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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第十九話。奈落の底で……

瞬間、目の前に広がったのは______舗装された道路、広大な田畑、遠くに見える古い民家。
ここは______⁉︎
脳がズキンと痛み出した。
そうだ。ここは……。
『富士蔵村』______俺達が脱出した、あの村だ!
脳内に広がったのは『村』に関する断片的な記憶。
ここが『人喰い村』だと言うのは思い出せても、まだ自分の事は思い出せない。
つまり、それだけこの、『四度目の夢』の効果は確実性が高いという事なんだろう。
と、その時。
聞き覚えがありまくる声が聞こえてきた。

「あはははっ、まさか自分から消え去ろうとするとは思わなかったよ?」

窓の外からその語尾上がりの特徴的な声が聞こえてきた。
この声は……。

「朱井詞乃……」

そう。窓の外に立っていたその少女は見慣れた赤いワンピースを着た『人喰い村』のロア。
朱井詞乃だった。

「へえー。私が誰かって事は覚えているんだ?」

「自分の事は解らなくても君の事はよく覚えているよ。
君は『人喰い村(カーニヴァル)のロア』だろ?」

「質問を質問で返すなんて……ズルイな。
そうだよ、私はこの村のロアだから……村がある限り何処でも存在出来るんだよ。
それより……そっか。モンジさんは自分の事を覚えていないんだ?」

おっと、余計な情報を与えてしまったかな?

「ああ。確かに俺が誰なのかとか、自分に関する記憶は一切ないな」

「ふーん。なのに消えようとしているんだ。
自分の事も解らないのに……変な人?」

まあ、そう思うのが普通の反応かもな。
誰だって自分から消えたいなんて思わない。
いくら困っている美少女の為だからと言っても自分から消え去ろうなんてするワケがない。
誰だって他人より自分の身が大事だからな。
だから詞乃ちゃんに変な人だと思われるのは仕方ない。
だが……それでも構わない。

「俺が消えなければいいだけだろ?
それで『神隠し』は終わりだ!」

確かに俺は。
自分の事を思い出せない。
自分についての何もかもが思い出せない。
この現象がつまり……。
忘れられて『消える』という事なのかもしれない。
だけど逆に考えればいいんだ。

「確かに君の言う通り俺は自分の名前も思い出せない。
だけど逆に考えれば『自分を思い出す事が出来れば消えない』んだろ?」

そう詞乃ちゃんに言うと。
彼女は爆笑した。

「あははははははは‼︎ そんな事、今まで出来た人はいないのに?」

笑うところか?
ここ……。
何で爆笑されているのか解らない俺は振り返って背後に佇んでいる少女の方を見ると。
着物を着た少女は酷く不安そうな顔をしていた。
______今まで出来た人がいないのに出来るはずがない。
今の言葉はそういう意味だろう。
それはつまり、出来た人がいないという事実なだけで出来ない、というわけではない。不可能だと思われているけど無理ではない、というわけだ。

「……そうか」

不敵に笑いながら何処かで聞いた言葉が頭の中に浮かんだ。
彼女はおそらく『嘘』をつけない。
本当に出来ないのなら、『誰も出来ない』と語ればいいだけだが彼女は『出来た人はいない』と答えただけだからな。
それはつまり。

