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さとり

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3部分:第三章


第三章

「手に入れた狐の毛皮をじゃ」
「むっ、わかるか」
「それをかなりふっかけて売ろうと思っておるな」
「その通りじゃ」
 ありのまま答える彼だった。
「大した毛ではないがそれでもじゃ」
「そうじゃな。他にもある」
「他にもか」
「そうしてふっかけるのなぞまだ可愛いものじゃ」
 それ以上にだというのだ。
「人を殺そうだの。奪おうだのな」
「そう考える者もおるのう」
「これがおる。そうした心を見るとじゃ」
 どうなのかだ。さとりは話していく。
「嫌になってしまうものじゃ」
「嫌になるか」
「口では綺麗なことを言っても実は全く逆のことを考えている」
 さとりは実際にその顔に嫌悪を見せている。何時しかだ。彼の顔はそうなっていた。
「見るものではない」
「人の心はか」
「実を言えばだ」
 ここでさとりは話を微妙に変えてきた。
「わしは元は人間だった」
「そうだったのか」
「仙人になろうと思い修業していたのだ」
「それでどうしてまた妖怪になったのだ?」
「うむ、仙人になる為の修業を積み」
 そしてだというのだ。
「不老不死になり様々な術も覚え」
「その術の中にか」
「そうだ。人の心を読む術も身に着けた」
 そうだったというのだ。
「しかしそれでな。人のそうした悪いものも見てしまいだ」
「嫌になったか」
「仙人でもだ。同じだった」
 そのだ。彼が目指したその仙人もだというのだ。
「仙人も結局人間だな」
「そうなのか。達観したとかそういうのはないのか」
「中々ない。やはり煩悩を取り除くことも悪いものを捨て去ることもだ」
「難しいか」
「非常に難しい」
 まさにそうだというのだ。
「できている仙人はほぼいなかった」
「そうしたものを見てか」
「わしは仙人になることをその手前で止めた」
 そうしたというのだ。
「それで山に篭もり今の様に暮らしているのだ」
「妖怪としてか」
「そうなのだ。人の心が読めることは確かに多くのことがわかる」
 これは事実なのだという。さとりも否定しない。
「しかしわからなくていいものまでわかってしまうのだ」
「そうか。だからよくないのか」
「うむ。人の心は厄介だ」
 さとりは悲しい顔で話す。
「決していいものとは限らない」
「悪いものも多くあるからこそ」
「少なくともわしはそうしたものを見たくはない」
 だからこそ山に入り妖怪にもなったというのだ。もっとはっきり言えば妖怪と呼ばれる様な存在になった。そうなったというのである。
「そのことを話しておく」
「わかった。難しいのだな」
 吉兵衛は瞑目する様に目を閉じてから述べた。
「人というものはな」
「難しい。実にな」
「ではあんたはこれからもこの山にいるのか」
「そうする」
 そのことはだ。もう決めたというのだ。
「ここで一人で生きていく」
「そうするか」
「ではな。おそらくもう会うことはない」
 さとりは自分から別れの言葉を言ってきた。そして腰をあげてだ。
 吉兵衛に顔を向けてだ。寂しい声で告げた。
「わしは一人でいたいのだからな」
「そうするか。ではわしはだ」
「御主は?」
「もうここには来ないようにしよう」
 そのさとりを見上げて言う。彼はまだ腰を下ろしてそのうえで兎の肉を食べている。そうしながらさとりに対して言葉を返したのである。
「あんたが人と会いたくないというのならな」
「済まないな。それではだ」
「お別れだな」
「さらばだ」
 こう最後の言葉を交えさせてだ。さとりは吉兵衛の前から消えたのだった。吉兵衛は兎を食べ終えると火を消してその場を離れ別の場所で寝た。それから里に帰った。そしてそれからこの辺りに入ることはしなかった。さとりは一人山の奥に入り人と会うことはしなかった。最早彼がそこにいることを知る者もいないしそこに入る者もいない。そしてそのこと自体がだ。さとりの望んだことだったのだ。


さとり   完


                 2011・5・23
 
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