な反応。

 この男は危険だ。そう分かっていた。


 それなのに。

「ぐッ…!?」

 大規模な雷撃に見舞われた岩が砕け散り、弾け飛んだ瓦礫が舞う。
 敵・味方関係無しに放たれるは『スパーク』と名付けられた放出系統の魔法。放出系魔法の中では基礎的な魔法で、効果範囲は狭い。
 だが、それは『紫道聖一』という男が発動する事によって、全く違う様相を見せる。

 岩場ステージ、その全てを覆い尽くす雷撃の嵐。なんとかそれを干渉装甲により無効化するが、将輝に今の紫道を止める術はない。

「くそ…ッ」

 試合相手である八高の選手は、ルアーを残して全てが紫道によって叩きのめされた。
 辛うじて立っているルアーでさえ、既に息も絶え絶え、意識を繋ぎ止めるので精一杯という状態だ。

 彼が危険だと分かっていたはずなのに。
 『まさかここまではしないだろう』と高を括っていた結果がこれだ。

 倒れている八高の選手は、雷撃による火傷に加え、岩によって押し潰されている。恐らく、暫くは病院で集中治療を受ける事は免れない。

 歯を食いしばって、八高のルアーの前まで歩みを進める紫道を睨む。
 
 何故、ここまでの事を平然とできる?
  何故、試合相手にここまでの仕打ちをする?
  何故、お前は、この惨状を見て笑っていられる。

「紫道ォォッ!」

 CADの銃口を、今正に八高ルアーにトドメを刺そうとしている紫道へ向ける。
 高電圧の雷撃が肌を焼くが構わない。それくらいでは、彼らへの償いにはならない。

 収束系魔法『偏倚解放』が、紫道の身体を吹き飛ばす。それと同時に雷撃も止み、八高のルアーも倒れる。

 試合終了のブザーが鳴った。
 殺意を宿した紫道の目と視線が合う。成る程、邪魔をした此方を非難しているのか。
 その視線に、怖気付いている自分がいることを、将輝は冷静に把握した。

 紫道が試合に解放される前に試合を終わらせるのは不可能だった。その為に起きた今の惨状。
 焼け焦げた地面を見て、将輝は最早自分の手に負えない事を理解した。
 悔しさと申し訳なさが綯い交ぜになって、握り締めた手のひらに爪が食い込んで血が流れる。

「クソッ……」



☆★☆★



「ここまでとはな…紫道聖一」

 新人戦モノリス・コードの決勝トーナメント初戦である三高と八高の試合を観戦していた達也は、面倒そうに溜息をついた。
 モノリス・コードで優勝する為にはあの狂った化け物を倒さなければならないのだ。気分が落ち込むのも仕方ない。
 とは言え、今の所達也に優勝する気はない。彼に真由美から与えられたのは、『新人戦の優勝』であって、その目的は恐らく、次の九高との試合に勝てばほぼ達成される。

「あれ、そういや隼人は?」

「隼人なら、試合終わってすぐにちょっと用を思い出したとか言ってどっかに行っちゃったよ」

 しかし、もし友人が優勝を望むのなら、それを叶えてやる位の気概は達也も持っている。
 さて、どう戦ったものかと考え始めた達也は、案外友人思いなのかもしれなかった。



「どこに行くんだい?」

 不意にかかった声に、足を止める。俯けていた顔を上げると、目の前に九十九隼人が立っていた。
 棒倒しで自分を下した魔王。自分に試合の楽しさを教えてくれたライバル。
 そんな相手に、今の自分を見られたくなくて、思わず将輝は顔を背けた。

「……君には関係ないさ」

 絞り出した声は、少し震えている。それが余計に情けなく思えて、思わず拳を握り締める。


「ーー棄権するつもり?」

 反射的に、正面を見る。
 冷たい目をした隼人が、将輝の行く手を阻んでいた。
 その姿に、今まで抑え付けていた激情に再び火が付いた。

「……仕方ないだろう。これ以上、あいつを野放しにして、他校の選手が傷つくのを、見てる訳にはいかない」

「それは三高全員の意思?」

「…そうだ。皆で相談して、決めたことだ」

 他校の選手に大怪我させてまで、優勝することになんの意味がある。たかが親善試合。命を懸けて戦う戦争とは違うのだ。
 故に、魔法師を束ねる十師族として、否、人としてのケジメをつける事に決めたのだ。