「俺が最初の一人になればいいだけだよな」

「ふふっ、そう?」

詞乃ちゃんは楽しそうに笑いながら告げる。

「じゃあ、やってみるといいよ⁉︎」

詞乃ちゃんが右手を挙げると。

「や、やめてー‼︎」

それと同時に着物少女の声が響き。真っ黒な穴が俺の足元に開いて……。

「きゃあっ⁉︎」

「ちっ!」

何故か慌てて駆け寄ってきた着物少女を咄嗟に抱き締めた俺は……。
______その暗闇の中に飲み込まれていったのだった。















2010年⁇月⁇日。



そこは純粋に真っ黒な場所だった。



目を開いているのか、閉じているのかも解らないほど暗黒に包まれた場所で。
『自分』という存在が消えてしまったような感覚に囚われる。
試しに手を動かしてみたが、そもそも手の動かし方が解らない。
自分に『手』があるのかも解らない。
自分が立っているのか、寝ているのか、浮かんでいるのかすら解らない。
ただそこにあるのは『何もない』微睡みだけで……。
何かをする気力や考える意志や思考力といったものがどんどん削られていき。
ぼんやり、と何もかもが曖昧になっていく。
……なるほど。これが『消える』という事なのか。
なんとなく『死後の世界』があったらこんな感じなのか、と思ってしまった。
ここが『死後の世界』だとするとこの暗闇は『奈落の底』なのかもしれないな。
もっと絶望や恐怖に包まれるかと思っていたが、そういった感情すら湧かない。
もう何も考えなくていい、もう何も気にしなくてか。
体を動かす事も出来なければ、感じる事も出来ないのだから。
このままぼーっとしていれば、本当に何もなくなっていくのだろうな。
これが『消失』という事なのかもしれない。
ああ……どんどん心というものが溢れ落ちていくのが解る。

このまま、消えるのもいいのかもしれないな。

そんな事を思った瞬間。
頭がズキンと痛んだ。
まるで硬い金属で殴られたかのような、ズキズキとした痛みを感じて……。
そして、俺の頭の中にその声が聞こえてきた。

『本当にいいのか?』

何だ?

『それで本当にいいのかよ、答えろ!
エネイブル!』

「うっ……誰……だ⁉︎」

俺の頭の中で叫ぶお前は一体誰なんだ?

『気がついたか……。
俺が誰か、か。
解らない。俺も自分が誰かなんて覚えてないからな。
俺の事は今はいい。
それより早く彼女を探してくれ!』

ズキンズキンと痛む頭を抑えた俺はその痛みによって自分が置かれている現状を思い出した。
そうだ俺は……。
『四度目の夢』を見て……和服の少女に会って……。

「って、そうだ!」

彼女は?
あの和室でしか会えない少女は何処にいるんだ?
声が出た事により意識がはっきりとしてきた。
そうだ俺よ。何忘れていたんだ。
彼女の、あの少女の涙を止めるのが先だろ。
何まったりと、『消えよう!』なんて思っていたんだ、バカか俺は。

『まったくバカでハゲだなお前も』

「ハゲてねえよ⁉︎
ってんな事より、何処だ……何処にいる⁉︎」

『落ち着けよ』

落ち着いて辺りを探ってみると、自分の体が温かくて柔らかいものに触れているのが解る。
まだ、体はあったのか、という気持ちと。
その温かいものが何か、というのは思い出せた。
そうだ!
彼女は、この暗黒空間に一緒に飛び込んで来たんだ。
本来なら俺だけが来て消えるはずだったであろうこの暗闇に一緒に来るなんて……そんなのは自殺行為以外のなにものでもない。

「あ……良かった。消えて……ませんでしたね……」

その弱々しい声はすぐ近くから聞こえた。
俺の胸元から聞こえた事から察すると……どうやら俺は彼女に抱き締められているらしい。
体に感じる温もりがそれを把握させてくれたおかげで、ちゃんと意識を保っていられる。
抱き締められた事により……ドキドキしたせいか、血流が体の芯に集まったけどな。

『彼女に抱き締められていた、だと⁉︎ 爆発しろ!
エネイブル爆発しろ!』

そして頭の中にその声は変わらず響く。
お前が爆発しろよ。

「どうして、飛び込んで来たんだ?」

彼女が側にいてくれた。
その事実に安堵しながらも思わず尋ねてしまう。
彼女が何故、一緒に来たのかを。

「……その……」

「うん?」

「初めて……抱き締めてくれた人を……失うのが怖かったんです」

『うひょー、なんていい子なんだ!
抱き締めてえぇぇぇ』

お前は少し黙れ!
ってか、頭の中で号泣すんな。
何故か解らないが俺の頭の中で叫ぶお前と俺は繋がっているんだから、お前の感情は俺にだだ漏れだぞ?
だからその、人生で初めてモテた! みたいな事を思うの辞めろ!
記憶を無くしているだけで、本当はモテモテだったのかもしれないぞ。

