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魔法科高校の神童生

作者:星屑
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Episode35:立ち込めしは暗雲

 
前書き
更新スピードをあげたいです。 

 


「…重傷よ。隼人くんが瓦礫を吹き飛ばしてくれたお陰で即死せずに済んだけど…あれが間に合っていなかったらーー」

 その先は、言われずとも理解できた。
 四高から屋内で破城槌を受けた森崎達三人は救助隊よりも早く駆けつけた隼人により救出され、一命を取り留めた。
 しかし、三人とも予断を許さぬ程危険な状態。復帰は見込めない。自然、モノリス・コードは棄権することになってしまうだろう。

「…隼人くん、ちょっといいかしら」

「はい」

 真由美に呼ばれて、隼人は視線を治療中の森崎達から外した。部屋を出て行く真由美についていく。

(…あの森崎くん達の状態を見て眉一つ動かさないなんて。やっぱり、隼人くんもあちら側の人間なのかしら…)

 三人の容体は、酷いものだった。特に、二人を庇おうとした森崎の状態は酷く、隼人が発見した時は脇腹を鉄柱が貫通したり腕がひしゃげていたりしたという。
 真由美や摩利、克人でさえ表情を歪めたその有様に、しかし隼人は反応を示さなかった。
 まるで見慣れているかのように、こんな非日常の光景を日常だと言わんばかりに、隼人の態度は淡々としていた。

「…会長」

「わっ、な、なにかな?」

 余程思考に囚われていたのだろう。隼人に声をかけられて飛び上がる真由美に小さく笑みを浮かべて、そして隼人は拳を握った。

「俺は、森崎くんとあの場で約束しました。絶対に優勝すると、君達の分まで戦うと」

「ーー!」

 ああ、違った。彼は、何も思ってない訳ではなかった。
 なぜならこんなにも、握り締めた拳は震えて、発する言葉には強い意志が宿っている。

「まだ、諦めたくないです」

 こんなにも純粋な瞳を向けてくる彼を、壊れていると恐怖を感じた自分を、酷く恥じた。

「提案があるわ」



☆★☆★



 真由美からの提案を受け入れた隼人は、彼女の好意を受け取って今日はもう休むことにした。とはいえ、夜にはまた再び真由美の下へ行かなければならないのだが。

 自室に戻ってきた隼人は、力無くベッドへ倒れ込んだ。

「……もっと、俺の魔法が早ければ」

 もしかしたら、森崎達はあれ程の大怪我を負わなかったかもしれない。

消失(デリート)が、あの状態で使えていたら」

 彼らは無傷だったかもしれない。

 もう、後悔はしたくなかったのに、またありもしない『もしも』の事を考えては自身を貶めている。

「分かっているさ。後悔ばかりじゃ、前に進めないって。だから、前を向かなきゃ……原因を、探るんだ」

 一高に度重なる不慮の事故。それを、偶然だと決めつけられない程には隼人は調べを進めていた。
 エリナから受け取った情報に、自分で調べたこの九校戦の裏。

 無頭竜は、明らかに一高のみを狙っている。それが遺恨によるものか、それともギャンブルによるものかは知らないが。
 だが、それさえ分かれば、九十九として奴らに制裁を与えるには十分な理由だ。

 そして既に、無頭竜のアジトは絞り込めている。

「行くか」

 消息を絶ったエリナのことも気になる。ならば善は急げと、隼人は制服から私服へと着替えた。




☆★☆★



 隼人の加速魔法と雷帝の併用、極限にまで強化した脚力を以ってすれば、九校戦の会場から目的の場所までそう時間はかからなかった。
 横浜中華街、某高級ホテルの屋上に降り立ち、そして隼人は眼の封印を解いた。

(下の階に、五人の非魔法師のサイオン波と、四人の魔法師のサイオン波……この魔法師はエリナの言っていた奇妙な魔法師、かな?)

