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片目の老人

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4部分:第四章


第四章

「本当によかったな」
「ええ、確かに」
 彼等の信仰する神の加護を得られる、確かにそれに勝る喜びはない。
 しかしだ。それ以上にだった。シグナルはここで気付いたのだ。
「まさか」
「んっ、どうした?」
 戦場に向かうその舟に乗せた老人のことをだ。思い出したのだ。
 そしてあの姿はだ。まさにだった。
「まさかな。そんなことはな」
「そんなこととは?」
「いえ、何もありません」
 シグナルは言葉を引っ込めた。まさか神を自分の舟に乗せたとはだ。言えないからだ。
 それで今はそれ以上は言わなかった。だがそれから一月程してだ。
 今度は釣りに出る為にだ。舟で別の湖に出ようとしていた。しかしそこにであった。
 あの老人がいた。今もだった。そしてであった。
 親しげな笑顔で彼のところに来てだ。こう声をかけてきたのだった。
「また会ったな」
「来たんじゃないのか?」
 これがシグナルの今の彼への言葉だった。
「そうじゃないのか?」
「ふむ、そう言うか」
「考えてみた」
 老人を見据えてだ。彼は言った。
「俺があの戦いで活躍できて。部族が勝てたのはだ」
「わしを舟に乗せてからだというのか」
「関係がないとは思えない」
 こう老人に言うのだった。
「とてもな」
「そう考えるか」
「考える。そしてあんたの姿がだ」
「わしの姿か」
「そのままだな」
 こうも告げた。
「あの神様の姿だな」
「さてな。とにかくだ」
「とにかく?」
「あんたは活躍できた。よかったな」
 老人はあえてという感じでシグナルの言葉に答えずだ。今はこう言うのだった。
「そのことは喜んでもいいだろう」
「それはか」
「そうじゃ。よかったではないか」
 こう言う老人だった。
「本当にな」
「それをそのまま受け入れればいいっていうんだな」
「そう思うがな」
「じゃあそう思うか。しかしな」
「しかし?」
「あんた、これから何処に行くつもりだ?」
 シグナルはあらためてだ。老人を見て問うのだった。
「一体な。何処に行くつもりだ?」
「わしが行くべき場所にな」
 そこにだと答える老人だった。
「そこに行くつもりだ」
「戦いのある場所か」
「そうか。そこか」
「そうだ。そこに行く」
 こう言ってだ。そうしてだった。
 老人もだ。あらためてだった。シグナルに対してこう話した。
「あんたはこれから釣りをするつもりだな」
「そうだけれどな。よかったらな」
「よかったら?」
「乗せるけれどな。若し舟に乗ってそこに行けるんならな」
 その場合はだ。どうかというのだ。
「どうだい、それで」
「そうだな。実は行く場所は近くでな」
「ならそうするか。それで行くか」
「済まないな。それではな」
「何、これも縁だ」
 シグナルは笑ってこう話す。今は明るくだ。
「それじゃあな。乗れよ」
「そうさせてもらうな」
 シグナルはあの時の様に老人を自分の舟に乗せた。そうしてそのうえでだった。
 また二人になる。そして老人は彼と別れてだ。また別の戦いの場に向かうのだった。


片目の老人   完


                  2011・3・7
 
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