『マジで⁉︎』

いや、知らんけど。
そんな事より……。

「君が助けてくれたんだね、ありがとう。君がいなければ危うく消えるところだったよ」

「忘却は永遠の安らぎとも言います。本当はそのまま消えてしまった方が、貴方は気持ちよかったのかもしれませんが……」

『何言ってんだ。君みたいな子を抱き締めた方が気持ちいいに決まってるだろ』

「何言ってるのかな? 君みたいな子を抱き締めた方が気持ちいいに決まっているだろう」

息ぴったり重なってしまった俺とソイツの声。

『真似すんなよ』

お前こそ真似すんな。

そんな俺達の内心を知らない彼女は……。

「あ……」

照れたような反応をした。
そしてもじもじしたような身じろぎをして。

「……恥ずかしい、です……」

そして困ったような嬉しいような呟きをした。
その姿はなんて言うか……。

『う、初々しい』

ああ、初々しいな。
どうしてかは解らないが、俺の感動はかなり大きかった。
まるで普段から、例えばきっつい事を言ってくるドS少女や、優しいんだけど小悪魔過ぎる少女や、明るいんだけど思わせぶりな少女や、潔癖症でクールな少女や、優秀なんだけど人格に問題のある少女や、家事が得意で頼りになるんだけどちょっと腹黒いかもしれない少女しか身の回りにいないかのような気分だ。
あくまで例えだが。

『あー、なんだか俺も似たような気分を感じたな……』

それと……。

『ツンツンしているけど気楽に話が出来る少女、がいたような気がしたんだろ?』

ああ。誰かは思い出せないけどな。
目の前にいるこの子のがそうじゃなかったか? なんて思ったが……。

『タイプ違うしな……』

そう。目の前の和服の少女は清楚で可憐、控えめで大人しいタイプの子だ。
タイプが間逆なんだ。
なのに、どうしてこの子がその女の子だと思ってしまったんだろう?
解らない。記憶を取り戻せば解るのかな?

「しかし、どうしたもんかね、これは」

真っ黒な空間に対処出来ないでいる。
和服の少女の温もりを頼りにして自我を保っていられるのにも限度があるだろう。
むしろ意識がはっきりしたせいで、時間の感覚を失っていた事に気づいてしまった。
つまり、ここに来てどれくらい経過したのかが解らないんだ。
或いは、とっくに何日も過ぎているかもしれないけど正確な日時も解らない。
さっきまでの。意識が曖昧でいた時間でもっと何かが出来たかもしれないのに。

