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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン24 鉄砲水と太陽神(後)

 
前書き
これは前後篇のうち後篇です。
このページ先に開いちゃった人は今すぐ前編から読み直すと幸せになれるかも。 

 
「こ、これは!?」
『「ふざけるナ、まだ勝負はついていなイ」』

 フランツの声が二重に聞こえる。まるで、まったく別の何かが彼の口を動かして喋っているかのように。

「……あなた、一体誰なのですか?私の研究員を操り、ラーのカードを盗み出すとは」
『「これハこれハ、ペガサス・J・クロフォード氏。久しぶリ、あえてこう言わせテ貰おうカ」』
「………What()?」
『「こうしてお会いすルのは初だったカ、コれは失礼しタ。私の名ハ、アバター。邪神(デビルズ)アバター、とイう方ガわカりやすいかネ?」』
「ア、アバター!?」

 どうやら会長、いや、ペガサス会長。そうだ、どこかで見た顔だと思ったら、テレビや雑誌でしょっちゅう見る顔だ。デュエルモンスターズの生みの親、ペガサス・J・クロフォード氏。なるほど、そんな偉い人ならラーの翼神竜のコピーカードなんてすさまじいものを持っていても不思議はない。何しろ、オリジナルのラーだってもとはといえばあの人が作ったカードなんだから。と、気になっていたことが一つはっきりしてスッキリしたところでペガサス会長とアバター?の話に耳を傾ける。どうやらこのデュエル、さっきラーを倒したからはい終了、なんて気楽にはいかなさそうだ。

『「ソうとモ。ペガサス氏、貴方がオリジナルの、太陽神(ラー)をはじメとした三幻神を封ジるためニ構想だけしたもノの、結局デザインのミで終わったモンスター、三邪神。コこまで来るのは苦労しタよ、こノ男の邪念に干渉シて先ほど御覧に入レた球体形のカードを作らセ、さらにソのカードを通じて膨れ上がラせた邪念によッてこの私、アバターをカードとシて作るように仕向けサせた。もっとも、この男は自力で『邪神アバター』の構想を思イついた気になっテいるがね」』
「バカな……アバターが、私がほんの気の迷いでデザインしたあの(まが)つ神が、カードになったデスって?」
『「そウとも。一度デザインした時点で、何をシようとも『邪神アバター(わたし)』という概念はもう消すことができない。だが、概念だけではさすがの私もできるコとには限りがある。真の力を発揮するために、私自身を形あるカードにする……そのための隠れ蓑として、偽の太陽神を利用させてもラったというわけさ。さて、スまないがそろそろどいてもらおうか。今はそこの少年とデュエルをしている最中なモのでね。箸にも棒にもカからぬ代物とはいえ、ラーを倒すとはなかなか見どころがあル。それにその闇の力、ただの人間でもないヨようだしな」』

 フランツ……いや、アバターがこちらに向き直る。姿かたちこそフランツのままだったが、はっきりわかる。これはさっきまで相手していたのとは全くの別人、アバターだ。

「そ、その前にさ。一つだけ教えてもらおうか、アバター」
『「ほう、何かな?」』
「とぼけないで!チャクチャルさんの力を吸い取ってグロッキーにしたのもお前だろ!」
『「ああ、あの地縛神……だっタかな?私とよく似た性質の闇の力に満ちていたものデね、利用させてもラったよ。あの者もてっきり途中で抵抗ぐらいしてくると思ったのだがな、それほどの体力は残っていただろうに」』
「え?」
『「よほどこの土地に重要なもノを置いてあったらしく、ある程度吸ったあたりから残りの力でこの島全域に結界のようなものを張ったらしくてな。オかげでこの人間の体を使わねば島に入ることすらできなかったよ」』
「チャクチャルさん……」

