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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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空白期 中学編 07 「レヴィのお返し」

 遊園地に到着したわけだが、思ったよりも人が少ない。まあチケットがあったことを考えるに、今日は先行体験回のようなものだろう。
 ……にしても、どうもなのはの様子がおかしい気がする。俺とあまり目を合わせようとしないし、合ったら少し慌てて視線を逸らすし。
 個人的になのはに何かした覚えはない。だが俺にはバスの中で寝てしまっていたので空白の時間がある。彼女の様子が変わっていたのも俺が意識を取り戻してからだ。いったい俺は寝ている間に何をしてしまったのだろうか。

「なあなのは」
「――っ!? なな、何かな?」
「……俺、君に何かしたか? 何か避けられてる感じがするんだが?」
「べべ別に避けてなんかないよ! それにショウくんは何もしてない。ぐっすり寝てたよ、うん!」

 いや、どこからどう見てもその反応からして何かしたろ。本当にこの子は嘘とか苦手だな。まあ良いところでもあるんだけど。
 そんなことを考えていると、誰かに服を引っ張られた。なのはは目の前にいるし、レヴィならばこのような気の引き方はしないだろう。となると必然的に彼女しかない。

「ショウさん、実は……」
「ユ、ユーリ!?」

 何か言おうとしたユーリになのはが凄まじい速さで接近し、口を押さえながら引き離した。彼女の突然の行動にも驚きだが、今の接近速度にも驚いた。
 話すようになってから3年以上になるけど、ここまで早く動いたのは初めて見たな。体育の成績はそこまでよくなかったはずだし。
 運動はあまり得意ではないと前に言っていた。だが俺は苦手意識のせいで本来の力を出せていないだけなのではないかと思ったりしている。かつての事件のとき、なのはは街中を走り回っていた。加えて、射撃戦主体だろうと戦闘では体力を消費する。それを考えると、そこまで運動が苦手だとは思えない。

「い、言ったらダメだよ!」
「なのはさん、小声で怒鳴るなんて器用ですね。ディアーチェみたいです」
「ユーリがディアーチェのこと好きなのは分かるけど、今ので笑うのはやめたほうがいいと思うよ。私も反応に困るし……じゃなくて、さっきのことは言っちゃダメ!」
「何でですか?」
「何でって……」

 何を言っているのか気になっていたので、必然的に首だけ振り返ったなのはと視線が重なる。次の瞬間、彼女の顔に赤みが差し、視線をユーリに戻されてしまった。誰が何と言おうと、これは絶対寝ている間に何かあったに違いない。
 いったい俺は何をした? 普通に考えれば、なのはに寄りかかってしまったのが妥当な線だが……それだけであそこまでの反応させるだろうか。多少は異性を意識するようになったとはいえ、あのなのはだし。
 ……もしかして俺は、彼女の胸に触れたりしてしまったのだろうか。
 そんなことをしてしまったとは考えたくもないが、何かの弾みで顔や腕が触れてしまった可能性はある。もしやってしまっているのであれば、今すぐにでも謝罪したい気分だ。しかし、なのはの様子からすると、寝ている間のことを話題にすれば間違いなく誤魔化そうとするだろう。
 どうしたのものか……。
 と、考え始めた矢先、不意に背中に何かが触れた。大きくて弾力がある、認識した直後、視界に現れる2本の腕。肩に重みが掛かったと思えば、耳元で駄々をこねる子供のように声が響く。

「ねぇねぇ、早く入ろうよ~。遊ぶ時間がなくなっちゃう」

 一連の言動や消去法からも分かるとおり、俺に背中から抱きついているのはレヴィだ。これまでに何度も抱きつくなと言ってきたはずだが、全く直る様子がない。

「レヴィ、離れろ」
「なんで?」
「何でって……」

 出会った頃ならまだしも、今は周囲に誤解を与えかねないからだ。と、言ったところでレヴィが理解するはずもない。
 あぁもう、何でこいつの精神年齢は出会った頃から変わらないんだ。さっき考えたことのせいか、背中に当たってるものを余計に意識してしまうし……なんて考えてる場合ではない。

「さっさと入って遊ぶんだろ?」

 俺の問いかけにレヴィは、一瞬きょとんとしたがすぐに満面の笑みを浮かべて返事をしてきた。
 これで解放される、と思ったのもつかの間、レヴィは今度は俺の手をしっかりと握ってきた。抗議の眼差しを向けてみたものの、彼女は首を傾げるだけ。「これがボク達のデフォルトでしょ?」と言われた気分だ。
 内心ではダメだろうと思いながらも、とりあえずレヴィに訴えてみることにした。