「くそっ……」

自分の事さえ思い出せれば、なんとかなるなんて思っていたが、自分が誰かを思い出すのがこんなに難しいなんて思いもしなかった。

『今後は、記憶喪失物の物語を読んだら、どれだけ記憶を取り戻すのが大変なのか、共感して読む事が出来るな』

ああ、全くその通りだな。

「ごめんよ。君を助けるつもりが、助けられた」

「いえ、なんと言いますか……」

「ん?」

「こうして抱き合っているだけで、幸せなもので……」

『勝手にお嫁さんにしたい人ランキング5位以内確定です!』

なんだよ、そのランキング……。
俺の頭の中で馬鹿な事考えるなよ。
まあ、気持ちは解らなくもないけどな。
確かに、お嫁さんにするならこういう子の方が……。

ゾクリ。

「っ⁉︎」

『っ⁉︎ 今、背筋が寒くなったような……気のせいか?』

ああ、気のせいだ。うん、きっと気のせいだ。
なんだか誰かに見られている『視線』とかも感じるけど……気のせいだよ。うん。
さて、冗談は置いといて……。

「そっか。なら、いいのかなぁ……?」

心臓がやたらとドキドキしているのが解る。
つまり、俺の体は健康体なんだ。
それだけでも解れば安心だ。うん。

「ふふっ、でも……恋人さんに悪いから、これ以上は遠慮しておきます」

『恋人……だと⁉︎
爆発しろ! 即効爆発しろ‼︎』

「いや、恋人は……いたような記憶はないけどな……」

そもそも記憶がなくなっているのだから、そんなのは解らないのだが。
というか、頭の中の俺よ。
お前が言うな!
……なんて、なんとなく思ってしまった。

「そうなんですか? だって……」

「ん?」

和服少女が、俺の首筋を人差し指でなぞるような感触がした。

「ここに……キスマークが」

そう彼女に言われた瞬間。


ずぐんっ‼︎


頭を再び硬い金属で殴られたような衝撃が走った。

「ぐぅっ⁉︎」

『これは……⁉︎』

「どうしたんですか⁉︎」

背筋が熱くなった。
まるで炎がすぐそこに生まれたような感じでとても熱い。
だが、それ以上に脳が焼き切れるんじゃないかと思うくらい熱い!

「あ、あ、あ、あっ‼︎」

『……蟲……赤い虫』

脳の血管の中に、無数の蟲がざわざわと這いずり回っているかのように激痛が走った。
脳細胞の細胞という細胞に、熱くておぞましいものが取り憑いて、その熱で脳を内側から噛み千切るんじゃないかと思うくらいの、そんな勢いだ。

「ど、どうしたんですか?」

少女の心配そうに泣き叫ぶ声がもの凄く遠くから聞こえる。
激痛のせいか、その声がぐわんぐわんと響いては、頭の傷口に唐辛子でも塗り込んだかのようにさらなる刺激を与えてきた。

『待ってくれ。そんなに泣き叫ばないでくれ!』

痛い。痛みでどうにかなりそうだ。
いや、もうどうなってもいい。
この痛みから解放してくれ!

『辞めろ! 泣かすな! これ以上、彼女を泣かすなよ!
変われ! 俺と変わってくれ!俺はどうなってもいいから……』

気を失いそうになる中。
頭の中でそんな声が響き。それと同時に……。
ぎゅうぅぅ、と前から強く抱き締めてくれる感触と。
背中から励ますかのような熱さがあった。

______そうか、これは。
思い出す為に必要な苦しみなんだ。

『出来ない』を『出来る』に変える為に必要な痛みなんだ。
だったら、これに……。


『負けられ……るかよおおおおぉぉ‼︎』

負けられない。
負けてたまるかよ。
俺の桜吹雪()を……

「散らせられるものなら……散らせてみやがれええええぇぇぇ‼︎」

目の前の少女を力強く抱き締めながら叫ぶ!
背中の熱さを信じる。
頭の中の俺にも負けたくない。
頭を駆け巡る激痛さえも頼りにする。
そうだ。

「俺は……………………!」

眠る前に、熱いキスをしてくれた少女を思い出す。

「俺は………………!」

異世界から俺を探しに来てくれた、俺のメイドさんを思い出す。

「俺は…………!」

いつだって、背中を守ってくれる少女を思い出す。

「俺は……!」

ロアとなっても変わらずに接してきた、自分の義妹を思い出す。

「俺は‼︎」

そして、そんな彼女達を自分の物語にした。
『俺』自身を思い出す!

そうだ……俺は。
いや、俺()は……。

『101番目の主人公(ハンドレッドワン)』、一文字疾風だあああ‼︎』

『101番目の主人公(ハンドレッドワン)』、遠山金次だあああ‼︎」

絶叫した瞬間。
頭の中で何かが弾けたような、そんなイメージと。
まるで鏡に向かい合う俺とアイツの姿がイメージして……。
そんなイメージと共に。
俺の視界は白くなり……。






俺は、『俺達』は一つになった。 
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