| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ルドガーinD×D (改)

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

二十三話:決別の選択


輝く金色の髪は、精霊の主とは違いシルフに結ってもらっていない為に
ガイアス風に言うとヒュンとなっていない。
まるでルビーの様に赤く輝く瞳は俺を見据えて少しだけ憂いを湛えている。
姿形はミラ=マクスウェルと全くと言っていいほど同じではあるが、
ミラ=マクスウェルとは違い女性らしさを感じさせる。

あちらはあちらで精霊の主としての凛とした威厳を漂わせているのだが……まあ、燃費が悪いためにその威厳が長く続くことは無い。
とにかく、今、俺の目の前にいるのは俺とエルにとっての“ミラ”だ。
他の誰でもない、ずっと、俺が求めていた“ミラ”だ。


「久しぶりね、ルドガー。……あなたの選択は見ていたわ」

「ああ、久しぶりだな、ミラ」


お互いに言葉を交わすが少しだけ気まずさが残る。何だろうか、こんなにも会いたいと思っていたのにいざ会ってみると言葉が出てこないな……。ああ、そうだ。こういう時にエルが居ればこんな雰囲気を破って、また、あの頃みたいな楽しい雰囲気にしてくれるんだろうな。

だからこそ俺は、全てを捨ててでもあの頃に戻るんだ!
ゆっくりとミラに近づいていき、かつて彼女を手放してしまった左手を伸ばす。


「ミラ、“みんな”と一緒に生きよう、またあの頃に戻ろう。
 ―――今度はエルともずっと一緒に居られる」


そうだ、今度こそ一緒にいるんだ。
また、俺と君でどっちのスープが美味しいか勝負しよう。
それでエルが食べきれないほど二人で作って一緒にエルに怒られるのも面白いかもしれない。

でも、エルは何だかんだ言いながら美味しいって食べてくれるんだろうな。
エルは優しいから。それで素直じゃない君は嬉しいのを隠して
『わ、私が作ったんだから当然よ』なんて言うんだろうな。

それを俺が横から見て笑って君から怒鳴られたり、小突かれたりするかもしれない。
そんな…そんな…幸せな生活をまた取り戻すんだ。
“生きる意味”があったあの頃にまた戻るんだ!


「だから……ふざけるんじゃないわよ!」


俺の伸ばした腕を“再び”払いのけるミラ。
ミラ……どうして、俺の腕を払いのけるんだ。
この手を握ってくれれば今度は絶対に離さないのに…どうして。
君はそんなにも怒っているんだ。君はそんなにも悲しそうな顔をしているんだ。
どうして―――泣いているんだ?


「あなた、自分が何をしているか、何をしようとしているのか分かっているの?」

「俺は、ただ“みんな”と一緒に居ようと―――」

「逃げているのよ……ルドガー。あなたは現実から逃げているだけ。自分の罪から逃げているだけ、生きることから逃げているだけ!」


逃げている? 俺が現実から、自分の罪から、生きることから、逃げている?
俺はそんなことはしていない。現実を見つめて過去の為に今を捨てようと決めた。
自分の罪のせいで多くの人が犠牲になったことも理解している。
俺はずっと罰を受け続けている。

逃げようとなんてしていない。
また、生きる意味を取り戻して俺が俺である為に生きるだけなんだ。
それなのにどうして俺が逃げているなんて言うんだ。


「あなたの考えていることは大体分かるわ。
 ……だから―――それが逃げているって言うのよ!」


それが逃げている……? 現実を見つめて過去の為に今を捨てようと決めたことが。
自分の罪のせいで多くの人が犠牲になったことも理解してずっと罰を受け続けている。
生きる意味を取り戻して生きようとしていることが……逃げている?

