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魔法科高校の神童生

作者:星屑
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Episode36:依存の先

 
前書き
更新スピードが上がらない…申し訳ないです
 

 


「答えろッ!」

 響いたのは怒声と、背中が壁に叩きつけられる鈍い音。
 唐突に起こったこの事件に、三高天幕は静寂に包まれた。

「なぜ相手校の選手を過剰に攻撃した? 彼は既に動ける状態ではなかったはずだ!」

 声を張り上げているのは、珍しいことに一条だった。余程腹に据え兼ねているのだろう。犬歯を剥き出しにして、握り締めた拳は震えていた。
 対して、胸倉を掴まれて壁に叩きつけられたのは、冷たい目をした紫道聖一であった。

「答えろ紫道ッ!」

 珍しく怒気を発する一条の様子に、ジョージですら何も言えずに事の顛末を見守るしかなかった。

「まず、落ち着け、一条」

 対し、紫道に動揺している様子は見られない。将輝から発せられるプレッシャーを一身に受けても、怯むことはなかった。
 制服の胸倉を掴む将輝の手を振り解くと、紫道は大仰に溜息をついてみせた。

「お前…ッ!」

「将輝!」

 再び掴みかかろうとする将輝を、硬直から立ち直ったジョージがすんでのところで抑え込む。
 その将輝の様子に二度目の溜息を漏らし、紫道は口を開いた。

「敵だから」

「……何だと…?」

 曰く、敵だから攻撃したと。悪びれずに言い放った紫道に、将輝の激情の炎は冷水を浴びせられたように静まっていく。

「何度、も言わせる、な。奴らが、俺の敵だから、倒した。二度、と、起き上がれなく、なる程に、な。まあ、貴様に邪魔、されてしまった、が」

 静まった炎が、再び燃え上がる。しかしその炎は猛々しくなく、静かに、その勢いを増していく。

「九校戦は戦争ではない。痛めつける理由がどこにある」

「俺の敵、に回った時点、でそいつら、は俺にとって、邪魔な、存在。()()()()、存在、なのさ」

 ああ、ダメだ。
 もう既に、口論では結果など出そうにない。それ程までに、二人の認識にはズレが生じていた。否、紫道聖一という男の在り方が、歪過ぎた。

 紫道にとって自らに仇なす者は全て敵であり、殲滅する対象である。そこに、状況など関係ない。戦争だろうが、高校生の親善試合だろうが、紫道にとっては同じこと。
 ただ、敵には絶望を。彼の深層心理にまで植え付けられた呪いが、彼の在り方を歪に変えてしまっているのだ。

「九校戦で勝つには、このモノリス・コードを落とす訳にはいかない。けど紫道、お前を戦わせる訳にもいかない」

「だから、どうすると? 選手、の変更、は認められて、いないが?」

 彼が真に歪んでいるのだったら、彼を表に出してはならない。
 『一条』の名を持つ者として、これ以上の被害を出すわけにはいかない。

「ルアーが参戦するまでの五分……全ての試合を、その間に終わらせる」

「クク…お前に、できる、とでも?」

 紫道の言葉に耳を貸すな。
 やるしかないのだ。これ以上被害者を出さない為に。

「やってやるさ」

 血塗れの王子は、狂人に向けそう誓った。



☆★☆★



「ねぇレオ…なんか、隼人の様子がおかしくないかい?」

 モノリス・コード予選第二試合まで残り十分となったところで、外の空気を吸いに出ていた隼人が天幕へ戻ってきた。
 しかし、その様子はどう見てもリフレッシュしてきた人のものではない。目つきは先程よりも険しくなっているし、機嫌も悪いようだ。