 標的の戦力を確認して、隼人は一度目を瞑った。
 エリナの情報によれば、17号と呼ばれた魔法師は凄まじい加速魔法の使い手だという。
 移動の時の消耗を引き摺ったまま勝てると思う程、隼人は楽観的ではなかった。

 じわじわと消耗していた集中力が再び戻ってくるのを感じながら、後ろポケットに引っ掛けていた狐のお面を被る。

「さて、まずは挨拶といこうか」

 ビルから飛び降り、減重・減速の魔法を使って落下の勢いを殺し、窓を蹴破った。
 響く破砕音、あっさりと破壊された防弾ガラスに、中にいた男達は表情一つ動かすことができなかった。

初次見面(初めまして)無頭竜(No Head Dragon)東日本支部の皆さん」

 普段の彼に似つかわしくない気障ったらしい言い回しで、青の妖狐は仮面の奥で微笑みかけた。
 恭しく頭を下げる暗殺者に、しかし男達の心中は穏やかではなかった。

「なぜ、青の妖狐がここにいる!?」

「ここがバレたというのか!?」

「そんな馬鹿な!」

 面白い位に動揺する五人の男達。しかし、部屋の四隅に立っているスーツ姿の男達はなんの反応も示さず、無機質な瞳を闖入者へ向けている。

 ああ、なんて醜いのだろうか。大の大人が、腐れ外道共が、ただの暗殺者に侵入された位でこれ程の恐慌状態の陥るとは。
 全くもって気に食わない。なぜこんな奴らのせいで、摩利が怪我を負い、森崎達が生死の淵を彷徨わねばならないのか。

「少しばかりお巫山戯が過ぎるようなので、本日は忠告に参りました」

 言葉を紡ぐ声は冷徹に。内心の怒りを悟られぬよう、暗殺者はその紅蓮の瞳で男達を睥睨する。
 発せられる圧倒的なプレッシャー。本能から滲み出る恐怖感に、男達は脳内の焦りを加速させた。

「15号ッ! 奴を殺せッ!」

 下されたのは極単純な命令。具体性の欠片もなく、凡そ『命令』とは言い難い稚拙な指示だ。
 だが、彼らにとってはそれだけで十分であった。
 隼人のすぐ近くで待機していた15号が突如動き出す。

「…どうやら反省していないようだ」

 機械仕掛けの人形のような動きで暗殺者との距離を詰める15号。その動きは不規則で、恐らく組織に改造される前は格闘技を修めていたに違いない。見た目の年齢に比べて、腕は立っていたようだ。
 しかし、それは改造されて思考の大半を奪われてしまったことにより寧ろ改造前より劣る形となってしまっている。

「ここにいる存在全て、今この瞬間に殺しても構わないのですが」

 そんな中途半端な実力しか持たない改造人間がこの暗殺者に敵うはずもなく、その存在は宙に空いた空間の裂け目に飲み込まれていった。
 
 残されたのは、冷たい瞳をした暗殺者と、腰を抜かした老害、そして自我の殆どを失った機械達。
 最早、声を出す方法すら忘れたのか。15号に命令を下した男はぱくぱくと口を動かすだけだった。物すら言えなくなったゴミを始末するため、黒い手袋に覆われた右手に短刀を握る。

「害しかないゴミを、そのままにしておく理由がないですものね。ここで一度、処理しておきましょう」

 いざその喉笛を掻き切ろうとして、しかしそれは突如感じた悪寒と殺気により中断せざるを得なくなった。
 
「ーーさて、それは、困る」

 すぐ様その場を飛び退き、射抜くような殺気を躱す。
 途切れ途切れの独特なイントネーションに、隼人は心当たりがあった。

「…紫道聖一」

 扉から部屋へ入ってくる朱色の制服を纏った男の姿を認めて、奴が明確な敵であることを隼人は確信した。
 出会った時に浴びせかけられた尋常ではない殺気も、自分と同じ存在だというのなら納得できる。そして、一度『同じ』だと認識できてしまえば、その迫力に呑まれることはない。

