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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第五話。異世界にある村

______ザクゥゥゥー。

俺がそう思った瞬間、再び激痛を感じた。
激痛を感じたのは右足。
一之江は左側にいる。
一瞬で光速移動でもしない限り犯行は不可能だ。
そして、その『一瞬』で移動できる能力を持つ人に心当たりがある俺はその人の方に視線を向けた。
一之江の方を見ると、『何もしてませんが何か?』みたいな顔をしている。
いつもの澄まし顔をしてくる辺り、一之江が限りなく怪しいが怪しいだけで動かぬ証拠はないので何も言えないな。
などとコント(?)をしていると。

「ど、どういう事なのっ⁉︎」

うろたえた音央の声が聞こえてきた。
訳も分からず突然異世界トリップしてしまったのだから、戸惑ったり動揺したりしても無理はない。
俺は二回目だから慣れたけどね。

「まあ落ち着いて下さい」

「え? あ、あぅ……」

一之江に突然握られて驚いたのか、音央は奇妙な吐息を零して大人しくなった。

「心配いりません。私より怖いものなど無いのですから」

自信満々に音央に告げる一之江。

「え、一之江さんより……?」

「はい。私はこう見えて、物凄くおっかないものなんですよ」

両手で音央の手を握り、薄く笑いながらそう言って見せた一之江。
動揺しつつも、握られた手と一之江の顔を見て音央は下唇を噛んでから尋ねた。

「ん……よく解らないけど、一之江さんはおっかないというより可愛いわよ」

「可愛いものほどおっかないんですよ」

荒かった息が少しずつ、落ち着いてきた音央を見ながら一之江はそう告げる。
なんだかんだ言って優しいんだよね。一之江は。

「安心して下さい……というのも難しいと思うので、今は私達に任せて下さい」

「…………ん、解ったわ」

不安なのか、眉は下がりっぱなしだが、それでも音央は頑張って小さく頷いてくれた。
音央の小さな手を右手で握ったまま、一之江は俺の方を向いて話しかけてきた。

「私が撮影担当になってモンジだけ入ればよかったですね」

「ああ……そうだったね」

そう、俺だけでも先に中に入ればいつでも一之江は入って来れるんだからね。
Dフォンがある場所ならどこでも一之江を呼び出せるのだから。
『呼び出した対象の背後に存在する事が出来るロア』。
それが一之江のロア。
『月隠のメリーズドール』なのだから。

……それに、一之江なら胸の先がラインを……。

「えい」

「痛い⁉︎」

左足を思いっきり踏まれた。

「どうして……」

「一之江なら胸の先がラインを超えたりする事もないからね、と思ったからです」

「一字一句あってるってどうなんだよ」

「おっかないでしょ?」

やっぱり心を読めたり出来るのか。一之江は。
だとしたらかなりおっかない存在だな。

「ま、過ぎてしまった事はさておきますよ。ぐりぐり」

「さておいてない⁉︎」

俺の左足をぐりぐりと踏みにじりながら、一之江は辺りを鋭い目つきをしたまま見つめた。
足を踏まれた俺はなってから時間がかなり経った事もあり、ヒステリアモードがかなり弱まってきた。
そのせいでつい命令口調で言ってしまった。

「誰かの気配を感じてはいるんだけどその他に気になる事とかあるのかな?
っていうか、そろそろ足どけろ!」

「そうですね、私も誰かの気配は確かに感じられます。何者かがいる、というのは確かでしょう。
んでもって、命令しやがりましたね、今」

「いいえ。愛しの我がお姫様。その美しくて綺麗な足をそろそろ私の足の上からどかしていただきたいのですが、よろしいですか?」

「よろしくてよ」

ようやく一之江が足をどかしてくれて、落ち着く事が出来た。
一之江が向けている視線の先に目を向けると、そこには一軒家があった。

「ロアでは……ないよな?」

「それはまだ解りません。ロアと人間の気配にほとんど違いなんてありませんから」

「うーん、敵意とかは感じないんだけどなぁ。
一之江も解ったりするのか?」

「ええ。私は敵意とか、エロい視線に敏感なので」

「そ、そっか……」

「なのでそういう視線で見ないで下さいね」

「……善処するよ」

「よろしい」

そんなやり取りをしていると、そこで音央が何か言いたそうにしている事に気付いた。

「どうぞ」

「あ、うん。……やたら慣れた雰囲気ね、2人共」

おずおずと尋ねた音央の声には、いつもの自信はなかった。
まあ、無理もないよな。
こんな非常識な目に遭って、ただでさえ動転しているのに、同行者はごく普通に事態を受け止めているのだからな。
大事そうに握ったままの一之江の手が唯一の頼みの綱なんだろうしね。