「なあレヴィ……」
「うん?」
「……いや、何でもない」

 周囲の目を考えてなのはと繋がないか、と言おうと思ったが、もしそれで彼女の元にレヴィが行ってしまったら……近いうちにぐったりしている姿しか浮かんでこない。
 この中で1番体力があるのは俺だろうし、シュテルの代わりを引き受けたのは俺だからな。レヴィの面倒見の大変さを考えると、押し付けたくもなるが押し付けるのは申し訳ないとも思う。ふたりの性格的に俺が大変そうにしてたらフォローしてくれるだろうし、それだけで充分か。
 知り合いに見られた場合のことを考えると面倒臭くもあるが、なのはも一緒に証言してくれれば、すぐに沈静化するだろう。フェイトには申し訳ないと思うが、これまでにレヴィのせいで面倒事になったことはあるのだ。彼女ならばきっと分かってくれる。

「なにょはにユーリ、行くよ~!」
「あっ、はい、いま行きます……なのはさん?」
「ううん、何でもない大丈夫……」
「本当ですか?」
「うん……ふと思っただけだよ。人間って慣れる生き物なんだなって」
「……? 環境適応能力の話ですか?」
「何でもないよ。行こうユーリ」

 なのはとユーリは駆け足で追いかけてくる。
 ユーリは疑問の表情を浮かべていたが、遊園地が楽しみなのか笑顔になる。顔を見ただけではレヴィより落ち着いて見えるが、内心は俺が思っているよりワクワクしているのかもしれない。
 なのははというと、俺と視線が重なるとすぐに逸らした。やっぱり避けている、と思ったが、すぐに視線を戻して苦笑いを浮かべる。視線の動きから察するに、繋がっている手を確認したのだろう。苦笑いなのは「大変だね」といった感情の表れかもしれない。

「それでレヴィ、まずは何に乗るんだ?」
「うーんとね……あれ!」

 レヴィが元気良く指したのは、ジェットコースター……といった定番ではなく、まさかのコーヒーカップだった。コーヒーカップというアトラクション名で良いかは分からないが、正直俺も遊園地にはほとんど来たことがないのだ。
 確か……あいつの足が治ってから何度か行ったくらいだよな。義母さんとはこういう場所に来た覚えはないし。
 このことを人に言うと可哀想に思われるかもしれないが、俺は別に遊園地であまり遊んだことがないのが不幸だとは思わない。それくらいのことを不幸と言っている連中は本当の不幸を知らないのだろう。
 フェイトやはやては過去の事件で……すぐ傍にいるなのはも、少し前に任務中に堕ちて重傷を負った。再び歩けるようになるかどうか危ぶまれるほどの……。
 それでも……なのはは諦めたりはしなかった。
 過酷なリハビリを乗り越え、今こうして歩き笑っている。俺は彼女を含め、身近にいる人間を守りたい。笑っていてほしいと思う。だから技術者としての道を進みながらも、訓練を怠らないのだ。まあ俺の守りたい連中は、基本的に俺に守ってもらう必要がないほどに強いのだが。

「お、ようやくボク達の番だね。みんな、さっさと乗ろう」
「ちょっと待て、ここは2人ずつに分かれて乗ろう」

 そう提案したところ、3人から疑問の眼差しが向けられる。
 あまり遊園地に来たことがない俺でも、コーヒーカップがどういうアトラクションくらいかは知っている。これまでの経験からして必ずレヴィは、最高速度まで回すはずだ。それで彼女がぐったりしてくれれば、ある意味儲けものだが……ほぼ間違いなくそれはありえない。
 ここで全員くたばってしまっては、いったい誰がレヴィの面倒を見る。ここは俺が犠牲もとい一緒に乗るのが最善のはずだ。
 視線でなのは達に訴えると、こちらの意図を汲み取ったのか頷いて手振りで応援してくれた。レヴィにはせっかく人が少ないのだから、といった適当に言って丸め込んだ。

「ねぇショウ」
「ん?」
「これってさ、どういうアトラクションなの?」

 知らないのにこれを選んだのかこいつは……。
 俺の記憶が正しければ、昨日事前に調べていた気がするのだが。それがなくても手元にパンフレットがあるのだから調べることは可能のはず。もしかして遊園地の目玉と言えそうなジェットコースターや観覧車といったものばかり調べていたのだろうか。
 ……いや、そんなことはどうでもいい。これはある意味チャンスだ。
 中央にある装置に触れさせなければ、ここで無駄に疲労することはない。それに俺は、あまり遊園地に来たことがないので惚けることは可能と言える。今後のことを考えれば、ここで選ぶ道はひとつ……

