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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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挿話
  とあるβテスター、人形遣いと出会う

6月初頭。現実世界と同じくアインクラッドにも雨季が近付きつつあった、ある日のこと。
僕とシェイリの二人は、第29層の郊外に存在する、いかにも怪しい雰囲気の漂う洋館―――プレイヤー達の間では《人形師の館》と呼ばれているダンジョンを訪れていた。
一昨日解放された第30層に拠点を移す前に、29層で受けられるクエストの攻略を済ませてしまたいという理由からだった。

クエスト名は《人形師の遺産》。
第29層主街区隅の一軒家にひっそりと暮らしているNPCから受けられる討伐クエストで、郊外の洋館に棲みつく人形型モンスターを退治して欲しいという内容だ。
数年前に亡くなったというこの人形師は、死んだ恋人を蘇らせるためにありとあらゆる種類の人形を作り続け、とある賢者から盗み出した秘術を用いて人形に恋人の魂を定着させようとしていた。
しかし、彼の願いも虚しく、肝心の秘術を実行に移す前に自身が病死してしまう。
主街区の住人も人形師のことを不気味がっていたため、彼の死を知らされた者達はようやく安心して暮らせると安堵した―――のも、束の間。
唯一の住人が病死したことで無人となったはずの洋館からは、夜な夜な人形師のものと思しき呻き声が聞こえ、更には彼の遺した人形達がひとりでに動き出し、館に足を踏み入れた者へ襲い掛かるのだという。

依頼主であるNPCは、件の人形師の幼馴染だという男だ。
幼い頃から彼のことをよく知っているのだという男は、恋人を失ってからすっかり狂ってしまった幼馴染の姿に心を痛めていた。
人形師の死を境に洋館に起こり始めた怪奇現象について、街の住人たちからは、彼の亡霊が自分の作った人形に執着し続けていることが原因なのだとまことしやかに囁かれている。
彼の遺した人形たちを討伐し、幼馴染の未練を断ち切ってやって欲しい―――男は涙ながらにそう訴え、続いて開いたクエスト受注ウィンドウに表示されたのが、この《人形師の遺産》クエストだった。
なんともまあ凝った設定だ―――と思うのと同時に、ホラー系全般が苦手な僕としては、あまり気乗りがしないクエストだったことは言うまでもない。
流石に第17層の例のダンジョンほどではないだろうけれど、話の所々に出てきた『亡霊』という単語が僕の不安を煽るのだった。


で、実際に来てみたところ。毎度のことながら、そんな僕の不安は的中してしまうこととなった。
NPCの話から想像していたおどろおどろしいイメージに違わず、洋館に足を踏み入れた僕たちを盛大出迎えたのは、ホラー映画で御馴染みの不気味な造形をした操り人形《マリオネット》だった。
糸吊り人形であるにも関わらず、彼女達を操作している者の姿はどこにも見えない。にも関わらず、宙に浮いた十字型の簡素な木片が、まるで誰かが操作しているかのように動き続けていた。
そんな操り糸の動きに合わせるように、等身大のマリオネットたちは全身各所の関節をカクカクと揺らしながら、ゆっくりぎこちない動きでこちらに迫ってくる。
そんな様子に怯える僕とは裏腹に、人形達はにっこりと満面の笑顔だ。だけど、元々の顔の造りがホラー映画に登場するクリーチャーよろしく不気味なものだったので、彼女達の笑顔はかえって僕の恐怖心を倍増させたに過ぎなかった。

「ユノくん、お人形さんかわいいね~!」
「どこがだ!!」
「見て見て、首がぽろってなってるよ~!かわいいっ」
「可愛くねぇよ!!」
嬉しそうにはしゃぐシェイリに、思わず声を荒げて突っ込んでしまう僕。
いつものことながら、彼女の感覚はどこかずれているように思えてならない。
こんな不気味なことこの上ない人形が可愛いなんて、相方である僕から見てもちょっとどうかと思う……。

「あ、ユノくん後ろっ」
「えっ―――ひぃぃぃぃっ!?」
「ダメだよー、ちゃんと後ろも注意しなきゃ―――ってユノくん!?何してるの!?」
「フィ……フィフスペンタグラムぅぅぅッ!!」
「ユノくん落ち着いて、無駄遣いはダメだよっ! あとそれ叫ぶ必要ないよね!?」
そこからのことはあまり思い出したくはないけれど、こんな流れがあったようななかったような、といった感じで。
普段マイペースなシェイリの貴重な突っ込みという一場面こそあったものの、人形達は見てくれが不気味であることを除けば強さも大したことはなく、戦力的には僕とシェイリの二人だけでもこれといって問題はなかった。……戦力的には。


