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晃とクロ 〜動物達の戦い〜

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1部分:第一章


第一章

                 晃とクロ 〜動物達の戦い〜
 この頃街に変な噂が流行っている。何でも動物が人間の言葉を話すというのだ。
「三組の上原も聞いたそうだぜ」
 クラスでもその話題でもちきりだった。休み時間になると皆その話でヒソヒソと顔を合わせていた。
「猫が人間の言葉を話すってよ」
「それ本当!?」
 女の子達がそれを聞いて今話した男子生徒に尋ねる。
「ああ、本当らしい」
 その男子生徒はさも自分が見て来たような態度で語る。
「壁の上にいる猫がさ、話したらしいんだ。何処へ行くんだってな」
「うわっ、本当だったんだ」
 自分が見たわけでも聞いたわけでもないのにこう言う。話を聞く方も何か自分の様に感じているみたいだった。
「それでその猫はどうなったの?」
「そのままプイッてどっか行っちゃったらしいんだ」
 男子生徒は語る。
「何でもやたら大きな黒猫らしいけれど。まだこの街にいるかもな」
「気持ち悪いわね」
「そうよねえ、人間の言葉を話す猫なんて」
「動物を見たら気をつけようぜ。うちの犬だって不意に言葉を話すかも知れないしな」
「そうね」
「うちのハムスターにも気をつけなくちゃ。人間の言葉を話すなんて気味がわるいわ」
 そんな話ばかり学校で流行っていた。もう漫画やゲームの話は一切なく、動物が話すだの話さないだのそうした話ばかりになっていた。そしてこれは生徒だけではなかった。
「また出たそうですな」
「どうやらそうみたいで」
 教師達もそれは同じだった。職員室でも生徒指導よりもその話ばかりで授業中でもそれは出る。犬が話しただの烏が話しただのばかりだ。そして家でも親がその話をする。
「雀が話をしていたらしいわよ」
「鯉もらしいな」
 とにかく何でもかんでも人間の言葉を話すという。それだけ沢山の生物が話しているのを見たり聞いたりしていれば絶対に誰かそれをテープレコーダーか何かに録音している筈だがそれはなかった。これが非常に不思議なことであった。
「じゃあ何で誰も直接見たり聞いたりしていないんだよ」
 それを不思議に思う少年がいた。この中学校の四組にいる国本晃であった。彼はサッカー部に所属するごく普通の少年であった。サッカー少年らしく日に焼けて明るい顔をしている。髪は短く切って黒いままである。みなりも学校の成績も特に変わりのないごく普通の少年であった。
 彼はこうした話に対して眉に唾をつけていた。これだけ一杯話が出ているのに実際に会った人間はいないからだ。その三組の上原にしても二組の宮脇に聞いたという。結局誰が噂のもとなのかわからない程なのだ。先生にしろそれは同じで藤熊先生に聞いただの山崎先生に聞いただのだ。誰が見たのかさえわかりはしなかった。
「噂話なんだろ、結局は」
 晃はそう思っていた。だからこの話を白けた顔で聞いていた。どうせすぐに消えてまた別の話題に移っていく。そう思っていた。 
 その日もそうだった。彼は部活を終えて自転車で家に帰っていた。その途中ふと声がしたのだ。
「なあ」
「!?」
 最初は同じ部活の誰かが呼び止めたのだと思った。
「なあって」
 また声がした。思わず自転車を止めた。
「誰なんだよ、一体」
 もう辺りは暗くなりはじめている。彼はその中で周りを見回した。
「誰もいないじゃないか」
「いるよ」
 けれどまた声がした。
「いるって何処にだよ」
 やはり誰もいない。家と灯りが見えるだけだった。もう段々寒くなってきていた。出来ることならこのまま帰りたかった。
「だからここだって」
 声は下の方から聞こえてきていた。そしてそこには一匹の黒猫がいた。
「ここだって」
「俺だよ」
 その時黒猫がしゃべった。
「俺が呼んでたんだよ」
「呼んでたって」
 その黒猫を見て晃の顔が段々強張ってきた。
「まさか、なあ」
 にわかには信じたくはなかった。今までそれを頭から否定してきたのだから。
「そのまさかだよ」
 だが黒猫はまた言った。
「俺はな、しゃべれるんだよ」
「嘘つけ」
 それでも彼はそれを必死に否定しようとした。
「これは夢だろ」
「夢なんかじゃねえよ」