 もしかして、いや、間違いないだろう。守ってくれたんだ、チャクチャルさんが。ありがとう、と手札で沈黙するチャクチャルさんに心の中でお礼を言う。

『「さて、そちらの用はそれくらいかな?私もだいぶ、喋り方に慣れてきた。よければそろそろ、デュエルを続けようではないか」』

 そう言われてみれば、確かに最初のころはぎこちなかったアバターの言葉もだいぶ滑らかになっている。フランツの体になれてきた、ということだろうか。

「ああ、いいよ。それじゃあ改めて、第二ラウンドと洒落込もう!僕はもうターンエンドだ、かかっておいでよアバター」
『「いいだろう。だが、一つ訂正だ。その前、ラーが破壊された瞬間に私の伏せたリバースカード、道連れが発動!私のモンスターが墓地に送られた時、相手モンスターを破壊する。仮にも神を倒したのだ、その王にもそれなりの報いは受けてもらわないとな。妄念のゴッド・フェニックス」』

 アバターが宣言するとすぐ近くの地面がいきなり爆ぜ、地獄の底からどす黒く燃える不死鳥が舞い上がってきた。憎しみに満ちた目付きの不死鳥が、霧の王へ覆いかぶさるようにして襲い掛かる。瞬間発生した衝撃から思わず顔を守り、恐る恐る目を開けてみるとそこにはもう霧の王の姿も不死鳥もおらず、地面にぽっかりと空いた穴のみが今起きたことが現実であると物語っていた。

「霧の王が……」
『「そして私のターン。モンスターをセットし、カードを伏せる。ターン終了だ」』

 清明 LP3000 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:バブル・ブリンガー

 アバター LP100 手札:2
モンスター:???(セット)
魔法・罠:1(伏せ)
場:神縛りの塚

「ぼ、僕のターン!ドロー……よし!ツーヘッド・シャークを召喚して、召喚時効果を発動!自分フィールドの魚族レベル4モンスターのレベルを1つ下げる!」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200 ☆4→3

 ツーヘッドは2回攻撃の能力を持ち、伏せモンスターを噛み砕いた後でさらに追撃のダイレクトアタックができる。だけど、ただ召喚しただけだとお互いに効力が及ぶバブル・ブリンガーのせいでレベル4のツーヘッドは直接攻撃ができない。そこで役に立つのが、普段めったに使わないもう一つの効果。レベルを3に下げることでバブル・ブリンガーの適用範囲から外れ、晴れてダイレクトアタックを決められるというわけだ。あとは、あの伏せモンスターの守備力が1200未満なことを祈るのみ。

『「ならばトラップカード、強化蘇生を発動!私の墓地のレベル4以下のモンスターのレベルを1つ、攻守を100ポイント上げて蘇生する。死の淵より蘇れ、ラーの使徒よ!」』

 ラーの使徒 守800→900 攻1100→1200 ☆4→5

「ここでラーの使徒?……あっ!」
『「ラーの使徒は特殊召喚した時、手札、デッキからラーの使徒を合計3体になるまで特殊召喚できる。私はデッキから、さらに2体の使徒を特殊召喚!」』

 ラーの使徒 守800
 ラーの使徒 守800

「だけど、いくら壁を増やしたって!ツーヘッド、まずは強化蘇生で出てきたラーの使徒に攻撃!」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200→ラーの使徒 守900(破壊)

 さて、もう一度の攻撃をどのモンスターにするか。伏せモンスターを攻撃してもいいけど、リバース効果持ちだった場合どうなるかわからない。ここは一呼吸おいて、ラーの使徒に攻撃すべきか……いや、待てよ。なんでわざわざ攻撃前のタイミングにラーの使徒を蘇生したんだ?あの伏せモンスターに攻撃してほしくない理由があるのかもしれない。ラーの使徒に攻撃を誘導しようとしているとすれば、どうする?

「もう一撃は、伏せモンスターに攻撃!」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200→??? 守700(破壊)

 鋭い鮫の牙が伏せモンスターを一撃で粉砕する。その直前、一つ目のにんまり笑った顔が見えた。

『「カオスポッドのリバース効果を発動。全てのフィールド上モンスターをデッキに戻してシャッフルし、戻した数だけデッキからカードをめくってその中のレベル4以下のモンスターを裏側守備表示でセットする」』
「なるほど、ラーの使徒を出したのは攻撃誘導なんかじゃなくて……」
『「初めからこれが狙いだった。私が戻すモンスターはラーの使徒2枚、よって2枚のカードをめくる。速攻のかかし、そして死者蘇生か。速攻のかかしをセットし、死者蘇生を墓地に送る」』
「先を読んだつもりで、まんまと読まれてたってわけか。僕が戻すのはツーヘッド1枚、だからめくるカードも1枚。シャクトパスか」