「あーもう……、いくら何でも取り乱しすぎだろっていうね……。我ながら恥ずかしくて消え入りたいよ……」
それからいくらか時間が経って。
動揺のあまり最高威力のソードスキルによるオーバーキルを連発し、あまつさえ意味もなくソードスキルの技名を叫びまくり、あろうことかシェイリに突っ込まれるという醜態を晒してしまった僕は、どんよりとした気分で頭を抱えた。
そろそろ小休止しようということになり、安全エリアを目指して歩いている最中にも、僕は遅れてやってきた羞恥心に苛まれ続けていた。
穴があったら入りたいというのは、きっとこういう状態のことを指している言葉なんだろう。

「大丈夫だよ~、ユノくん。わたしはそんなユノくんも見慣れてるから、今更だよ~」
「それ、フォローのようで追い打ちだから。ちょっと傷付くから」
そんな僕に、シェイリは出来の悪い子供を温かく見守るかのような笑顔で言った。
いや、フォローしてくれるのはありがたいんだけど……僕、いつもはそんなに酷くないだろ?
その言い方だと普段から醜態晒してばかりいるみたいに聞こえるじゃないか……。

「……まあいいや。そろそろ安全エリアに着くはずだから、着いたら30分くらい休もうか」
「はーい」
昨日購入した『アルゴの攻略本・第29層完全版』に掲載されているマップデータと照らし合わせながら、薄暗い廊下を進んでいく。
廊下の突き当りを左に曲がって、3つ並んでいるうちの2番目の部屋が安全エリアに設定されているらしい。
このだだっ広い洋館には似たような通路が多く、存外ややこしい造りになっているので、こういう時は攻略本の存在がありがたい。
流石に第1層の時のように無償というわけにはいかなかったけれど、このホラーハウスを何の当てもなく歩き回ることを考えれば、多少の出費は惜しくなかった。
強いて言うなら、ここの人形が非常に不気味であることも書いててくれれば尚よかったのだけれど。

そんなこんなで安全エリアである部屋の前まで辿り着き、ドアノブを回して扉を引いた―――次の瞬間。

「げっ!?」
「あれー?」
部屋の中に佇んでいたものを見て、僕とシェイリは二人揃って素っ頓狂な声を上げてしまう。
ようやく休めると思って気を抜いていた僕たちの目に飛び込んできたのは、身の丈40cmほどの西洋人形だった。

アルゴの攻略本によれば《ボーパルパペット》という名前らしいそのモンスターは、部屋の外を徘徊しているマリオネット達に比べて生息数が少なく、ちょっとしたレアモンスター扱いとなっている。
ちょこまかと動く小さな身体に、金糸のようなツインテール。どこかの国の民族衣装のようなフリルのたっぷりついたドレスを着ていて、一見すると可愛らしい人形のように思えるけれど、《首狩り人形》という意味を表す名前の通り、小さな手に持った手鎌《シックル》による素早い斬撃を得意とするモンスターだ。
小柄なためか攻撃力自体はそこまで高くないものの、素早い動きで的確に首筋を狙ってくるため、攻撃力の数値以上のダメ―ジを与えてくる強敵―――なのだそうだ。
どうしても振りが遅くなってしまうシェイリの両手斧とは相性が悪く、投剣スキルによるダメ―ジも通りが悪いとのことで、斧槍使いのリリアがいるならまだしも、二人だけの時はなるべく遭遇したくない相手だった。

「ユノくん。ここって安全エリアだよね?」
「そのはずだけど……」
そんな西洋人形が、何故か安全エリアであるはずの部屋に陣取っていた。
部屋を間違えたのかと思ったけれど、手元の攻略本に記載されているマップデータでは、間違いなくここが安全エリアだとされている。
ほんの一瞬だけ誤植を疑ったものの、アルゴの攻略本に限ってそれはないだろう(とはいえ、『大丈夫。アルゴの攻略本だよ』という売り文句を目にした時だけは、何故か無性に不安を感じてしまうのだけれど)。

「部屋の位置は合ってるみたいだし……バグか何かかな。まあ、倒すしかないよね……!」
「りょうかーい!」
ともあれ、このまま棒立ちしているわけにもいかないので、僕とシェイリはそれぞれナイフと両手斧を構えた。
誤植かバグか。どちらにせよ相手の補足範囲に入ってしまった以上、戦わないわけにはいかない。
僕とシェイリはどちらも武器の相性は悪いけれど、レベル的には十分に安全マージンを確保しているので、クリティカルヒットさえ貰わないように気を付けていれば、強敵といえどもごり押しでなんとかなるだろう。

「じゃあ行くよ、シェイリ―――」
「ちょっと待ちたまえ、君達」
「――え?」
攻撃態勢に入ったシェイリに戦闘開始の合図を出し、投剣による先制攻撃を仕掛けようとしたところで。
シェイリのものではない女性の声が割って入り、驚いた僕は、発動しかけていたソードスキルの始動モーションを中断した。
隣のシェイリも構えていた斧を下ろし、不思議そうな顔で辺りを見回している。