「さあ、なんかあったんじゃねーのか?」

 とはいえ、それを気にしているのは幹比古だけのようだ。
 どうもレオや達也はそんな時もあるさ、くらいにしか考えていないようだが。

「わかってない…全然わかってないよ! 隼人がキレたら、キレたら…!」

「お、おい幹比古!?」

 しかし、突然震え始めた幹比古に、レオだけでなく達也ですら心配そうな表情を浮かべる。

「隼人がキレたらどうなる?」

「……昔、隼人と隼人のお姉さんが姉弟喧嘩をしたことがあってね。理由はもう覚えてないんだけど、普段は全く怒らない隼人が、珍しく怒って……」

「怒って、なんだよ…?」

 震えながら俯く幹比古に、レオまでもが不安にかられてしまう。恐る恐る問いかけたレオに、意を決したように幹比古は顔を上げた。

「魔法も使った喧嘩の末に、山一つが、吹き飛んだんだ…」

「………」

「………」

 これには流石の達也も何も言えなかった。
 山一つ消し飛ばす程の姉弟喧嘩、色々とツッコミ所が多すぎて触れるに触れられないのだ。

 誰も何も言えない奇妙な沈黙が流れる。流石に試合前にこれはマズイと思った幹比古が何かを言おうとしたが。

「三人とも、そろそろ行くよ」

 件の隼人が、凄くいい笑顔で幹比古の背後に立っていた。

「は、隼人…その、大丈夫…?」

「ん? 大丈夫も何も、寧ろやる気満々だよ。どうして?」

 先程の張り詰めた雰囲気は何処へやら。今の隼人はとても穏やかな笑顔を浮かべている。ただし、目以外だが。

「い、いや、なんでもないよ。行こうか、ハハハ…」

「お、おう、そうだな。き、気合い入れていくぜ!」

 二人ともどうしたんだろう? なんて首を傾げている隼人は自分が今どんな顔をしているのか分かっていないのだろう。
 取り敢えずなにかあったのだと確信した達也は、無理するなよという意味を込めて、隼人の肩を叩いた。

「行くぞ」

「な、なんか皆様子がおかしいよ!?」

 試合開始まで残り五分。微かな波乱の予感を確かに感じながら、達也はステージへ向かった。



☆★☆★



 一高と二高の試合は、前日にあんな事故があったにも関わらず、市街地ステージで行われることになった。

 しかし、隼人も達也も、それについて文句を言う事はない。
 隼人は黒幕を知っているため、大会委員に非がないのを知っているのに対して、達也は見晴らしのいい場所にモノリスを置かれるよりも、廃ビルの中などといった遮蔽物の多い場所に置かれた方がいいくらいにしか思っていなかったためだ。

 そんな達也は現在、二高のモノリスが設置されている廃ビルの屋上に立っていた。
 ここまで、建物の影から影へと、魔法を使わずに屋上を飛び越えたりと無理矢理な移動をしてきたお陰か、未だ達也の姿が二高の選手に気づかれた様子はない。
 ただ、少々時間がかかり過ぎたため、既に互いのルアーはステージに解き放たれている。

 今回は作戦がある為に隼人は暴れることはないが、接触したら適宜撃破としているので、もしかしたらもう少しで戦端が開かれるかもしれない。ならば、余り時間をかける訳にもいかない。

「幹比古、聞こえるか」
『聞こえるよ、達也』

 通信機を通して、自陣モノリスを守るレオのバックアップをする幹比古とコンタクトをとる。
 普通、電波位置を探知され易い通信機を使う高校はあまりない。そもそも、通信機が必要な程まで離れてしまえば碌な連携もとれないのだ。わざわざ敵に現在地を知らせる道具を使う意味はない。

