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FOOLのアルカニスト

作者:刹那
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雷鋼の目的

 「ほう、生き残ったか。正直、もう駄目かと思ったぞ」

 ベルベットルームから帰還し、現世で覚醒した透真を出迎えたのは、雷鋼の不穏な言葉だった。

 「生き残った?死んだとしても蘇生魔法があるはずだ。今までもそうだったし、今更一度や二度の死が何の問題となるというんだ?」

 そう、死ぬなどこの一年日常茶飯事だったのだ。今更すぎる雷鋼の言であった。

 「今回のは、今までとはわけが違う。これで死ねば魔法をもってしても、蘇生できぬ。なんといっても魂が壊れるのだからな。お前がどれだけの間、眠っていたか理解しておるか?」

 「精々一日だろ?長くてもそれくらいのはずだ。今までもそうだったし、それより魂が壊れるってどういうことだよ?」

 雷鋼の不穏な発言に些か語気が荒くなる透真。

 「そういきり立つでない。説明はしてやろう。それから間違いも訂正しておこう。お前が寝込んだいたのは一週間じゃ」

 「一週間?!どうりで妙に体が重いと思った……。だけど、その割にはこの凄まじい倦怠感と疲労感はなんだ?とても、ずっと眠っていたとは思えない。むしろ、フルマラソンしてきたと言われた方が納得できるぞ」

 思いがけない事実を聞かされ、動揺する透真。言われてみれば納得できる事もある。どうにも体が重いような気がしていたのだ。一週間も寝ていれば、確かに体も衰えるだろうし、重く感じるのも無理もないだろう。
 だが、一方で納得できないこともある。長期の睡眠をとったにもかかわらず、全身を支配する凄まじいまでの倦怠感と疲労感だ。正直、気を張っていないと今にも倒れそうだった。恐らく、これこそが魂が壊れそうになったことと関係があるのだろうと透真は考えていた。果たして、その考えは当たっていた。

 「うむ、無理もなかろう。なにせ、入念な準備を施していたとはいえ、頼光様の心血をその身に容れたのじゃ。適応しきれずに肉体どころか、魂ごと弾け飛ぶ可能性すらあったのじゃからな」

 雷鋼は当然のことのように重々しく頷き、洒落にならない爆弾を落とした。

 「頼光の血って、あんたなにしてくれてんだよ?!新しい力、宿り血ってそういうことかよ!というか、肉体はおろか魂も弾け飛ぶようなことを、人様の体に勝手にやるなよ!」

 「ほう、その口ぶりだと、お前は自身に新しい力が備わったことを理解しているようじゃな。しかも、その原因が血であることすらも、儂が説明するまでもなく理解していたようじゃな。
 しかし、不思議じゃのう。お前は今の今まで、意識を失っていたはずよのう。施術中に意識を取り戻した様子もなかったしのう。お前はどこでそれを知ったのじゃ?」

 「そ、それは……」

 思わぬ爆弾を落とされて、動揺からまずい失言をしてしまったことを自覚する透真。だが、今更悔やんでも覆水は盆に返らない。どう言葉を返したものかと言い澱む透真に、雷鋼から再び爆弾が落とされる。

 「ふむ、察するにベルベットルームとやらか?広坊に拾われて寝込んでいた時も、そうじゃったようじゃしな」

 「なっ?!」

 今度こそ、透真は先ほどとは比較にならない最大級の驚愕と警戒をもって、雷鋼を見つめる。その目には知られてはならないことを知られた恐怖と、どうやって知ったのかという疑問で彩られていた。

 「何を今更驚いておる。お主の事情など、初日に術をかけて全て把握済みじゃ。そうでもなければ、儂が正体不明の小僧に手ほどきなどしてやるわけがなかろう」

 「……」

 秘匿していた事がすでに把握されていたことに言葉もない透真。

 「大体、おかしいとは思わなんだのか?お前への課題が、どれも幼子にはきつすぎるものだということを。普通の子供なら、とうに狂うか諦めておったじゃろうな。あれは、お前の中身がすでに死を知り、30近い大人だと知っておったがゆえにできたことよ。そうでもなければ、いくら儂でもいきなり弟子を潰すようなことはせぬよ」