「ああ、すまない。ここだよ、ここ」
声のした方向に目をやると、部屋の奥に設置された本棚の陰から、一人の女性プレイヤーがひょっこりと顔を出していた。
ぼさぼさの黒髪を鎖骨のあたりまで垂らし、黒いコートの下に中世貴族のようなゴシックジャケットを着込んでいる。
下半身には黒のレザーパンツを履き、編み上げのロングブーツにインさせていた。
身体のラインが強調される衣装に身を包んでいることもあって、全体的にスレンダーな印象を受ける妙齢の女性だった。
本棚の陰は入口からだと死角になっていて、声をかけられるまで全く気が付かなかった―――というか、すぐ近くにモンスターがいるというのに何をやっているんだろう、この人。

「えーっと……そんな所にいたら危ないですよ。バグか何かはわかりませんけど、モンスター湧いてますし」
「ああ、それなら心配には及ばないよ。その子は私の友人だからね」
「え?」
言われて、視線を西洋人形へと戻せば。
小さな頭の頭上に表示されたカーソルは、モンスターを表す赤色ではなく、目の前の女性プレイヤーと同じ緑色をしていた。
モンスターであるにも関わらずカーソルがグリーンで、こうしている間に僕たちに攻撃してくるということもない。
つまり、この小さな人形は―――

「テイミングモンスター……ですか?」
「ご名答。その子は私がテイムした人形《パペット》でね。名前はぺんぺん丸だ」
「………」
あまりにもミスマッチすぎる名前に絶句してしまった。
どう見ても西洋の女の子を模した人形なのに、ぺんぺん丸って。どういう名付け方をしたらそうなるというんだ……。

「昨夜は少しばかり寝不足でね。その子に見張りを任せて私は昼寝と洒落込んでいたんだが……どうやら君達には勘違いさせてしまったようだ。友人として謝罪しよう」
「は、はぁ……」
そう言う間も欠伸を噛み殺したような顔をしている女性に、僕は思わず気の抜けた声を漏らしてしまう。
なんというか―――変わった人だ。
確かに安全エリアはモンスターが湧く心配はないけれど、だからといって一人で昼寝するのはあまりにも無防備なんじゃないだろうか。

“安全”という言葉が含まれていることから誤解されやすいのだけれど、ダンジョン内に存在する安全エリアというのは、あくまでも“モンスターが湧かない”というだけの空間だ。
安全エリア内での戦闘行為自体は禁止されていないし、攻撃をされれば普通にダメージを受けてしまう。
今まさに僕たちが勘違いしていたように、もし何らかのバグで安全エリア内にアクティブモンスターが湧いてくるようなことがあれば、寝ている間に攻撃されてしまう可能性があり、安全なんて名前が付いていても、決して手放しに安心できるような場所ではない。
第1層の頃に臨時パーティメンバーだったレイピア使いの少女―――アスナが一時期、迷宮区でソロ狩りをしながら毎日安全エリアで寝泊まりしていたという話を聞いた時は、なんて無茶苦茶なことをするんだろうと思ったほどだ。

また、その他にも―――というかこれが一番の懸念材料なのだけれど、モンスターと同様にプレイヤー同士による戦闘行為も有効なため、万が一にでも睡眠時を狙ってPKされるということがないように、仮眠を取る場合は交代で見張りを立てておくというのが暗黙の了解となっている。
とはいえ、それも見張りを担当するプレイヤーに裏切られてしまえばそれまでなので、こちらもよっぽど信頼できる相手でない限りはやめておいたほうがいいだろう。
こういった事情があって、仕様があまり知られていなかったサービス開始初期の頃ならともかく、最近では安全エリアで睡眠を取るプレイヤーはほとんどいない。
街と狩場を行き来する手間はかかっても、命には代えられないのだから当たり前といえば当たり前だろう。

だというのに、この女性プレイヤーは一人で昼寝していたのだという。
肝が据わっているといえばいいのか、それとも無謀というべきか……。

「おねーさん、ひとりで寝るのは危ないよ?」
「そうですよ。いくら安全エリアだからって、見張りも立てずに眠るのは無謀すぎます」
「御忠告ありがとう、可愛らしいお嬢さん達。だけど、私のことなら心配いらないよ。さっきも言った通り、私にはこの子がついているからね。この部屋に私以外のプレイヤーやモンスターが近付いてきたら、その時はすぐに私を揺り起こしてくれるように言ってあるんだ」
僕とシェイリが揃って忠告すると、女性は何も心配する必要なんてないとでもいうように、膝に乗せた西洋人形の頭をぽんぽんと撫でた。

「そうなんだ!ぺんちゃん、すごいね~!」
「ははは、そうだろうそうだろう。ぺんぺん丸は私の優秀な相棒だからね。なんなら君も頭を撫でてみるかい?」
「うんっ!」
飼い主に撫でられながらうっとりとしている(ように見える)西洋人形―――プレイヤーにテイムされたモンスターというアインクラッドでも珍しい存在に、シェイリも興味津々といった様子で目を輝かせている。
実を言うと僕もビーストテイマーに会ったのは初めてなので、ネットゲーマーの端くれとして興味を惹かれないこともなかった。

