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元虐められっ子の学園生活

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本気の手助け。失いたくない物の為に

「―――ごめんなさい」

彼女は、雪ノ下はそう言った。
原因は言うまでもなくサボった奴等の仕事のしわ寄せが間に合わないことからの重圧と焦り。
このままでは確実に間に合わないだろう。
今ここに来ている葉山の言う通り、誰よりも先に破綻してしまうのは雪ノ下だった。
本来委員長である相模がやるべき仕事に加え、自分の仕事、サボりのしわ寄せなど、一番多く仕事が回ってきてしまうのは副委員長の雪ノ下なのだ。

だからこそ許せなかった。
雪ノ下が謝った、謝ってしまったことに。

「遅れてごめんなさーい!あ、葉山君こっちいたんだぁ!」

相も変わらず、誠意のこもっていないその言葉は、ただでさえイラついている俺を更にイラつかせた。

「おつかれ。相模さんはクラスの方に行ってたの?」

「うん。そうそう!」

「相模さん、ここに決済印を。
不備についてはこちらで修正してあるから」

そう言って雪ノ下は数枚の用紙と印鑑を手渡す。

「ああ、そう。
て言うかさ、ウチの判子渡しておくから勝手に押しちゃって良いよ?
ほら委任ってやつ?」

「…………では、今後私の方で決済します」

……………………良いのだろうか…これで。
相模の暴挙に誰も文句を言わず、好きにさせることでどうなるであろうかなど解っている筈なのに。
そうなればしわ寄せは雪ノ下に増えることになってしまうのに…。

”キーンコーンカーンコーン”

「楽しいことやってると一日がはやーい!
じゃ、お疲れさまでしたー!」

退室していく相模。
誰も止めようなどせず、そのまま姿を消していく。
そしてちらほらと帰り支度を始める奴等も出てくる。

「…比企谷、雑務の残りはあとどれくらいだ?」

「……一部半ってところだ」

「……後は俺がやっておく。
取り合えず今日は上がってくれ」

「…………わかった。また明日な…」

「ああ。お疲れ」

比企谷も帰る。
既に殆どの生徒が会議室からでていき、残っているのは俺と城廻先輩のみとなった。
そんな城廻先輩も、バッグを肩に掛けて何時でも帰れるようになっている。

「ね、ねぇ鳴滝君…まさか今日も…」

「はい。残業です」

「ここ3日間ずっとだよ?何でそんなに…」

城廻先輩は間違いなく俺を心配してくれている。
しかしだ。俺にも譲れないものだってある。この委員会しかり、生活しかり。

「大切な場所と時間を失いたくないからです」

「このままいってしまえば、恐らく失ってしまうでしょう。
そうなってしまえば俺は自分を保つことができず、俗に言う不良と化してしまうでしょう」

「そ、そんなに大きな物なんだ…」

「すみませんが、帰り際で良いので、平塚先生を呼んでもらえますか?
すこし相談と、聞きたいことがあるので」

「うん。じゃあ鍵はここに置いておくね?また明日」

「はい。さようなら」

城廻先輩は退室していき、俺は一人会議室に残る。
直ぐ様wordを開いて必要事項を打ち込む。
プリンターを接続して印刷を開始してからまた仕事に戻る。
この用紙が、この状況を打破する唯一のカードだ。
雪ノ下は家でも作業をしていることだろう。アイツはそういうやつだ。
少しでもアイツの負担を無くすためにも、俺は……………?
何で、何で俺は雪ノ下をこんなに考えるんだ?
雪ノ下からしてもそんなものは迷惑で、俺からしても心配なだけの筈なのに…。
対抗心?いや、違う。向上心?対立?貢献?………違う。これは怒りだ。
誰でもないあの相模に対しての隠しきれない怒り。

「失礼するよ。
城廻から聞いてきたんだが、何かあったかね?」

ビクッと肩を震わせて会議室の入り口を見れば平塚先生がそこにいた。

「いえ、先生に聞きたいことと、許可を頂きたくて」

「……ふむ。見せて貰えるか?」

俺は無言で用紙を渡す。
これが通ればこれ以上の危険は無くなるだろう。

「鳴滝。これは何のつもりかね?」

「は?」

平塚先生は俺が渡した用紙を俺の目の前につきだして見せる。
内容はいたって簡単。先程まで俺が考えていたことが文章化されていた。
どうやら無意識の内に印刷までしていたようだ。