「事情は後で話すつもりだよ。俺もこういう事(非日常的な怪奇現象)には慣れてないんだけどね」

犯罪者とかを追いかけるのは慣れてるんだけどな。
まあ、前世で超能力者や鬼とかとも闘りあった事もあるから割かしら平気なんだけどね。

「う、うん(そっか、そうよね。よかった。モンジもやっぱ、普通の人なんだ)」

「まあ、念の為、俺と一之江の近くにいてくれ」

「解ったっ」

一之江の手を握ったまま、音央は俺の左側、すぐ近くまでやってきた。

……本当に心細いんだろうな。
いつもは強気な音央が不安いっぱいな困った顔で一之江と手を繋いでいる姿を見ていると、すぐに安心させてやりたい、という気持ちになった。

「モンジ。Dフォンはどうですか?」

一之江に言われた俺はDフォンを取り出してみた。

「さっきは赤く光って熱もあったけど、今はなんともないな」

「危険は無いっていう事かもしれませんが……魔女の時も反応薄かったですからね」

だから油断は出来ませんよ……という声が聞こえた気がした。

「今思えば、誰かさんの時が一番怖かったよ」

「私ったら最恐ですからね」

「得意げだなあ」

最強じゃなくて、最恐という辺り都市伝説っぽい感じがするね。
それにしても______村かぁ。
山の中に作られた小さな村。隣家までの距離は遠く、砂利の道が続いていて夜が近いからか、街灯には灯りが灯っているが、光が当たらない大部分は闇に覆われている。
周囲にある広大な土地は一見すると田園地帯のようだが、田んぼや畑に利用されるわけでもなく放置されている空き地も数多く存在しており目立っている。
過疎化している事を除けば平和なド田舎。
それが今俺達がいる場所だ。
ここが噂の『人喰い村』だなんて、いまいち信じられないな。

「ん?」

しかし……何故だろう?
なんとなく、辺りの光景にデシャヴ……既視感を覚えた。
俺はどこかで、この風景を見た事がある。いや、そんなはずは……。
それとも一文字が……俺が知らないだけで似たような場所に行った事でもあるのだろうか?

「どうかしましたか?」

首を傾げて不思議そうに、一之江が尋ねてきた。

「いや……なんかデシャヴを感じたんだ、この風景に」

「あ、あたしもなんか……見覚えあるような、ないような……」

おずおずと挙手しながら音央も告げる。
まだ戸惑いが強いのか、仕草は控えめで。

「ふむ?」

改めて辺りを見回した一之江だが、やがて首を傾げた。
その様子から察すると、彼女には見覚えがないらしい。

「ねえ、モンジ?」

「ん?」

「本当にここって、怖い村なのかな?」

一之江の手を握りつつ、釈然としない顔をして音央が言った。
見覚えがある、というのもあるだろうが……確かに、今の俺は恐怖よりも長閑さ(のどかさ)を感じてしまっている。

「まだ解らないね。だけど……今すぐ危険っていうわけでは無いみたいだよ」

「ん……そう、ね……」

そう返事をしつつ、辺りを見回しながら音央は首を傾げていた。
もしかしたら見覚えがある、という感情が一時的に恐怖を和らげているのかもしれないしな。

「で、村に入りましたが、これからどうしますか?」

一之江は再び俺の顔を見て尋ねてきた。
あくまで決定権は俺にある、という事か。

「そうだね。まずは本当に出られないかどうか調べてみよう」

俺達がここに来た理由は『ロア』を調査すること。
だけど……。

「それから、どうするつもりですか?」

一之江が尋ねているのは、そういう事ではない。

「俺の『物語』だったら手に入れるし、そうでなかったら……」

「なかったら?」

俺を見つめる一之江の視線は鋭い。
生半端な返答では満足しないだろうな。
だから俺は覚悟を決めた。

「もし、そうでなかったら……」

覚悟はしても、まだ迷いはある。

______ロアを、倒して。消してしまっても本当にいいのだろうか?

その判断を俺がしていいのだろうか、とか。
大切な人を守る為に、いざとなったら俺は戦えるのだろうか、とも。

そう思う自分がいる。

何もしないで仲間や大切な人が傷つく姿を俺は見たくない。
出来る出来ないじゃない、立ち向かえないのが一番駄目なんだ。

そう思う自分もいる。

俺は前世で経験してきた様々な出来事を思い出す。
今思えば辛く、苦しく、時には絶望したりして、何度諦めかけたり、何度死にかけたり、そういう大変な目に遭ったか。
一度は絶望し、普通の生活を送って一般人として過ごしたりもした。
そんな『普通』に馴染めず、本当の自分の居場所に戻ったりもした。
自分よりも遥かに巨大で、強力で、凶悪なヤツらに挑んだりもした。
だけどそれでもなんとか諦めずにやってきたんだ。

