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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第二十二話

 十日ほど経って小十郎の顔色が段々と良くなり、奥州まで戻っても大丈夫かなと思うほどに体調も戻っていた。
でも侍医にあと三、四日は静養しろと厳しく言われてしまったこともあって、小十郎はまだ床に伏している。
いつもあれこれと動き回っているせいか、寝てばかりだと逆におかしくなるとしきりに起きたがっていて、
渋い顔をした侍医が縁側に出て日向ぼっこするくらいならばと許してくれた。

 そんなわけで今、小十郎と縁側に出て二人でのんびりと茶を啜っている。
まだ春だというのに、今日は日差しが強く、夏のように蒸している。
幸い風が冷たいので涼しく感じるのが有難いところなのだけれども。

 ……で、こんな陽気で一番参ってるのは誰かというと……。

 「某は暑い! 何故許してくれんのだ、まつ!」

 「犬千代様、加賀の国主がそのようではなりませぬ! 今はお客様もおられますれば」

 あの褌一丁のくせして暑さには滅法弱いらしく、まつさんとさっきから何やら揉めている。
というか、今この城の中で一番涼しい格好してるくせして暑いとか何なんだっての。

 「もう我慢出来ん! 暑い! 全部脱ぐ!!」

 最後の言葉に私達は揃って声のした方向を見た。全部脱ぐって、アンタ、それ脱いだら大変な事に。

 ツッコミを入れる猶予もないまま城中にまつさんの甲高い悲鳴が響き渡る。

 ……結局全部脱いだんだ。てか、まさかその格好で出歩くつもりじゃ……。

 「な、何!? 今の悲鳴」

 私達が向いている方向とは反対側から現れた慶次が慌てたように事情を聞いてきた。

 「……利家さんが暑さに負けて全部脱いだっぽいよ。……慶次、まさかと思うけど、全部脱いだ状態で城中歩き回らないよね?」

 「…………」

 おい、何だってのよ、その沈黙。まさかとは思うけど……

 ふと、まつさんの悲鳴が聞こえた方向から足音が近づいてくることに気付いた。
これは……かなり嫌な予感が拭えないぞ?

 「……まさか」

 「……ごめん、小夜さん。念のため反対側向いてて」

 慶次が言い切る前に動き出して足音の方向へと消えていった。言われた通りに反対側を向いていれば、
様子を見ていた小十郎の顔が引き攣っているのが見える。

 「……どうしたの?」

 「利!! 褌くらいつけてから歩け!! 小夜さんに見られたらどうすんだよ!!!」

 私が声をかけたのと同時に慶次の怒鳴り声が響き、そして共に足音が遠ざかっていく。
気配は二人分、どうやら本当に全部脱いだ状態でこっちに向かっていたらしい。

 ……利家さん、露出狂と言われても反論出来ないよ? というか、小十郎に切られても何も言えないって。
私も流石にそうなったら止められないから。

 「……姉上」

 呼ばれて小十郎の顔を見ると、眉間にかなり深く皺を寄せていた。
何だかそんなことを考えていたせいか、嫌な予感が拭えない。

 これは怒ってる。極殺に切り替わる三歩手前くらいに怒ってる。

 「今すぐお暇致しましょう」

 「え、でもあと三、四日は静養って」

 「あのような変態がいる場でゆっくりと休む事など出来ませぬ!」

 話をしていくうちに極殺の一歩手前の状態になってしまった小十郎を見て、こうなってはもう私が何も聞かないと頭が痛くなってきた。

 ……利家さんも悪い人じゃないんだけども……着物さえ着てくれればなぁ……はぁ。



 急遽出発することになったとまつさんに告げて、小十郎は今までの礼を丁重に述べていた。

 「度重なるご無礼をお許し下さい。また改めて御礼に伺いたいと」

 「小十郎、野菜送ってあげなよ」

 「野菜を、ですか」

 そう、野菜。うちの小十郎は畑を弄るのが趣味で、家庭菜園なんてレベルじゃないほどに広大な畑の管理をしてるんだよね。
伊達の食糧事情も小十郎が管理していて、何で竜の右目がそんなことやるのと聞いたこともあったっけ。
ちなみにその時の答えは、小十郎の生きがいでありますゆえ、だったような。
それもかなりいい笑顔で答えられて何も言えなくなっちゃったのを覚えてるよ。

 「まつさん、うちの小十郎はね、奥州の野菜作りの名人なの。美味しいご飯の御礼に落ち着いたら野菜送るから楽しみにしててね」

 そう言ってみると、まつさんは嬉しそうな顔をしてぽん、と手を叩いた。

 「まぁ、それは嬉しゅうございます。犬千代様と慶次が食欲旺盛なれば、食材はいつも不足しておりますので」

 犬千代様、という単語に小十郎は渋い顔をしていたが、世話になった礼だからと小十郎は必ず御送り致しますと述べていた。

 「小夜さん、出て行っちゃうのかい?もっとゆっくりして行けばいいのに」

 振り返ると出入口の前に、慶次と無理矢理着物を着させられた利家さんがいた。
利家さんは暑いと言って今にも脱ぎたそうではあったが、どうやら散々怒られた後のようで仕方なくといった様子で大人しく着物を着ている。
これには小十郎も眉間に皺を寄せていたものの何も言わずに視線を移しただけで、特に咎める様子は無い。

 「利家さんもそういう格好してると男っぷりが上がるのに」

 「そ、そうか?」

 満更でもなさそうな様子の利家さんに向かってしゃもじが剛速で飛んでいく。
一体何処から取り出したのか分からないしゃもじをかわす間もなく思いきり顔面に食らって、
鼻血を噴いて倒れた利家さんを私や小十郎、慶次が顔を引き攣らせて見ていた。

 「まぁ、犬千代様ったら」

 ほほほ、と上品に笑うまつさんが怖い。本当に怖い。ひょっとしたら姉を超えるくらいに恐いかもしれない。
小十郎も心なしか恐怖の色が顔に滲んでいる。

 「また遊びにきて下さいませ。慶次も喜びますれば」

 何事も無かったかのように話を進めるまつさんが怖かったけれど、多分突っ込んだら負けだ。
私達もそれは何となく分かってる。

 「お、おう。そのうち奥州へも遊びに行くからな。その頃にはいい人見つけてなよ?」

 「うん……って、俺に恋しろとは言わないんだね」

 「流石に独眼竜とその右目に睨まれちゃあね。まぁ、俺に恋をしてくれるんなら大歓迎だけどね」

 慶次の冗談めかした言葉に反応して小十郎から殺気が放たれたのに気付いて、私は隣で座っている小十郎の太股を思いきり平手で叩いた。
短い悲鳴を上げた後、隠すことなく叩いた場所を押さえて苦痛の表情を浮かべている。
全く、冗談と本音くらい見極めろっての。シスコンじゃあるまいし。

 「じゃ、そろそろお暇しましょうか」

 「~~~っ……はい」

 涙目のまま小十郎は立ち上がって外へと出た。
私も続いて外に出た瞬間、突然何者かに背後から抱きすくめられて身動きが取れなくなる。

 「なっ、何!?」

 「姉上!」

 一体何が起こったのか分からず慌てる私を見て小十郎が顔を青くしている。
それを見ただけでも緊急事態であるのは分かったけれど、行動を起こすことが何も出来なかった。
何故なら、がすん、と首の後ろを叩かれて、私は訳がわからないまま意識を失ってしまったからだ。

 本当、一体何がどうなったの? 誰か教えて!

 意識を失う直前に思ったのは、それだけだった。 
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