「……じゃあ、君はそれでいいのかい?」

 思わず、目の前に立つ男の事を睨んでしまう。
 自分よりも低い身長の彼は、見下ろす視線に屈すること無く、その視線を受け止めていた。

「……どういう意味だ?」

「三高としてでも、一条としてでもなくて、『一条将輝』として、棄権するのを許せるのかって意味さ」

 世間体や体裁を考えずに、一個人としての、一条将輝としての意見。
 それは、この場に於いては黙殺しなければならないものだ。

 必死に抑え込んだ感情。
 ただ一つ。『負けたくない』という思いが、将輝を再び燃え上がらせる。


「ーー君は、勝負から逃げた『負け犬』として終われるのか?」

 気づけば、自らの手は目の前の男の胸ぐらに伸びていた。
 身長の低い彼は、自然将輝に持ち上げられる形になる。

「終われる訳ないだろッ」

 戦わずして負けを認められる程、素直な性格ではない。
 本当ならば戦いたい。戦って、このライバルに、持てる力全てで挑みたい。

 けど、それでも。

「それでも……もうこれ以上、斃れていく人を、見たくはないんだ」

 一条将輝という男は、天性の負けず嫌いなのに加えて、責任感も人一倍だ。故に、自分の力不足が原因で他人が傷つくのを許すことができない。

 しかしそれは、この場に於いては邪魔だった。

 下から伸びてきた腕が、将輝の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

「今までの選手のように、俺達が傷つくのを見たくない? 俺達と彼らを一緒にしないで欲しいね」

 誰もが強くなろうと努力しているのを知っている。他の高校の選手だって、きっと懸命に努力し続けているのだろう。
 でも、それ以上に努力している人を知っている。
 事故のせいでうまく魔法が使えなくなって、それでも強くなろうと必死にもがいている人を知っている。
 もがいて、足掻いて、今なにかを掴みかけている。それを、邪魔させてたまるか。

「あんまり、俺達をナメない方がいいよ」

 それに、気に食わなかった。
 紫道に、自分達が負けると思われたことが。
 将輝にそんなつもりはなかったのだろう。ただ、リーダーとしての責任を果たす為の行動。しかしそれは結局、紫道によって一高の誰かから怪我人が出ると想定した故の行動だ。

「狂人だろうが、クリムゾン・プリンスだろうが、カーディナル・ジョージだろうが、誰が来ようと俺達は負けない」

 なにより、紫道と戦う機会が失われればエリナの奪還は困難になる。
 奴は自分を倒せばエリナについて教えてやると言っていた。そのチャンスを、逃す訳にはいかないのだ。

「だから一条将輝。後先の事は気にせず、俺達に全力で…殺すつもりでかかって来い」

 紅い瞳が、将輝を睨む。
 強い意志を宿しているが、紫道のようにどうしようもない狂気に呑まれてはいない。
 ただ純粋に、彼は自分達と戦いたいと思っているのだと将輝は感じた。

 ならば、その意志に報いるには、もう一つしかない。

「…そこまで言われて、引くのは余りにも癪だな」

 自分を負かしたライバルが大丈夫だと言ったのだ。信じる理由は、それだけで十分。
 闘志には闘志で。全力には全力を返すのが礼儀というものだ。

「お前を信じよう。九十九」

「隼人でいいよ、将輝。戦う時を楽しみにしてる」

 今まで萎えていた足に、力が戻っていくのを感じる。
 既に三高の決勝進出は決定している。後は、一高が登ってくるのを待つのみ。それまでに、自分や他のメンバーのやる気を取り戻させなければならない。

「ああ。俺もだ、隼人」

 けれど、それを面倒だとは思わなかった。
 勿論、完全に吹っ切れた訳ではない。紫道によって傷つけられた選手達に対する申し訳無さは、消えることはない。

 でもだからこそ、倒してきた彼らの為にも、勝負から逃げる訳にはいかないと思った。




☆★☆★



 将輝と別れて少しして、隼人は軽い自己嫌悪により人目の付かない場所で座り込んでいた。

 一条将輝という男の性格を考慮すれば、これ以上被害を増やさないように棄権しようとする彼の行動は予想できた。
 その為に、先回りする形で彼を焚きつける事で紫道と戦えないという最悪の事態は回避できた。

