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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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空白期 中学編 09 「紫炎の剣」

 レヴィと遊園地に行った日は、実に疲労困憊した1日だと言える。なのはやユーリが俺の代わりにレヴィの相手をしてくれていたのだが、途中ではやて達と合流したのだ。
 ――合流というか、あいつらがあとを付けてたんだよな。
 コーヒーカップの一件からしばらくして俺の体調も元に戻り始めた。それに伴って、誰かに見られているような気配を感じ始めたのだ。気配なんて、と馬鹿にするかもしれないが、案外馬鹿にできるものではないのだ。
 視線や体の動き、発せられる雰囲気から行動を先読みできたりできるからな。シグナムとの訓練を何年も続けてきたことで身に付いた一種の戦闘技術なんだろうけど。シグナム以外で理解してくれるのは、多分フェイトやヴォルケンリッターくらいだろうが。
 話を戻すが、はやてとディアーチェのふたりと変な形ではあるが合流したわけだ。このとき俺は、人数が増えたことで楽になるかと思った。のだが……はやてのせいで色々と面倒な展開が起きたりしたのだ。思い出しただけで精神的に疲れるので、そこは想像にお任せする。

「疲れているのですか?」

 淡々とした声で話しかけてきたのは白衣姿のシュテルだ。ふと出会った頃の彼女を思い出してみると、大分印象が変わったものだ。身長は伸び、体つきも女性らしくなっている。メガネを掛けていることもあって、より知性的な印象を受けるようになった。
 今日俺がシュテルの元を訪れたのは、とあるデバイスのテストを行うためだ。
 そのデバイスの名は《ウィステリア》。
 かつてシュテルが製作してくれたアームドデバイスだ。当初はファラやセイのいない場合に携帯するデバイスだったのだが、現在彼女達は頻繁にシュテルやユーリの手伝いを行っている。そのため少し前から携帯する機会が増え、今ではメインデバイスになりつつある。

「万全ではない時にテストを行っても結果は良いものは出ません。それに、余計に体調が悪化する可能性があります。今日はやめておきますか?」

 シュテルがこのように言ってくるのには理由がある。
 数年ほど前までカートリッジシステムは、一部のベルカ式デバイスのみに搭載されていた代物だった。だが闇の書を巡る事件をきっかけに普及し始め、今では近代・古代ベルカ式だけでなくミッド式にも搭載され始めている。
 だが……このシステムが原因である事件が起きた。なのはの撃墜だ。
 彼女が堕ちてしまった原因は複数考えられるのだが、そのひとつにカートリッジシステムが上げられる。瞬時に爆発的な魔力を得たり、魔力の総量を底上げするシステムであるだけに、デバイスだけでなく使用者への負担も大きいのだ。なのはの体に見えない疲労が蓄積したのは間違いない。
 なのはが撃墜された後……俺は、もう誰も失いたくないという想いから無茶な訓練に明け暮れていた。それを止めてくれたのが、目の前にいる彼女――シュテルだ。

『あなたは自分を何だと思っているのですか』

 この言葉は忘れもしない。
 シュテルは出会った頃から言動はともかく、表情に感情を出すのは少ない少女だ。だがこのときの彼女の瞳は鋭かった。そこには静かな怒りの炎を宿っていたのは、今でもはっきり覚えている。
 ――忘れられるはずもないよな……思いっきり頬を叩かれたんだから。
 今までのシュテルとのやりとりを思い返してみても、あのときほど呆気に取られたことはない。叩かれた直後は自分の身に何が起こったのかすら分からなかったのだから。いや、記憶に残ったのはこれだけで理由ではない。

『あなたは天才ではない』
『そんなの……言われなくても分かってる! だから……!』
『なら、あなたが彼女と同等の人々を救う力を得るには長い時間が掛かることも分かっているはずです。今のようにがむしゃらに訓練したところで、近いうちに怪我をするのがオチ……下手をすれば命だって落としかねません。あなたは……自分の大切な人達を傷つけたいのですか?』

 シュテルの言葉は、残酷なまでに俺の心を切り刻み反論する余地さえ与えてくれなかった。それでも、このときの俺の心は鵜呑みにすることを良しとせず、何かしら言おうと口を開こうとしていた。