武偵憲章10条。
『諦めるな。武偵は決して諦めるな』

だから……俺は覚悟を示す。

『そういった事から逃げない』のが、主人公をするのに一番必要な素質だと俺は思うから。

「そうでなかったら?」

「相手が諦めて大人しくなるまで、何度でも戦って説得するよ」

本当なら『このロアを退治しよう』の方が正解なのかもしれない。
だけど俺は相手を倒す事には賛同できても、相手を殺す事には賛同できない。
それにロアは女性の方が圧倒的に多いみたいだし。
女性に乱暴な事はあまりしたくないからね。

「……80点ですね。まあ、そんなもんでしょう今は」

一之江は俺の迷いを把握し、溜息交じりにそう言ってくれる。
呆れているわけではない。
早く成長しろ、とそう言っているんだ。

「ありがとう、一之江」

「構いません。貴方には早くすげえ『主人公』になって貰わなければなりませんが、焦っても自滅するだけですので。
それに、その手のメンタルケアはキリカさんにお任せです」

「……『主人公』?」

俺達の会話を聞いていた音央が不思議そうに、おずおずと尋ねてきた。

「ああ、深い話は……無事に脱出してから話すよ」

「出られるの?」

そう疑問に思うのも無理はなかった。

「出るんだよ。どんな手を使ってでもな」

脱出不可能ではないんだ。

『8番目のセカイ』には確か、こう書かれていたはずだ。



『二度と出る事が出来ないかもしれません』

……ってな。

つまり、『絶対に出られない』ではなく、『出る事が出来ないかもしれない』である以上、『出る事は出来る』んだ!
まあ、確証はないんだけどね。

「少し歩いてみようか」

「解りました」

「う、うん」

俺が歩き始めると、俺の横を一之江がスタスタ歩き、音央は俺の服の裾を摘んでついてきた。





2010年6月1日。富士蔵村。


しばらく歩いていると、広い駐車場のある二階建ての建物に辿り着いた。
辺りはもうすっかり暗くなっていて、街灯が弱々しく道路を照らしていた。
空には、いつの間にか雲がかかっていて、どんよりとした無色の空になっていた。
一雨降ったりしそうだが、こういう異世界の村でも雨っていうのは降るものなんだな。

「ええと、自治会館かな?」

音央が目の前にある建物を見て呟いた。
入り口の所には『富士蔵村自治会館』とある。

「そうみたいですね」

そう頷いた直後______。

「んっ……」

一之江が両手を広げ、俺達を庇うようにして身構えた。
人影⁉︎
狙撃手か⁉︎

「何を⁉︎」

「ごめんよ」

俺は咄嗟に一之江に抱きついた。
一之江に抱きつきながら片手で『弾をキャッチ』するつもり、で一之江の前に右腕を出して構える。

「ど、どうしたの?」

音央が不安そうに尋ねていたが、一之江の視線の先。
______自治会館の二階の窓。
そこに、俺達の事を見ている人影があった。
狙撃手かと一瞬思ったが違った。
よくよく考えてみれば狙撃手が人前に姿をあらわすはずはないしな。
人影を見るとその姿は……小さな子供。
男の子と女の子だった。
その2人の子供が、興味深そうな顔をして俺達を見ていた。

「子供……?」

音央は一之江の手だけではなく、俺の服も強く握って呟いた。
男の子と女の子は、そんな俺達を見てニコニコ笑うと。
そのまま、建物の部屋の奥に走り出して引っ込んだ。

……降りて出てくるつもり、だろうか?

「警戒だけはしておいて下さい」

「解った」

Dフォンは熱くなっていない。
とはいえ、直接的な危険ではない可能性もある。
警戒して損はない。

やがて、建物の入り口から、片手に白い傘を持った赤いワンピースを着た少女が出てきた。
歳は俺達と同じか、やや下くらいかな。
そして……その少女のすぐ後ろには少女の背に隠れているさっきの子供達の姿と、赤いワンピースの少女から2、3、步離れた位置に、見覚えがありまくるセーラーメイド服を着て、金色の髪を腰まで伸ばし、頭にしているヘッドドレス(ホワイトブリム)から犬耳を隠さずに出している……困ったメイドさんの姿がそこに在った。


「ほんとだ、3人いるね?」

「わあ! なんてモーイ(素敵)な方々なんでしょう?」 
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