 「知っていたからこそかよ!」

 「そうじゃ。それにおかしいとは思わなんだか。儂がお前のペルソナになんの驚きもせず、それでいて有効な攻撃しかしないことを。全てはお前のことをその異能に至るまで把握していたからにすぎん」

 「なんだと……。今更すぎるが、よく考えてみれば、くそっ!」

 言われてみれば、思い返すと色々腑に落ちなかったことが納得できる。それは、初めて見せたはずのペルソナになんの驚きも見せなかったことや、初めからホテイの弱点属性である水属性を用いてきたのことなど多々ある。むしろ、なぜ今まで気づけなかったのかと、己の不甲斐なさに歯噛みする透真。

 「理解したようじゃな。じゃが、悪く思うなよ。儂としても、氏素性もわからぬ爆弾のような異能持ちを懐に抱えるわけにはいかぬからのう。それになにより、お前が儂の目的に適う者であるのか知る必要があったからのう」

 「合格といっていたはずだが?」

 「あれはあくまでも肉体的な意味で、最低限の合格ラインにあるといったに過ぎぬ。そして、最初の課題は、お前にどの程度の知恵と精神力があるか見たのじゃ」

 「なるほどな」

 「お前がそれすらも合格した為に、儂はお前を知る必要があった。儂の目的のために」

 「あんたの目的?」

 「そうじゃ。今は全てを明かせぬが、施術のためには必要なことじゃった」

 「施術?一体俺に何をしたんだ?」

 「そんな大したことではない。ただの輸血じゃ」

 「輸血?そりゃあ血液型調べる必要があったなら、俺の意識がなかったし、仕方ないかもしれないが」
 
 「血液型?そんなもん問題とならんわ。儂は仙術を極めとるんじゃぞ。そんなものいくらでも誤魔化せるわい。知りたかったのは、魂とお前の力の根源じゃ」

 「魂と根源?」

 「そう、必要じゃった。お前が前世持ちであることは聞いておったからな。神魔の転生体じゃ、儂の目的にはそぐわぬからのう。広坊は違うと言っておったが、あ奴は半端者ゆえ甘い。下手をしなくても、お前の言をそのまま信じていそうじゃからの。はっきり言って、信用できん。実際には、転生体というよりは、憑依とも言うべきもののようじゃったがな……。まあ、結果的に成り代わっている以上、転生と言っていいのかもしれんがのう」

 「成り代わっただと!」

 透真にとって、大きな傷となっている出来事である。反射的に頭に血が上る。

 「ふん、結果的にというたじゃろうが。それに、お前が望まなかったにせよ、客観的に見ればその通りじゃろう。図星を突かれたからと言って、一々喚くでないわ」

 「くっ、あんたに何がわかる!」

 「分かるはずなかろう。分かりたくもないわ。大体、他者の心の中など、誰にも理解できぬものだ。お前が、トウヤの気持ちを分かりかねたようにな」

 「……」

 未だにトウヤの真意がどこにあったのか透真には理解出来ない。ペルソナが必要だったにしても、トウヤがペルソナになる必要はなかった。二人でいたいというならば、トウヤの代わりに己がペルソナになれば良かったのだから。なぜ、何の相談もなく、己を犠牲にする道を選んだのか、疑問でしょうがない。トウヤの真意が、現実からの逃避、悲惨すぎる人生からの逃亡であったことなど夢にも思っていないのであった。ゆえに透真には、口を噤むことしかできない。

