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悪の場所

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3部分:第三章


第三章

「アポロンもヘルメスもアフロディーテもだ」
「どれも正しいとは」
「それはまた」
「あやふやだと思いますが」
 彼等はここでは怪訝な顔になってゼウスに述べる。しかしであった。
 当のゼウスはだ。落ち着いた態度でだ。また話すのだった。
「そうではないのだ」
「あやふやではありませんか」
「では。確かなものだと」
「そう仰るのですか」
「そうだ、正しいのだ」
 また話すゼウスだった。まさにその通りだとだ。
「しかし狭い範囲での正しさだ」
「我々の言うことがですか」
「狭いのですか」
「そうした正しさだと」
「その三つ、いや全てがだ」
 全てがだというのであった。
「人は同じだけ悪であるのだ」
「同じだけですか」
「同じだけ悪である」
「そうなのですか」
「見てもだ。考えず動かなければ悪にはならない」
 目についての話だった。アポロンの主張する。
「そして考えても見ず、動かなければ悪にはならない」
 ヘルメスの主張だった。そして最後は。
「動いても。見ず考えなければ悪にはならない」
「つまり。その三つが合わさってこそですか」
「悪を為すことができる」
「そういうことなのですね」
「その通りだ。さらにだ」
 ゼウスが言うことはそれだけではなかった。神々に対してこうも話すのだった。
「するのは悪だけでもないのだ」
「では善もですか」
「それもまた、ですか」
「人はすると」
「その通りだ。人は善もまた行うのだ」
 話が裏返しになっていた。しかしそれでも語っているのは真実だった。
「それもまた、だ」
「善もですか」
「悪だけでなくそれも」
「それもまたですか」
「その通りだ。人は悪であると共に善である」
 ゼウスは広い視野を発揮していた。天の主神に相応しいだけの。
「目も頭も手もだ。善を行うこともできるのだ」
「どちらもですか」
「悪だけでなく」
「善も」
「悪意が結果として善になることもあれば善意が結果として悪になることもあるがな」
 そうしたこともあるのだとだ。話しもした。
「とにかくだ。悪も善もだ」
「どちらもするのが人間ですか」
「そのあらゆるものを合わせて使って」
「そのうえで、なのですか」
「そうだ。だから三柱の神々の言うことは正しい」
 そのことをまた話した。しかしなのであった。
「だが。狭いのだ」
「より広く複雑なものであると」
「人間もまた、ですね」
「そうなのですね」
「神である我々もそうではないか」
 ゼウスはここでは笑った。そのうえでの言葉だった。
「複雑だ。そうではないのか?」
「その通りですね」
 ここで話したのはだ。ゼウスの傍らにいる豊かな金髪に牡牛を思わせる大きな黒い瞳を持った少し年配の女神であった。
 身体つきは胸が大きく腰もしっかりとしている。その姿が白い服からはっきりと出ている。何処か神経質そうだがそれでいて豊かな自信が窺える表情だった。その女神がここで言うのであった。
「私もそう思います」
「おおヘラ、そなたもそう思うのだな」
 ゼウスもだ。彼女の言葉に笑顔で頷く。
「人とは我々と同じく複雑なものだと」
「人間は私達に似せて創ったものですから」
 だからだと話すヘラだった。
「ですから。貴方を見てもわかります」
「私を?」
「真面目にそうした賢明なことを仰るかと思えば」
 見ればだ。ヘラの目が冷たいものになっていた。その目で夫である主神を見ながらだ。彼と周囲に対してだ。話をするのだった。
「女神やニンフや人間の美女を口説くのですから」
「おい、ここでそれを言うのか」
「言います。全くこの前も」
「それは言わないでくれ」 
 ゼウスは弱った。それが顔にも出ていた。
 そのうえでだ。妻にさらに話す。
「あのことは謝っただろう。ペルセウスのことは」
「全く。また子供をもうけられるとは」
「だからそれはもう言わないでくれ。頼むからな」
「そういうわけにはいきません」
 あくまでこう言うヘラだった。ゼウスの言うことはまさにその通りであった。そのことはだ。他ならぬ彼がそれを見せたのだから。


悪の場所   完


               2011・2・28
 
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