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魔法少女リリカルなのは~過ちを犯した男の物語~

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二話:料理とジュエルシード


温めておいたフライパンに丁寧にといた溶き卵を流し込み最初は強火で焼きながら軽く卵をかき混ぜる。その後、弱火にし、しっかりと味が出る様に1㎝角に切り分けておいたトマトを卵の中央付近に置き、塩コショウで味をつける。いい具合に溶けるタイミングでチーズを入れて卵が程よく固まった所でトマトとチーズを包み込む様に丁寧に形を整える。

オムレツは形が整うか整わないかで食べる者の印象が大きく変わってしまうのでこの時、細心の注意を払わなければならない。綺麗な形に仕上がったことを確認するとヴィクトルは仮面の下に満足気な笑みを浮かべて皿に盛りつける。最後にケチャップでトッピングし、細かく刻んでおいたバジルを軽くふりかけてトマトオムレツの完成だ。ヴィクトルはそれを手際よく三つ作り、料理の完成を今か今かと待ちわびているであろう者達の元へと運んでいく。


「どうぞ、召し上がれ」

「「いただきます!」」


しっかりと手を合わせたかと思うとアルフはすぐにナイフとフォークを取りオムレツにがっつき始める。ヴィクトルはこうなることはあらかじめ予想はしていたのでアルフには少し冷ましておいたオムレツを渡しておいた。そして、最後に作った出来たてでアツアツのオムレツはゆっくりと味わうように食べるフェイトに渡しておいたのだ。

熱くなったチーズで火傷する危険も十分考えられるのでヴィクトルはそうした細かな配慮を欠かさない。そして、彼は自分の作ったオムレツを幸せそうな顔をして食べる二人に目をやりながら自分のオムレツに口をつける。オムレツの半熟の部分とトマトとチーズが合わさりトロリとした絶妙のハーモニーが口の中に広がる。

それに対して彼はまあ、及第点だろうと自信に評価を下す。フェイト達と共に暮らし始めて一か月ほどが経ったがまだ完全に彼女達の味の好みを把握できてはいない。その為に彼が娘に作っていた料理には味が劣る。最も、これでも彼は駅の食堂のコックに就職が決定していたこともあるので劣ると言ってもそんじょそこらの人間が相手では太刀打ちできないレベルの味なのだが。……まあ、その出勤初日に痴漢冤罪で無職に逆戻りしたのだがと彼は心の中で密かに涙をこぼす。


「とにかく……今はフェイトにしっかりと食べさせられているだけでも良しとしよう」


二人には聞こえないように小さくつぶやいて彼は再びオムレツを口に運ぶ。この家に来て初日に気づいたことだが、この家の台所にはビタミン剤やインスタント食品のような簡単な物しか置いていなかった。冷蔵庫にも食材は無く、その事に違和感を覚えてフェイトとアルフに訳を聞いてみるとフェイトの母親がそのような物しか食べてはいけないと言いつけたらしい。

最も、これは黙っていたフェイトを見かねたアルフが言ってくれたことではあるのだが。フェイトの母親のことを話すアルフの目には明らかに憎悪の色が浮かんでいた。彼はその事に目聡く気づいたが、そのことには特に何も言わずにしっかりとした物を食べる様にフェイトを説得しただけである。

初めはかなり渋っていたフェイトではあるがヴィクトルも伊達に一児の父親をやってきたわけではない。素早くアルフを味方につけ心配だから食べてくれと悲しそうな顔で、二人で頼み込み、止めに自分が作った料理を全員の前に出し、フェイトが食べるまでは自分達も食べないというフェイトの優しさを利用する様な手を使って、ようやくフェイトにしっかりとした食事を摂らせることに成功したのだ。

フェイトの母親に思う事がないわけではないが、一緒に暮らしていないことや、連絡も殆どとらないことから、何か訳ありなのだろうと深く追求することはしなかった。何より、娘を平然と利用した自分が他人に対して説教のようなことを言えるはずもないと自嘲していたからである。


「ヴィクトルさん…私達は食べ終わったら出かけますね」

「ん? ああ、気をつけて行ってきなさい」

「…はい」


出かけると言うフェイトにヴィクトルは優しげな笑みを浮かべてそう答える。その言葉が嬉しかったのかフェイトはニコリと笑う。そして、一番食べるのが遅かったフェイトが食べ終わった所でヴィクトルは三人分の食器を下げ、皿を洗い始める。その光景はさながら主夫といった感じで日常の穏やかさを醸し出していた。そんな中、この家の主である二人の女性は密かに念話―――魔力によって自分以外の相手と交信する魔法によって話し合っていた。


(…“ジュエルシード”が見つかったんだよね?)

