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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第十五話

 少し前に高熱を出して、丸二日ばかり意識が朦朧とした状態が続いた。
今朝になって熱が下がり、意識も随分とはっきりとしている。
そうなるまでの間、片時も離れずに夕殿が看病してくれたのだが……
俺はとんでもない事を言ってしまったと、先程から一人布団を被って頭を抱えている。

 いくら熱が出て何を考えてるのか自分でも把握出来なかったとはいえ、面と向かって好きだと言った。
謝りたいが、土下座して詫びるのはなしだと言われてしまった以上、そうするわけにもいかない。
ならば知らぬ存ぜぬで押し通すしかないのだが、どうにもその辺り嘘をつくのが苦手で困る。
仕事の事ならば平気で嘘もハッタリもかませるというのに、どうしてこういう事に関して嘘がつけないのか。
それ以前に熱があって朦朧としているのならば記憶くらい綺麗に消えてくれてもいいと思う。
何故こんなに鮮明に残ってるんだと壁に頭を打ち付けたい心境だ。

 そもそも俺は夕殿をどう思ってるんだ。確かに好意があることはある。ここまで良くしてもらって好意を持たない方が変だろう。
が、そういう好意じゃねぇだろ。好きってのも、男女の仲になりたいって意味の好きじゃ……好きじゃない、はず……。
いや、本当に……そう、か?

 側にいることであんなにも安心していたのはどうしてだ。声を聞いているだけで心が落ち着くと思ったのは何故だ。
笑顔が愛しいと思ったのは、好きだと言われて鼓動が早くなったのは……そういう気持ちが少なからずあるからじゃねぇのか。

 だったら尚更恥ずかしい。恥ずかしくって今すぐ死にてぇ……腹掻っ捌きてぇ。
あんな情けないところばっかり見せておいて、とどめに子守唄なんか歌ってもらって、今更好きだとか何なんだ、俺は。
つか、姉上があれだけ好きだったってのに、もう別の女見つけて乗り換えるってのか?
十年以上引き摺ってたアレは何だったんだ。振られたからってこんなにあっさり切り替えられるもんなのか?
いやいや、どっちにしたって叶うもんじゃねぇんだ、新しく好きな女見つけた方が健全だろ。
というか、姉上も喜ぶだろうが。

 どうする、どうしたらいい……自覚しちまった以上、隠し通せる自信がねぇ……
このまま治るまで付きっ切りでいられたら、気持ちの方が参っちまう。
別に襲いやしねぇが、何をするか分からねぇ。きっと醜態だって晒しちまうだろう。
もう平気だからと追い返すか? いやいやいや、大姉上に許可を取っている以上、そういうわけにもいくまい。
下手に追い返して大姉上に知られることにでもなったら、俺の寿命が縮んじまう。
なら無理してでも復帰するか? 倒れるのを覚悟で。

 不意に誰かに布団を優しく叩かれて、びくりと身体が震える。
反射的にばっと顔を出せば、そこには今まさに頭を抱える原因となっていた夕殿がいた。

 「片倉様、どうなさいました?」

 優しい笑顔に胸が高鳴るが、それをのんびりと自覚する余裕は俺にはない。
今はただ、この動揺を収めることに集中しなけりゃならねぇ。これ以上、無様なところを見せるわけには……。

 「い、いや……何でもねぇ」

 努めて冷静に振舞おうとしているが、動揺の色は隠し切れない。
舌打ちしたい気分だったが、そんなことをすれば平静でない事を証明するようなものだ。
流石にこれ以上、無様なところは見せたくない。好いた女である以上、特に。

 「片倉様、この前の事ですけれど」

 この前の事、と言われて途端に俺は動揺を見せちまう。取り繕っていた意味が無い。
必死に言い訳をしたいとも思ったが、流石にそれはみっともないのは分かる。
いい加減腹を括れと自分に言い聞かせ、じっと続きを待つことにする。

 もう何を言われても絶対に俺は動じない。動じたりしねぇ。
伊達に竜の右目と呼ばれてるわけじゃねぇだろうが。覚悟を決めろ!

