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極短編集

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短編31「天井の女の子」

 僕はクラスでぼっちだった。どうしてそうなったのかは分からない。気づいたら僕は友達の輪の中にいなくて、気づいたら僕は独りぼっちだった。
 そして過ぎていく時間。いつものようにチャイムが鳴り、独りで昼ご飯を食べ、またチャイムが鳴ったら家に帰った。その繰り返しだった。
そんなある日の事だった。

ニョキ

 頭だった。
 明らかに頭が天井から出ていた。そして次に目が見えた!

『うわっ!』

 僕は心の中で叫び声を上げた!

キョロキョロ……ジーッ!

 目は辺りを見回すと、次に僕の目を凝視した!

「うわーーっ!」

 さすがに声が出てしまった!!

「どうした!?」

「えっ何々!?」

「なんだよビックリさせるなよ!」

 と、アチコチから声が上がった!その声に僕は周りを見た。しかし叫んだのが僕と分かると、直ぐにみんな静かになった。そして先生だけが改めて……

「どうした?」

 と、僕に聞いた。
 僕は天井を見たが、頭はなかった。僕は……

「何でも……何でもありません」

 と、つぶやいたのだった。

『あー!なんなんだよ、アレは!?いったいなんだったんだよ!』

 僕の心は、見えないはずのものが見えた不安と、さらにぼっちに拍車がかかった事への苛立ちにいっぱいになった。その日は帰りのチャイムが鳴るまで、悶々とした気持ちのままでいたのだった。
 頭を見たのは、あの時だけだった。それからは、いつもと変わらずの、ぼっちの日々が続いていた。そんなある日。

「じゃあ、答えてみて!」

 数学の時間、先生に指された。僕は答えが分からなかった。先生までも僕に嫌がらせをするのだと思った。その時……

「答えはX=5よ」

 と、頭の上から声がした。僕は天井を見た。天井からは顔が出ていた。僕は天井を見て、目を丸くしていると、先生が……

「おい!どうした?」

 と、言った。

「答えはX=5よ」

 天井から顔だけを出している女の子が、無表情のまま僕に向かって言った。僕は思わず……

「えっ、えっ、X=5~」

 と、僕は震える声で言った。

「正解だ」

 顔だけの女の子は、ゆっくりと天井に引っ込んでいった。
それからだった。

「答えは1192年よ」

「答えは未然形よ」

「答えは……」

 と、僕が答えに詰まると必ず、天井から現れては僕を助けてくれた。あいも変わらず無表情だったが。そして分かったのは、女の子の声は僕にだけしか聞こえないという事だった。
 しばらく経ったある日、僕はずっと教室にいた。いつもならチャイムが鳴ると同時に帰っていたが、僕は確かめずにいられなかったのだった。教室に誰も居なくなったのを見計らって、僕は天井に向かって声をかけた!

「ねえ!キミは誰なの?」

 天井に変化はなかった。

「ねえ!そこに居るんだろ?ねえ!!」

 僕が何度か天井に聞いていると……

ニョキ

 と、顔が出て来た。いつものごとく、無表情の女の子がそこにいた。

「ねえ、キミは誰なの?」

 逆さだが、良く見ればかなりの美人だった!

「それより、アナタこそ誰?」

 女の子は冷たい瞳のままで、僕に聞いて来た。

「ぼっ僕?僕はただの……ただの……ただの学生さ!」

 僕がそう言うと……

「そう……」

 と、言って天井に引っ込もうとした。

「ちょちょちょちょ、待って待って!」

 女の子の顔の半分が引っ込んだ所で、改めて顔が出て来た。

「何?」

 無表情の女の子が僕に聞いた。

「あっあの~。なっ、なんで僕を助けてくれたの?」

 そう僕が言うと、無表情の女の子がさらに無表情になった。

「アナタが助けてって言ったから」

「えっ!?」

 と、僕がビックリしている間に、女の子は引っ込んでしまった。
 でも、その後も女の子は僕が答えに詰まると現れては助けてくれた。そしてまた放課後……

「ねえ!キミは幽霊なの?」

 何度も呼ぶうちに、天井の女の子はすぐに現れるようになっていた。

「分からない」

「だって頭だけ天井から出てるなんて変だよ!ね~幽霊なんでしょ?」

「じゃあ幽霊なのかも知れない」

 と、女の子は無表情のまま答えた。僕はもう聞くのをやめた。その代わりに……

「ねえ勉強得意なんでしょ?僕に教えてくれないかな?」

 と、天井の女の子に聞いてみた。すると……

「いいわ」

 と、答えてくれた。
 それからは放課後になると僕は教室に残り、天井の女の子と勉強をした。女の子の教え方はとても上手く、僕は段々と勉強が好きになっていった。それから僕は授業が楽しくなった!