 ならばなぜ、達也たちは今回通信機を使用したのか。
 それは、無論、位置を知られるよりもメリットのある理由が存在するからだ。

「やるぞ。モノリスの位置を探査してくれ」
『こっちも、そうはもちそうにない。急いで』
「了解した」

 どうやら、向こうは既に交戦状態のようだった。
 達也は右手のブレスレットを操作して、『喚起魔法』を発動した。



「うおりゃあああ!」

 気合いと共に、レオが『小通連』を横に薙いだ。

 『小通連』は、達也が趣味全開で作った武装一体型CADのことだ。硬化魔法の特徴である、『相対位置の固定』を利用してその機能を果たす。

 分離させて飛ばした刀身の半分をそのまま硬化魔法で座標を固定するというシステムで成り立っている。

 ざっくり言ってしまえば、伸縮自在な魔法剣だろうか。尤も、自由に間合いを変えるのは難しいが。

 レオの硬化魔法によって飛ばされた刀身が弧を描いて飛翔し、二高選手の足を刈り取る。予想外の攻撃に、碌な受け身もとれないまま地面を転がる。

「幹比古!」

 この場にはいないが、しかしビルのどこかから精霊を介してこの部屋を見ている幹比古に合図を送ると、間も無く空中に球電が生じ、放たれた電撃が二高選手を撃った。

 しかし、レオに一人撃破を喜んでいる暇はない。
 自分の体に移動魔法がかかるのを察知して、レオは慌てて叫んだ。

Halt(ハルト)!」

 ヘルメットの口元に仕込んだマイクを通して、音声認識スイッチが左腕のCADを起動させる。
 自身の靴裏と接触している地面と、自身の体を媒体としてその二つの相対座標を固定する硬化魔法は、完全に出遅れていたにも関わらず、スーパーエンジニアである達也によって大幅に書き換えられた起動式が功を奏し、ギリギリで敵の移動魔法を封殺する。

 奇襲が失敗したからだろう。学校の旧校舎を想定して作られたこの建物の廊下を二高選手が走り抜けていった。それを見届けて、レオは倒れている二高選手のヘルメットを外した。
 大会の規定により、ヘルメットを外された選手はもう戦闘行動には参加できなくなるのだ。

 さて、ここからどうするかとレオは思考を巡らせる。
 自分の役割はモノリスの死守。それが覆ることはないが、このまま受け身でいればいずれ突破されてしまうのも事実。

 とはいえ、典型的な脳筋タイプのレオに妙案が浮かんでくるはずもなく。
 危うく自分の役割を忘れて思考の海に潜り込もうとした時、通信機から隼人の声が聞こえた。

『敵が外から旧校舎へ魔法を撃とうとしてる。迎撃するから、レオは気をつけて』

「っと、りょーかい。思いっきりやってくれて構わねえぜ」

 恐らくは先程校舎内でレオに奇襲を仕掛けてきた選手だろう。校舎内からの攻撃を諦めて、レオに見えない所からの奇襲を狙ったのだろうが。



「そんな開けた場所にいたら、バレバレだよ」

 ここはこのステージで一番高い高層ビルの屋上。彼我の距離約三キロメートルの場所。
 世界の心眼(ユニバース・アイズ)で戦場を俯瞰していた隼人はおもむろに立ち上がり、雷で形作られた矢を番えた。

「翔けろ」

 放たれたのは、大会規定に収まりつつ、確実に敵の意識を刈り取る程に威力が抑えられた雷の矢。
 魔法行使に意識を割いていた二高選手は、放たれたソレに最後まで気づくことなく、雷に撃たれ意識を手放した。

「ふぅ。一人撃破、っと…さて、どう動いてくるかな?」

 恐らく、今の魔法で隼人の居場所は敵にバレてしまっただろう。
 今回隼人に与えられた役割は、謂わば『スナイパー』。故に、居場所がバレて強襲されるのは余りいいとは言えない。
 勿論、敵が一度に襲って来ようが対応できる自信は十分にあるが、それではダメなのだ。
 実際の所、隼人だけでこの試合を片付けるのは容易だ。だが、今回のモノリス・コードは、幹比古にとって転換点とも言える重要な戦いだ。
 自信を失っているかつての神童を目覚めさせるために。隼人は、暴れる訳にはいかなかった。

 幼馴染を助けるため、故に隼人はスナイパーという役割に徹することにする。
 絶好の射撃ポイントを一度諦め、敵の索敵を掻い潜るように再び街路へ消えた。



 達也の『換起魔法』によって、彼に貼り付けられていた精霊が活性化した。
 達也に精霊魔法は使えないが、精霊魔法の基本となる換起魔法を発動するだけならば可能だ。
 人為的に作られた達也の仮想魔法演算領域によって、魔法発動のプロセスを模倣することによりできる荒技。それが達也の能力である。

 幹比古が不活性状態にして達也に貼り付けられた精霊は、彼の魔法によって再活性化された。
 そして、元々の『主』である幹比古との間に、すぐさまリンクを確立する。

 これこそが、今回作戦における達也の役割。要は、精霊の運送であった。



 自分が契約中の精霊に呼ばれ、幹比古は達也が喚起に成功したことを知った。

(本当に、何で君が二科生なんだい、達也……?)

