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笛の魔力

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6部分:第六章


第六章

 彼はソマリアにいる間ずっと笛を吹き続けた。そうして人々に希望をまた見せたのである。
 それからもだった。各国を回り笛を吹き続けた。それにより絶望に打ちひしがれている人々に希望をまた見せていった。
 それを続けているうちにだ。やがてマスコミが彼に注目して。取材をしてきた。
 マスコミの者達は底意地の悪い笑みを浮かべて。こう彼に問うのであった。
「一体どんな魔法を使ったんですか?」
「あんなことができるなんて」
「貴方は預言者か何かですか?」
 彼が人々に希望を与えていることに嫉妬していたのだ。こうした嫉妬により他者を貶めるのは人として醜い行為だがマスコミのよくやることでもある。
 彼等のその下劣な問いに対して。彼はこう静かに答えた。
「私は私です」 
 まずはこう答えたのである。
「それ以外の何者でもありません」
「おやおや、それはまた」
「御謙遜を」
「いえ、謙遜ではありません」
 彼は返した。あくまで彼として。
「私が笛を吹くことを許されたのは」
「何だというのですか?」
「それでは」
「神の御意志です」
 キリスト教徒、それも神父として相応しい返答だった。
「神が笛の声で人々、そして動物達の心を癒し楽しませて下さる為です」
「では貴方が笛を吹かれるのは」
「神の御意志なのですね」
「そうです」
 まさにそれだというのである。
「それ以外の何者でもありません」
「ふむ。そうなのですか」
「神ですか」 
 彼等は実はクリスチャンであった。クリスチャンとして神の名を聞くとそれで心が動かない筈がなかった。彼等もまた信仰を持っているからである。
「神が貴方に笛を吹かせていると」
「貴方の才能ではなく」
「はい、そうです」
 まさにその通りだと。フリッツは答えた。
「そして神のこの人々を癒し平和をもたらすという願いの為に」
「笛を吹かれるのですね」
「これからも」
「そうさせてもらいます。私はそれだけです」
 静かに微笑んでの言葉であった。これこそが彼が笛を吹く理由であった。マスコミの記者達も彼の言葉を聞き深く感じ入った。当初の意志は消えて。
「わかりました」
「では、私達はです」
「私達は?」
「貴方のその笛の声、つまり神の御意志をです」
「祝福させてもらいます」
 こう答えたのである。
「確かに」
「そうさせて下さい」
「わかりました」
 そして彼も記者達のその言葉を受けた。そうしていつも自分の側に置いてあるそのフルートを手に取って。静かに吹きはじめたのであった。
 フルートの優しい音色が記者達を包んでいく。それは確かに神の言葉であった。人々を癒し、平和に導く神の優しい心そのものであった。
 彼はその生涯を笛に捧げた。戦乱や災害、困窮に喘ぐ人達や動物達の前に出てそうして笛を吹き彼等の心を楽しませた。それこそが神の声だと言って。そうし続けたのである。フリッツ=スターマンの輝かしい生涯はその笛と共にあったのである。それは紛れもない事実であった。


笛の魔力   完


             2009・12・29
 
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