「んなぁ!?ちょ!返してください!」

俺は焦って取り返そうとするが、平塚先生はその場を飛び退いて距離をとる。

「あっははは!まさか君がねぇ?
いやいやしかし、あはははは!」

「見てもらいたいのはこっちの用紙!ほら返して!」

「まぁこの用紙は私が預かっておこう」

「くっ!弱みを握るとは…!」

俺は机を滑らせて用紙を送る。
平塚先生はその紙を見て真剣な顔に変わった。

「私の記憶上、この紙には不備がある。
この事事態には反対するつもりもないよ。たが、この事は私のサインだけでは足りないんだ」

…そうなのか。
てっきり先生の了承さえあれば大丈夫かと思ったんだけど。

「必要なのは後3つ。生徒会長の城廻、副委員長の雪ノ下、委員長の相模。
この3人のサインがなければこの用紙は効果を発揮しない」

「……一応書き換えて明日聞いてみます」

「そうしたまえ」

平塚先生は素早く訂正し、プリントした紙にサインをくれた。

「しかし君はキーボードを叩くのが早いな?」

「まぁ、慣れてますから」

「そうか。しかし、あまりパソコンばかりに目を向けていては視力が落ちるぞ?」

「生憎と、俺の視力は2.0なんで。直ぐに下がるわけでもないでしょう」

「ふふっ。そうかね。
では、私は帰るとするよ。下校時刻はあと40分か」

「いえ、もう帰ります。残りは家でやりますから」

「そうかね?なら帰るとしよう」

俺は荷物を纏め、鞄に詰め込む。

「なぁ、鳴滝」

「何ですか?」

不意に平塚先生は俺の名前を呼ぶ。

「いや、何でもない。さぁ帰ろう」

「?」

何かをいいかけた平塚先生だったが、俺はあまり気にせずに帰宅するのだった。







「城廻先輩、この書類にサインが欲しいんですけど」

翌日、放課の合間に三年のクラスへと赴き、城廻先輩にそう言った。
ここへ来る間に「何でここに!?」みたいな目で見られまくったが気にせず、やっとのことで到着した。

「おはよう鳴滝君。サインだね…………うん。
これはしょうがない事だよね…残念なことだけど、解ったよ」

「ありがとうございます」

サインを記入した城廻先輩は用紙を俺に渡す。
これで後は雪ノ下の所へ行けばクリアされる。

”キーンコーンカーンコーン”

「チャイムか…」

「これから大変だけど、頑張ろうね?」

「はい。失礼します」

俺は教室へと戻る。
しかしながら今更教室へと戻っても途中入室に変わりないので、そのまま会議室へと向かって残りの仕事を片付けることにした。



”キーンコーンカーンコーン”

「ん、チャイムか。J組に向かうか」

俺は用紙を纏め、立ち上がった。




「―――休み?」

「え、ええ……体調不良って…言ってました」

j組に到着したのだが、雪ノ下の姿が見当たらず、たまたま近くにいた女子生徒に聞いてみたところ朝のホームルームで教師がそう言ったらしい。

「そうか。分かったありがとう」

「い、いえ!」

やっぱりJ組にまで俺の噂は回っているようだ。
話している最中にも周りから「かわいそー」とか「大丈夫かな…」とか聞こえてきた。
しかし雪ノ下が休み……無理が祟ったのか。気づいてやれば良かったのに…くそ!

「……平塚先生なら知ってるか?」

先ずは教室へと向かって授業を受けることにする。
昼放課の時間にでも職員室に向かうようにしよう。






「何?雪ノ下の住所?」

「はい。平塚先生なら知ってると思いまして」

昼放課、早速職員室に向かった。
平塚先生は俺の言葉に訝しげな目を向けた。

「何ですかその目は…」

「いやね?弱っている雪ノ下に対して狼にでもなったりしないだろうかと?」

「狼?……すみませんが、いってる意味が良く分からないんですけど」

「襲ったりしないかなって言う意味さ」

「なっ!馬鹿言ってんじゃないよ!
そ、そそそそそそんなこと!するわけないじゃないですか!」

「お、おう…冗談だ冗談。ほらこれだ」

「あ、ありがとうございます……じゃ」

「あぁ、待ちたまえ。
昨日のこの紙なんだが…雪ノ下に―――」

「止めろよテメェマジでぇ!!」











くっそ!
平塚先生め…大変なめに合った。

「ここか…マンション…………高いな」

放課後、城廻先輩に今日は行けないと伝えて帰宅。
その後に雪ノ下の住むマンションへと来ていた。

「えっと…1507…と」

”ピンポーン”