 黒猫はそれを否定した。
「夢だったらほっぺたをつねってみな。よくわかるから」
「わかったよ。それじゃあ」
 それで実際につねってみた。すると痛かった。
「どうだい?わかったかい?」
「ああ」
 認めるしかなかった。これは夢ではなかった。
「本当の話だったんだ」
「そうさ。話せる奴は俺の他にもいるぜ」
「犬や鼠も?」
「そうさ、烏や雀もな」
 黒猫は言った。
「かなりの数の奴が話せるようになってるぜ」
「どうしてそんなことになったんだい?」
「知りたいか?」
「それはね」
 晃は答えた。
「だって。普通動物が人間の言葉を話せるなんて有り得ないから」
「そうだよな。じゃあまあここじゃ何だから」
 猫は辺りを見回してからまた言った。
「場所を変えようぜ。いいかい?」
 晃は猫を自転車の籠に入れて出発した。そして自分の家に帰った。
「お帰りなさい」
 すぐに母親が出迎えてくれた。
「あら、猫」
 そして息子が猫を抱えているのに気付いた。
「どうしたのよ。拾って来たの?」
「うん」
 晃は答えた。
「ちょっとね」
「その猫は話したりなんかしないわよね」
「まさか。そんなことあるわけないじゃないか」
 本当のことなぞ言える筈もなかった。晃はここは黙っておくことにした。
「道で捨てられていたのを見つけたんだけれど。どうしようかな」
「そうね」
 実は母は猫は嫌いではない。父もだ。むしろかなり好きな方である。去年までかなり年老いた猫を飼っており、それがいなくなって寂しい思いをしていた程である。
「丁度今いないしね」
「じゃあ飼っていい?」
「ええ。そのかわりちゃんと面倒見るのよ」
「うん」
 こうして黒猫はすぐに家族に迎え入れられた。とりあえずは風呂に入れられその後で晃の部屋に入れられた。そして猫用のミルクを与えられていた。
 部屋はごくありふれた中学生の部屋だった。勉強机にベッド、プレイステーション2、そして本や漫画、CDにゲームソフトが入れられた本棚。壁には女性アイドルグループのポスターにサッカー選手のサインが飾られている。特に何の変哲もない部屋だった。今ここに人間の言葉を話す猫がいる以外は。
「悪いな、飼ってもらえるなんてよ」
 猫はミルクを舐めながら言う。
「話すだけだと思ったのに」
「どうせ野良猫だったんだろう?」
「まあな」
 黒猫は顔を上げてそれに答える。
「生まれてからな。ずっとこの街にいたけれどな」
「どれ位?」
「まだ一年も経っちゃいないか。まあそんなところだ」
「じゃあ猫の年齢で言うと二十歳位?」
「そうだな。まあ御前さんよりは年上になるな」
 猫は一年で成年になる。子猫から急に大きくなるものなのである。
「じゃあお兄さんか」
「歳のことなんていいさ。どっちみち人間と猫じゃ比べ物にならないし」
「それもそうだね」
「で、話だけどな」
 猫は道での話に戻ることにした。
「俺が話せるようになったわけだがな」
「やっぱり何かあるんだね」
「そうさ。実はな、食べたんだよ」
「何を?」
「脳味噌をさ」
 猫は言った。それを聞いて晃の顔にさっと不吉なものが走った。
「脳味噌って」
「人間の脳味噌をな。食べたんだよ」
「えっ」
 それを聞いて思い切り引いた。顔が青くなる。
「人間のって」
「街の外れの寺でな。もらったんだよ」
「街の外れの」
 もう潰れかけの古い寺だ。年老いた住職が一人いるだけだ。最近では殆ど姿を見せないし人も来ない。時折肝試しにも使われるような場所である。お化け屋敷の様に街では言われている。
「あそこに」
「あそこはな、まだ土葬なんだよ」
 猫は言う。
「それで脳味噌もな。残るんだよ」
「まさか」
 だが晃はその言葉を否定した。
「そんなこと。それにまだ土葬なんて」
「わかっちゃいないな。確かに昔に比べて減ったらしいけれどな」
 猫は晃に説明した。
「まだ残ってる場所もあるんだよ。火葬じゃない墓も結構残ってるんだぜ」
「そうだったの」
「その死体からな。脳味噌を拝借するんだよ」
 猫の顔が無気味なものに見えてきた。まるで化け猫のそれの様に。
「それを食べるとな。こうして話せるようになるんだ」
「人間の言葉をだね」
「そうさ。驚いたかい?」
「驚くも何も信じられないよ」
 晃は眉を顰めてこう返した。
 
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