「はい!答えは……」

 と、積極的に答えたり……

「お前、成績良くなったなあ」

 と、先生に誉められた。その日の放課後……

「先生に誉められたよ!」

 と、天井の女の子に言うと……

「そう良かったわね」

 と、無表情に答えた。

「キミってさあ。頭だけに頭がいいんだね!」

 と、僕がいい気になって冗談を言うと、天井の女の子は一瞬、怒ったような顔をしたかと思うと、いつもの無表情になり……

「つまらないわ」

 と、言ったが、少し微笑んでいるようにも見えた。
その後、僕の成績はどんどん上がっていった。またある日の放課後、天井の女の子と勉強をしていると……

「あの席の男の子の趣味は……」

 と、今度は勉強とは関係のない話を女の子はしてきた。

「えっ!?」

「アナタの趣味は何?趣味は違っても趣味に対しての気持ちは、通じる事があるはずよ」

 と、女の子は言った。それから、その話からすぐの休み時間の事だった。

「なあ、お前の趣味って何?」

 天井の女の子が言っていた男の子から、僕は聞かれた。

「えっ!?趣味?趣味は……そっ、それよりキミの趣味は音楽だよね?音楽のどういう所が好き?」

「えっ!?お前良く見てるなあ。俺良く雑誌見てるからなあ。てかお前、人に興味ないのかと思ったよ!俺はさあ……いつか自分の音楽を作りたいんだ」

 その後は、その男の子の趣味の話を延々と聞く羽目になった。さっぱり分からなかったけど……『会話っていいなあ』と、僕は思った。

「お前、面白いなあ。今日、俺んちに来いよ!」

 僕はその日、男の子の家に遊びに行った。それは、友達と上手く関われた初めての瞬間だった。とにかく嬉しかった。僕はそれ以後、良くその男の子の家に遊びに行く事になった。
 天井の女の子と会わなくなって少し経った日の事だ。

「あの女の子、体調悪いけど、誰も気づいてないみたい」

 クラス移動の時だった。天井から急に声がして振り向くと、上半身が飛び出している天井の女の子がいた。

「あの女の子、危険だよ」

 天井の女の子は無表情のまま、クラスから出ていく、その女の子を指差していた。その女の子は学年でも人気の女の子だった。でも僕は天井の女の子の緊迫感とは別に……

『髪、長いんだなあ』

 と、天井の女の子を見て思っていた。

「何してるの!早く行って」

 僕は天井の女の子に言われ、慌てて廊下に飛び出した。その女の子は階段を登る所だった。僕が追いついたその瞬間だった!

「あっ!」

「キャー!」

 周りの女の子達が一斉に騒いだ。その女の子が急に倒れたからだ!後ろ向きに倒れる女の子。倒れた女の子は間違いなく、頭を階段に打ちつける事だろう。その時は本当にスローモーションだった。とっさに飛びつき、僕は女の子を抱えたまま、横滑りした。
 間一髪、間に合った。

「だっ!大丈夫ーー!?」

 悲鳴をあげて駆け寄る女の子の友達たち。僕は、その喧騒をよそに、そそくさとその場をあとにしたのだった。
次の日の事だ。

「その腕……」

 登校してきた、昨日、助けた女の子が僕に言った。

「ああ、家に帰ったら痛みだして……シップ貼ってるから大丈夫だよ」

 女の子はセミロングで、シャンプーのいい香りがした。

「昨日はありがとう」

 そう言うと、女の子は自分の席に戻っていった。学年一の美人で可愛い女の子に言われ、僕はとてもいい気分になっていた。
それからしばらくしての放課後の事だった。

「いつも教室に残って勉強してるよね?私にも教えてくれるかな?」

 学年一の女の子が居た。僕は『これは夢だ!』と思った。

「いっ、いいけど……」

 僕はチラッと天井を見た。天井は変わらず、いつもの天井だった。それから僕らは、いつも放課後になると一緒に勉強をした。
 その辺りから僕の学校生活が一遍していった。自然に、僕の周りに人が増えていったのだ。