 精霊魔法は普通の魔法師が使える魔法ではない。
 古式魔法は古から伝わる呪術的な要素を含み、現代魔法とは別系統で進化してきた全く別の魔法なのだから。

 それを、基礎の基礎である喚起魔法とはいえ、達也は成功させてみせた。幹比古が達也の成績を疑うのは仕方がないことだった。

 しかし、それは今考えることではない。
 今、自分が為すべきこと。今、自分に出来ること。それをやり通すのだと、決めたばかりではないか。

(……見えた)

 視覚同調。
 影響下に置いた精霊からイデアを経由したリンクを通じてリアルタイムに情報を取得する技術が、精霊魔法に分類される『感覚同調』。
 その感覚同調を、視覚情報に限定することによってより鮮明な映像を取得する魔法が『視覚同調』である。

 大気流動現象の独立情報体(風の精霊)を操ることで、容易に敵モノリスの位置を突き止めた。

「達也、見つけたよ」

 だが、ここまでは前段階に過ぎない。ここからが、勝敗を左右する分岐点なのだから。



(早いな……もう見つけたのか)

 精霊魔法とは便利なものだ、と。
 剥き出しの空調の配管に捕まって、そう呑気なことを考えているのは勿論、達也である。

 眼下を、二高のディフェンダーが視線を左右に忙しなく動かしているが、まさか頭上にいるとは思わないだろう。それに加えて、達也の観察眼によれば、この選手は緊張による視野狭窄を起こしている。

 このままやり過ごそうかと考えもしたが、やはり時間は惜しい。
 身体を支えていた両手を離し、空中で右腰からCADを抜いた。

 着地と同時、魔法を発動。
 単純なサイオンの衝撃波は、ほんの数秒、脳震盪の錯覚を誘発して戦闘不能に陥れるもの。

 視界の端で相手選手の体勢が崩れたのを捉えながら、達也は幹比古により示された目標の真上へ向けて走った。

 僅か二部屋の目的地点まで十秒もかからない。倒れていた相手ディフェンダーが動き出した気配を感じながら、達也は真下へCADを向けた。

 五階の床から三階の床まで約七メートル。余裕で鍵の射程、十メートル以内である。

 引き金を引いて、微かなエイドス改変の手応えが返ってくる。達也は念のため、来た方向の逆側の階段から下の階へ向かった。



 視覚同調を発動している幹比古の目に、精霊を通してモノリスの内側により刻まれたコードが映る。
 視点を移すと、レオは現在敵と接触していなかった。しかし、なにが起こるかは分からない。それが実戦というものだ。

 少しばかりの幸運を祈りつつ、幹比古はウェラブルキーボードにコードを打ち込んでいった。

 幹比古が凡そ半分程コードを打ち終えた時、足元に置いてあった通信端末から隼人の声が響いた。

『レオは右に、達也は左に飛んでくれ!』

 珍しく、切羽詰まったように言う隼人に、思わず幹比古は視点をレオへと移した。

 レオは未だ戦闘を行ってはいないが、恐らく達也は敵のディフェンダーと戦闘中だ。
 隼人が注意を促したということは、先程倒された二人を除く残り一人が、外部からレオに向けて攻撃を行ったのだろう。

 それを、隼人は世界の心眼(ユニバース・アイズ)で視て、魔法を叩き落とす。

 スナイパーから放たれた雷の矢は、それぞれの大会規定ギリギリの魔法を二人に当たる前に相殺してみせた。更に、そのすぐ後に射られた二射目、三射目により、敵ルアーと達也と交戦中のディフェンダーに牽制を送る。

(まったく、本当に頼もしいよ隼人は…!)