 しかし、本当にこれで良かったのだろうかと思ってしまう。

 彼を焚きつけた理由は全て隼人の私情によるものだ。
 幹比古のこと然り、気に入らなかった然り、エリナ然り。

「……ごめん、将輝」

 しかし、悔やんで止まっている時間はない。もうすぐに次の試合が始まる。まずここに勝たなければ、全てが水の泡となる。
 順当に行けば勝てる確率は高い。自分にできるのは、その勝率を覆す狂いを消し去ること。

「…さて、時間だ」



 準決勝の第九高校との試合は、渓谷ステージで行われた。
 くの字形に湾曲した人工の湖、というよりは水溜まりが特徴のステージだ。

 この試合は、幹比古の独壇場だった。

 一高選手には薄く、九高選手には濃く纏わりつく霧。幹比古によって発生させられた『結界』の古式魔法は、飽和水蒸気に関係なく空気中の水蒸気を凝結させる魔法であり、気温を上げても供給される水蒸気が増えて霧を濃くするだけの結果になる。
 また、『結界』の魔法は『閉鎖』の概念を含むから、気流を起こしても霧に満たされた空気が循環する結果にしかならない。

 元々、対象物を明確に指定しなければならない現代魔法は、曖昧な対象に継続的な作用を及ぼし続けることは苦手だ。
 故に、現代魔法でこの「霧の魔法」を打ち消すためには、幹比古の魔法作用エリア、つまり『結界』を認識しない限り有効な措置は取れないのだが、九高の新人は古式魔法について勉強不足だったようだ。

 この霧は分布が幹比古により操られている点を除けば、自然現象以上の効果は無い。幻惑作用もなければ、衰弱効果もないし、閉じ込める効果もない。だが、前が見えないというだけで、人間の行動を制限するには十分だ。

 恐る恐る進む九高オフェンスを尻目に、存在認識の視力を存分に利用した達也が音もなく駆け抜ける。
 相手に気づかれることなく九高ディフェンダーの背後に回り、達也はモノリスに向けて『鍵』を撃ち込んだ。コードを隠していた蓋が剥がれ落ちた轟音にディフェンダーが慌てて振り返るが、もう遅い。既に達也は退避済みで、『霧の結界』は幹比古がコントロールしている精霊であるから、至る所に幹比古の眼が潜んでいるのと同じ。

 一高対九高の試合は、一度も戦闘を交えることなく、一高の勝利で幕を閉じた。



☆★☆★



 決勝戦は三位決定戦の後に行われる。
 決勝戦以外のモノリス・コードの試合時間はどんなに長くても三十分以上掛かることはないが、決勝開始時刻は余裕を持って今から二時間後、午後三時半と決定された。

「やぁやぁ、お待たせしてしまったみたいで」

「…いえ、俺も丁度今来たところです」

 相変わらずの間抜け面に、張り詰めていた緊張感が弛緩してしまう。
 場所はホテルの外の雑木林。木の幹にもたれ掛かっていた隼人は、待ち人の登場によりその姿勢を正した。

 エリナの上司にあたる魔法記者、木場則武から連絡があったのはついさっきのことだ。

「どうやら随分と派手にやったみたいだね」

「……」

 この際、何故知っているのかという疑問は棚上げすることにした。
 彼が言っているのは、十中八九、無頭竜の東日本支部に乗り込んだことだろう。どれだけ無謀で危険な事をしたか、自分でもわかっているつもりである。