この女性のようにモンスターのテイミングに成功したプレイヤーは、通称《ビーストテイマー》と呼ばれている。
戦闘中、ごく稀にモンスターがプレイヤーに対して友好的な態度を示してくることがある。
その際にモンスターの好物を与えるなどして手懐けることができれば、カーソルの色がグリーンへと変わり、以後はそのモンスターを《使い魔》として使役できるようになる。要はペットのようなものだ。
使い魔の戦闘能力自体はそこまででも高くないものの、様々な能力でプレイヤーを補助してくれるらしい。
この女性が昼寝中の見張りを任せていたというのも、西洋人形のAIに索敵行動が組まれているからこそなのだろう。

とはいえ、一口にテイムといっても言葉ほど簡単ではなかったりする。
せっかくチャンスが訪れても、そのモンスターの好物を持ち合わせていなければテイミング失敗となってしまうし、対象と同種族のモンスターを今までに一度でも倒していた場合、その時点でテイムの資格を失ってしまう。
他にも条件があるのではないかと噂されてはいるものの、肝心のビーストテイマー自体が極端に少ない―――というか、今現在確認されているビーストテイマーは一人しかいないため、テイミングシステムそのものが未知の領域といった具合で、未だに詳しい条件は判明していない。
何ヶ月か前に、SAOで初めてモンスターのテイムに成功したという少女―――確か《竜使い》と呼ばれていたプレイヤーにしても、偶然出会ったモンスターに袋入りのナッツを与えてみたところ、その一度きりでテイムに成功したのだというから、条件を絞りようがなかった。
何にせよ、相当に運が絡むイベントで、尚且つ狙って出せるようなものでもないということだけは確かだろう。

「それにしても《ボーパルパペット》をテイムするなんて、随分と運がいいんですね。……えっと」
「おっと失礼、私としたことがまだ名乗っていなかったね。ちなみにキャラクターネームとリアルネーム、お嬢さんはどちらを御所望だい?」
「いや、普通にキャラクターネームのほうですけど。というかお嬢さんって……」
ビーストテイマー―――この場合は人形遣い《パペットマスター》とでも呼ぶべきか―――の女性は、僕の顔を見てからそう言った。
アバターの姿が現実世界と同じになってから、何かと子供扱いされることは多かったけれど、こうしてお嬢さん呼ばわりされるのは初めてのことだった。
アルゴあたりが知ったら聞こえよがしに爆笑されるのは目に見えているので、奴にはここでの会話を絶対に知られないようにしなければなるまい。

「流石に現実世界での名前を聞いたりはしませんよ。マナー違反になりますし」
「それもそうだったね。いやはや、失敬失敬」
それはさて置いて。
まさか名前を尋ねた相手から、キャラクターネームかリアルネームかなんて聞かれるとは思っていなかった。
今のSAOでは現実世界のことはおろか、ステータスについてしつこく追及することさえもマナー違反とされている。
いくら僕がこの女性のことを変わった人だと思っているとはいえ、流石に初対面の相手に本名を尋ねたりはしないし、そんなナンパじみたことをする度胸もない。

「ふむ、キャラクターネームか。そういうことならば、私の名前はナナミヤだ。気軽にナナりんとでも呼んでくれたまえ」
「呼びません」
いきなり何言ってんだ、この人。
こう言うのも失礼だけど、そんなあだ名で呼ばれる歳でもなかろうに。

「ちなみに本名を七宮七瀬という。どちらにしてもナナりんで通るから安心して呼んでくれたまえ」
「だから呼ばねぇよ!しかも本名ばらしてんじゃねぇか!」
咄嗟にリリアのような突っ込み方をしてしまう僕。完全にキャラが崩壊していた。
というかこの人、現実の名字をそのままアバターネームにしてたのか……。
インターネット初心者の人がやりがちなことではあるけれど、ネット上で個人情報を出すのは一昔前では考えられなかったくらいなのだから、もう少し危機感を持ったほうがいいと思うのだけれど。
ましてや『ななみやななせ』なんて珍しい名前の組み合わせは、そうそう他人と被ったりはしないだろうし。

「この場合はアバター名と同じだから仕方ないのかもしれませんけど、あんまり他人に本名とか教えないほうがいいですよ。……もう遅いですけど」
「ああ、知人にも同じことを言われたよ。しかしお嬢さん、私は英語というものが大の苦手でね。知人にそのことを指摘されるまで、アバターネームというのは何処かの国の言葉で名字のことを指しているのかと思っていたのだよ。初めてこの世界に降り立って周りのプレイヤーの名前を聞いた時は、世の中は随分と珍しい名字で溢れかえっているのだなあと感心していたくらいだ」
「そんなわけねぇだろ!」
僕が密かに心配していることなど露知らず、自称ナナりんことナナミヤさんはとんでもないことを言い出した。
リリアとかキバオウだとかいう名字の日本人がいてたまるか!
ネット初心者とか英語が苦手とか、そういうレベルを逸脱しているぞ、この人……!