 フィールドには共に何がいるかわかっている伏せモンスターが1体ずつ。だけど、速攻のかかしがセットされているからって何ができるってんだ。あれは手札にいないと意味のないカードだからね。しかも捨てた1枚は制限カードの死者蘇生、まだこっちにも運はある。

「ターンエンド」
『「私のターン。速攻のかかしを反転召喚」』
「なっ!?」

 速攻のかかし 攻0

 不気味に佇む金属製のかかし。壁にするぐらいならともかく、この状況で反転召喚?

『「魔法カード、機械複製術を発動。デッキから同名モンスターをさらに2体特殊召喚する」』

 速攻のかかし 攻0
 速攻のかかし 攻0

 さらに増えるかかしが3体。3体?……まさか!

『「さすがに気付いたか、だがもう遅い。モンスター3体をリリースし、私自身を召喚!」』

 でろり、と音がしたような気がした。周りの木が、石が、草が地面にかすかにかけていた薄い影が意志を持つかのようにもぞもぞと一斉に動き出し、アバターの影のもとに集結していく。そしてその影が遂にフランツの体から離れて独立した意志を持つかのごとく空中に浮かび、ぼこぼこと気持ちの悪い膨れ上がり方をしていく。そして最終的に、それは真っ黒な……本当に真っ黒な、ただの一点の染みも色むらもないのっぺりとした球体になった。

 邪神アバター 攻?

「攻撃力が、ない……?」

 まるでさっき僕のモンスターをリリースして召喚されたラーの球体形から全ての色を取り去ったようなその形をじっと見ていると、わけもなく寒気がした。

『「伏せられたシャクトパスに攻撃……ダークネスコンバット・イート」』

 闇の塊が、動きだす。影が凝縮されて人間サイズにまで縮み、さらにその姿を変えていく。最初は何が起きているのかまるで分らなかったけれど、次第にアバターの姿が見覚えのあるものに変わっていった。

「な、なんでアバターがシャクトパスに」

 あの姿を僕が見間違えるわけがない。僕のデッキのメインアタッカーの1体、シャクトパスを。

『「これは失礼、説明がなかったか。私自身には見ての通り、攻撃力が存在しない。だが、私にとって固定値は不要。私の攻守は、いかなる場合においても私以外の一番攻撃力数値が高いモンスターの攻撃力、それに100を足した数値となる。シャクトパスの攻撃力は1600だったな」』

 邪神アバター(シャクトパスベース) 攻1700→シャクトパス 守800(破壊)

『「そして、神縛りの塚はいまだ生きている。ちなみに私のレベルもまた、神と同じ10だ」』
「ぐわっ!?」

 清明 LP3000→2000

 ライフ1000はダメージ的にも肉体的にも痛いけれど、そんなことは気にならなかった。邪神シャクトパスの姿に、本家シャクトパスの呪いが絡みついていく。

『「………」』
「シャクトパスの効果発動!このモンスターが戦闘で破壊された時、そのモンスター1体の装備カードになって表示形式の変更と攻撃を封じて、さらに攻撃力を0にする!」

 邪神アバター 攻0

 アバターが再び球体に戻るが、その全身には依然としてタコ足が茨のように絡みついている。シャクトパスの効果は対象を取らないから、神縛りの塚にも妨害されないってわけだ。

『「ターン終了だ。ああ、もう1つ言い忘れていたよ。私の召喚に成功してから相手ターンで数えて2ターンの間、空いては魔法も罠も使うことができない。せいぜいモンスターが引けるように祈っておきたまえ」』

 清明 LP2000 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:バブル・ブリンガー
     シャクトパス(アバター)