「別に責めるつもりはないよ。ただ、奴らが拠点を変えざるを得ない状況にするのは、君にしては少し浅慮だったなと思っただけさ」

「…面目無いです。俺は、少し焦っていました」

 そう、焦っていた。
 エリナがいなくなったのを聞いて、自分でも驚く程に冷静ではなくなっていた。

「ん、反省しているならよし。ああ、無頭竜の次のアジトはもう見つけてあるよ」

 なんて呑気に言いながら、手渡してきた紙を受け取る。恐らくここにアジトの位置が書いているのだろう。しかし、隼人はそれを読むことなくポケットに仕舞い込んだ。

「木場さん、あんた何者だ?」

 薄暗い雑木林の中、時折射し込む陽光が蜘蛛の巣のように張り巡らされたワイヤーを照らし出す。

「…ひょっとしなくても命のピンチ?」

 首に食い込んだワイヤーを見て木場が汗を垂らす。これを目の前にいる高校生が加速、移動の複合魔法を使って一瞬で作り上げたのだから恐ろしい。

「惚けるのもここまでだよ。アンタは情報を手に入れるのが早すぎる……直接的な害はないにしても、危険な存在なことに変わりはない」

 紅い瞳が木場を睨む。その手を引けば、すぐにでもワイヤーは彼の首へ喰い込み、最後には切り飛ばすだろう。

「惚けてなんかいないさ。僕はこれが通常運転でね…癇に障ったのなら謝るよ」

 それでも、目の前の男は余裕を崩さない。それなりの殺気も交えた威嚇だったのだが、どうも効果はないようだった。

「誓おう。僕は心の底からエリナを心配し、取り戻そうとしている。なんて言ったって可愛い義理の娘だ、親心って言えば、君は信用してくれるかな?」

 瓶底眼鏡から覗く瞳は、初対面の時の気怠げなものとは思えないほどの光を宿していた。
 真っ直ぐで、純粋な。うっかりその言葉を鵜呑みにしてしまいそうになる程、完璧な装い。

「…あんたは取り入るのが得意みたいだね。けど、まあ、言葉に嘘はないみたいだから信用するよ」

「完璧に信用はしてくれないんだねぇ…まあ、今はそれで十分さ。君の協力なくしてエリナは取り返せない。僕じゃあ、逃げおおせることはできても、奪い返す力はないから」

 それでも、信じきる事はしない。闇に生きるものにとって、腹の内が分からない相手を容易に信用するのは莫迦のすることだ。
 けれど、木場と同じく自分一人で確実にエリナを奪還する事は難しい。ならば、利害関係の一致している相手と手を組むのがベスト。

 張り巡らせていたワイヤーを回収する。首に食い込んだ死の糸の圧迫が消えたのに安堵のため息を漏らしている胡散臭い男に感謝を告げ、雑木林を後にした。
 次は試合は大一番。必ず、勝つ。



☆★☆★



 係員に案内された所定の位置に立ち、プロテクトアーマーに仕舞い込んだ武装を確認する。
 左胸のポケットにはタブレットタイプの汎用型CAD。右太腿のホルスターには拳銃タイプの特化型CAD。両手には愛用のシルバー・フィフト。そしてズボンの左ポケットには、ワイヤー。全て動作に異常はない。

「それでは移動を開始します」

 視界が閉ざされて、体が一人でに動き出す。決勝の舞台は遮蔽物がなにもない草原ステージだ。モロに実力差が表れる地形で、どれ程戦えるか。

 そんなもの、考えるまでもない。あちらは挑発の通り、こちらを殺す気でかかってくるだろう。それぐらいの心算は達也たちにもさせておいた。
 自分にできるのは、いつも通り。
 叩きのめすことだけだ。



☆★☆★



 新人戦モノリス・コード決勝。その開始の合図が鳴った。
 遮蔽物の全くない草原ステージに、ルアーを除く六人の選手が行動を開始する。

 試合開始のブザーが鳴ったのと同時、互いのオフェンスは彼我の距離が六百メートルもあるにも関わらず魔法を撃ち放ち歩み寄り始めた。

 将輝が選んだのは圧縮空気弾を放つポピュラーな魔法。対する達也は、無系統に分類される対抗魔法『術式解体(グラム・デモリッション)』で迎え撃つ。

 だが、やはりここで両者のスペックの差が出てきてしまう。近づけば近づく程、朱色の拳銃型CADを操る将輝の魔法の精度が上がっていくのに対して、処理能力で劣っている達也は防御に手一杯の状況に陥る。

 更に最悪な事に、自陣モノリス付近で待機していた吉祥寺が一高モノリスへ接近を始めた。
 しかし達也にそれを気にしている暇はない。矢継ぎ早に放たれる圧縮空気弾を『術式解体(グラム・デモリッション)』で撃ち落とす。