「時にお嬢さん、あまり乱暴な言葉遣いをするものではないよ。せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「うっ……」
柄にもなく声を荒げてばかりの僕に、そうさせている張本人であるはずのナナミヤさんは涼しい顔で言う。
お嬢さんと呼ばれたのはともかく、言葉遣いが乱暴になってきているのは否定できないのが痛いところだ。
リリアとパーティを組むようになった影響なのか、最近の僕は自分でも、我ながら言葉遣いが悪くなってきているという自覚がある。
仮に現実世界に戻ることができても、母親に怒られる所が簡単に想像できてしまって少し怖い。
元々言葉遣いについては、何かと注意されてばかりいたしなぁ……。

「私はこれでも驚いているのだよ。まさかこんな辺鄙な場所で、君達のような可愛らしい少女達に出会うとは思ってもみなかったからね。天使が舞い降りたのかと我が目を疑った思ったほどだ」
「て、天使って……」
「ああ、しかし可愛らしいね、君は。そのショートヘアといい、艶のある白い肌といい、私の好みにぴったりじゃないか。案外、君と私がここで出会ったのは運命というものだったりするのかもしれないね」
「ちょ、ちょっと、ナナミヤさん……」
「おや、照れているのかい? ふふ、真っ赤な頬がとても愛しいよ。思わず食べてしまいたくなるじゃないか、子猫ちゃんめ」
「う、うぅぅ……!」
な……、何言ってるんだこの人……!
まさか本気で言ってるわけではないんだろうけど、こんなに真剣な顔でここまでベタ褒めされると、流石に僕も気恥ずかしくなってしまう。

よくよく見るとナナミヤさんの顔はすっきりと整っていて、ピシッとした服装も相まって男装の麗人に見えなくもなかった。
女性として見れば美人、男性として見れば美男子といった良いとこ取りの顔立ちで、魔性ともいえるような不思議な魅力を放っている。
超のつくほど臭い台詞をこんなに真顔で言えるだけでも驚きだというのに、それが様になっているところがまた、ナナミヤという人物の底知れぬ恐ろしさを感じさせた。
シェイリに助けを求めようにも、彼女はというとぺんぺん丸とじゃれ合うのに夢中で、僕が色々な意味で危機に陥っているのだということに気付きもしないのだった。

「ほら、目を逸らさないで……」
「う、ううううう~……!」
突然の精神攻撃にうろたえている間にも、ナナミヤさんは僕に向かって真剣な眼差しを送ってくる。
知性を感じさせるゴールドオーカーの瞳が、静かに、それでいて情熱的に僕の目を見つめ続ける。
甘くとろけるような囁き声に、なんだか頭がくらくらしてきた。
や、やばい。この人にずっと見つめられていると、僕、なんだかおかしな気分になって―――

「ちなみに私は両刀だ。男性も女性も分け隔てなく愛することができる」
「何言ってんだあんた!」
うっかりおかしな方向へトリップしかけていた僕の意識は、続いてナナミヤさんの口から飛び出した爆弾発言によって、すんでのところで現実へと引き戻された。
よりにもよってこのタイミングでカミングアウトするようなことじゃないだろ……!
本当に何言ってるんだ、この人……!

「さて、私は名乗った。今度は君の番だよ、お嬢さん」
「あー、もう……。なんというか、すごーく疲れました……」
「そうかね?ならば私がその疲れを解きほぐしてあげようか」
「け、結構です!」
この人に任せたら何をされるかわかったものじゃなかった。
必死にかぶりを振りながら、僕は今日この洋館を訪れたことを少し後悔していた。
なんというか、アルゴとはまた違う意味で相手のペースに引き込まれてしまい、気力がみるみる削られていくのを感じる。
変な人と関わり合いになっちゃったなぁ、というのが本音だった。
よく考えたら結構失礼なことを考えている気がしなくもないけれど、この人に対しては罪悪感など湧いてこなかった。

「それは残念。して、お嬢さんの名前は何というんだい?」
「はぁ……、僕はユノといいます。できればその、お嬢さんっていうのはやめて欲しいんですけど……」
「おや、それは失礼。そういえばあちらのお嬢さんからはユノ“くん”と呼ばれていたように思ったが、その言葉遣いといい、ひょっとしてお嬢さんではなくお坊ちゃんのほうが正解だったりするのかな?」
「あ、ええと―――」
「まあ、君がどちらだったとしても私には関係のないことなのだけれどね。お嬢さんだろうとお坊ちゃんだろうと変わらずに愛することを約束しよう」
「いらねぇよそんな約束!」
なんというか、もう。
クエストとかどうでもいいから、宿屋に帰りたいなぁ。
ほんの10分ほど前までは不気味な人形達に怯えてばかりいたのに、どうしてこんなことになってしまったというのか。
というか両刀だっていう話、冗談で言ってるんだよね?本気だったりしないよね?