 アバター LP100 手札:0
モンスター:邪神アバター(攻・シャクトパス)
魔法・罠:なし
場:神縛りの塚

「僕のターン、ドロー!くっ、ターンエンド」

 ドローカードは魔法カード、スター・ブラスト。モンスターのレベルをライフを払うことで下げることができるいいカードではあるけれど、アバターのせいで僕の魔法カードは封じられていて意味がない。それに今の僕のライフポイントだと、レベル10のチャクチャルさんを通常召喚できるようになるまでレベルダウンさせるのは無理だし。

『「私のターン、ドロー。永続魔法、フィールドバリアを発動。このカードが会う限りフィールド魔法は破壊できず、新たに発動することもできない。ターンエンドだ」』

 清明 LP2000 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:バブル・ブリンガー
     シャクトパス(アバター)

 アバター LP100 手札:0
モンスター:邪神アバター(攻・シャクトパス)
魔法・罠:フィールドバリア
場:神縛りの塚

 ありがたいことに、がら空きの場にモンスターを出されて攻撃されずに済んだ。この浮いた1ターンを生かすか殺すかは、僕次第。シャクトパスの効果が聞いているうちなら、神を倒すことも夢ではないはずだ。

「ドロー!よしっ、ハリマンボウを召喚!」

 ハリマンボウ 攻1500

「アバター、今のお前の攻撃力はシャクトパスの力で0!ハリマンボウの一撃で僕の………」

 勝ちだ、ということはできなかった。またしてもグニャグニャと球体アバターの姿が歪んでいき、その姿がハリマンボウのものになったのを見たからだ。

 邪神アバター(ハリマンボウベース) 攻0→1600

「ちょっと待ってよ、なんで攻撃力が0になったのにまた」
『「いかなる場合においても、と言わなかったか?こんな下級モンスターごときの力で、私を縛り付けられるなどと思っていたのか?」』

 いくら0にしたところで、次の瞬間にはまた攻撃力が復活する。とんでもなく理不尽な話だ、これじゃあどうやったって戦闘では勝てない。魔法も罠も封じられる。これが、邪神。

「ターン……エンド………」
『「私のターン。効果の意味も薄いとはいえこんなものをいつまでもつけておくのも目障りだ、サイクロンを発動。私にしがみついているシャクトパスを破壊する」』

 シャクトパスのタコ足がちぎれ、それすらもアバターの体に取り込まれていく。

『「バトルだ、ハリマンボウに攻撃。戦闘ダメージはわずか100だが、神縛りの塚の効果も受けてもらう」』

 邪神アバター(ハリマンボウベース) 攻1600→ハリマンボウ 攻1500(破壊)
 清明 LP2000→1900→900

 アバターのライフはわずか100。なのに、そのたった100のライフが削れない。たった…たった100のライフが、奪えない…。

「ハリマンボウは墓地に送られた時にモンスター1体の攻撃力を500下げる。だけど」

 変身対象であるモンスターが消えたことで再びぐにょぐにょと元の球体に戻るアバターを見て、ハリマンボウの効果である永続的な攻撃力低下も効かないことを悟る。いかなる場合も100上回る、だから下げたところでどうせすぐに元に戻るんだ。

 邪神アバター 攻0

「わかったよ、ドロー……ターンエンド」
『「私のターン、ドロー。マッシブ・ウォリアーを攻撃表示で召喚し、(アバター)がその姿を映し出す」』

 マッシブ・ウォリアー 攻600
 邪神アバター(マッシブ・ウォリアーベース) 攻700

『「残念ながらバブル・ブリンガーは既に発動されているカード。私といえども従わざるを得ないため攻撃はできないが、レベル2のマッシブ・ウォリアーには関係のないことだ」』

 マッシブ・ウォリアー 攻600→清明(直接攻撃)
 清明 LP900→300

「くっ……この程度!」

 清明 LP300 手札:3
モンスター:なし
魔法・罠:バブル・ブリンガー

 アバター LP100 手札:0
モンスター:邪神アバター(攻・シャクトパス)
      マッシブ・ウォリアー(攻)
魔法・罠:フィールドバリア
場:神縛りの塚

 バブル・ブリンガーにまた救われた、か。だけど、次のドローが正真正銘のラストチャンス。レベルを1下げるのにも500ライフが必要なスター・ブラストはもう手札コストにしかならないし、さっきのターン引いたカードは使ったところで神縛りの塚の的を増やすだけのサルベージ。だから、チャクチャルさんを召喚できるかどうかはこのカード次第だ。唯一の救いがあるとすれば、アバターの魔法罠封印効果がさっきのターンで切れたということだ。このターンからは魔法カードが使える、これを生かすことができればあるいは。