『はっきり言っておきます、あなたは弱いです。魔導師としての才能も彼女と比べれば凡人に等しい』
『っ……』
『……しかし、あなたは天才相手だろうと一方的に負けるどころか、勝てる実力を身に着けた。それは自分の才能を理解し、一般の人間とは違う道を歩んできたからでしょう?』

 それまでの冷たい炎が消え、静かに夜を照らす月のような微笑みをシュテルは浮かべた。彼女の穏やかな優しさが浸透し、荒ぶっていた心を落ち着けてくれたことを覚えている。

『あなたの良いところは、客観的に物事を見れる冷静さと必要と思えば何にでも挑戦しようとする向上心です。自分ひとりの限界が分かっているからこそ、あなたは剣術や体術、あらゆる魔法を人に教わってきたのでしょう?』

 そのとおりだ。
 シグナムとの剣術の訓練を行っているのも、アルフ達から体術や補助系統の魔法を教わってきたのも、自分だけでは限界がある。少しでも強くなるには教えを乞う必要があると思ったからだ。

『そこに秘められた大切なものを守りたいという気持ちは私も理解できます。ですが、あなたにできる戦いは、魔導師としての強さを向上させることだけではないはずです』
『魔導師以外の……戦い?』
『はい、あなたはデバイスマイスターを目指しているのでしょう? ならば技術者としての戦いだってできるはずです。より良いデバイスやシステムを作ることが出来れば、それは必然的に人々を守ることに繋がります』

 きっとシュテルにも俺に似た気持ちがあるのだろう。
 だが無茶なことをすれば、自分だけでなく他人も傷つけてしまう。魔導師組にはできないことが自分には可能であり、また可能だと思ってくれているからこそ、気持ちのまま突き走る俺を止めてくれたのだろう。

『技術者としての戦いは、失敗を繰り返すことでしか成功という終焉に辿り着けず、また終焉が見えたと思えば更なる高みを目指さなければならない先の見えないものです。ですが、あなたのことは私が支えます。あなたとならばより良い技術を作っていけると信じています……私と共に戦ってはくれませんか?』

 そっと差し出されたシュテルの手。俺はしばしの沈黙の後、彼女の手を取った。
 あの日から俺はシュテルと共に新型のカートリッジシステムの研究を進めてきた。彼女や義母さんの考えで中学を卒業するまでは本格的に技術者としては参加できないのだが、テストマスターしてデータを取ることは行っているのだ。
 ファラやセイがシュテル達の手伝いをしているのは、将来的に俺の手伝いをしてくれるからだろう。まあ彼女達にも彼女達なりの意思があるので手伝いたいという想い以外にも理由があるかもしれないが。
 長くなってしまったが、このウィステリアは試作された最新のカートリッジシステムをテストするデバイスでもあるのだ。同時に《魔力変換システム》と呼べそうな機能のテストも行っている。これは簡単に言えば、魔力を炎熱といったものに変換するのを補助してくれる機能だ。
 ウィステリアに組み込まれているシステムは、どちらも試作段階であるため、使用者にどのような影響があるのか分からない。そのためシュテルは俺の体調に最新の注意を払っているのだ。

「いや、やるさ。お前に比べれば俺の疲れなんて大したことない……何だよその顔は?」
「いえ……地球で会ったときと接し方が違うような気がしまして」
「技術者としてのお前は尊敬してるからな」
「……そうですか。まあやれるというのであれば、あなたの言葉を信じます。時間も勿体ないですし、さっそくデータ収集に入りましょう」

 そう言ってシュテルは俺から離れて行った。急にそっけないような気もしたが、シュテルは動物で表すならば猫のような奴だ。これといって気にすることもないだろう。
 俺は藤色の剣のアクセサリーを片手に、テスト用の訓練室に足を踏み入れる。セットアップすると、ウィステリアは薄青色を帯びた紫色の直剣へと変化し、俺の体は着慣れた黒衣に包まれる。
 ……前から気になっていたんだが、何でウィステリアのバリアジャケットは微かに紫掛かっているんだろうか。
 ファラは黒一色であり、セイも同じだ。セイが違っていたのならば理解できるのだが、どうしてウィステリアだけ違うのだろうか。そう思った俺はウィステリアの製作者かつメンテナンスを行っているシュテルに聞いてみた。