 「ふん、言葉もないか。話を続けるぞ。
 結果、儂はお前が目的にそう素体であることを認めたのじゃ。その上で、儂は前準備として、儂の血を輸血した。幸い、血液型は同じじゃったしのう。余計な手間はかけずにすんだかららくなものじゃったわい。お前は覚えておるか?最初に課した課題の後に己がいつ目覚めたのか?」

 「翌日じゃないのかよ?」

 「違うな、お前が目覚めたのは四日後よ。すなわち、お前は3日間眠っていたのだ」

 「どういうことだよ?確かに重症は負っていたが、致命傷はなかったはずだし、仮に死んだとしても、魔法で蘇生させるはずだろ。いくら最初だからといって、あんたが3日も俺を寝るだけにしておくとは思えないんだが……」

 「言ったであろう、前準備として儂の血を輸血したと。約1000年間に研鑽し限界まで鍛えあげられた『鬼斬り』の血を、常人が受け容れてただで済むわけがあるまい。お前は三日三晩自身の肉体と魂の拒絶反応で苦しみ抜いた挙句、一日かけて我が血を己がものとしたのだ」

 「なんだって……」

 明かされる驚愕の事実に透真は言葉もない。

 「それが最初の施術だ」

 雷鋼の言葉に暗に含まれているものに気づき、驚愕は更に深まる。

 「待て、最初だと!それじゃあ、これまでも何度も?」

 「その通りだ。いくら魔法でも、失われた血液まで完全に補えるわけはない。ある程度は可能だが、致命傷レベルの出血量までは、不可能だ。その度に儂の血をお前に輸血した。お前は鍛錬の成果で、蘇生から覚醒するまでの時間が短くなった勘違いしていたようだが、それがないとは言わんが、実際には儂の血への拒否反応が短くなっていたに過ぎぬ。そして、この一年間で、お前の血は完全に『鬼斬り』の血に染まり、お前の肉体にも適合した。後は、お前が常人の限界LVまで到達し、単独で悪魔とも戦えるに足る実力を身につけるまで待つだけだった……」

 「それじゃあ、あの高速召喚で?」

 「そう、あれで時は来た。儂は、前準備が完全に整ったと認識し、気絶したお前に最後の施術を施した」

 「なにを、なにをしたんだよ?!いや、待てよ。あんたの血は前準備だといったな。じゃあ、今回輸血したのは……!」

 知らぬ内に自身の血が得体のしれないものに変えられ、肉体すらも作り替えられていると聞いて透真は言い知れぬ恐怖を感じた。そして、雷鋼の口振りからすれば、最後の施術はもう終わってしまっている。そう、雷鋼は最初に言ったではないか、何をしたのか。何者の血を己に入れたのかを。

 「そう、やることはこれまでと変わらぬよ。ただの輸血じゃ。ただし、輸血するものは、儂の血ではく、我等が祖の主君たる頼光様の心血じゃったがな」

 「頼光様って、源頼光かよ?!そんな昔の人の血がよくぞ今まで残ってたな……。いや、そんな事より『心血』ってなんだ?」

 「『心血』、それはすなわち心臓の血よ。頼光様はかつて酒呑童子討伐の折、酒呑童子の心臓を貫いたままの刃で、自身の心臓をも貫き、自身の魂をもって酒呑童子の魂を封印されたのじゃ。その時、頼光様より、『童子切安綱』と共に両者の心臓を託されたのが、我が先祖であり四天王筆頭であった『渡辺綱』様よ。綱様は『童子切安綱』にかけられた呪いを心臓と共に兄弟刀に移した上で、『童子切安綱』を頼光様のお子へと託し、自身は2つの心臓の管理人となり、仏門へ入られた。一方で頼光様と四天王の家系にかけられた酒呑童子の呪詛と怨嗟を一身に引き受けられたのじゃ。
 そうして、代々渡辺の家系は酒呑童子の呪詛と怨嗟に苦しめられながらも、心臓と呪いの塊となった兄弟刀を守護してきたのじゃ。心臓は時を経るごとに兄弟刀に呪いと共に吸収されていき、一族が引受けた呪詛と怨嗟は、歴代の『鋼』の血と魂によって相殺してきた。
 ところが、この約1000年にも及ぶ守護の期間に生じてしまった物があった。それこそが、酒呑童子と頼光様の心臓から流れ出る血液。今や、お前の中に流れる『心血』の正体よ」