「僕のターン、ドローッ!」

 カードを引いた瞬間、体がすっと楽になった気がした。恐怖だとか畏れだとか、そういったので吹っ切れたわけじゃない。今回もまたデッキが応えてくれたのが、無意識のうちにわかったのかもしれない。

「魔法カード、おろかな埋葬を発動!デッキからモンスターカード、ハリマンボウを墓地に送る。この瞬間ハリマンボウの効果をマッシブ・ウォリアーに発動、末子部の攻撃力が下がったことでアバター、お前の攻撃力もその分下がる」
『「確かに。だが、そんなことをしたところで新たなモンスターを召喚すれば意味がない」』

 マッシブ・ウォリアー 攻600→100
 邪神アバター(マッシブ・ウォリアーベース) 攻700→200

「僕の狙いはそっちじゃないね。バブル・ブリンガーのさらなる効果を発動することさ!表側表示のこのカードを墓地に送ることで、レベル3以下の同名水属性モンスター2体を特殊召喚する!ハリマンボウ、カモーン!」

 ハリマンボウ 攻1500
 ハリマンボウ 攻1500
 邪神アバター(ハリマンボウベース) 攻1600

 再びアバターの姿が変わる。だけどもう、そんなもの怖くない。

「ハリマンボウ2体をリリース!七つの海の力を纏い、穢れた大地を突き抜けろ!アドバンス召喚、地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)!」

 地縛神 Chacu Challhua 攻2900
 邪神アバター(地縛神ベース) 攻3000

『「一度私に敗れた神に再び頼るか。もう少し見どころのある人間だと思ったのだがな」』
「へっ、そっちこそもう少し見どころのある神様だと思ってたんだけどね、邪神さん?ねえ、チャクチャルさん。そろそろ寝たふりはやめたら?」
『……なんだマスター、いつから気づいていた?』

 案の定多少つらそうではあるものの、割合ぴんぴんした声を返してくるチャクチャルさん。まったく、こっちの神様にも困ったものだ。

「気づいたのはついさっきだよ。チャクチャルさんが残った力でこの島全体に結界を張った、ってアバターから聞いたあたり。この島に結界を張ったってのは、要するに誘い込みでしょ?自分のパワーを囮にしてアバターを誘い込んでから倒そうとした。違う?」
『いや、続けてくれ』
「力を吸い取られてある程度弱っていたのは本当、だけど動けなくなるほどじゃない。僕の前でそれ以上に弱ったふりして見せたのは、おおかた自分一人で片を付けようとしてたから。行動不能になって沈黙したように見せかけてれば、僕に怪しまれずにいくらでも動き回れる。だけど誤算として、僕がチャクチャルさんの想定以上にそれに怒って自力で犯人を捜し出して先にデュエルを始めちゃった。そんなとこ?」
『驚いたな、正解だ。アバター、1つ教えてやろう。お前は確かに強い。三幻神を押さえつけるための抑止力というのは嘘ではなさそうだ。実際、正面から力でお前に勝てるものは数少ないだろう。だが、まだ生まれ出でてから日が浅いな。私がナスカで生き続けてきた五千年、世界の動きを常に観察しつづけてきたその日々の深さに比べれば、力一辺倒のその生き方はあまりにも脆い』
『「何……?」』
『私の前にはそんな力、何の意味もないと言っているのさ。いつの日にか、もっと駆け引きを身に着けたらまた遊んでやろう。……行くぞ、マスター!』

「当り前さ!チャクチャルさんは自身の効果により、相手プレイヤーにダイレクトアタックできる!いくらアバターが強くなっても、プレイヤーへの攻撃には意味がない!流れ去れ、ミッドナイト・フラッド!」
『「そんな、私が……」』

