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開封の夢

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3部分:第三章


第三章

「この娘は」
「私の娘でして」
 男はその少女を見ながら穏やかな声で述べるのであった。
「名前を華娘といいます」
「華娘さんですか」
「一人娘です」
 今度は林回にこう言ってきた。
「それで今相手を探しています」
「そうなのですか」
「それでです。宜しければですね」
 また態度をあらためさせて彼に言ってくるのだった。
「娘を。如何でしょうか」
「といいますと」
「はい。妻に貰って下さい」
 こう彼に告げるのであった。
「貴方さえ宜しければ」
「何と。宜しいのですか?」
「貴方のこれまでを見て決めました」
 男は言うのである。
「ですから。是非」
「ううむ。有り難い御言葉」
 彼としても断る気には到底なれなかった。それで頷く。少女、その華娘という少女の微笑を見たところで不意に目の前が真っ白になり。気付いた時には。
「んっ!?」
 彼は自分の部屋の机の上に寝伏していた。枕は論語であった。
 どうやら論語を読んでいるうちに寝てしまったらしい。起きてからそれに気付いた。
「やれやれ、またか」
 起き上がり溜息をつくのだった。
「また。勉強をしているうちに寝てしまったんだな」
 そのせいか寝はしたが身体が今一つ重い。最近そんなことばかりだと自分でも思うのだった。
 彼の着ている服は白い。所謂書生の服だ。即ち彼は科挙の試験に及第する為に開封に来て勉強をしているのだ。当然進士にはとてもなってはいない。
「どうなるのかな」
 この前やっと殿試まで受けた。皇帝陛下にもお目通りが適った。しかしそれでもだった。及第しているかどうかは全くわからないのだ。
 その結果がかなり気になるが今それをあれこれ考えても仕方ないことは自分でもわかっている。とりあえずまた論語を読みだすと部屋の扉の方から声が聞こえてきた。
「林回さん、林回さん」 
 初老の男の声だ。
「いるかい?」
「はい、いますよ」
 扉の方に顔を向けて答える。声の主はこの家の主人である。彼は部屋を借りてそれでこの都にいるのである。そういうことであった。
「ちゃんといますよ」
「そうですか。じゃあ朝御飯ができましたよ」
「わかりました」
 朝御飯と聞いて自分でも気持ちが楽しくなるのがわかった。その時不意に夢のことを思い出した。あの馳走のことをである。
 しかしそれでも今は。何故かどうでもよいものに思えた。確かにいい夢だったがそれでいいとさえ思えた。自分でもこれが少し不思議であった。
「夢は夢だしな」
 こうも思った。
「いい夢だった。それでいいとするか」
 それで満足したのである。夢として見ただけで。それだけで充分だと思ったのである。
「今の暮らしも。考えてみれば」
 こうして勉強に明け暮れている毎日のことも思うのだった。
「書に親しんでいると思えばいいか。それだけでも幸せなことだ」
 今度はこう思うのだった。彼はあまり欲深い男ではなかった。だから夢に見ただけで満足し。そして夢は夢でいいとおもうのであった。
「及第するに越したことはないが」
 続いて科挙のことも思った。
 
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