俺は訳が分からずに茫然と彼女の赤い瞳を見つめる。
そんな俺の視線に対して彼女は真っ直ぐ、目を逸らさずに受け止める。
黒歌と決して目を合わせようとしなかった俺とは違って。



「あなたがしていることは辛い現実から目を背けて楽しい過去を見ているだけ。
 自分の罪を償うなんて言って、罰に甘んじて償う心を忘れているだけ。
 生きる意味を探すことを諦めて以前の生きる意味にすがっているだけよ!」



一切の淀みもなくミラの口から述べられる、俺の本当の心の内。
ああ……ああああああっ! そうだ……俺はミラの言う通りのことをしていただけなんだ。
みんながいない現実が怖くて、認められなくて前を向くのをやめて目を背けていただけだ。
罪を償うなんて言って自分に罰を与えて罰せられていることに安心していただけだ。
生きる意味がもう見つかるはずがないなんて勝手に決めつけて過去に縋り付いていただけだし、罪を犯した俺が生きていいのかと悩むことで生きることから逃げていただけなんだ。

そうだ…そうだ…っ、俺は―――逃げていた。
現実から、罪から、生きることから、全てから逃げていただけなんだ。
自分を守る為に、正当化するために、必死に目を背けて。
出来るだけ明るく振る舞って、そんなことを考えないように必死に逃げていただけなんだ。
俺は…俺は……なんて醜い存在なんだ…っ。


「あなたって本当に自分勝手よね。勝手に人の世界を壊して、勝手に私を助けようとして、
 勝手に一人で苦しんで、勝手に……幸せを手放して」

「ミラ……」



「そんなことで私やエルやユリウスが納得すると思っているの!?
 罪を償いたいならそれを背負ったまま幸せになってみせなさいよ!
 自分だけが逃げてるんじゃないわよ!」



俺の事を泣きながら怒鳴りつけてくれるミラ。俺はそんな彼女に近づき強く抱きしめる。
ああ……温かいな。何度も何度も後悔した想いがまた蘇ってくる。
どうして俺は彼女の手を掴んでやれなかったんだろう……。
そう思うと抱きしめる手に力がこもる。


「どうして…どうして…あなたが…っ。全てに絶望していた私に生きろと言ってくれたあなたが
 どうして生きる意味がないなんて思うのよ! どうして過去にすがっているのよ!
 今を生きなさいよ!」

「ごめん……ミラ」


「自分の世界が無くなって、一人ぼっちで…居場所も、何の希望もなかった私に
 希望を与えてくれたあなたがどうして、一人で悩んでいるのよ! もっと周りを見なさいよ!」


ごめん…そう何度も言い続ける。その間にもミラは俺に与えられたものを言っていく。
涙を流しながら……。本当にごめん、ミラ。
俺が迷っているから、俺が逃げているから、君はこんなにも傷ついていたんだな。
俺が苦しんでいることに……こんなにも苦しんでくれていたんだな。

君がこんな気持ちになるならエルや兄さんはもっと苦しいだろうな。
自分達のせいで俺が苦しんでいると思ったら優しいエルや兄さんはきっと傷つく。
俺はエル達に笑っていて欲しい。この気持ちは変わらない。

やっぱり俺は誰かの為に生きることしかできないのかもしれない。
でも…やっと分かったんだ。
みんなが幸せになるには、まずは俺が―――幸せにならないといけないんだ。
“みんな”は優しいから、俺が幸せにならないと“みんな”は幸せになれないんだ。



「なあ……ミラ。俺、生きていていいのかな? 幸せになっていいのかな?
 もし、いいなら俺、頑張って生きるよ。今度こそちゃんと過去でも、未来でもない今をさ」



「むしろ、そうしないと殴るわよ……と言うか、いい加減、離れなさい!」


突如、抱きしめていたミラから突き飛ばされる。ああ……何だか懐かしいな。
それに顔を真っ赤にした君が可愛くて怒るに気にもなれないから変な気分だ。
ははは……何だか久しぶりに気分が良くて笑いが出てくるな。
そんな俺の表情が気に入らないのか君は拗ねてそっぽを向いてしまう。

その様子がどうしようもなくおかしい。
悩んでいた物が無くなったおかげで胸が軽くなって全ての景色が美しく見える。
………ここには何もないとか言うツッコミはなしだぞ。
まあ、ミラが綺麗だって言うので納得してくれ。


