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月に登った三人

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5部分:第五章


第五章

「ハンガリーだけじゃなくてお月様まで好き勝手にするつもりか」
「何処までも共産主義で赤く染めるだけだ」
 この将校は少なくとも共産主義に対する忠誠は強いらしい。
「ハンガリーや月だけではないわ」
「勝手に言ってるんだな」
 バーンも流石に彼等には侮蔑の色を隠せなかった。傲慢な彼等に対しては。
「そんな戯言をな」
「迷惑かけるのはせめて地球だけにしておけよな」
 ダルビは彼等にも当然のように容赦がなかった。
「いい加減にな。ほら」
 そのうえで他の二人に声をかける。彼が最後だったのだ。
「早く行ってくれ。そのままな」
「ああ、わかった」
「それじゃあな」
 クリストフとバーンはすぐにその言葉に頷いた。
「おい、素晴らしいソ連軍の方々」
「特にそこの偉い将校さん」
 思いきり彼等を見下ろして言う。
「これでお別れだよ」
「それじゃあな」
「隊長」
 そのまま上へ上へと進む三人を見ながら兵士の一人が将校に対して声をかけてきた。
「どうされますか?」
「構わん」
 彼は最初から三人を頭から馬鹿にしていた。だからこその言葉であった。
「好きにさせておけ。行ける筈がない」
「左様ですか」
「非科学的だ」
 科学を万能と考える共産主義らしい考えであった。
「こんなことができるわけがないではないか」
「それでは」
「落ちて痛がっているところを笑ってやれ」 
 傲然と言い放った。
「わかったな」
「はい。それでは」
 兵士はそれに敬礼で応えそれで終わった。彼等は命令通り動かずに見ているだけであった。だが三人はそれでも進むのであった。
「どうなるか」
「どうせ落ちるに決まっているがな」
 だがクリストフが梯子の先に着くと。そのまま消えてしまったのであった。
「なっ!?」
「まさか」
 続いてバーンも。最後にダルビも。三人はそのまま月の中に消えてしまったのであった。
「馬鹿な」
 将校も兵士達も今更のように驚くのであった。
「まさかこんなことが」
「梯子で月に行くなぞと」
「おい」
 将校はすぐに兵士達に声をかけた。
「は、はい」
「よいか」
 そしてまた命令するのだった。
「試しに登ってみろ。いいな」
「わかりました」
「それでは」
 兵士達は命令に応える。そうして残された梯子を先の三人と同じように登ってみるが。だが月にはとても行けず梯子の一番上で止まるだけであった。
「無理です」
「あのようには」
「どういうことなのだ?」
 やはり月には行けないのを見て困惑する隊長であった。
「これは一体」
「わかりません。ですが」
 兵士の一人が言うのであった。
「彼等が月に行ってしまったのは事実です」
「ここからか」
「そうです。それは間違いないかと」
 そう述べて月を見た。もうそこに三人はいる。だがどうして梯子で月に行けたかというと誰にもわからなかった。若しかすると神様がもう祖国からも逃れたくなった彼等の願いを聞き入れたのかも知れない。少なくともこの三人をこの地球を見た者はもう誰もいなかった。これは事実であった。


月に登った三人   完


                 2007・10・16
 
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