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処女神の恋

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1部分:第一章


第一章

                   処女神の恋
 オリオーンという若者がいた。黄金色の髪に端整で引き締まった顔に立派な長身、そして勇敢な心と優れた武勇を持っていた。彼はポセイドンの息子であり神の血を引いておりその強さも際立っていたのだ。村々を荒らし回る獅子をその手で倒したことすらあった。ギリシアにその名を知らぬ者はいない英雄であった。
 そのオリオーンが恋をした。相手はキオス島の王であるオイノピオンの娘であるメロペーであった。彼は長く赤い髪と透き通る様な白い肌を持つその娘を見て忽ち恋に落ちたのであった。
「是非私と一緒になって下さい」
 オリオーンは性急な若者だった。すぐに王宮の庭で遊んでいた彼女の前に跪きそう告白した。周りには王の家臣や宮廷の女達がいたがそれには構わなかった。
「そうすれば貴女は一生幸せになります?」
「あの」
 メロペーは自分の前に跪く長身の若者に対して声をかけた。
「オリオーン様ですよね」
「はい」
 彼はそれに応えて顔をあげた。
「如何にも私はオリオーンです」
 その黄金色の髪と青い目が輝いていた。その髪はまるで太陽の様であり、目は海の様であった。彼はその青い目でもってメロペーを見ていたのだ。彼女はその目を見て忽ちに心を奪われたのであった。
「嘘も何もありません」
「左様ですか」
「その上でお願い申します」
 オリオーンのその青い目がさらに光った。
「私を夫に。お願いします」
「ですが私は」
 オリオーンの目に心を奪われそうになる。しかしそれを必死に拒んだ。
「貴方と共になることは。出来ないのです」
「何故ですか、それは」
「私は。生贄に捧げられる身なのですから」
「生贄に!?」
「はい」
 彼女は悲しげな顔で頷いた。
「この島には一匹の怪物がおりまして」
 彼女はその悲しげな顔のまま語った。
「その難を逃れる為に年に一度、乙女の生贄を捧げることになっています。私は今年生贄となることが定められているのです」
「何と」
 オリオーンはそれを聞いて思わず声をあげた。
「貴女が」
「はい」
「こんなに美しい貴女が怪物の生贄に。何ということだ」
 折角好きになった人を怪物の生贄にされてしまうとは。オリオーンの心に強い憤りが起こった。
 それと同時に島を脅かす怪物を討たなければならないと思った。彼は英雄と多くの人から讃えられており、それに応えなければならなかったのだ。
「姫」
 彼は立ち上がった。そして言った。
「その怪物、私が倒して御覧に入れましょう」
「貴方がですか?」
「はい」
 彼は強い声で頷いた。
「怪物なぞ。私の手にかかれば」
 彼には絶対の自信があった。かって自分よりも遥かに巨大な獅子を倒したこともある。竜を成敗したこともある。だから彼はどんな怪物であろうとも倒せると思っていたのだ。
「お任せ下さい」
 その逞しい胸をドンと叩いて言った。
「宜しいのですか?」
 メロペーはおどおどとした様子で問うた。
「本当にそれで」
「構いません」
 彼の声は強いままであった。
「私はオリオーンですよ」
「はあ」
 その言葉が何よりの自信の証であった。
「例えどの様な怪物であろうとも敗れはしません」
「本当ですね?」
 しつこいかな、と思ったがまた問わずにはいられなかった。メロペーはまた問うたのだった。
「どんな怪物でも」
「負ければ私は貴女を諦めましょう」
 負ける時は死ぬ時だ、ならば諦める他ない、オリオーンの考えは非常に単純であった。
「そこまで仰るのなら」
 メロペーはそこまで言うのなら、と彼に賭けてみることにした。
「まずは。父に話してみます」
「お願いします」
 こうして彼はメロペーの父であるオイノピオン王と会うことになった。彼は祖父に酒の神ディオニュソスを持つ神の血を引く者であった。ディオニュソスはゼウスの息子であり、オリオーンの父ポセイドンはそのゼウスの兄弟である。だから彼等は遠い親戚同士であると言えた。もっともお互いそれを今までそれを意識したことはなく、今も意識することはないのであるが。オリオーンはただ純粋にメロペーを手に入れたくて彼の前に姿を現わしたのである。

 
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