「そう言えば、俺の“生きる意味”はどうなるんだ?」

「私は知らないわよ、自分で見つければ?」

「そこは、ミラがなってくれるとは言わないんだな」

「な、なに言っているのよ!」


再び顔を赤くして、慌てふためきながらに俺に殴りかかってくるミラ。
俺はそれをヒョイと避けてドヤ顔する。しかし、すぐさま放たれた二撃目の前にあえなく撃沈する。一撃だけだと油断していたな……。
地面に這いつくばりながらそんなことを考える。そんな俺の様子を見下ろしてくるミラ。
腰に手を当てて見下ろしてくる様子は何故か彼女によく似合っていた。

ああ……本当に懐かしくて楽しい時間だな。いつまでも…いつまでも…続いて欲しい。
………でも、俺は先に進まないといけない。彼女とそう約束したんだから。
俺の幸せの為に……そして“みんな”の幸せの為に、俺は進まなくちゃいけない。
だから……楽しい時間はここまでだ。もうどんなに辛いことがあっても俺は振り返らない。
俺は―――今を生きるんだ。

世界に罅が入っていく音が聞こえてくる。
もう……ここに居られる時間は少ないんだろうな。
それなら、せめてこの気持ちにケリをつけよう。ずっと胸に抱えて来たこの気持ちに。
君の世界を壊した罪悪感から言いたくても言えなかったことを。


「ミラ……好きだよ」


ずっと温めて来た気持ちをミラにぶつける。
それを聞いたミラは一瞬顔を赤くしたがすぐにそれは無くなり、悲しげな表情に変わる。
答えは聞く前から……分かっている。君は本当に―――優しい。


「私は……あなたの“生きる意味”にはなれないわよ」

「振られたな。人生二度目の経験だ」


そう言って軽口をたたく。振られたショックはとくに湧き上がってこないけど……君にそんな表情をさせてしまったことが辛くてしょうがない。
分かっている…分かっていたんだ…っ!

君がもうどこにもいないことも…もう俺達が一緒に笑っていられる日が訪れることが無いことも…ここが現実ではなく、どこまでも幸せな夢の中だということも…。
全部……分かっていたさ……でも、いや、だからこそ、俺は踏み出さないといけないんだ。


「そろそろ、お別れみたいね……また、ここに来たらぶん殴ってあげるわ」

「分かっている。もう来ないように頑張るさ………ありがとう、ミラ」

「……あなたを支えてくれる人を大切にしなさい」


ニッコリと笑って中々に物騒なことを言うミラ。
俺はそんなミラの表情を目に焼き付けて最後に『ありがとう』と、それだけを言い残して背中を向ける。そして、鉛のように重い足を動かして先に進み始める。
その背中に『支えてくれる人を大切にしなさい』と声がかかる。
……俺なんかを支えてくれる人が居たら、そうするよ。

そう口にしたいが振り返ることはしない。それは彼女に対する最大の侮辱だと思うから。
俺が“今”を生きることを選択することが出来た恩人である“過去”への最大の敬意だと思うから。俺はもう絶対に振り返らない。
それでも…それでも―――君に手を伸ばしたくなってしまう。抱きしめたくなってしまう。
こんな事を思うのは……いけないことなのだろうか? 心の中で自分に問いかける。
そんなところに……フッと彼女の言葉が聞こえてくる。



「あなたはあなたの“生きる意味”を見つけなさい……ルドガー」



ああ……君は本当に―――優しい。





「………もう、いないわよね」

崩れゆく空間の中で元の精霊の主―――ミラはポツリと呟く。
この空間が消えれば自分も消える。今度こそもう二度と彼と会うことは出来ない。
そのことを彼女は十二分に理解している。
しかし、理解していることと納得することは違う。

彼女の心には今にも溢れ出さんとする感情が渦まいている。
彼が前に進むために言うことが出来なかった。自分の本当の気持ち。
彼が完全に居なくなったことを確認すると彼女はその感情を吐き出した。



「私だって……本当は、ずっと一緒に居たいわよっ!」



吐き出された、痛々しいばかりの純粋な一緒に居たいという感情。
涙ばかりに彼女は悲痛な叫びを上げた。

彼が全てを捨ててでも自分を取り戻してくれると言ってくれた時、本当は嬉しかったと彼女は心の中で零す。自分の為に全てを捨ててくれると言うのだ。しかも、それを自分が想いを寄せている相手から言われたのだから嬉しさはひとしおだっただろう。
しかし、彼女はそんな彼の言葉を拒絶し、別の道を選ばせた。何故なのか?