「同じ趣味だね!」

「一緒に飯、食おうぜ!」

「お前って物知りだなあ」

 その時、気付いたのだった。

『そうか……避けていたのは、みんなじゃなかったんだ。避けていたのは、いや寄せ付けなかったのは……僕の方だ』

 ぼっちだと思っていたのは思い込みだったのだ!そして誰も悪くはなかったのだ。ただ僕は、人のせいにしていたのだ。

「後夜祭で、一緒に過ごしてくれる?」

 学年一の女の子に言われ、僕は有頂天になった!僕は誰かに話したくなった。でも……誰に?誰もいない放課後……

「ねえ!聞いてよ」

 僕は天井の女の子に話したのだった。

「聞いてたわよ。ここで言われたの聞こえてた」

「あっ!」

 そりゃそうだった。ここで学年一に言われたのだ。てか、一緒に勉強してたのも、もちろん分かっているのだ。僕は『失敗した~』と思った。

「毎日、いちゃいちゃしてたわね」

 天井の女の子が、僕の心を見透かし、無表情に言った。

「べっ勉強だよ!」

「どってでもいいわ。それより……」

「それより……?」

 僕は唾を飲んだ。ゴクリと音がした。

「良かったわね、後夜祭」

 天井の女の子は、無表情に微笑んだのだった。
 いや……本当に微笑んでくれたのだ。

「私もアナタに言わなければいけない事があるの」

 天井の女の子は、また無表情になった。天井の女の子は逆さのまま、天井から降りてきた。いつも不思議に思うのだが、天井の女の子の癖のない長い髪は、天井に向かっておりていた。決して逆立つ事はなかったのだ。てか……

「あれ!?降りられるの!」

 逆さのまま、僕らは見つめ合った。

「ありがとう」

 どこか寂しそうな、でも嬉しい表情を浮かべ、天井の女の子の顔が近づいて来た。

チュッ

「私、先生になりたかったんだ」

「えっ!?」

「そう学校の先生に」

 と、天井の女の子は言うと、懐かしそうな表情になった。

「助けてって、私も言ってたの。誰か私と友達になってって……こんな事なら自分を殺さなけりゃ良かったって思ってたの。そんな時に、アナタの声が聞こえた。『助けて』って。『誰か助けて!』って。その声に呼ばれて顔を出したら、私が居た教室だったの」

 僕の知っている限り、この学校でそういった話は聞かなかった。

「もしかして、昔の学生?」

 天井の女の子はうなずいた。

「もう、20年も昔の話。……アナタに会えて良かった。同じ思いが私を助けてくれたの。本当に……ありがとう」

 そう言うと、少しずつ天井に引っ込み始めた。

「そういえば、さっきのキス。私のファーストキスだから」

「えっ!?」
 
 天井の女の子は、上半身だけになると……

「バイバイ」

 と、逆さのまま僕に手を振り、スッっと天井に消えていったのだった。その声を最期に、幽霊の気配はなくなってしまった。
 後夜祭では学年一の女の子と過ごした。目の前では、炎が高々と燃えていた。炎でユラユラと揺れる影と、オクラホマミキサーのメロディーが僕らを包んだ。僕はその炎を見ながら小さな声でつぶやいた。

「誰か、タスケテ……」

 無意識のうちに言っていた言葉。

「うん?何か言った?」

 学年一の女の子が僕を見て、幸せそうに目を細めていた。その瞳の中には僕がいたのだった。
 その後、また幽霊に会いたい気持ちはあった。放課後、誰もいない教室で、天井に向かって呼んでみたが、天井の女の子は現れる事はなかった。 そして……

『もう成仏したのだし、呼び出したりしては良くないな』

 と、思って僕はもう、言うのをやめたのだった。



『誰か助けて』

 の、言葉も。

おしまい

 
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