 幾つものサイオンの波動が舞う。幻想的な光景に、モニターを通して試合を観戦する観客は虜になっていた。
 戦況は一目見ただけでは拮抗しているように見える。だが、徐々にだが、確実に達也の処理が追いつかなくなってきている。それを不利と悟ってか、達也は歩みを止め、そしてそのまま将輝目掛けて走り始めた。
 その転換に、しかし将輝は冷静に対処する。
 
 数と精度が増した弾丸。致命傷と成り得る弾丸のみを術式解体で潰しながら、達也は草原を疾走する。
 だが、残り五十メートルを切ったところで、達也は遂に将輝の攻撃を捌ききれなくなった。潰し損ねた圧縮空気弾が襲いかかる。
 前後左右、一分の隙もなく殺到する空気弾を、達也は身につけた体捌きを以って躱す。
 残り数十メートル。僅か数歩の距離が、達也の前に分厚い壁として立ちはだかっていた。



 吉祥寺真紅郎。その名で有名なのは、やはり基本コード仮説の内、加重系統プラスコードを発見したことだろう。その時に拝命した渾名が『カーディナル・ジョージ』だ。

 『基本コード仮説』というのは、加速、加重、移動、振動、収束、発散、吸収、放出の四系統八種にそれぞれ対応したプラスとマイナス、合計十六種の基本となる魔法式が存在しており、この十六種類を組み合わせることで全ての系統魔法を構築することができるという理論だ。
 基本コードを使用した魔法は、作用力そのものを定義する為、一般の魔法に不可欠な事象改変結果を定義する必要が無い。

 例えば、加重系魔法である『破城槌』と吉祥寺が得意とする『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』は同じ効果を有する魔法だが、『破城槌』は圧力をかける面全体の状態を、加重点に圧力がかかった状態に()()()改変する必要がある。
 それに対し、『不可視の弾丸』は、圧力をかける面ーーそれは壁面でも床面でも人体の表面でも何でもいいーーの状態を書き換える必要はない。『不可視の弾丸』は圧力そのものを書き換える魔法だ。

 九十九家長女である九十九スバルが使う『圧神』はこの世に存在する全ての圧力を自在に操るBS魔法であるから、言うなれば『不可視の弾丸』は『圧神』の下位互換とも言える。
 とは言え、不可視の弾丸が厄介なのに変わりはない。なにせ通常魔法を発動するのよりも魔法式はずっと小さなもので済む上、対象物そのものの情報を改変するものではないため、対象となる事象の情報改変を妨げる『情報強化』では防御することができない。

 ただし、この世総ての現象には須らく弱点がある訳で。
 『不可視の弾丸』は、発動させる対象物を魔法師が直視しなければならない。

 そう、レオが脱ぎ捨てたマントが、硬化魔法によって翻り広がった姿のまま固まってレオの前に突き立つ。これにより吉祥寺が発動しようとしていた不可視の弾丸の魔法式が破綻し崩れた。

「だらァッ!」

 そこへ襲いかかる金属片。武装デバイスの空飛ぶ刃を、移動魔法で大きく後方へジャンプすることで躱す。しかし安堵する余裕はない。
 突如巻き起こった突風。吉祥寺は冷静に負の加重系魔法で自身にかかる慣性を減らし、風に逆らわず飛ばされることで風撃のダメージを緩和させる。

(厄介な!)

 舌打ちを漏らし、不可視の弾丸の照準をレオの後方に現れた幹比古へ向ける。
 邪魔な援護から先に潰そうと考えたのだろうが、幹比古の灰色のローブに焦点を合わせた途端、遠近感が定まらなくなった。
 陽炎のように滲むその姿に、吉祥寺は不可視の弾丸を逆手に取られたことを悟る。

「オラァ!」

 気合い迸る。
 頭上から凄まじい速度で振り下ろされるは『小通連』の刃。どうやっても回避不可能なタイミングに、思わず目を閉じた。

「ガァッ!」

 果たして苦悶の声を漏らしたのは、吉祥寺ではなくレオだった。
 達也の相手をしていたはずの将輝が、自身の参謀の危機を感じて援護したのだ。将輝の放った圧縮空気弾はレオの脇腹に完全に命中。凄まじい威力だったはずだ。しばらくは目を覚ますことはないだろう。


 だが、その援護が将輝に決定的な隙を生じさせた。
 彼の判断は決して間違っていなかった。敵を一人倒して味方を一人救ったのだから、寧ろ限りなく正解に違いないだろう。現に、救った味方はもう一人の敵を地面に叩きつけることに成功した。