「奴ら、は契約者なのでな。殺されて、しま、えば報酬が、貰えん」

「そんなのは知った事ではないのですが、ふむ、ここで貴方を討つというのもいいかもしれない」

 しかしそれが脅威であることに変わりはない。自分と同じだというだけで、その存在は今回の中で一際大きな障害となるだろうから。

「さて、俺にばかり、気をとられ、ても、いいのか?」

「ッ!」

 殺気。
 背後から感じた僅かなそれに、思考の前に体は動き出す。
 紫道聖一を視界から外すことはせず、半身になることで新たな闖入者の位置を確認。首を突きにきているのを認識して、自身と闖入者の間に多重障壁(ファランクス)を展開し、凶刃を防ぎきる。

「っ!」

 見えざる壁に阻まれた短刀を放り捨て、そして闖入者は左手に黒い物体を握った。

「拳銃…それにーー」

 自身に向け漆黒の凶器を向ける存在を、隼人は知っていた。
 緑がかった綺麗な銀髪に、年相応の華奢な身体、吊り目がちで強い意思が宿っているはずの青い瞳は、しかし今はどうしようもない程の憎悪と殺意で濁ってしまっていた。

「……エリナ、か」

 誰にも聞こえはしない声量で、隼人は呟いた。
 昨日の夜から行方不明になっているエリナが、今自分の前に明確な殺意を持って立っている。
 予想をしていない訳ではなかった。隼人が暗殺者というモノに身を窶してからそれなりの年月が経っている。その過程で、エリナに関係のある人物を殺害している可能性もゼロではないのだから。

 しかし予想していたとはいえ、ショックを受けないのとは別の話である。なまじ、自分の所業を知ってもついてきてくれる家族以外の唯一の存在だったため、それを失った喪失感は予想より大きい。

「…拳銃は厄介だけど、それもファランクスの前では無意味。彼女は即無力化できるでしょう。とはいえ、貴方の力はまだ計れていない。ここは、撤退させてもらおうか」

 だがその動揺を面に出すことはない。仮面の奥の表情ですら凍り付かせ、暗殺者はその身を空へ躍らせるべく窓の縁へ足を掛けた。

「だが覚えていろ。貴方達は、必ず殺す」

 撃ち出される銃弾の悉くをファランクスで防ぎ、そして隼人はその場を後にした。

「ク、ク…まだまだ、俺の、魔法も、鈍っては、いなかったよう、だな」

 暗殺者の去った部屋の中。腰を抜かし放心状態の男達を気にもせず、紫道は喉を鳴らす。

「なぁ…エリナ。我が、愛しき傀儡よ」

「ーーー」

 紫道の指がエリナの顎を這い、その頤を上げる。
 それでも彼女の瞳は焦点を結ばず、握った拳銃の銃口は力無く地面を向く。

「ククク……」

 これで準備は整った。後は、あの方の仰せの通り、九十九の始末をするだけ。そうすれば、この国を、いや、この世界を闇が覆う日がぐっと近づく。

「クハハハ…」

 せめて最後の時まで足掻くがいいと、狂人は笑うのだった。



☆★☆★



「ーーーっ」

 ホテルに帰ってきて、俺は精神的疲労を感じてベッドへ倒れ込んだ。
 まあ、それも仕方のないことだろう。俺自身が意識していない内に、俺の中で『エリナ』という存在がいつの間にか大きくなっていたのだ。だからこそ俺は、エリナが刃を向けて来た時、殺すことを躊躇った。

 微弱ながらエリナから感じた殺気は紛れもなく本物であった。
 なにがあったのかは分からないが、彼女が俺を殺そうとしてきたのは間違いない。このままならば、いずれ俺とエリナは決着をつけることになるだろう。