『色の違いですか? それは私のあなたに対する愛の表れです』
「…………」
『冗談です。ルシフェリオンから参考にしたものがあるので、関連付けでそういう色にしただけですよ』

 なるほどな、って言いたいところだが……何でこっちを見ないで言うんだ。そういう時のお前は、大抵適当なことを言っているときだぞ。最初に真顔で言ったことのほうが嘘っぽくはあるが……気にするのはやめよう。

『さて……現段階ではこれといって異常はないようですね。まずは魔力変換システムから使用してもらえますか?』
「分かった」

 と、短く返事をして俺はウィステリアに魔力変換システムを起動するように告げる。すると「ヤー」という返事が来た。
 ウィステリアに搭載されているAIの人格は女性で年齢的に言えば少女なのだが、どうも大人しい性格をしている。返事は基本的に「ヤー」か「ナイ」だけだ。
 知っているとは思うが、俺にはフェイトやシグナムのように一瞬で魔力を属性に変化させる資質はない。まあこれまでの経験からある程度迅速に変換することは可能なのだが、《炎熱変換》の補助システムを搭載したウィステリアで行えば、その速度はシグナムにも劣らないものになる。

『ふむ…………上手く変換できていない魔力があるようですが、前回よりは向上していますね』
「それは良かったな」
『はい、わずかでも先に進むというのは嬉しいものです……が、カートリッジシステムと併用して使えるようにするのが最終目標です。喜んでばかりはいられません』

 確かにシュテルの言うとおりだろう。緩やかに魔力を流し込んでいる現段階でも100パーセントの出来ではないのだ。カートリッジシステムを使えば、デバイスに流れ込む魔力は今とは比べ物にならない量になるだけに、最終目標に辿り着くのは遥か先のことだろう。

「そうだな。でも焦ったり、無理はするなよ」
『……ふふ、私が焦ったり無理をしたことがありましたか?』
「それは……前にシグナムと」
『そういえば、ユーリから聞きましたか?』

 自分から聞いておいてこいつは……。
 と、最後まで言わせなかったシュテルに思うところはあったが、彼女の言葉が気になった俺は話を進めることにした。

「何をだよ?」
『セイバーのことです。何でもセイバー自身の発案で、インテリジェントデバイスのような形態変化を開発してみることになったのだとか』

 聞いてない、と言いたいところだが……そう言えば、遊園地の帰りにユーリが今度大切な話があるって言っていた気がする。セイからも同じように連絡があったので、おそらく今シュテルが言ったことを話すつもりだったのだろう。
 ――やってほしくない気持ちはあるが、ファラもこれまでにいくつものテストを行ってきたし、俺自身も危険性のあるテストを行っている身だ。セイが自分から言い出したのなら止められる立場ではないし、意思を尊重したいとも思う。

「そうか……ということは、こっちのテストばかりはできなくなるな」
『そうなりますね。研究が順調に進むかどうかは不明ですから、何もせずに待たせる時間が減ると思うと私には都合が良いですが』

 別に堂々と言わなくていいと思うのだが……痺れもしなければ、憧れもしないのだから。

「……そういえばファラはどうしたんだ?」
『彼女なら今日はマリーの手伝いに行っていますよ。確かリインフォースⅡのメンテナンスがあったはずですから』
「なるほど。その手のことにはあいつは力になれるからな。何よりセイやリインのこと大好きだし」
『ですね。個人的に過干渉や過保護は煙たがられると思いますが……ファラとかフェイトとかディアーチェとか』

 そこでフェイトとディアーチェは出すなよ。あいつらのは、なのはやお前に対する優しさだろうが。

「お前な……そういうこと言ってると嫌われるぞ」
『冗談ですよ。それに、きちんと時と場合は考えています』
「それがある意味性質が悪いんだっつうの……」


 
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