 幼馴染の的確すぎるフォローに、頼もしいやら嫉妬やらで、泣きそうになる幹比古であった。



☆★☆★



 結局、一高と二高の試合はコードが打ち込まれたことによって一高の勝利となった。
 緻密、とは言えないが見事な作戦勝ちに再び天幕が湧く。その歓声を横目に、隼人はモニターに映る三高の試合を見ていた。

 渓谷ステージで行われている三高と六高の試合だ。
 試合開始からまだ二分程しか経っていないにも関わらず、既に六高の選手は二人も戦闘不能に陥っている。

(勿論、一条君に有利な地形だってこともあるんだろうけど……)

 一条の切り札の『爆裂』は液体を気化させて爆発を起こす発散系統の魔法だ。水溜りのある渓谷ステージは、一条にとって謂わば巨大な弾薬庫。そんな有利な地形も相まってか、初めから一方的な展開を読んでいた隼人だったが、少々この結果は予想より上だった。

 普通に考えて、三高が六高にここまでのハイペースで攻めなければならない理由はないはずだ。にも関わらず、モニターが一瞬だけ捉えた一条の顔は、必死さでいっぱいだった。

(なにかに焦っている…? 三高になにかあったのかな)

 普通ではない、なにか特別な理由。それは当事者でなければ分からないだろう。考えても無駄だと理解して、隼人は溜息をついた。

(…天幕もなんか騒がしいし、どっかに寝に行こうかな)

 先の二高との試合で見事勝利を納めた一高は、晴れて決勝リーグへ駒を進めることとなった。
 しかしトーナメントの開始は正午。三高の試合を観戦するにしても、まだ時間は余っている。少し仮眠をとるのもいいし、軽食を摂るのでもいい。

 さてどうするかと考えながらホテルのロビーへ辿り着いた隼人は、少し先に司波兄妹と柴田美月の姿を見た。

「や、美月、達也、深雪さん。どうしたの?」

「ああ、隼人か。ちょっとな…」

 と言いつつ視線を前へ向けた達也につられて隼人もそちらへ目をやる。

「げっ、姉さん…!」

 そこには、口論をする兄妹を諦めたような白けた目で見ている九十九スバルの姿があった。

「九十九さんのお姉様、という事はあのスバルさんですか…確かに、有名人が沢山ですね」

「あれ、深雪さん知ってるの?」

「ええ。スバルさんは魔法師界隈で結構有名ですよ?」

 それは、隼人にとって初耳もいいところだった。そもそも、スバルは何故か自分の情報を隠したがる。彼女が摩利の前の風紀委員長だということを知ったのも、隼人が入学してからしばらくして摩利に教えてもらったからだった。

(照れ隠しなのかなんなのか…姉さんは変な所があるんだよな)

 なんて暢気な事を考えていると、どうやら兄妹ーーエリカとその兄である『千葉の麒麟児』千葉修次の喧嘩はヒートアップしていた。

「兄上、まさかとは思いますが、この女に会う為に、お務めを投げ出したのではないでしょうね?」

 エリカに『この女』扱いを受けたのは、隼人と達也が属する第一高校風紀委員その長である渡辺摩利であった。
 姉の愚痴らへんから、修次と摩利、そしてエリカの不仲を知っていた隼人は、大体の事情を把握した。

 成る程、顔を合わせる度にこれ程の喧嘩をされては愚痴を零したくなるのも仕方がない。

「いや、だから投げ出したのでは……」

「そのようなことはお訊きしていませんっ」

 それにしても、修次は兄としての威厳が足りないのではないだろうか。
 今もエリカに言い訳を遮られてビクッとしていたし。

「全く、嘆かわしい……千葉の麒麟児ともあろう兄上が、こんな女の為にお務めを疎かにされるなんて…」

 お務め、とはスバルが同行しているのを見るに、タイ王室魔法師団の剣術指南協力の事だろう。
 それは確かに、日本とタイとの外交面に少しは関係があるとはいえ、任官前の士官候補生同士の親善交流のようなものだ。つまり大学生の部活の一環のようなもの。エリカが騒ぎ立てる程重く考えるものというわけではない。