 唯一の希望は、『殺意』を感じ取れなかったことか。
 いや、エリナからは意志そのものが感じられなかった。

「さて、それが吉と出るか凶と出るか…」

 もしエリナが完全に敵に回ったとしたら、確実に殺さなくてはならない。彼女は九十九を少し知りすぎた。
 勿論、敵に回った場合の話だけど、覚悟しておくに越したことはないだろう。

「眠いな…ああ、けど、会長に呼ばれてるんだった」

 部屋に備え付けられている壁時計に目を向けると、その針はちょうど約束の時間を指していた。

「酷い顔……洗ってから行こう」

 みんなに要らない心配をかける訳にもいかないもんね。



☆★☆★



「失礼します」

 時間帯は新人戦ミラージ・バットが終了してしばらくして。
 隼人は指定の時間より少し遅れてミーティング・ルームへ入ってきた。

「あら、隼人くん。遅かったじゃない」

「すみません。寝坊してしまいまして…」

 そう言って申し訳なさそうに笑う彼はいつも通りだが、どこか表情が冴えないのが真由美に分かった。

「やあ、達也。その様子だと無茶振りを引き受けてくれたみたいだね」

 達也に接する隼人の様子も、いつもとさして変わった様子はない。しかしなぜか、真由美には隼人が無理をして笑っているように写っていた。

「まあな。あそこまで言われて、やらない訳にはいかないだろう」

「…なにを言ったのか分かりませんが、大体いつも通りだということは分かりました」

「む、心外だな九十九。それでは俺がいつも脅しているようではないか」

「十文字先輩は強面なのでただのお願いにしても威圧感が尋常じゃないんですよ」

 十文字に詰め寄られて顔を引き攣らせているのも、いつも通り。
 では、一体なにに違和感を覚えているのだろうか。

「九十九さん、少し顔が窶れているようですが…」

「え? あ、あはは!ちょっと寝不足なもので…昨日緊張しちゃって眠れなかったんですよ」

 鈴音に詰め寄られると、十文字の時とは打って変わって顔を赤らめる隼人を見て、真由美は考えるのをやめた。
 きっと見間違いに違いない。今日は色々な事があったから疲れているのだろう。

 訝しげにこちらの名前を呼ぶ摩利に、真由美は「なんでもない」と返した。

「じゃあ達也くん、隼人くん。西城くんと吉田くんの説得は私たちに任せてちょうだい」

 隼人はいつも通りだ。違和感を感じたのは勘違いに違いないと判断して、真由美は思考に蓋をした。



☆★☆★



 九校戦始まって以来の大事故。それによって翌日までの復帰が不可能となった森崎達モノリス・コードのメンバー。
 彼らの代わりとしてモノリス・コードの選手に選ばれたのは、一高の中では雑草(ウィード)と揶揄される二科生達であった。

 当然上がる反発の声は、一高の生徒間最高権力である三巨頭の三人と隼人が『笑顔』で黙らせた。

 そんな背景がある中、達也を始めとして選手に選ばれた西城レオンハルトと吉田幹比古は、困惑しながらもその話を承諾し、現在は四人+エリカと美月で作戦を立てている所だ。

 とは言え、急な話だ。試合は明日だというのに、既に時刻は21時。作戦を立てた所で、ぶっつけ本番になるのは明白だろう。

 結局、達也がオフェンス、レオがディフェンス、幹比古が遊撃。そして隼人は参戦後真っ先に敵のルアーを潰すという大まかな役割を決めたのみで、作戦会議はお開きとなった。


 ボス、という音がして、隼人の体はベッドへ沈み込んだ。

(よっしーは前を向き始めた。もう、大丈夫そうだな)

 他の三人とは違い、CADの調整の必要がなかった隼人は先に自室に戻ってきていた。
 どうやら懸念していた幼馴染の様子はそれ程悪くないようで、隼人は疲れ切りながらも嬉しそうな笑みを浮かべた。