「お嬢さんと呼ばれるのは嫌か、了解した。ではユノりんと呼ばせてもらうことにしよう」
「やめてください」
何の罰ゲームだよ。
自分をナナりんと呼べと言っていたことといい、そのあだ名の付け方を気に入ってるんだろうか。

「おや、お気に召さないかね?」
「ええ、まあ……」
「ふむ? なかなかいい呼び名だと思ったのだが……。では、ゆのぴょんと」
「………」
悪化してんじゃねぇか。
人前でそんな呼び方をしてみろ、僕は訴訟も辞さないぞ。

「あの、できれば普通に呼んでいただけると……」
「これもだめかね、ふーむ……。しかしだね、お嬢さん。別に責めるつもりはないのだが、名前がたったの二文字だけでは、どうにも口にした時の語呂がよろしくないと思わないかね? こう言っちゃ悪いのだが、名付けのセンスを疑わざるを得ないよ」
「全国の二文字の名前の人とその親に謝れ。あとあんたには言われたくねぇよ」
「ではこうしよう。間を取ってゆのたんで妥協しようじゃないか」
「何の間を取ったんだよ!!」
駄目だ、この人と話してるとすごく疲れる。
SAOでは体調不良になることはないはずなのに、何だか頭が痛くなってきたような錯覚に陥る……。

「仕方ないね……、ならばゆのゆのと呼ばせてもらおう。いくら寛大な私でもこれ以上の譲歩は無理というものだよ、お嬢さん」
「……、もうそれでいいです……」
やれやれといった具合で肩をすくめるナナミヤさんに、僕はもう何も言い返す気力すら湧いてこなかった。
寛大な要素がどこにあるんだよとか、何をどう譲歩したんだよとか、僕が悪いのかよとか、むしろ悪化してんじゃねぇかよとか、色々と突っ込みたい所は山ほどあったけれど、突っ込み疲れた僕にはもはやどうでもよくなっていた。
なんかというか、色々と泣きたい気分だった。

「ゆのゆの、あちらのお嬢さんは何という名前なのだね?」
未だに西洋人形とキャッキャウフフといった感じでじゃれ合っているシェイリへと目線を向け、ナナミヤさんは僕に問う。
この変人と会話を続ける気力すら失いかけていた僕は、力なく答えた。

「あの子はシェイリですよ。僕のパートナーです」
「ふむ、あちらのお嬢さんはシェイリちゃんというのか。こちらも姿に負けず劣らず可愛らしい名前じゃないか、結構結構」
「おいちょっと待て」
どうして僕がゆのゆので、シェイリは普通の呼び方なんだよ。僕の名前の何が駄目だったんだよ。ちょっと傷付くだろうが。

「しかしあれだね。シェイリちゃんは見るからに幼女だからいいとして、ゆのゆのは全体的にもう少し肉を付けるべきだと私は思うがね」
「………」
僕の胸元に視線を向けながらそんなことを言うナナミヤさんは、セクハラ面ではリリアに負けていなかった。
変わらず愛することを約束するとか言っといてセクハラしてんじゃねぇよ。
ひょっとしてわざとやってるんだろうか、この人。

「それにしても、ぺんぺん丸が私以外の者にあそこまで懐くとは、シェイリちゃんにはビーストテイマーの素質があるのかもしれないな。結構結構」
そう言って、勝手に納得したようにうんうんと頷くナナミヤさん。結構結構、というのが彼女の口癖らしかった。
見ればシェイリがぺんぺん丸を両手で抱き上げ、高い高いをしているとこだった。いや、君、順応しすぎだろう……。

「見たまえよ、ゆのゆの。なんとも微笑ましい光景だとは思わないかね? 結構結構」
「はあ、まぁ……そうですね」
僕は今すぐにでもナナミヤさんから離れたくて仕方ないというのに、シェイリがあの様子ではそれすらも叶わない。
いやまあ、確かにぺんぺん丸―――《ボーパルパペット》の見た目は、外で徘徊している操り人形たちよりも随分と可愛らしくはあるけれど。
主人であるナナミヤさんが珍しいと言っているあたり、あの西洋人形が彼女以外に懐くことはあまりない―――のだろう、きっと。
まあ、元々プレイヤーの首を狙ってくる凶暴なモンスターなのだし、使い魔となった今でも気性が荒いところは変わらないのかもしれない。

「いやしかし、ああも他の者に懐いているぺんぺん丸を見ると、私としては些か嫉妬してしまうよ。なにせ普段の彼女は友人である私の寝首をも掻こうとするほどに気性が荒いのだからね」
「懐いてないじゃねぇか」
むしろ殺す気満々じゃないか。
この人、本当にあの人形の主人なのか……?