 地縛神 Chacu Challhua 攻2900→アバター(直接攻撃)
 アバター LP100→0





「ふー……でも実際問題、お前は強かったよ、アバター」

 結果的には僕の勝ちだけど、もう一度戦ったらどうなっていたかはわからない。このデュエルは実質、アバターが途中でフランツから引き継いだものだからだ。もし最初からアバターの方が出てきていたら、まったく別の結末になっていたかもしれない。
 まあそんなこと、おくびにも出さないけどね。それもまた駆け引きの1つ、ハッタリをかますってやつさ。
 満ち足りた気分で倒れたままのフランツが落としたジェネックスのメダルを拾い、素早く懐にしまいこむ。これもまた勝者の特権。……と、そこでこちらをじっと見つめるペガサス会長の視線に気づいた。いや、その眼は正確には僕を見ていない。僕の持つデュエルディスク、それを見つめていた。

「………?」
「十代ボーイ、すみませんがフランツのことをお願いしマース。それと清明ボーイ、でしたか?ユーには少々聞きたいことがあるので、こちらに来てくだサーイ」

 そう言って森の中に足を進めるペガサス会長。そのシリアスな雰囲気に、訳が分からないながらもついていく。

「(チャクチャルさんチャクチャルさん、なんなんだろいったい)」
『(そうだな。考えられる線としては、私とメタイオンのことだろうな。なにせあちらからすればいきなり見たこともないカードを使いだしたんだ、思うところも色々あるだろう)』

 あ。自分の犯したとんでもないミスを前に、さーっと顔から血の気が引いていくのが分かった。そうだ、確かにあの2枚はどこを探しても世界に1枚しかないカード。そんなものを見せられてカードの開発会社がどう思うかなんて、考えるまでもないだろう。下手すると退学どころか、不正カード使用の罪で一生デュエルの表舞台からの追放もありうる。今すぐ逃げ出そうかなんてことを割と本気で検討し始めたあたりで、ペガサス会長が足を止めた。そのままこちらに振り向き、周囲に誰もいないことを確認する。

「あの、ペガサス会長」
「清明ボーイ、あなたはデュエルモンスターズが好きですか?」
「はい?……ええ、もちろんです」

 何を言われるかと思っていたら、まったくの想定外の質問。思わず聞き返したが、ペガサス会長の真剣な顔を見てすぐに答え直す。もちろん好きだ、そんなことは決まっている。
 するとその答えが気に入ったのか、彼はふっと笑みを浮かべた。

「そうですか。ならば清明ボーイ、あなたが使っていたあの2枚のカードについて、私は何も聞きまセーン。代わりにこれを差し上げまショウ」

 そう言って何やら高級そうな紙を取り出し、そこにすらすらと何か文字を書いてからハンコを押し、それを僕に差し出した。読むと、I2(インダストリアル・イリュージョン)社公認・新規カードテスター証明書、と書いてあった。

「これは……」
「もしあなたの持っているカードについてとやかく言われるようなことがあれば、その紙を見せておやりなさい。恐らくそれで相手も黙るはずデース」
「あ、ありがとうございます」

 僕ができる限りきれいに折りたたんでその紙を仕舞い込むのを待ってから、ペガサス会長がまた口を開いた。

「さて、本題はこのことではありまセーン。あなたが最後のターンに話していた相手、あれはもしやカードの精霊、と呼ばれるものではないですか?」
「え、ええ……」
「それならばあなたのその才能を見込んで、1つ頼みがあります。この2枚のカードを預かっていて欲しいのデース」

 その言葉とともに、2枚のカードを差し出してくる。受け取って確かめてみるが、なんとそのカードはどちらも白紙………テキストもイラストも何もない、裏面しかないただのカード。ペガサス会長を見返すと、重々しく頷かれた。

「イエース、ユーの言いたいことはわかります。確かにこれは白紙のカード……ですが、このカードを持っていて欲しいのでーす。それは新しいカードを作っている最中に偶然できたエラーカードということになっていますが、見た瞬間に私はピンと来ました。このカードはエラーカードなんかではなく、真に自分を使いこなせる主以外の手に渡りたくないだけだと」