 隼人の幼馴染である幹比古は、過去の事故以来、古式魔法を上手く扱うことができなくて焦っていた。しかし、最近は色々とイレギュラーな達也と接しているお陰でどこか吹っ切れたような顔をしており、今日に至ってはこれまで頑なに拒んでいた他人に頼るということもしてみせた。大きな進歩と言っても過言ではない。
 隼人は彼に対してなにもしてやる事ができなかったが、しかしそれでも幹比古の悩みが少しでも解決に向かうのであれば、彼にとって嬉しいことに変わりはない。

「…俺も、切り替えないといけないよね」

 ベッドに仰向けになり、呟く。
 相変わらず頭の中を占めるのはエリナの事ばかり。これでは駄目だと分かっていながら、しかし隼人は自分の命を狙ってきた彼女のことを思い出し、そして胸の痛みに顔を歪める。

「森崎くんと約束したんだから…絶対に、負けるわけにはいかない」

 崩れた廃ビルの中で、鉄柱に脇腹を貫かれながらも、森崎は隼人に『勝ってくれ』と言ったのだ。
 結局、その試合は隼人が殲滅用の広範囲魔法を放つ寸前で運営により強制終了させられてしまったのだが、真由美や十文字、摩利のお陰で棄権にならずにまだ試合を行うことができるようになった。

 ならば、森崎との約束を果たす為には、優勝しなくてはならない。

「ーー俺は」



☆★☆★



 翌日の朝。昨夜は早い時間に寝たからか、隼人はまだ早朝と呼べる時間帯に目を覚ました。
 寝惚け眼を擦りながら横を見ても、そこに森崎の姿はない。再び後悔の念に苛まれそうになるのを頭を振って拒絶して、隼人はベッドから抜け出した。

「…少し散歩に行こうか」

 試合の開始までまだ時間はたっぷりとある。未だ収まらない焦りを鎮めるには、むしろ部屋の中に一人でいる方がよくない。適当に身支度を済ませて、隼人は部屋を出た。



「……なんとなく屋上に来たけど、なんでいるのさ?」

「隼人こそ、どうしてここに?」

 日本が世界に誇る霊峰。その全貌が見えるテラスを訪れた隼人は意外な人物に目を丸くした。

「俺は早く目が覚めて、なんとなくだけど…よっしーは?」

「僕もそんな感じかな…少し緊張しちゃってね」

 頬をかきながら苦笑いを浮かべる幹比古に、そういえば彼は結構な上がり症だったことを思い出す。

「…そっか。()()は久しぶりだもんね」

「うん…あの事故が起こる前に、隼人と一緒に戦って以来だから」

 幹比古はとある魔法事故によって優れた才能を失ってしまった。
 九十九と吉田の神童として過去に名を知られていた彼からすれば、今の自分は酷く情けなく見えてしまうのだ。

 だからこそ、今回のモノリス・コードは幹比古にとって大きなターニングポイントになるだろう。

「ねえよっしー…勝とうね」

 ならば幼馴染として彼に出来ることを。勝利に飢えている彼に、勝利の味を思い出させてやるのだ。

「勿論だよ。それと僕の名前は幹比古だ」

 互いに笑みを浮かべ合って、拳をぶつける。
 勝たなければならない理由が、一つ増えた。もう、負ける訳にはいかないのだ。

「……いつまでもウジウジしてらんないよね。よし、なるようになるし、チャンスが来たら力尽くだ」

 森崎との約束も。幹比古との誓いも。エリナの奪還も。
 これまで通り、力尽くで押し通せばいい。最善ではないだろう、しかし、隼人の中では最良の選択。貫き通すには、十分な自信がある。