その理由は簡単だ。彼女が本当の意味で彼が好きだったからだ。
彼女は知っていた、彼が選ぼうとした選択がどれだけ残酷で辛いものかを。
彼女は理解していた、彼の苦しみを。彼女は優先した、彼、自身の幸せを。

まがい物の過去ではなく、本物の今を彼女は彼に選んでほしかった。
だからこそ、自分の気持ちを押し殺して迷っている彼を叱責した。


「初恋は実らないって言うけど……本当にそうね」


彼女は彼に恋をしていた。お互いに想い合っていたのにも関わらず彼等の恋は実ることは無かった。それが世界の定めなのか、彼が犯した罪のせいなのかは分からない。ただ一つ言えることは生者と死者の間には決して越えることのできない壁があるということだ。

だからこそ、彼女は自分の心を押し殺して彼の告白を断った。
彼が前を向いて歩いていくには死者である自分は不要だと悟っていたからだ。
だから、彼が自分の事を忘れて歩いていけるように嘘をついた。
今なお好きだという気持ちはあるがそれを抑え込み彼の背中を押した。

そして同時に彼女自信、死者は二度と帰ってこないからこそ大切な者を全てに代えて守る必要があると身をもって知っていたからだ。
かつて一人の少女を守る為に彼女が彼の手を離した時のように……。


「死人は生き返らないのに……普通に生き返っているのはちょっとずるいわね」


彼は一度死にそして再び蘇った。それなのに自分は蘇れない。
そのことに彼女は自分の世界の『神』とも呼べる存在に若干の苛立ちを覚えたがすぐにそれを思い直す。彼は産まれた瞬間から一族の犠牲となることが決定づけられていた。

他のクルスニク一族の人間も同じだろう。彼等は先祖が結んだ理不尽な契約に最初から最後まで縛られていたのだ。無関係なのに審判を越えられるのは自分達しかいない為に審判に挑むしかなかった哀れな一族。いくら骨肉の争いを繰り広げていたとは言っても誰が審判の一番の被害者かと言われれば彼等しかいないだろう。

審判などなければそんなことは起きなかったのだから。
だからこそ『神』とも呼べる存在オリジンはクルスニク一族である彼にほんの少しの贖罪として新たな人生をプレゼントしたのだろう。

そこまで考えて彼女はため息をつく。
もう、時間が無いのだ。だんだんと体が薄くなっていっている。自分はここで消える。
そう思った彼女は最後の最後に彼に届かない――届いてはならない言葉を投げかける。




「愛しているわ……ルドガー。だから―――幸せになって」




世界と彼女(ミラ)は壊れた。





目が覚めると見慣れた自室の天井が目に入った。さっきまでの出来事は夢だったんだろうな……。だからと言ってミラから言われたことが……俺の気持ちが揺らぐことは無い。
俺はもう大丈夫だ。君のおかげで今を生きていく勇気が持てた。

もし君に恩返しが出来るならそれは俺が幸せになることだと思うから俺は、“今”掴める最高の幸せを掴んで見せる。審判になんて関わらなくても俺は幸せになれる。
俺はもう迷わない、俺は―――覚悟を決めた。だから……もう、心配しないでくれ。
でも……やっぱり、もう会えないのは寂しいな。


「ルドガー……起きてる?」


控えめなノックと共に黒歌の声が聞こえてくる。
時計を見てみると時計は既に夜の八時を過ぎていた。どうやら結構長い間寝ていたみたいだな。
いつもならもう、夕食を食べている時間だ。急いで黒歌の分を用意しないとな。
そう思ってベッドから起き上がろうとしてよろけてしまう。
寝る前までは気がつかなかったけど俺は身も心もボロボロだったんだろうな。
まあ、寝てないし、食べてなかったから当然だな。