「それは……まあ簡単に言えば、クルクル回りながら移動するアトラクションだ。目の前にあるそれを回せば、回転が速くなる」
「なるほど~、ありがとう」

 教えた俺を馬鹿だと思う奴はいるかもしれない。正直俺も自分のことを馬鹿だと思っている。
 けれど、今日の俺の役目はシュテルの代わりにレヴィの面倒を見ることなのだ。あいつが望むことは、レヴィに心から楽しんでもらうことのはず。ならば代わりを引き受けた俺が疲れるからと逃げてはいけないだろう。
 それに……説明しただけで嬉しそうに笑ってくれるんだ。この顔を何度も見れるのなら、今後のことを考えてもお釣りが来る。……まあ、楽しい思い出だったと思えるのは明日以降かもしれないが。

「あ、動き始めた…………遅い」
「いや、別にこれはこれで良いんじゃ……」

 俺の言葉を遮るように力強く握られるコーヒーカップの装置。それを見た俺は、内心でため息を吐きながら覚悟を決めた。直後、レヴィは凄まじい勢いで装置を回し始める。
 徐々にだが確実に加速していく。きちんと見えていた景色は少しずつぼやける。きちんと見ることができるのは、向かい側に座っているレヴィだけだ。彼女はテンションの高い声を出しながら、さらに装置を回し続ける。
 …………結果。
 言うまでもなく、俺は酔ってしまった。この感覚を味わうのは、幼い頃に車の中で本を読んでしまったとき以来だろうか。訓練で体を鍛えたり、縦横無尽に飛行していたせいか、それから乗り物に酔うことはなかった。正直予想していたよりは気持ち悪くはない。
 しかし、10年以上味わっていなかった感覚なのだ。予想よりもマシというだけで、気持ち悪いことには変わりはない。アトラクションから降りた後は、全員に付き添われる形で近くにあった長椅子に腰を下ろした。

「ショウくん、大丈夫?」
「あぁ……」

 隣に座っているレヴィが自分を責めていそうな顔をしているので、大丈夫だと口にしたものの……何とも非力な声だ。これではかえって心配を掛けるだけだろう。俺の考えを裏付けるように

「わたし、お水と袋持ってきます!」
「え、ちょっユーリ!? あぁもう、私も行く。レヴィ、ショウくんに付いててね。絶対ここを離れちゃダメだよ!」

 と、ユーリとなのはがどこかに行ってしまった。
 水と袋って……俺は酔っ払いじゃないんだけどな。気分は悪いけど……吐くほどではないし。少しすれば良くなると思うんだが。

「……ショウ、ごめんね」
「謝らなくて……いい」
「でも……ボクのせいで――ぁ」

 泣きそうになるレヴィの頭に、俺はそっと手を置いた。優しく頭を撫でながら、可能な限り元気を振り絞って話しかける。

「馬鹿……今日はお前を楽しませるために来てるんだ。バスでも言っただろ? お前の好きなところで遊んでやるって。だから気にすんな……俺は、泣いてるお前より笑ってるお前が好きなんだから」
「ショウ……うん!」

 溜まっていた涙を拭いながらレヴィは笑う。
 それを見た俺は一度微笑みかけ、再び下を向こうとした。だが不意に頭を触られ、誘導されるように体ごと倒される。俺の頭が辿り着いた先は、程よい高さと弾力感の何か……ふと視線を上空に向けると、日光を誰かの頭が遮る。

「こっちのほうが楽でしょ?」

 その言葉を聞き終えると共に俺は状況を理解した。俺は、レヴィに膝枕されているのだ。
 はやてに膝枕をしてやったことはある気がするが、膝枕をされるのはこれが初めてかもしれない。普段ならば、人の目がある場所でこのような行為はしたくないのだが、今は気分が悪いせいか安心感を覚える。

「……吐いても知らないぞ」
「え、それは嫌だ。でもこうする。危なくなったら突き飛ばせばいいし」

 嫌に突き飛ばすって……本当に素直だよな。
 けれど不愉快な感情は浮かんでこない。この素直さがレヴィの悪いところでもあり、良いところでもあるのだ。ここまで堂々と言われては、むしろ清々しさを覚えるものだろう。

「ん……あんまり動かないでよ。こそばゆいじゃん」
「だったら今すぐ……退いていいぞ」
「だから危なくなるまではこうするって言ってるじゃん。それに……一度こうしてみたかったんだよね。いつもしてもらってばかりだったし」

 レヴィは笑いながら俺の頭を撫で始める。人を撫でることに慣れていないせいか少々乱暴だ。だが彼女の温かな心は伝わってくる。
 このまま大きくなったらどうしよう、なんて不安に思ったりするけど……レヴィはこのままでもいいのかもしれないな。よくよく考えてみれば、抱きついたりしてる異性って俺くらいだし。無意識の内に異性との距離感は取ってるんだろう……多分。
 まあ俺がこう考えたとしても、ディアーチェあたりはずっと目を光らせてそうだけど。あいつは面倒見いいから……そういやあいつ、今日どこに行ったんだろうな。


 
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