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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第ニ話。富士蔵村の噂 前編

 
前書き
今回の話の教訓。

口は災いのもと。

では、どうぞ。 

 
血相を変えて走ってきたのは、やっぱりアランだった。

「丁度良かった、アラン。境山の噂を何か知らないか?」

抗議をスルーして尋ねてみるが、アランは俺にイライラしているみたいだ。
プイッ、と顔を背けられた。

「何で僕がお前にそんな事を話さなくちゃいけないわけ?」

ヤレヤレ。
不貞腐れてしまったようだな。
仕方ない、べらべらと話したくなるようにしてやろう。

「キリカ、キリカ」

小声でキリカを呼び、ツンツンとその腕をつつく。
キリカはうん、と頷くとアランの方に体を向けて囁いた。

「アランくん、何か知らないかにゃ? それと、一緒に御飯食べよ?」

「このアラン、キリカさんの為ならなんなりとお答えしましょう」

変わり身早えな!
白雪に対する武藤みたいな変わり身の早さだ。
アランはすっごく嬉しそうな笑顔で学食で買ったパンの袋を開けている。
その姿を見ていると、憎めないヤツだな、と思ってしまう。

「んで、アラン。何か知らないか?」

「おう!」

すっかり上機嫌だ。
アランの目は今、ぽそぽそと小さな口で御飯を食べている一之江の方に向けられている。すっかり鼻の下を伸ばしている辺り、あのお人形さんのような清楚な食べっぷりにドキドキしているんだろうな。
うん、イケメンの顔が台無しだな。
以前、キリカが言っていたが女子からのアランに対する評価は『アランくんって顔はいいよねー』というものらしい。
顔は……って、女の子って怖いな。
そんなアランだが、本人はそう言った周囲の評価に気づいていないようだ。
うん、残念なヤツだな。

「『境山ワンダーパーク』の辺りに、村があったって噂、知ってるか?」

「あん? 境山にあった村って、『富士蔵村(ふじくらむら)』の事じゃねーの?」

「フジクラ?」

「なんだ知らないのか。有名だぜ、富士蔵村」

「いや、俺の記憶にはないな。境山の事はあまり知らないんだよ」

一文字疾風の記憶には、境山についてはほとんどない。
境川についてならそれなりにあるみたいだが。
一文字の家からだと境山に行くより境川に行く方が近かったようだ。

「アランくんは山育ちで、モンジ君は川育ち、みたいな感じなんだ!」

キリカが面白そうな顔をして尋ねてきた。

「やっぱ、男は高い山を目指さないといけないわけだよ、キリカさん」

アランが俺の方を向いて、ニヤっとした顔で言ってきた。
山育ちじゃないと思って馬鹿にしてるのか?
よし、なら受けてやろう。
ヒステリアモードの俺は、アランの言葉を鼻で笑いながらキリカに告げた。

「いやいや、雄大な川の流れのように落ち着きを持たないとな、キリカ」

「あははは! 私は山も川も好きだよ?」

キリカが屈託なく笑ってくれたので、アランと俺はそれでいいか、とお互い納得した。
美少女が笑ってくれればいい。
それがヒステリアモードの俺とアランの共通認識だ。

「で、アランくん。どんな噂だったの?」

「えーと……そうだな」

アランは視線をうろつかせた。
こいつは外見こそアメリカとかイギリスの人だが、生まれも育ちもこの街なので、幼い頃の記憶は、この街での記憶なのだ。

「小さな頃は、夕暮れ時にワンダーパークで遊んでいると、富士蔵に連れて行かれて帰って来れないぞー、って言われてたんだよ」

一之江の眉毛がピクッと一瞬だけ反応する。
しかし、食べるテンポは一切変わらない。
キリカはキリカで、一瞬だけDフォンをしまった胸元に手が触れていた。
2人が反応したのも、無理はない。

______今の話だけでも、かなり符号は一致していたからね。

「でも小さい頃はさ。実際あの辺りに村なんかないから、よくある母さんとか先生達の『夜まで遊んでいると怖いよ』系の話だと思ってたわけよ。でもなんとなーくおっかないから、その時間には近寄らなかったんだ」