 「私、片倉様をお慕いしております……片倉様さえご迷惑でなければ……」

 「……は?」

 想像もしていなかった夕殿の言葉に、この上も無く間抜けな声を出したような気がする。
が、今はそれどころではない。何故ならば……などと説明するまでも無いだろう。

 お慕いしております、って言ったよな。姉上でなく、俺を。

 「ちょ、ちょっと待て。慕ってるって……あ、姉上が好きだったんじゃないのか?」

 飛び起きて夕殿に詰め寄ってる俺は情けないと思うが、少し前にそう聞いたばかりだ。
それなのに慕われていると言われても、一体何のことかと思っちまう。聞き間違いではないのかとさえ思う。
聞き間違いであれば、とんでもねぇぬか喜びをすることになるのだから、それだけは避けたい。

 「だからそれは……もう十年以上前の話ですもの。私にとっては思い出話の一つに過ぎませんわ。
……でも、その方の弟君に今度は、ともなると恥知らずも良いところだと思って黙ってきたのですが……」

 なるほど……俺と違ってつい最近の話じゃないってことか……。
十年以上前の話なら、気持ちの切り替えも出来るというもんだ。
つい最近失恋した俺とは……いや、俺も気持ちの切り替えが早いのだから言えた義理じゃねぇ。

 ……考えてもみれば、こんなに甲斐甲斐しく世話をしてくれるってのは好意の一つもなけりゃ有り得ねぇことだ。
女が男の部屋に来て、なんざ何があったっておかしくねぇ。普通なら絶対にやらないだろう。
それを承知でやったってことは……。

 何だ……つまり、悩むまでも無く両想いだったってことか。何処まで情けねぇんだ、俺は。
というか何でそんなことも今まで気付かなかった。ちぃっと考えれば分かる話だったじゃねぇか。

 でも、まぁ……もう、どうでもいいか。俺も好きなんだ、なら夕殿の申し出を拒む理由はねぇ。
寧ろ、俺が言わなければならなかったことだというのに。

 「俺も……夕殿を、慕っている……が、良いのか。こんな情けない男が相手で」

 「私はそういう片倉様が好きです。いえ、この数日の間に片倉様を知ってもっと好きになりました」

 さらりと言われて耳まで真っ赤になってしまった。恥ずかしくなって顔を背ければ、夕殿が静かに笑っている。

 好きだと言われてこの様か。どんだけ情けねぇんだ、俺は。

 「……本当、情けねぇな。俺は」

 自分が格好良いとは思わないが、それでも惚れた女の前で格好つけることも出来ない俺は無様でいけない。
純情でも初心でもないくせに、いちいちこうして心を揺さ振られるのは何故だろう。

 「格好つけるばかりが有り方ではございません。そればかりだと疲れてしまいますもの……
お互い心を見せ合える間柄、その方がずっと自然で良いのではないでしょうか」

 心を見せ合える間柄、か。確かにその方が楽なのかもしれない。
役目柄、普段素直にあれないからそういう人が近くにいてくれると……俺も心が穏やかになる。

 ぐっと腕を掴んで夕殿を抱き寄せる。小柄な夕殿は俺の腕の中にすっぽりと納まっていた。

 「か、片倉様?」

 戸惑ったようにそんな風に呼ぶのが何となく嫌だと思った。
夕殿に片倉様、なんて距離を置くような呼び方をされたくはない。いや、距離を置かれたくない。

 「……小十郎」

 「え?」

 「片倉様だなんて他人行儀な呼び方でなく、名前で呼んで貰いたい」

 「こ、小十郎様」

 名前を呼ばれただけで嬉しくなっている俺は、もう駄目かもしれない。
ついこの前まで姉上が好きでたまらなかったというのに、別の人間に心を移しているのは薄情だろうか。
でもまぁ……所詮俺はそんな人間だったということなのだろう。正直なところ、それでも別にいいと思っているのだから参ってしまう。

 やっとこれで本当に弟に戻れる。これでもう、姉上を苦しめる必要は無くなった。

 抱きしめたまま夕殿ごと布団に横になり、しっかりと腕に抱いたまま目を閉じる。
夕殿の温かさに安堵しながら、そのまま眠ってしまった。



 そしてこの半時後、様子を見に来た大姉上に拳骨を喰らってニ刻ほど説教を喰らったのは……
思い出しただけでも震えが来るので詳しく話すのは止そうと思う……。 
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