(ああ、夜の間にあれだけ探したんだから間違いないさ)

(そうだね……がんばろう、アルフ)

(昼までに片づけて、ご飯食べに帰ってくるよ!)

(ふふふ……うん)


そんな会話を終えた彼女達は力強く立ち上がり、玄関へと向かっていく。その様子に気づいたヴィクトルは綺麗に拭き終わった皿を食器棚にしまい。二人を見送りに玄関へと自分も歩いていく。


「余り危ないことはしないように。いってらっしゃい」

「い、いってきます」

「ああ」


何も聞かずに暖かな表情で見送ってくれるヴィクトルに対して何か自分達が嘘をついているような気がしたフェイトは胸に少しばかりに罪悪感を抱きながら返事を返し、アルフは彼の作る料理により餌付けされてしまったのか、かなり彼を気に入っており上機嫌で返事をして意気揚々と外に出て行く。ヴィクトルはそんな二人をしばらく手を振りながら見送った後、その暖かな表情を一変させ冷たい無表情へと変える。


「さて……今日こそは何をしているのかを確かめさせてもらおう」


そう呟いた瞬間、彼の姿は消え去っていた。





「アルフ……あれ、熊だよね?」

「ああ……熊だね」


フェイトとアルフは森の中に居た。目星をつけたジュエルシードの回収に来た二人だったのだが、今現在二人はただただ首を傾けて何かを見上げていた。その何かとは熊である。普通の人間であれば熊と遭遇したらパニックを引き起こしてしまうだろうがあいにく彼女達は普通の人間ではないし、熊と戦闘になっても余裕を持って勝てる存在である。だが、そんな彼女達も今現在は呆気にとられて動くことが出来ない。別に恐怖というわけではないが、目の前の存在が余りにも普通とかけ離れているからである。


「……大きい」

「デカい……」


そう、とにかく熊が大きいのである。体長十メートルはあろうかという巨大な体に、一歩踏み出せば地響きが響くであろう巨木のように太い足。その姿に二人は呆気にとられていたのである。ここ地球における最大の熊はホッキョクグマで体長は三メートル程で、体重がおよそ一トンという事を考えるとその異常さが分かるだろう。

最も、詳しく知らなくともその姿を見て大半の人間が異常だと思うだろう。そして、フェイトがよくよく目を凝らして見てみると首元に光り輝くひし形の宝石が目に止まった。そう、それこそが彼女達が探し求めていた存在―――ジュエルシードである。


「アルフ!」

「ああ、さっさとやっちまうよ!」

「……出来るだけ傷つけないようにね」

「わかってるよ」


フェイトの呼びかけに反応したアルフが好戦的な笑みを浮かべて、構えを作る。そんな様子にフェイトは自身のデバイス、バルディッシュを握りしめながら熊を傷つけ過ぎないように忠告する。そんなフェイトの甘いとも取れる優しさにアルフは、今度は優しげな笑みを返す。その様子に熊の方も敵意をむき出しにし、地の底から響いてくるような唸り声を上げる。そして、今まさに戦闘が始まろうとした時―――突如として一人の男が二人と一匹の間に現れた。


「余り危ないことはしないようにと言ったのだが……まあ、仕方がない」


「「ヴィクトル(さん)!?」」


二人の前に現れたのはヴィクトルだったのだ。突然の登場と、嘘をついていたことがばれてしまった事に焦るフェイトだったが、ふと自分達がしっかりと結界を張っていたことを思い出して、どうやってこの結界の中に入って来られたのかと思う。すると、そんな疑問を感じ取ったのか、ヴィクトルが振り向くこともなく答える。


「夜中にこそこそと家から出て行ったときにも追いかけていたのだが、その時は妙な物のせいで見失ってしまってね。今度は最初から君達の傍にいたのだよ」


その言葉に驚きが隠せないフェイトとアルフ。夜中に家を出る時はしっかりとヴィクトルが熟睡しているのを見計らってからであったし、今日も追われる様なヘマを犯すどころか、やすやすと接近を許すほど気を抜いていたわけではない。