 そう言われて、改めてその白紙のカードを見る。ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ、その真っ白な面に何かイラストが見えたような気がした。

「あっ!」
「ええ、私にも見えまシタ。精霊の見えるあなたのようなデュエリストなら、もしかしたらこのカードの心を開くことができるのかもしれない。だから私は、このカードを託したいのデース。どうです、受け取ってもらえないでしょうか?」

 白紙のカードの心を開け、か。なるほど、面白い話だ。こんな突拍子もない話もすんなり信じられるあたり、つくづく不思議なことにも慣れたもんだ。

「喜んで。むしろ、こっちからお願いしたいぐらいですよ」
「ワオ!ではお礼に、私の大好きなコミック『ファニーラビット』の全巻セットを今度デュエルアカデミアに寄贈しまショウ!」

 そんなのいいから水属性の新カード作ってくれ、とは言い難い雰囲気だったのでぐっと我慢する。うう、せっかくデュエルモンスターズの生みの親がいるっていうのに。

「それと、ユーたちは学生ですからまだワインは無理デスネ。ならば最高のチーズ、ゴルゴンゾーラも寄贈します」
「本当ですか!?いよっしゃあ、ありがとうございます!!」

 その後、ペガサス会長は正気を取り戻したフランツとともにアカデミアを去っていった。島には隼人も来ていたのだが、僕はなにしろずっと井戸にいたもんだから結局帰りがけに少し挨拶するぐらいしかできなかった。知ってたらもう少し校舎内にいたんだけど、残念。ちなみに、ファニーラビットとゴルゴンゾーラは今週中には届けてくれるらしい。アメコミはともかく、チーズは楽しみだ。ゴルゴンゾーラ、一体どんな料理や菓子に使ってやろうか。










 その夜。地縛神は、今日も清明が寝静まった後にレッド寮の屋根の上に来ていた。考えるのは、今日のことだ。なぜ、アバターがあんなところにいたのか。確かにアバター自身の説明も筋が通ってはいたが、それでも一つ腑に落ちない点があった。それは、アバターのした話の最初の部分。

『一度デザインした時点で、何をシようとも『邪神アバター(わたし)』という概念はもう消すことができない』

 この部分が、どうにもチャクチャルアには気にかかっていた。本当に、そうなのだろうか。邪神といえど、作られていないのならば言ってしまえばたかがデザイン。大昔のエジプトで行われていた決闘(ディアハ)における魔物(カー)や自分たち地縛神のように最初から実体のあるものならともかく、数年前にデザインされただけに過ぎない存在がそこまで確固たる自我を持つものなのだろうか。
 チャクチャルアは思慮深く、用心深い。昼に清明がやってのけた説明は、実は半分しか当たっていない。確かに彼はまだまだ余裕があったにもかかわらずあえて死にかかったふりをして清明の目を欺こうとした。だが、それがアバターを倒そうとしたためというのは間違っている。むしろ彼は清明を信頼し、あの相手ならば清明(マスター)一人でもなんとかできるだろうとまで思っていた。彼がやろうとしていたのは、そのさらに上。アバターの背後にさらに何らかの影があったとして、それを確かめるために動こうとしていたのだ。
 だがその結果は振るわず、やむを得ないと清明の元に戻ってきたところで丁度自分が召喚され、中途半端に当たった推理が展開された。とりあえずは清明の目をごまかすためにも肯定しておいたが、それは正しいことだったのだろうか。それとも最初から自分の考えすぎで、アバターの言葉がすべてだったのだろうか。彼の疑問に答えるものは誰もいないが、その様子を隠れ見て嘲笑う影はいた。

「あはははは、さっすがに頭が切れるねー、ああいうロック系モンスターはさー。ま、せいぜい頑張って考えなよ、こっちはいろいろと準備があるんだから、さ~。圧倒的な黒色が、世界の色を塗りつぶす。シンクロ召喚~、ってね」 
 

 
後書き
アバター出すなんて考えなければ球体形を入れて構成変える手間含めてももう少し早く出来上がっていたのですが。
息抜きにR読んでたせいでせっかくのラー回ならと、どうしても出したくなったのが原因。 
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