アランは昔を懐かしむかのようにそう告げる。
なるほど。
そういう意味では、その噂はきちんと子供達を守っているものだったんだな。

「ねえ、アランくん。他にはその村のお話、なんかないの?」

「キリカさんが求めるなら、僕は何だって出しちゃいますよ」

「うんうん、いっぱい出してねー」

「ぶふっ」

アランが撃沈した。
鼻を押さえて蹲った。
キリカの言葉はアランには刺激が強すぎたようだ。

「ん?」

キリカは解っているのか、解っていないのか、いつものようにニンマリしている。

……小悪魔的な魔女の本領発揮な場面だった。

「ほらテイッシュだ、アラン」

「サンキュー、相棒」

とりあえずテイッシュをくれてやると、鼻に詰めて礼を言うアラン。
しかしイケメン外国人が鼻にテイッシュを詰めている姿は、いかにもシュールな光景だな。

「その村は、えーと、なんだっけな。小学生の頃は色々噂があったんだけどなあ……」

「そうなのか?」

「うむ、同じ小学校のヤツなら僕より詳しいかもしれん」

「誰がいるんだ?」

あいにく、アラン以外に境山育ちの知り合いに心当たりはない。
なのでアランに他に知っている人を尋ねると意外な人物の名前が挙がった。

「お前の知り合いだと、音央たんが丁度同じ小学校だぜ」

「アランと音央は知り合いだったのか」

「フッ、僕はクラスが一緒になった事はないから『隣りのクラスの可愛い子』止まりで面識などない、しかも、どんどん可愛いく、スタイルも凄い事になっていったからな。
僕は遠くから見ているだけで満足してしまったのだ!」

自信満々に語るアラン。
つまり、チキンな性格だから、美少女に話しかける甲斐性はなかった、って事だな。
今でこそキリカや一之江に話しかけているが、それは俺が近くにいるからであって、アラン単独だと足踏みしてしまうという意味だな。
顔はいいのに……残念なヤツだな。

「僕が出せるのものだとこんなモンかなあ」

アランはまだ何かを考えている。
多分、そういう親のいいつけを守って、のびのびと育ってきたんだな。
そんな事を考えていると______
キリカがアランに向かって、左手で髪を抑えながらウインクしていた。

「そうなんだ、いっぱい出してくれたね、アランくん!」

あっ、コラ! そんな風に言ったら……。

「ぶふっ!」

アランが再び轟沈した。
キリカを見るとその顔がニンマリしている事から、ああ、これはわざとだ、と理解できた。
この魔女っ子、マジ恐ろしい子⁉︎

「ん?」

「…………」

不意に一之江の方を見ると彼女は、箸を止めてじっと虚空を見つめていた。
______何か考え事をしているのかな?

レキみたいに風と交信とか、してないよな……。

その難しそうな顔を見つめていると、俺の中で一抹の不安が湧き起こった。











2010年6月1日午後16時50分。 夜坂学園生徒会室。

「失礼します!」

放課後になり、俺達は、詩穂先輩と音央がいるであろう生徒会室のドアをノックした。

「はーい、入っていいよん♪」

ガラッとドアを開けると、そこには我が学園の生徒会長、七里詩穂先輩がいつものように、ニャパーという笑顔で待ち構えていた。
その横には、気が強そうな顔をした音央が立っている。

「あはっ、いらっしゃい、モンジくん! みずみず!」

「うん、いらっしゃい」

「お邪魔します」

見る人全てを包み込んでくれるような笑顔の先輩と、見る人を萎縮させてしまいそうな強気な音央の視線。会長と副会長で、中々バランスの取れた2人に見えた。

「……やはり、みずみず、って言いにづらくありませんか?」

みずみずこと、一之江瑞江は先輩に会うたびにそう抗議している。

「うふふ! そこがチャームポイントだよ♪」

「そうだぞ、みずみず」

「殺しますよモザイク男」

「人をいかがわしいもののように呼ぶな!」

「はいはい」

ヒステリアモードがすでに解けている俺は一之江に抗議したが、一之江は澄まし顔で受け流しやがった。反論したいが言うだけ無駄なので先輩に話しかける。

「そして、ついでに言うと俺の名前は一文字疾風です、先輩」

「うふ。いらっしゃい、疾風……♪」

語尾にハートマークが付きそうなくらい情感たっぷりに俺の名前を呼ぶ先輩。
思わずその姿にドキっとしてしまう。
途端、身体の中心に血流が集まるあの感覚が再びしてきた。

(くっ、静まれ! 俺の血流!
こんな所でヒステリアモードになってみろ! 大惨事を引き起こすぞ……耐えろ、俺!)