 「ちょっと待て、頼光の血だけじゃないのかよ!それって、酒呑童子の血も混ざってるだろ。明らかに!」

 「頼光様と呼ばんか、この愚か者が!お前の言う通り酒呑童子の血も確かに混じっていようが、頼光様の血が酒呑童子なのに負けるものか!」

 「ちょっと待て。あんたらが、主君を美化するのは勝手だが、俺を巻き込むなよ!相手は日本三大悪妖怪『酒呑童子』だぞ。そんな保証がどこにあるっていうんだよ!」

 「心配いらぬ。なぜなら、歴代の『鋼』は例外なく心血を受け容れておるからの。他ならぬ儂自身もそうじゃ」

 「え、本当に?」

 「うむ」

 流石に前例があるなら、安心だと胸を撫で下ろしかけるが、最後の爆弾はここで落とされた。

 「もっとも、儂は一滴飲んだだけじゃが、お前には残っていた『心血』全てを輸血してやったからのう。ぶっちゃけ、儂にもどうなるか分からんかった。というか、高確率で魂ごと弾け飛ぶか血に呑まれて暴走するかのどちらかと思っておった。正直な話、今日お前が目覚めなければ、殺すつもりでおったからな」

 「おい糞爺!テメエ何してくれてるんだ、こら!」

 「ぴいぴい騒ぐでない!大体、そうならんように入念な前準備をしてやったのではないか!生活の面倒を見て、修行つけてやる上に、新しい力までくれてやったんじゃ。むしろ、感謝して欲しいくらいじゃな」

 「ふざけんな!俺はそんなもの望んじゃいない!」

 「ふん、ふざけているのはお前のほうじゃ。儂は儂の目的のためにお前を弟子にするというたのを忘れたか。広坊に言ったことじゃが、お前も聞いておったはずじゃ。それにあの時、こうも言ったはずじゃ。幸せな生を送れると思うなともな。それを承知の上で、お前は儂の弟子であったのではないのか!」

 「それは……」

 雷鋼の言葉に反論できない透真。確かに彼は、雷鋼の目的の為に利用されることも承知の上で、雷鋼の下で学んだのであるから。また、行く宛がなかったとはいえ、前世の記憶を持ち、さらに『ペルソナ』という破格の異能を持つ透真ならば、一人で生きていくことも不可能ではなかったのだから。それにも関わらず、雷鋼の庇護下でのうのうと生活し、内容はともかく修行までつけてもらっていたのだ。それを今更話が違うなどと、どうして言えようか。

 「理解したようじゃな。儂は、何ら恥じることはないわ。大体、お前は己が未だ人だと思っておるのか?だとしたら、それは大きな間違いであると言ってやろう」

 「な、どういう意味だ?!」

 「のう、一つ聞くが、お前は友人が銃を携帯していたとして、その隣で寝られるか?」

 「その問に何の意味が…「いいから答えよ!」…っ、そりゃ無理だろう。手が届かないところに置いてもらうか、弾を抜いてもらわないと無理だな」

 「そうじゃろうな。正直、それでも常人には厳しいと思うが、最早お前はそういう存在なのじゃ」

 「うん?」

 「常人が隣にいるのは困難な化物だということじゃ。当然であろう。お前が持つ異能は、銃など比べものにならん。銃であれば使った証拠は残るが、お前の異能は痕跡など残さぬし、一般的には証明も不可能じゃからのう。大体、悪魔すら殺したり、使役したりできる者がただの人間であるものか。広坊は未だに理解しとらんが、生物の種として人間を逸脱していなくても、我等は常人から見れば立派な化物よ。人を容易に殺せる手段を持つというだけで、それが拳銃であろうと、大砲であろうと、悪魔であろうと、魔法であろうと、相対する人間から見れば差はないのじゃからな」

