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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第八話

 幸村君と手合わせを始めて三十分が経過。ひっさしぶりに運動して、いい汗を掻いております。

 いや~、流石真田幸村。強いのなんのって。でもぶっちゃけこっちも弱くは無いからまだまだ余裕はある。
まぁ、向こうもそんなに本気でかかってきてる様子はないっていうかね。

 「まさか、これほどまでに強き御仁とは! このような武人に巡り合えるとは光栄の極み!」

 興奮気味にそんな事を言う幸村君は、本当に楽しんで戦ってるって感じだった。
私は命を懸けたやり取りじゃなくて、スポーツの試合的な感覚が何処かにあるから気楽に戦ってるけど
幸村君は一体どういうつもりで戦ってるんだろう。小十郎で言うところの真剣勝負のつもりなんだろうか。

 なんだかそんな事を考えたら殺す気で戦ってしまいそうで、その考えを振り払った。
ここは道場、戦場じゃない。今は命のやり取りをする場面じゃないのだから、そんな気分にはなりたくない。
そんな気分になったら折角楽しい今が、途端につまらなくなってしまいそうだし。

 私は軽く首を振って苦笑いを浮かべてみせる。

 「あはは……私もまさかこんなところで打ち合いするとは思ってもみなかったよ。てか、まだやるの?」

 「無論! 勝敗が決まるその時まで!」

 ……あー、やっぱそこまでやるのね。

 久々の打ち合い、久々に骨のある相手が対戦相手になってくれてる。
覇気を感じただけでも気持ちが良かったけど、腕もそれに見合っていてこれはなかなか心地いいもんだ。
生まれ変わる前の私だったら怖くてたまらなかっただろうけど、
生まれ変わって何遍も場数踏んでるもんだから、こういう時は怖いどころか心が踊るから困ったもんでさ。
流石に疲れ始めてきたけどもうちょっと打ち合っててもいいかなぁって気になって来ちゃう。
……殺し合いでないからそう感じる、ってのは大きいんだけどね。

 もう少し、と言っても長くは続けるわけにはいかない。
向こうは体力有り余ってるみたいだけど、こっちはそこまでタフじゃないのよね。
なんたって男ほどの体力はないんだから。

 これ以上引き伸ばすと不利になるし……そろそろ勝負に出てもいいかな。

 とん、と軽く床を蹴って間合いを詰める。棒の死角になるような位置まで踏み込んで思いっきり剣を振るう。
だけど向こうも間合いを詰められることには慣れたもので、紙一重でかわして棒を短く構えて突いてきた。

 「うおっと」

 当たるか当たらないかすれすれのところでかわして、ダメ押しのニ撃目を入れる。
しかしそれも弾かれてしまって仕方なく私は間合いを取った。
間髪入れずに突進してくる幸村君の棒を払えば、向こうもまた間合いを取る。

 この調子だと半端に攻め込めば勝負がつかない。打つ手を考えないとこっちがスタミナ負けするわ。

 「それだけの強さがありながら、手篭めにされそうになったとは……信じられませぬな」

 そんなことを言う幸村君に、私はほんの少しだけ眉を上げた。

 はは、言ってくれるじゃないの、幸村君。でもね、残念ながらそういうのは武術の腕云々じゃないのよ。
男には理解し難いかもしれないけどね、どんなに強くたって恐いものは恐いんだから。

 「じゃあ、例え話を一つ。もし御屋形様が幸村君の寝所に入ってきて何も言わずに抱こうとしたら、抵抗出来る?」

 「なっ……そ、そんなこと御屋形様が……」

 「するかしないかじゃなくて、抵抗出来ないでしょ?」

 こんな例え話に初心なのか真っ赤な顔をしていたものの、
抵抗出来ないことを分かってくれたのか少しばかり落ち込んだ顔を見せていた。
まぁ、多分察してくれている気持ちは違うとは思うけど、抵抗出来ないってことだけ分かってくれればそれでいい。

 「……すまぬ、馬鹿なことを言ってしまった」

 分かってくれれば宜しい。でも、落ち込んでる暇はないよ? 勝負はまだ終わったわけじゃないし。

 軽く踏み込んで棒を払い落としてやり、目前に木刀を突きつける。

 「勝負あり。油断大敵だよ~? これが戦場なら問答無用で殺されてるね」

 「くっ……この幸村、慢心しておりました! 御屋形様ぁー!!!!」

 いや、御屋形様いないじゃん。つか、いちいち叫ぶの止めようよ、声枯れてるんだし……。喉壊れるよ?

 「で? 勝敗は決したけど、どうすんの?」

 仕事を決める為に、ってことで始めた勝負、これで有耶無耶にされるとかなり困る。
いい運動にはなったけど、何のために一汗掻いたか分からなくなっちゃうもん。

 「某、感激致した! 女子の身でこうまで強く練り上げるとは! 小夜殿には是非とも某の側近に」

 ちょっ……側近って、そんなに簡単に決めていいもの!? いやいや、おかしいでしょう。
普通そういうのは信頼関係きっちり作り上げた人を側に置くもんなんだからさぁ。
ついさっき拾ってきた人間据え置いちゃ駄目だよ。
っていうか、側近いないの? それなりの身分なんじゃないの? 君は。

 「ちょ、ちょっと待って。そんなに偉い身分になる気はないの。
あんまりこっちですっごい役職に着いちゃうと、実家の弟に迷惑がかかるから……せめて、侍女とかそんなもんで……」

 ほとぼりが冷めるまでの出奔だってのに、甲斐で武田信玄の側近の側近になりましたー、とか
本当に洒落じゃ済まなくなっちゃうもの。帰れなくなっちゃうわよ。
あの政宗様のことだ、知ったら戦でも仕掛けてくるんじゃなかろうかと思ったり……。

 「そう言うのならば……ならば、某の身の回りの世話をしてもらえぬだろうか。
それに時折こうして稽古に付き合ってくれると有難い!」

 「それならまぁ……でも、戦場には出ないからね。お屋敷の中限定だからね?」

 そのくらいなら小十郎に迷惑もかからんだろう。奥州の情報は一切流さなきゃいいんだしさ。
まぁ、こっちの情報を持ち帰ってどうこうしようとする気もないんだけど。

 「分かった。それではよろしくお頼み申す」

 こうして私は真田幸村の世話係に任命されてしまいました。

 本当、一体どういう教育をしてるんだか。そう佐助に問い詰めたくなっちゃったよ。
見ず知らずの人を連れてきてはいけません、っていうのは教えたとは思うけど、
そこに加えて見ず知らずの人を側近に据えようとしてはなりません、ってのも教えてもらうように言わないと。
暗殺者を側に置いちゃったら本当に洒落になんないしね。

 ま、私には関係ないっちゃ関係ないんだけど、とりあえずここで出世しないようにしておかないとね。
ある程度お金が溜まったら立ち去る予定で気楽に仕えますかね。 
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