「ど、ドキドキがヤバイので、モンジでいいです、ハイ」

「あは、了解、モンジくんっ」

この世界でも俺は年上に弱いみたいだ。
生徒会室に来たのは結局、俺と一之江だけだ。
キリカはアランが暮らす町に、聞き込みなどの調査をしに向かった。
1人で大丈夫なのかを尋ねたが、『こういうフィールドワークは任せて!』と楽しそうに返事をしていた。
アランも誘ってみたが、彼奴は怖がって『僕は怖い目に遭いたくない!』と、きっぱり断った。
きっぱり言い切れるあの態度が羨ましい。
幼少時代の親の教育が行き届いているようで安心した。
まあ、俺だって出来れば厄介事や怖い目には遭いたくないのだが、『主人公』という存在である以上、避けては通れない。

「モンジと一之江さんだけなのね。キリカちゃんは?」

俺や一之江に座るように促しながら音央が不思議そうな顔をした。
他の生徒会メンバーは来てないようで、俺達は適当な席に座った。

「キリカは情報収集が得意なんだ。だから別行動で調べてくれてるんだ。
それとモンジって言うな!」

「ふーん、役割分担があるのね」

文句に対してはさらりとスルーしやがった。
しげしげと腕を組んで俺達を見る音央。
無理もない、一之江が転入して来てからまだ少ししか経っていないからな。
別に同じ部活でも同好会に入っているわけではない。
それなのに、チームワークみたいなものがあるのが不思議なんだろう。
だが、一緒に遊んだ事のある先輩はごくごく自然に受け止めてくれた。
きっと前回の頼み事を果たした件でそれなりの信頼を寄せて貰えているのだろう。

「今日はモンジくんとみずみずが調べに行ってくれるの?」

会長席から身を乗り出すようにして、眉を寄せて心配そうに言ってくる先輩。

「ええ。まあ、はい」

詩穂先輩は、座っていた椅子から立ち上がった。

「実はワンダーパークで神隠しになっちゃう、っていう噂が学校内で流れててね」

そして、背後にあったホワイトボード、そこに書かれていた『ワンダーパークで神隠し!』という表題と、そこについている矢印の先にある『超怖い!』という文字の前に立った。
まるでその文字を背に隠すように。
うん、先輩が怖がっている、というのは確かなようだな。

「その噂ならちらっと聞きました」

昼休みに調べたばかりだからな。

「日没と同時に入ると、神隠しに遭っちゃう、みたいなお話なの」

先輩は胸の前で指を合わせて、しょんぼりした顔をした。
俺は先輩の顔を見ようとして、ついつい視線がその胸元にいってしまった。

(うっ、で、デカイ……。おそらくメーヤ級の大きさだぞ。
軍艦で表すなら、原子力空母級のたわわな胸だ。弩級戦艦胸を持つ、音央を上回っているな)

そんな事を思ったその時だった。
突然、左足に激痛が走った。

「痛だっ⁉︎」

「どうしたのよ、いきなり変な声をあげて」

「いや、今、左足を踏まれたみたいな激痛が……」

やったとしたら、一之江だろうが……しかし一之江は俺の右側に座っている。
犯行は不可能だ。

「踏まれた?」

「……何でもない」

気のせい……だよな?