それにもかかわらず、ヴィクトルは追って来たというのだ。その事実にアルフは少なからず警戒心を抱き、ゆっくりとまるで庇うようにフェイトの前に立つ。だが、ヴィクトルの次の言葉を聞いた瞬間にその警戒心は直ぐに無くなる。


「余り心配させないでくれ……もし、君達を失ったらと思うと……私は耐えられない」

「ヴィクトル…さん」

「あんた……」


初めて振り返ってそう二人に告げる彼の目は酷く寂しげであった。声も母親を探す子供のように切なげでいつも彼が見せていた大人の余裕というものが無くなっていた。その事にフェイトとアルフは彼の言っていることは本心からであると確信して黙ってこんな事をしていたことに罪悪感を抱いてしまう。ヴィクトルは今までに多くの者を失ってきた。

自分から殺した者も多々いるが、その者達を愛していなかったかと言われれば彼は間違いなく愛していたと答えるだろう。愛してはいても、より愛する者を守る為に仕方なく犠牲にしてきたのが彼なのだ。だからこそ、彼は失うという事を酷く恐れる。もう間違えたくないがゆえにこうして二人を守りに出てきてしまったのである。


「まあ、今はいい。小言は後でたっぷりと言わせてもらおう」


そう言って、ヴィクトルはどこからかハンマーを取り出して構え、静かに熊を一瞥する。アルフとフェイトは魔法も使えないヴィクトルには荷が重い相手だと思ってすぐに止めようとして声を掛けようとしたが口が開かなかった。何故か?

それはヴィクトルが醸し出す空気に圧倒されたからである。絶対的な強者のみが纏う事を許された息をすることも許さぬ威圧感。本気を出している訳でもないのに目を向けられただけで殺されてしまうのではないかと感じる、射抜くような冷たく鋭い目つき。そしてなにより、幾多の戦いを経なくては手に入れられない体から滲み出る勝利への絶対的な自信。それらがヴィクトルの強さを雄弁に物語っていた。

二人は初めて見るヴィクトルの姿に息をするのも忘れて見入ってしまっていた。もっとも、その時に彼が内心では熊の手は良いスープのダシになるから後で回収しようかと考えていることを彼女達は知ることは無いだろうが。


「待っていなさい。すぐに終わる」


そう言うや否や、ヴィクトルは一気に巨大な熊に詰め寄る。それに反応した熊は巨大になっても衰えることのない野生の俊敏さで鋭利な爪のついた巨大な前足をヴィクトルへと振り下ろす。それに対して彼は少しも焦ることなくハンマーをスッと下に降ろしそこから熊の攻撃にやすやすとタイミングを合わせて闘気を込めた一撃をその足に叩きこむ。


「ファンガ・プレセ!」


ハンマーの先から獣の形をした闘気が噴出され、餓えた狼のように熊の足に食らいつき吹き飛ばす。その高い破壊力による反動で熊は大きく体をのけ反らせる。そうして作り出した隙を逃さずに彼は一切の躊躇をすることもなく次の攻撃を展開していく。素早くハンマーから二丁拳銃に持ち替え、それを何故か天高く放り投げる。それにつられて、熊が銃を見た瞬間その腹部に再びハンマーに持ち替えたヴィクトルの攻撃が突き刺さる。

十メートル以上もある巨体にも関わらずに熊は悲鳴を上げながら大きく後ろへと吹き飛ばされる。だが、まだ彼の攻撃は終わることはない。今度は逆さに持った双剣へと武器を代え、突き進みながら一太刀、そして後ろに回り込んで相手をすり抜ける様にもう一太刀と熊の体を容赦なく切り裂く。最後に先程、天高く放り投げておいた二丁拳銃を器用にキャッチして変則的な軌道の無数の赤い弾丸を止めとばかりに撃ち込む。



「終わりだ―――祓砕斬・零氷!」



全ての弾丸が熊に当り、凄まじい爆音と共に真っ赤な炎が燃え上がる。熊はそれを食らって苦しそうな雄叫びを上げたかと思うとフラフラと巨体を揺らし、その直後に倒れ込み体を地面へと地響きと共に打ち付け気絶してしまった。ジュエルシードの力の為か死んでいない熊に僅かに仮面の下の眉をひそめるヴィクトルであったが。それを二人に気取らすことなくクルクルと二丁拳銃を回した後に華麗にしまい込む。彼は双剣、双銃、ハンマー、さらには槍まで十全に使いこなす天才的な戦士である。その実力は相手が生きてはいるものの、宣言通りの瞬殺したことからも明らかだろう。