 まあ勿論、部活の一環とはいえ、それに加えて許可を貰っているとはいえ、蔑ろにしていい理由にはならないのだが。

「……エリカ、あたしは一応、学校ではお前の先輩になるんだがな。『こんな女』呼ばわりされる覚えはないぞ?」

 流石に黙っていられなくなったのだろう。口を挟んだ摩利を、しかしエリカは完全に無視した。

「そもそも兄上は、この女と関わり始めてから堕落しました。千葉流剣術免許皆伝の剣士ともあろう者が、剣技を磨くことも忘れて小手先の魔法に現を抜かして……」

「エリカ!」

 恐らく、今の言葉は修次にとって禁句だったのだろう。これまでの気弱な態度から一変したその態度に、エリカは肩を震わせた。
 その向こうで、やれやれとでも言わんばかりに肩を持ち上げてスバルが一歩後ずさった。このまま逃げるつもりだ。

「技を磨く為には常に新たな技術を取り入れ続ける必要がある。
 僕が考えて、そうしたのだ。
 摩利は関係ない。
 今回のことも、摩利が怪我をしたと聞いて、僕がいてもたってもいはれなくなっただけだ。
 摩利は来なくてもいいと言ってくれたんだぞ。
 それでなくとも先刻からの礼を失する言動の数々、千葉の娘として恥を知るのはお前の方だ」

「………」

 世界で十本の指に入る白兵戦の猛者。それに相応しい風格を、修次は纏っていた。願わくば兄妹喧嘩でそんな覇気を見たくはなかったが、まあ仕方ない。

 思わず萎縮してしまいそうな気迫を見せる兄に、しかし妹は目をそらす事はしなかった。

「さあ、エリカ。摩利に謝るんだ」
「……お断りします」
「エリカ!」
「お断りします! 兄上が正式な任務を放棄してこの場におられることは紛れもない事実です! それがこの女の所為であることも!」