「気合い入れてく!!」

 振り上げた拳を富士の霊峰に向けて、魔王は復活の声を上げた。



☆★☆★



 担当した競技で悉く上位を独占してきた忌々しいスーパーエンジニアと、圧倒的魔法力でクリムゾン・プリンスを打ち破った執事服の魔王。そして禁止されている物理打撃を行うはずの剣を所持するメンバーに、明らかに挙動不審のメンバー。
 それが、現在フィールドに立った一高メンバーに対する各校の大体の感想であった。

 さて、この例外中の例外であるチームがどのように戦うのか。無数の好奇心が向けられる中で、一高対八高の試合が開始した。

 八高との対戦ステージに選ばれたのは森林。
 第八高校は、魔法科高校九校の中で最も野外実習に重きを置いた学校であり、勿論木々が乱立する森林の中であってもその経験値は有効、むしろ彼らにとってホームグラウンドとも言える絶好のステージである。

 達也が「忍術使い」に教えを受けている事を知らない大多数は、一高が不利であると断定して、そのつもりでいた。それに加えて、一高は昨日招集された急造のチームだ。戦闘は、終始八高有利に進むと思われた。


 だが、その大多数の予想を裏切る形で戦端は八高のモノリスの近くで開かれた。

 試合開始から五分も経たない内に攻め込まれた八高ディフェンダーは、慌て気味に突貫してきたアタッカーである達也を迎え撃った。
 しかし、達也の術式解体(グラム・デモリッション)による非物理的衝撃波、つまりサイオンの爆発に発動しようとしていた魔法は消し飛ばされ、そのショックから達也から魔法の照準を外してしまう。

 その隙に達也が右手の拳銃型CADの引き金を引いて、モノリスを解錠する。
 分断され、開ききったモノリスを前に、しかし達也はコードを打ち込むことなくその場から退避した。

 その直後にエア・ブリッドが着弾し、達也がいた場所の地面を深く抉った。

「チッ」

 舌打ちをしたのは八高のルアー。ルアー解放から一分も経っていない内に達也の邪魔をできたのは、たまたま自陣近くがスタート位置だったのだろう。
 しかしそれについて文句を言ったところで状況が好転するわけではない。まともに撃ち合うのは不利だと判断して、達也は鍛え上げた肉体を駆使して逃走を開始する。

「逃がすか!」

 背を向けて茂みの中に逃げようとする達也に向けて、今度はルアーではなくディフェンスの選手が攻撃を仕掛けた。
 木を迂回しながら縦横無尽に駆け抜ける達也に、それを追うように緻密な操作がなされた空気弾が掃射される。

 いくら達也が忍術使いの教えを受けていて加速魔法を使用しているとはいえ、人間の脚力では魔弾の速さを上回ることは不可能。
 逃げきれないと判断を下した達也は、迷うことなく迎撃を選択した。

 引き抜いた銀の銃口を、イデアの世界を通して視た無色の弾丸へ向ける。
 対象を設定。五発の空気弾を同時に撃ち落とすのは不可能と断じ、致命傷になり得る三発のみを撃ち落とす。

 起動式が読み込まれ、魔法式が浮かび上がった刹那ーー

「見つけた」

 ーー達也の頭上から影が差し、そして無色の城壁が五発の弾丸の全てを受け止めた。

「…隼人か。助かった」

 達也に向け放たれたエア・ブリッドをファランクスで防ぎきった隼人はすぐ様木の枝を蹴って八高のディフェンダーに向けて腕を振った。

摩天楼(まてんろう)

 直後、下から巻き起こった風の奔流が八高ディフェンダーの体を吹き飛ばした。

「俺があのルアーを倒す。達也はレオ達の援護に行ってくれないかな?」

「分かった。気をつけろよ」

 達也が八高陣地内で戦闘を開始してから少しして、一高陣地も二人の八高選手に襲われていた。それを視た隼人はコード入力の勝利ではなく、敵殲滅による勝利にプランを変更したのだ。
 互いに頷き合って、隼人と達也は別々の方へ駆け出す。