 「それは、そのとおりかもしれないけど……」

 透真はそれが真実であることを認めざるをえなかった。超人だろうが、魔人だろうが、サマナーだろうが、異能者だろうが、常人から見れば、立派な化物である。彼らは、力の大小の差あれど、常人からは理解できない超常の力を振るう者なのだから。そして、『ペルソナ』という破格の異能、それも本来この世界にあらざる能力を使う透真もまた……。

 「理解せよ、己がすでに只人ではないことを。自覚せよ、お前が無闇に力を振るえば、容易に人が死ぬということを。そして、こちら側に一旦足を踏み入れた以上、戻る道などないとしと知れ!」

 「俺は……」

 雷鋼の言に透真は、己が甘えていたことを自覚せざるをえなかった。心のどこかで、前世のような平穏で平和な生活を、夢を目指して邁進できる幸福な人生を透真は望んでいた。だが、そんなものは彼自身が異能を望み、邪神の名を呼んだ時点でありえないものとなったのだ。いや、本当は気づいていた。
気づかない振りをしていただけで。遅くとも死が日常茶飯事になってしまった時点で、彼は諦めるべきだったのだ。死んでは蘇生を繰り返し、狂うこともなく地獄のような鍛錬を続ける。絶対の終わりであるはずの死を経験しながらも、それを容易に覆す。それは最早、常人の所業ではありえないのだから。

 「お前も広坊と同じよ。大言壮語しておきながら、その実何の覚悟もない半端者。人でいたいと願うならば、最初から此方側にこなければ良いのじゃ」

 「………」

 「言葉もないか……どうやら、己の立場を理解したようじゃな。では、話を戻すとしよう。儂の目的の一つはな、頼光様の『心血』を儂の代で使いきってしまうことなのじゃ」

 「なんでだよ?あんたらにとっちゃ、君主の始祖の血だろ。秘宝ともいうべきものじゃないのか?」

 「一面を見ればそう言えるが、先も言った通り『生じてしまった』ものなのじゃ。予期せぬものであったといっていい。しかも、それは僅か一滴でも、超常の力を与える危険物じゃ。由来が由来だけに下手に捨てることもできんし、尋常な方法では処分することもできん。そして何より、綱様より続きし渡辺一族は、儂の代で潰える。儂が直系最後の一人であり、最後の『鋼』じゃからな。本来なら、『卜部』『碓井』『坂田』の一族、若しくは君主たる『源』に管理を委ねるべきなのかもしれぬ。
 しかし、はっきり言って、今のいずれの家にも委ねる気にはなれぬ。弱すぎるし、それゆえに力を求めて、邪な考えに取り憑かれる者がいないとも限らぬからな。だからこそ、『鋼』が消えると共にこの『心血』も消えねばならないのじゃ」

 「その為の適当な素体が俺?」

 「そうじゃ、光栄に思うが良いぞ。一滴や二滴ならともかく、残っている血の量は半端なものではなかったからな。並の者では、頼光様の心血に肉体と魂が耐え切れぬ。神降ろしとも言うべき『ペルソナ』で驚異的な肉体の頑強さを持ち、強大な魂を持つお前はまさに打って付けだったのじゃ」

 「それでもギリギリだったみたいなんだが……」

 「別に失敗しても構わぬ。儂としては、頼光様の『心血』を始末できればいいのじゃからな。お前が死んでしまっても、一向に構わぬ。まあ、もう一つの目的は達成できぬが、それはそれで仕方のないことじゃ」