 だが、ここで一つ誤算が生まれた。
 目を離してはいけなかったのだ。魔法を行使する際は、必ず意識は行使すべき対象へと向かう。この場合の将輝は、レオや吉祥寺に意識が割かれていた。
 故に、今まで空気弾で足止めを行っていた達也への弾幕が薄くなっていた。

 数字にすればほんのコンマ数秒。しかし、それだけで達也が相当の距離を詰める事は十分可能だ。

 彼我の距離が僅か数メートル。流石に焦ったのか。それとも実戦を経験した兵士の持つ、脅威に対する直感か。

 レギュレーションを超えた威力の圧縮空気弾が十六連発で達也に殺到した。

 圧倒的なその光景を見て、達也は瞬時に術式解体での対処は不可能だと判断した。しかし、達也は決して機密指定である術式解散(グラム・ディスパージョン)を使おうとはしなかった。

 その結果、迎撃は十四発までしか間に合わず、達也は最後の二発の直撃を受けた。

 「やってしまった」と、将輝は自身の足元に沈む達也を見て表情を凍り付かせた。
 あれだけ紫道に向けて過剰攻撃を止めさせようとしていたのに、自分は危機的衝動に駆られて明らかな規定オーバーの魔法を放ってしまった。
 最悪だと、将輝は自分を罵る。その動揺が、取り返しのつかない空白となった。

【肋骨骨折 肝臓血管損傷 出血多量を予測】

【戦闘力低下 許容レベルを突破】

【自己修復術式/オートスタート】

【魔法式/ロード】

【コア・エイドス・データ/バックアップよりリード】

【修復/開始ーー完了】

 それは達也の意識よりも速く始まり、達也が意識するより早く完了した。
 無意識領域での自己修復術式の使用。それは意識領域での魔法行使速度を大きく凌駕する。
 自分が倒された、と気づいた時は、既に身体の修復は完了している。

 蒼白になっている将輝の瞳が、信じられないとばかりに見開かれる。
 右足で踏み込み、不意を衝かれた将輝の顔面目掛けて拳を振り抜く。
 反射的に躱した将輝の顔の横を達也の右手が走り抜ける。

 元々当てるつもりのない軌道で放たれた右手の突きが将輝の耳元を通り過ぎた瞬間ーーー

 ーーー音響手榴弾にも似た轟音と、落雷の爆音が木霊した



☆★☆★



 ルアー解放の合図が鳴る。
 閉ざされた視界を開かぬまま、しかし標的は確と見据え、雷を落とす。それは正に第二ラウンド開始のゴング。
 開けた視界の向こう側。歪な笑みを浮かべて待ち構える男に向け、隼人は地を蹴った。

「フッ!」

 放つは五連発もの雷の矢。大会規定ギリギリの威力に絞られた雷速の矢は、しかし標的に当たることなく霧散した。
 高電圧の雷に焼かれた『盾』が崩れ落ちる。
 紫道が使ったのはレオのマントを硬化した盾だ。彼がどうやってそれを手元に手繰り寄せたのかは分からない。

「そんなのどうでもいい…!」

 距離を詰めつつ矢を放ち続ける。焼け焦げて使い物にならなくなった盾を投げ捨てて、紫道は驚異的な反射スピードと身体能力を以ってそれを躱す。

 地面が抉れ、土煙が舞う。

「摩天楼!」

 想像が力を持って具現化し、巻き起こった四つの竜巻が紫道を呑み込む。
 だがここで攻撃の手を緩めることはしない。敵の危険度はこれまでの接触で否応なく理解している。だからこその、追い打ち。

 放つは一つに束ねた四条の雷矢。世界を見通す眼をスコープ代わりに放った魔法は、間違いなく勝負を決する程の威力であった。

「ハァ…ハァッ…」

 限度を超えた魔法行使によって、脳がオーバーヒートを起こしている。
 手足が震えている。どうやら相当無理したようだ。
 これからは処理能力の訓練もしなければならない。



「モウ終ワリ、か?」


 ぞくり、と。
 恐ろしいまでの怖気が、背筋を撫でた。

「残念、ダ」

 地を這う雷撃が、全身を貫いた。



ーーto be continuedーー 
 

 
後書き
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