 それから5分後、隼人が八高ルアーを、達也の援護により幹比古とレオが一人ずつ倒して試合は終了した。
 誰も予想していなかった、一高の勝利という結果を残して。



☆★☆★



 大多数の予想を裏切る形で勝利した一高天幕は歓喜と興奮に包まれていた。
 理由は言わずもがな、先程のモノリス・コードでの勝利だ。

 どうやらこの九校戦に選ばれている(一年を除く)メンバーは、一科と二科に拘る人間は少ないようで、皆、達也たちの勝利に喜んでいた。

 その様子に笑みを浮かべて、座っていた椅子から立ち上がる。次の試合は三十分後だが、隼人は少し外の空気を吸いに天幕から出た。


「ふぅ…」

 木の幹に体重を預け、そのままズルズルと地面に座り込む。溜息をついて目を閉じると、どこからか騒がしい声が聞こえてきた。

「また三高との試合で怪我人が出たのか!?」

「ああ。なんでも、三高のルアーの奴がヤバイらしくてな…超攻撃的なのに加えて、使う魔法は禁止規定ギリギリの高威力の魔法ばかりなんだ。おまけに、動けなくなった選手に追い討ちとして魔法を撃つだとか」

「なんだよそれ…そんなことして出場停止じゃねえのかよ」

「ルール違反ではないからな…運営側もなにもできないんだろうってさ」


(まったく、随分と物騒な人もいたものだね)

 それにしても三高か、と疲れ切った頭で過去の記憶を引っ張り出す。

「……紫道聖一…」

「クク…俺、になにか用か? 九十九、隼人」

 嫌な名を思い出し思わず漏らした呟きに、予想外の声が返ってくる。
 木の幹の向こうで体を硬くした隼人に、紫道は笑った。

「ククク……なぜ過剰な攻撃、をするのか、か?」

「………」

 幹の向こうからの無言の間を肯定と受け取って、紫道はくつくつと笑みを零す。
 ああ、こいつは一体なにを言っているのだろうかと。

「敵、だからに決まっている、だろう」

「なんだと?」

「お前も、分かる、だろう。それ、とも、『青の妖狐』は、敵に情けを、かけるか?」

 驚愕から一転、背筋が凍る程の殺気が、木の幹を挟んだ背中越しに伝わってくる。

「…知っていたのか。なら話は早い、エリナに何をした」

「クク、さあ、な。そう簡単に、こちらの手札、を見せて、やるものか」

 舌打ちが聞こえる。
 余程、理解者がいなくなったのが堪えたと見える。さて、これからどう遊ぼうか。

「なら、力尽くにでもーー!」

「まあ、待て。ここ、は一つゲームを、しようじゃない、か」

 膨れ上がった殺気を抑え込むように提案を持ちかける。
 さあ、受けるがいい暗殺者よ。

「お前達、一高と、俺達、三高。直接の、試合で、お前達が俺を戦闘不能に、できたら、教えてやる」

「……本当だろうな?」

「勿論。俺は、嘘吐きだが、この話に、関しては、本当だと断言、してやろう」

 そしてお前を徹底的に調べ上げてやろう。
 お前の能力、癖、思考、判断、直感、闘志、気力、沸点、総て調べ上げた上で、息絶えたお前をあの方へ献上しよう。

「さあ、どう、する?」

 バキリ、という音と弾け散る木片。
 傾けた首のすぐ横を、隼人の手が木を抉り取っていた。

「乗った。覚悟しておけよ、嘘吐き」

 底冷えする声で暗殺者は告げる。
 そちらが幾つ策を弄そうが、その悉くを凌駕した上で倒す。

 血走った黒い目と殺意を宿した紅い目。
 薄い笑みを浮かべる口に、硬く引き結ばれた口。

 上空には、暗雲が立ち込めていた。



ーーto be continuedーー 
 

 
後書き
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