「つまり、俺達でその『神隠し』の調査をして欲しい、と。そういう事ですね?」

痛みに耐えながら先輩に尋ねると、音央が自分を指差し……。

「モンジとあたしでね。一之江さんも色々詳しいみたいだから、いてくれればそりゃ心強いけど。ちょっと今からワンダーパークに様子を見に行くって感じよ」

予想通り、音央は自分で行こうとしていたな。
まあ、勝手に行かれるよりか数倍マシだけどな。

「はあー、わかった。行って、何もなかった、だから安心だよ、っていうのを広めたいんだな?」

「そーいうこと。ここからワンダーパークまでちょっと距離があるから、途中でタクシーでも拾って行かないといけないけどね。日没と同時に何かあるっていう話だし」

タクシーか。財布の中身大丈夫かな。
こっちでも金欠気味だからな。

「私のよく利用するタクシーがありますので、それを使いましょう」

一之江が小さく手を挙げて提案してくれた。
一之江が利用するタクシー……また、あのタクシーか。

「あれ、いいの、一之江さん?」

例のタクシーの事を知らない音央が不思議そうに聞く。

「ええ。問題ありません。私の家はご覧の通りお金持ちです」

未だに蒼青学園(そうせい)の制服を着ている一之江はそう告げた。
裕福なご家庭の御子息、御令嬢が通うことで有名な学園のその制服は、この上ない説得力を持っている。
因みに、何で未だに蒼青学園の制服を着ているのか、一之江に尋ねてみたところ。
蒼青学園の制服を1人だけ着ていることで、周りに『噂されやすくなるから』だそうだ。
謎の転入生という立場は様々な憶測を呼ぶらしく、それが広がり『月隠のメリーズドールってもしかして……』のように広がれば、その存在は強固になる、ようだ。
適度に噂されれば存在性をアピールできるからな。


「っていうわけなので、俺達は早速行ってみます」

俺がそう言うと、詩穂先輩はトトトッ、と小走りに走ってきて。
ぎゅっ、と俺の手を両手で握った。

(うっ、マズイ……ヒスる⁉︎)

「ごめんね。皆んなが怖がっているから、何もないよーって言えるように調べてくれるだけでいいの」

「うおっ、あ、はい」

先輩の温かい手が、俺の右手を握ってくる。

「モンジくん達が危ない目に遭うのは嫌なんだけど、頼りになる子がモンジくんしかいなくて……」

そして、先輩はあろうことか、俺の手を自分の胸元に寄せた!

「っっっ⁉︎」

胸に触れるか、触れないか、の位置……柔らかさを堪能出来るわけではないが、その布の先はいわゆる先輩の胸なわけで……。

「か、会長っ!」

「うにゅ?」

音央が赤くなって抗議し、そっちに先輩が体を向けた弾みで……。

むにゅ。

「っっっっっっっっっっっっ‼︎」

(デ、デカイ⁉︎ やっぱり原子力空母級はある……って馬鹿!
何考えてんだ、俺は⁉︎ ま、マズイ……来た。ヤツがくる、ゾ)

______ドクンドクンドクドクドク。

また、なっちまった。

しかし、この感触は、凄まじい。
俺の右手は楽園に到達していた。
右手が触れた禁断の世界。そこは柔らかく、温かで、程良い弾力を持ちながら、制服越しにも伝わる心地よさをもっていて……。
女性の胸をあまり物に例えたくないが、戦艦に例えるなら、詩穂先輩、原子力空母級。音央、弩級戦艦。キリカ、戦艦。一之江、ゴムボ……。

ザクゥゥ‼︎

「切り落とされた⁉︎」

あまりの激痛に左足が切断されたかと思ったほどだが、足はなんともなかった。
一之江はあくまで俺の右側にいる。
左足を鋭利な刃物で刺すには、かなりの高速移動が必要だ。
もしくは、あれだ。居合とか。

っていうか、あれか、一之江は胸の大きさとか気にしてるのか?
俺が痛い目に遭うのは、そういうタイミングだよな。
というか、何故解ったんだ。
一之江のロアには、相手の心を読む能力とかもあるのだろうか?
一之江なら何でもありそうで怖い。

「わっ、どうしたの?」

「ここにいると、どうやら俺の左足は殺されるみたいです」

「わっ、大変だねっ!」

先輩は大慌てで俺の手を離して、肩に触れてくれた。

「それじゃあ、行ってらっしゃいだね、モンジくん?」

「はい、一番怖いのは都市伝説よりも身近にある、というのがよくわかりましたよ」

「ふぇ、そうなの?」

そうなんです。

一之江は素知らぬ顔をし続けている。
音央はそんな俺達の様子に気がついたのか、苦笑いをしていた。

「本当に気をつけてね?」

「大丈夫ですよ」

「まあ、お任せください。少なくとも音央さんは無事に戻します」

俺が席を立つと、一之江も席を立ち上がった。

「俺は?」

「足がもげないといいですね」

「もぐなよ⁉︎」

「あはは、みずみずとモンジくんは相変わらず仲良しだねっ」

安心したような笑顔で、詩穂先輩は俺達を送り出してくれた。 
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