号室の番号を押すと、インターホンがなる。
正直ここにいるのが居たたまれない。早くしてほしい。

『…はい』

「雪ノ下か?鳴滝だが」

『何で…ここに』

「頼み事と話したいことがある。済まないが上げて貰えるか?」

『……ええ』

その後、ガラガラと自動扉が開き、奥へ進めと示してくる。
行き先表示までついている辺り、建築費用がどれだけ高いのかが伺える。




「悪いな。体調崩してるのに」

「別に、もう大分回復してるから。それで、用事って?」

「ああ。この書類にサインが欲しい。良く呼んでからサインを頼む」

雪ノ下の家に上がり、リビングで用紙を渡す。
雪ノ下の顔は赤いし、まだ治ってないことがわかる。

「…………わざわざ来てもらって悪いのだけど、この書類にサインは出来ないわ」

雪ノ下はそう言って用紙を机に置く。

「……何でだ」

「今更依頼を放棄できないから」

「依頼……相模のか」

「ええそうよ。私には依頼をやり遂げる義務があるわ」

「………け……なよ…」

「え?」

「ふざけんなって言ってんだよ!」

依頼をやり遂げる?
アイツのサポートなんざもうあってないようなものだろうが!

「今回の依頼は相模のサポートだ。
今現在仕事を放棄してる奴のサポートってなんだよ?
体調崩してまでやりやがって…そんなのサポートでも何でもないだろうが!」

「…これは私の受けた依頼よ。貴方には関係ない」

関係…ない?
いやいやいや…まさかこんな言葉でダメージ受けるとは思わなかった…。
ここまで心に来るとは知らなかったぞ…。

「お前、本気で言ってんのかよ」

「………ええ」

「それこそふざけんな。
調子に乗るなよ…お前何様なんだよ」

「……別に、私がやりたいだけよ」

「その結果がこれだろ!失敗を受け入れろよ!
心配なんだよお前が!」

「……心…配?」

「そうだ!奉仕部の仲間だろうが!
だいたい昨日なんて仕事に手がつきづらかったんだからな!」

「………そう」

「頼む。これ以上の無理をしないでしくれ」

俺は土下座で頭を下げた。

”ピリリリリッピリリリリッ”

「ご免なさい。電話だわ」

気まずそうに雪ノ下は受話器を取る。

「はい。…はい…大丈夫です……ファックス?……ええ…失礼します…」

雪ノ下は受話器を戻した。
しかしファックスとなると必要な書類が送られてくるのだろうか。
雪ノ下はファックスもとへ行き、送られてきた紙を見て固まった。

「おい、どうした?」

「ひゃっ!な、何でもないわ///」

「なっ!?顔赤いぞ!熱があるんじゃないのか!」

雪ノ下はみるみる顔が赤くなり、ふらふらと机に戻る。
そして書類にサインを書き、昨日渡された相模の判子を押した。

「これでいいかしら…」

「あ、ああ。
だが、何で急に…誰からの電話だったんだ?」

180度意見が変わった雪ノ下にビックリする。
雪ノ下は未だに顔を紅潮させ、俺と顔を合わせないようにしている。

「私の知人よ…」

あらぬ方を向いてそう言った雪ノ下。
おかしい…普段の雪ノ下ならば確りと目を見て話す筈なのに…。

「ちょっとその紙見せろよ」

「だ、ダメよ!これは…!」

俺の言葉にパッと後ろに隠す雪ノ下。

「良いから見せろ!」

俺は雪ノ下の後ろに手を伸ばす。
抵抗する雪ノ下は中々隙がなく、それでいて必死に隠そうとする。
そして―――

「あ……」「ん?………」

俺が雪ノ下を押し倒すような体制で固まってしまった。
二人して顔が赤くなり、俺は慌てて飛び退いた。

「わ、悪い!」

「いえ、別に…」

沈黙。
お互いになにも話さず、静かに時間が過ぎていく。
因みに取ろうとした紙は雪ノ下が折りたたみ、胸ポケットへとしまってしまったため、取り出しが不可能になってしまった。

”ピンポーン”

「客…か?」

「そ、そうね」

た、助かった…気まずいなんてものじゃなかった!
と、兎に角、これに乗じて帰るしかない!

俺は例の用紙を鞄に入れて玄関へと向かった。

「あ…」

「お、お邪魔だったかな?」

玄関には比企谷と由比ヶ浜がいた。

「いや、俺はこれから帰るところだったから」

俺は靴を履いて外へでる。

「雪ノ下。取り合えずサインありがとう。
体調治してまた学校でな」

「え、ええ。また…」

あの二人にいらない誤解を与えた気がするが、取り合えず帰って仕事を終わらせよう。
俺は早足に家路を辿るのだった。
 
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