 勢いを取り戻しかけたエリカに、そろそろ観衆の目が気になったのか、逃げるのを諦めたスバルが止めようとする。

「私の考えは変わりません! 次兄上は、この女とつき合い始めて堕落しました!」

 しかしそれより早く、エリカが身を翻し、足早に兄の前を去っていった。

「全くエリカも素直じゃないなぁ……あ、俺は姉さんの所行ってくるから」

「分かった。じゃあまた後でな、隼人」

「うん。また後で」

 達也たちは恐らくエリカを追いかけるだろう。そちらのケアは任せても大丈夫なはずだ。
 だから、隼人の役目は今の一幕でフラストレーションを溜めた、姉のケアである。



「お久しぶりです、修次先輩」

「ああ、隼人君か。久しぶりだね…いやぁ、恥ずかしい所を見られてしまった」

「まあ、そこら辺の事情は姉から聞いてるんで大丈夫ですよ」

「全くよ。事ある毎に私を巻き込んで……この爽やかヘタレが」

 グサリ、とスバルの言葉が修次の胸に突き刺さる。
 しかしまあ、仕方ないだろう。あの空間にいるだけで、ストレスはそれなりのものだ。

「そ、それはすまないと思っているよ。感謝もしてる」

「それはもう聞き飽きたわ。それじゃ、あんたは愛しの摩利ちゃんと二人きりになりたいだろうから、私は弟でストレス発散してくるわ」

「……はい?」

「さ、行くわよ隼人」

 そのまま、首根っこを掴まれて引き摺られていく隼人に、修次と摩利は心の中で手を合わせた。



☆★☆★



「あんた、随分と窶れたわね」

「へ…?」

 あのまま演習場へ直行、何てことはなく。姉さんに連れてこられたのはホテルにある俺の部屋だった。
 適当に飲み物を出す俺の顔を見て、姉さんが顔を顰める。

「気づかないとでも? 目の下のクマに加えて、さっきの試合も魔法の発動まで時間がかかってた。明らかに不調なのは一目瞭然よ」

 相変わらず姉の観察眼には恐れ入る。まさか試合中の魔法発動速度まで見ているとは。なんかもう逆に怖い。

「それで、何があったの?」

 まあ、当然の質問だ。言い逃れはできない。細められた真紅の瞳が、それを許さない。

「…無頭竜が九校戦に干渉してる。それに加えて、三高の紫道聖一が無頭竜との協力関係にあって、何らかの組織に属していることが分かった」

「それだけ?」

 そうだ。今の俺が気にしてるのは、そんな事じゃない。
 エリナ。俺の家族以外での唯一の理解者で、()()()に出てきた女の子。彼女がいなくなった時、俺は不自然な程に動揺していた。

「……エリナが、俺を殺そうとしてきた。多分、何らかの魔法によって意志を奪われてるんだと思う。そうで、あって欲しい…」

 その時始めて分かった。
 いつの間にか、俺は彼女に依存していたんだって。
 
 人を殺すのが嫌いだ。でも殺して笑っている。
 正義の鉄槌なのだと、正義なんてものがある筈がないにも関わらず、俺は自分を騙して人を殺し続けてきた。
 そんな自分が大嫌いだった。本当の俺が知られれば、傍からみんないなくなってしまう。それが怖くて、怯えていて。

 それでもエリナはいなくならなかった。俺がやっている事を知っても、エリナは恐れることなく、そればかりか、協力さえしてくれた。

 言葉にはしなかったけど、俺は心の底からエリナに感謝していた。嬉しかった。

「……エリナがいないって思うと、不安になる。こんなにも歪んでしまった俺を、受け入れてくれる人なんて、そういないだろうから」

 依存したままではダメだとわかっている。今回で特にそれを理解した。これから先、俺はエリナから離れてもいいように強くならなくちゃいけないだろう。

 でも、少なくとも今は無理だ。
 怖い。みんなが離れていってしまうと思うと、途轍もなく怖い。

「怖いんだ」

 ギュッと、気づいたら、姉さんに抱き締められていた。その時始めて、俺は自分が泣いていることに気づいた。

「辛いのは、分かる。隼人の苦しみは私も理解できるわ。同じ経験があるしね。だから、先駆者として言っておくわ」

 温もりが離れて、姉さんの顔が正面に来る。
 いつものヘラヘラしたような表情じゃなくて、母さんみたいな、慈愛に満ちた笑み。

「あなたが絶望する程、世界は理不尽じゃないわ。確かに、隼人がやっている事を見て、あなたから去っていく人もいるでしょう。寧ろ、そっちが普通よ。
 けどね、付いてきてくれる人は、必ずいる。エリナがその証明でしょう?
 だから隼人は、自分を曲げないで生きなくちゃならない。あなたの願いは、少しでも道を間違えれば、あなたを怪物に変えてしまうのだから。
 隼人が、自分の信念の通りに生き抜くなら、理解してくれる人が必ずいるわ。そんな人を、少しずつ増やしていきなさい。九十九(私達)は、そうやって生きていくのよ」

 自分の、信念。
 俺の抱く想い、願い。
 なぜ暗殺をするのか。なぜ戦うのか。

「そして、理解者が現れたのなら、全力でその人を護りなさい。そして奪われたらーー」

 ああ、分かったよ姉さん。
 そうだ。うじうじするのはこれで止め。まったく、我ながら似合わない事をしていたものだ。

「奪い返せばいい、でしょ?」

 分かってるじゃない、なんて言って笑う姉さんに、俺もつられて笑う。

 差し当たってまず、三高との戦いで、確実に紫道を倒す。そして、エリナへの手掛かりを掴んでみせる。諦めたりは、しない。



ーーto be continuedーー 
 

 
後書き
エリナが凄くヒロインっぽくなってる。 
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