 平然と己が死んでいたとしても構わないと宣う雷鋼に、透真は隠しきれぬ殺意を抱く。

 「この糞爺が!」

 「なんじゃ、やる気か?その疲労困憊の体で、儂に勝てるとでも本気で思っておるのか?」

 「くそっ!」

 雷鋼の言葉はどうしようもなく真実だ。その強さは、他ならぬ透真自身がその身をもって知っているのだから。今の状態では、殺すどころか指一本触れることすらできないだろう。それを理解しているだけに、透真は苛立ち紛れの悪態をつくことしかできない。

 「ふん、己の力量は弁えているようじゃな。いいじゃろう。今この時をもって、お前は儂の正式な弟子じゃ。今より『水原 徹』と名乗るがよい」

 「正式な弟子って、今まで俺は弟子じゃなかったのかよ?!」

 新しい名前より、今まで弟子として認められてなかったことに愕然とする透真。

 「まあ、弟子は弟子じゃが、仮弟子といったところか。大体、考えてもみよ。儂は今までお前に何か教えたことがあったか?」

 「そういえば……」

 思い返してみれば、雷鋼は一度たりとして、透真に何かを教えたことはなかった。課題をかし、それをクリアするまでひたすら攻撃してくるだけだったのだ。

 「ふぉふぉふぉ、気づいたようじゃな。じゃが、これからは違うぞ。儂の全てを、頼光様の術技全てをお前に教え込む。そして、それが終わった暁には……」

 「暁には?」

 「いや、今は知る必要はない。とにかく、これよりお前は『水原 徹』と名乗るだ。よいな」

 「ちょっと待てよ!俺には『八神 透真』って名前が!」

 「それはお前の名であって、その肉体の名前ではなかろう。戸籍は存在せんし、肉体の方も抹消されておることを確認済じゃ。じゃから、新しい名を名乗れと言うのじゃ。渡辺の祖には、源氏物語のモデルになったと言う『源 融』様もいらっしゃるからな。最初は共通する『透』でよいかと思ったが、『鋼』を継ぐには弱い気がしてのう。どうせなら、同じ読みで強そうな『徹』としたのじゃ。『鋼』を継ぐ『徹』。すなわち『鋼徹』で『鋼鉄』をもじったわけじゃ、強そうじゃろ?」

 「そんな理由で、人の名前を決めるなよ!それに水原ってなんだよ!」

 「うん、察しの悪い奴じゃな。源を分けただけじゃよ。さんずいは『水』、残された『原』で『水原』じゃ。頼光様の血を受け容れたお前に相応しい姓じゃろう」

 「ちょっと待て!『源』をわけたって、洒落にならないんじゃないのか?!」

 「うーん、そうじゃな。勘の良い者は気づくじゃろうな。あ、もしかすると、『渡辺』以外の一族の者に狙われるかもしれんのう」

 「おいおいおい、冗談じゃないぞ!この上、刺客までくるかもしれないのかよ。ふざけんな!」

 「刺客を撃退するのも、よい修行になろう。それにいくら拒否したところで、お前に拒否権はない。もう戸籍を作っちまったからのう。それも、どこに出しても恥ずかしくない正式な戸籍じゃぞ。ありがたく思うがいい」

 「テメエ、確信犯だろ!戸籍は感謝するが、洒落にならない名前つけやがって……」

 「なんじゃ、まだ文句があるのか。ふむ、それほどまでに言うなら、仕方があるまい」

 ほれと言って、透真改め徹に向けて手を差し出した。

 「なんだよ?」

 「どうしても嫌というなら、新しい戸籍代1億円、耳を揃えて払えといっておるのじゃよ」

 「6歳児に1億円なんて、用意できるか!」

 「なら、仕方がないのう。お前は、『水原 徹』じゃ、よいな」

 「もう、好きにしろよ。ちくしょー、俺はもう寝る」

 したり顔で満足そうに頷く雷鋼に、力ない声で返して、不貞寝することがせめてもの抵抗であった。 
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