その実力に裏付けされた、あっという間の出来事にフェイトとアルフはしばらくの間、唖然としてヴィクトルを見つめているだけであったが、バルディッシュからジュエルシードの封印を促されて熊の元へと近づいていき、気絶しているだけだということにホッとしつつ、その首元にあったジュエルシードを封印する。すると巨大だった熊は見る見るうちに縮んでいき、一般サイズの熊へと戻っていった。その様子を見たヴィクトルはあの小さな石のような物が異常の原因なのだと推測するが今はそれよりも大切なことがあると頭を切り替える。


「さて……君達も聞きたいことはあるだろうが、まずは夜中に何も言わずに家を抜け出したことや危ないことをしているのを黙っていたことについて申し開きを聞きたいのだが」


今までの威圧感が嘘のように消えて、いつもの雰囲気に戻ったと思わず、ホッとするフェイトとアルフだったが今度は今までのことについて説明しなければならないことを思い出して頭を抱えたい気分になる。別に何も悪い事はしていないし、謎の多いあんたの方から先に答えろとアルフは言い返そうかと思ったが、ヴィクトルの真剣な目を見てその威勢はそがれることになる。一ケ月の間共に暮らしていた彼女には分かってしまったのだ。

彼が純粋に自分達のことを心配して怒っていることに。そして、隣で今まで経験したことのない質の怒りを感じてオドオドしているフェイトを見てやるせない気分になる。フェイトは真剣に叱られた経験が少ない。母親であるプレシアは怒鳴りつけることしかしない。自分では叱るには距離が近すぎるので出来ない。彼女のことを思って叱ってくれていたのは、今は亡き使い魔のリニスぐらいだろう。

しかし、そこにヴィクトルという男が入って来た。普段は甘く、優しいだけに見えなくもないが彼は叱るべき時にはきちんと叱るのだろう。事情があるのであってフェイトもアルフも好き好んでやっているわけではないがそれは話さなければ相手には伝わらない。だが、フェイトは話すことが出来なかった。彼女は怒こられている時には謝ることしかしてこなかったからだ。

故にこういった場合にどうすればいいのかを知らないのだ。その為にヴィクトルから目を逸らしてオドオドとしている事しか出来ない。そんな様子にヴィクトルはこれ以上叱っても意味がないと悟り、立ち尽くしている二人の元に近づいていく。その行動にフェイトは叩かれるのかもしれないと思って身を縮こまらせて目を瞑るが、次の瞬間に感じたのは柔らかく暖かな感触だった。


「とにかく……怪我がなくて本当に良かった」

「ヴィ…ヴィクトルさん?」

「な、何してんだい!? あんた!」

「話したくないなら、無理に話さなくていい。話したくなったらで構わない。ただ、自分から傷つくような真似はしないでくれ」


ヴィクトルは二人を抱き寄せて子供をあやすようにポンポンと背中を叩きながら無事でよかったと言った。その行動にフェイトは戸惑い、アルフは恥ずかしげに顔を赤らめて叫び声を上げたが彼はそんなことを気にすることなく二人の温度を確かめるように抱きしめ続けた。

そんな行動にやがて、アルフは抵抗するのを諦めて彼に身を預けて、フェイトは気持ちよさそうに目を細める。しばらく二人を抱きしめ続けたヴィクトルだったが、やがて二人を開放して気分入れ替えるように声を掛ける。


「そろそろ昼食の時間だ。私の話は食べながらでもしよう。それでは……帰ろうか」

「……はい!」

「話よりも、アタシは美味いもんを作って欲しいね」

「ふふふ、楽しみにしていなさい」


穏やかな空気が流れ始めた中でフェイトはヴィクトルの大きな背中を見ながら不意に思う。自分は父親を知らないが、もし、理想の父親という者がいるのならそれはヴィクトルのような人物のことをいうのだろうなと。そして、彼の子供は本当に幸せになれるのだろうなと―――口に出していれば娘を利用した彼が最も罪悪感に苦しめられるであろう言葉を心の中で呟くのであった。

 
 

 
後書き
熊さんはマター・デストラクトからの祓砕斬・零氷ではなかったことに感謝するべき(´・ω・`) 
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