「いやいやそんなことはないよ。付き合いこそそう長くはないが、私とぺんぺん丸は固い友情で結ばれているのだから」
「……そうなんですか? とてもそんな風には思えませんけど」
「失敬な。私以外の誰がぺんぺん丸の愛情表現を受け止めてやれるというのだね?寝首を掻こうとするのは種の本能なのだから仕方がないのであって、私が嫌われているという根拠にはならないよ」
「……。まあ、そうなんでしょうね……たぶん」
確かに首狩り人形っていうくらいだしなぁ。
ひょっとしてシェイリに懐いているのは、彼女が攻略組の間で《首狩り》などと呼ばれていることを本能で察したためだったりするんだろうか。同族意識みたいな感じで。
だとしても、愛情表現で寝首を掻かれそうになるのは僕は絶対嫌だけど……。

「おっと。シェイリちゃん、すまないがぺんぺん丸の食事の時間だ。彼女をこちらに渡してくれたまえ」
「はーい」
最後にもう一度だけ頭を撫でてから、シェイリは抱きかかえていたぺんぺん丸をナナミヤさんに手渡した。
こうしてみると、人間の赤ちゃんを扱っているように見えなくもない。
まあ、血のこびりついたシックルを持った赤ちゃんなんてものがいたら怖くて仕方ないけれど。

「ほうらぺんぺん丸、食事の時間だよ」
「………」
子供をあやすように笑いかけるナナミヤさんを眺めながら、僕はふと疑問に思った。
いくら使い魔には定期的に餌を与える必要があるといっても、ぺんぺん丸の種族《ボーパルパペット》は西洋の女の子の姿を模した人形だ。
《竜使い》の少女のような動物型モンスターならともかく、人形がどうやって食事をするというのだろう。
一応、ぺんぺん丸の顔には小さな口が付いているけれど、それはあくまでも人形の口であって、とても食事を行えるようには見えない―――って、

「……あの、ナナミヤさん。それは一体」
「彼女の主食だが?」
思わず聞かずにはいられなかった僕の視線の先には、ナナミヤさんの白魚のような指先―――に摘ままれている、何かの肉塊。
おそらくモンスターのものであろうそれは、加熱加工すらされていない生肉のようで、不気味なまでに赤黒い。

「………」
「? どうしかしたのかね、ゆのゆの?」
「い、いえ……なんでもないです」
自分でもわかるほどに顔が引き攣ってしまった僕を、ナナミヤさんは心底不思議そうな顔で見つめる。
そんな彼女の腕の中では、ぺんぺん丸が作り物であるはずの口を「がばぁ」と開き、一心不乱といった様子で生肉にむしゃぶりついていた。
どうやら彼女は肉食系女子ならぬ肉食系人形であるらしかった。正直に言ってかなり怖い。

「……ちなみにお聞きしたいのですが、ナナミヤさん。ひょっとしてそれ、いつも持ち歩いてるんですか……?」
「これのことかね? もちろん持ち歩いているとも。なにせこの子の大事な食糧だからね」
「そ、そうですか……」
「ちなみにこの肉は《コウシア族》と呼ばれる人型モンスター達がドロップするもので、今私が手にしているものだと、そうだな……恐らく人間でいうところの―――」
「やめてください!聞きたくないです!」
ご丁寧にも人間のどの部位にあたる肉なのかということを解説しようとするナナミヤさんを、僕は慌てて制した。
ただでさえ、目の前では生肉にがっつく西洋人形という不気味な構図が広がっているというのに、その人形が食べているのが何の肉かなどという詳細は聞きたくもなかった。

「ゆのゆのは些か好奇心に欠けているように見受けられるね。まだ若いというのに嘆かわしい」
「いや、別に好奇心がないわけではないですけど……グロいのはちょっと」
「おや、それは失礼。言われてみれば、この子の食事風景は初めて見る者には少々刺激が強かったかもしれないね。すまない、この通りだ」
「は、はぁ……別にそこまでしなくてもいいですけど」
申し訳なさそうな顔で頭を下げるナナミヤさんに、僕は少しばかり罪悪感を抱いてしまう。
確かにホラー映画じみた光景だったけれど、ぺんぺん丸だって生きている(?)以上は食事をしなければならないし、僕がとやかく文句を言えるようなことではなかったかもしれない。

そんな主人の様子を感じ取ったのか、今まで夢中で生肉を貪っていたぺんぺん丸までもが食事を中断し、主人を倣ってぺこぺこ頭を上下に振っていた。
うう、そんな風にされると申し訳なくなってくるじゃないか……。

「あ、あの、ナナミヤさ―――」
「……ふむ、ゆのゆのはよく見ると安産型のようだね。ますます私好みだ」
「どこ見てんだてめぇ!!」
そんな僕の罪悪感は、次のナナミヤさんの発言によって跡形もなく消し飛んだ。
どうやら頭を下げながら、僕の下腹部のあたりを凝視していたらしい。
一際大きな声で叫んだ僕はマントで身体を隠し、ナナミヤさんを睨み付けた。
前言撤回。こいつ最悪だ。

「ははは、冗談だよ。そう警戒した目で見ないでくれたまえ。いくら私でも18歳未満には手を出さないさ」
「………」
そういう問題じゃねぇよ。


「――さて。この子の食事も済んだことだし、私はそろそろ行くとするよ」
僕がナナミヤさんへ軽蔑の目を送っている間に生肉を食べ終えたらしく、彼女の腕の中ではぺんぺん丸が満足そうな様子で寛いでいた。
そんな西洋人形の頭を一撫でしてから、ナナミヤさんは「どっこらせ」という掛け声と共に立ち上がる。紳士のような口調で話す割に、変なところで年寄り臭い人だった。

「……あれ、ナナミヤさんソロなんですか?」
「ん、まあそんなところだよ。パーティというのはいまいち煩わしいのでね」
「そうなんですか」
僕の質問に、ナナミヤさんは肩をすくめてみせた。
まあ、確かにこの人ようなタイプはパーティでは浮いてしまうことだろう。
こうして少し話しただけの僕ですら、今は猛烈な疲労感に襲われているくらいなのだし。
SAOにパーティメンバー募集は数あれど、ナナミヤさんのような人を受け入れてくれるところはなかなか見つからないのではないだろうか。

「それにこの子と友人になってからは、こうして人気のないダンジョンの安全エリアを渡り歩く生活さ。この子を連れて街に戻って、周りから騒がれるのは好ましくないのでね」
「ああ……なるほど」
SAOでのビーストテイマーといえば、大変に希少価値のある存在だ。
なにせ現状で確認されているのが《竜使い》ただ一人だけなのだから、こうして二人目が現れたということが周囲に知られれば、たちまち注目を浴びることになるのはまず間違いないだろう。
例の竜使いの少女などはもはやアイドル扱いであり、テイム成功から数ヶ月経った今でも、未だにパーティに引っ張りだこなのだという話を聞くほどだ。

ナナミヤさんも少女という年齢ではないにしろ、男女問わずに引き込まれてしまいそうになるような不思議な魅力を持った女性だ(変人だけど)。
加えて二人目のビーストテイマー―――《人形遣い》ともなれば、竜使いの少女に負けず劣らず、例え本人が望まずとも周囲のプレイヤーたちが放ってはおかないだろう。
彼女がそういった騒がしさを煩わしいと思うタイプだろうというのは、僕にもわかった。こうして人気のない安全エリアを渡り歩いているというのも頷ける。
頷ける―――けれど、やっぱりおすすめはできないよなぁ……。

「あの……ナナミヤさん、よかったら外まで一緒に行きませんか? いくらその子がいるとはいっても、ソロだと万が一ってこともありますし」
「ふむ?」
「なんなら圏外村まで送りますよ。圏外といっても宿屋に泊まれば安全ですし、他のプレイヤーが来ることも滅多にありませんから」
PK可能地域というのが少し不安ではあるけれど、それはダンジョンの安全エリアにしたって同じことだ。
むしろ宿屋に泊れば安全な分、ダンジョンで寝泊まりするよりはいくらかリスクも低くなる。
いくら変な人とはいえ、このまま別れて万が一死なれてしまっても寝覚めが悪いし、彼女を圏外村に送るだけなら大した手間にはならないだろう。

そんな僕の提案に思案顔を浮かべていたナナミヤさんはというと、

「なるほど……つまり人気のない場所で私としっぽりしたいわけだな。エロ同人みたいに」
「ちげぇよ馬鹿ッ!!」
なるほど……じゃねぇよ。
真面目な顔して何考えてんだ、あんた。

「ユノくんユノくん、エロどーじんってなぁに?」
「シェイリは気にしなくていいの!」
「エロ同人というのはだね―――」
「あんたも教えようとすんな!!」
シェイリにとんでもないことを吹き込もうとするナナミヤさんをPKすれすれの実力行使で退けながら、僕は改めて思った。
やっぱり今日ここに来たのは失敗だった―――と。


────────────


この後、僕たちはなんとかナナミヤさんを圏外村の宿屋まで送り届け(その間の僕の精神的疲労は、もはや語るまでもないだろう)、当初の目的だったクエストも無事に完遂することができた。
シェイリはぺんぺん丸のことをいたく気に入ってしまったらしく、彼女の主人であるナナミヤさんともすっかり打ち解けた様子で、なんとフレンド登録まで交わしていた。
その流れで僕もナナミヤさんとフレンド登録することとなり、僕のフレンドリストに《Nanamiya》という不吉極まりない名前が追加されたのだった。

ちなみにこの数ヶ月後、僕とこの風変わりな《人形遣い》は思いもよらないタイミングで再会することとなるのだけれど、それはまた別のお話。 
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