それにしても『あなたはあなたの“生きる意味”を見つけなさい』か……。
簡単に言ってくれるよな……君や兄さんやエルと同じぐらい俺を思ってくれる人が…支えてくれる人が…俺が愛せる人が…そう簡単に見つかるわけがないじゃないか……。


「ちょっと待ってくれ。すぐに夕飯の準備をするから」

「あ、大丈夫にゃ。その……今日は私が作ったから」

「黒歌が……そうか、ありがとうな」


部屋から出て直ぐに夕飯の準備をすると言う俺に黒歌は自分が作ったと言ってくる。
そのことに少し驚きを覚えるが直ぐに礼を言う。
なんで驚いたのかと言えば、まあ、黒歌が台所に立つところを見たことが無いからだ。

以前、本人に聞いたら料理はほとんど作ったことが無いから苦手だと言っていた。
それと細々としたことが苦手だからとも言っていたな。
そんな、黒歌が料理を作ったというから俺は驚いたんだ。

少し失礼なことをボーっと頭の中で考えながらリビングに行く。
そして、食卓の上にあった物を見て思わず息が止まる。
だって、そこにあった料理は―――『トマトソースパスタ』だったから。


「ルドガーが作れないのは知っているにゃ。でも……私が作るなら大丈夫だと思ったの。
 ……食べてくれるかにゃ」


俺が『トマトソースパスタ』にはトラウマに近い思い入れがあることを黒歌は知っているので俺がちゃんと食べてくれるか心配そうに聞いてくる。
そんな黒歌の様子を見て食べないという選択が出来るわけがないので、俺は無言で頷いて自分の席に腰掛ける。そして改めて『トマトソースパスタ』を眺める。

兄さんと一緒に暮らしていた時は一週間に一回は食卓に上がっていたが最近では作ることが無くなってしまったので随分と懐かしく感じる。
そんな俺の様子を黒歌がハラハラとした様子で見て来るので、フォークを握る。


「いただきます」


フォークで絡めて一口、口に運ぶ。………温かい。
さらにもう一口と口に運ぶ。美味い…っ。こんなにも温かくて…美味い料理は初めてだ。
ここ数日、悩みのせいでボロボロになった俺の心と体に料理の温かさが―――


――黒歌の、俺に元気になって欲しい…笑って欲しいという気持ちが伝わってくる――


料理としては正直言ってそこまでの出来じゃない。
でも……温かい、俺を想ってくれている気持ちが一口、また一口と食べるうちにドンドンと伝わってくる。……死ぬほど美味いよ…っ!
美味しいと伝えようとして黒歌を見てあることに気づく。黒歌が手袋を着けていたのだ。


「黒歌、その手袋……」

「にゃ!? こ、これは……そうにゃ、おしゃれにゃ!」


俺に手袋の事を聞かれた黒歌は焦って言い訳をしながら手を隠す。
そんな黒歌に俺は微笑みかけながら優しくその手を取る。
俺が初めて料理を作ったのは七歳の時だ。

まだ、火の扱い方も分からず、包丁なども大人用の物しかなくてあの時は本当に苦労しながら作った。それでも兄さんに元気になって欲しかったから、笑って欲しかったから頑張れた。料理が出来上がった時には手は火傷や切り傷だらけで酷い状態だった。

俺はそんな手を見たら兄さんが心配すると思ったから手袋を着けた。
それで兄さんに手袋を着けているわけを聞かれたからその時は『兄さんの真似をしたんだ』
なんて言ったな。まあ、子供が大人を騙せるわけがないからすぐにばれたけどな。
それで、怒られると思ったんだけど―――


「俺の為に…こんなに傷ついてくれたんだな…っ!」


黒歌の手袋を外して優しく手を握る―――火傷や切り傷の残る手を。
ああ……今やっと分かったよ、兄さん。あの時は子供だから分からなかったけど……。
兄さんがどうして泣きながら俺が作った『トマトソースパスタ』を食べていたのか。
ポツリ、ポツリと、温かい水滴が黒歌の手に落ちていく。


「ル、ルドガー?」


ああ……生きていてよかった…っ! 涙が止まらない…っ。
そうだ…兄さんは…俺は―――救われたんだ。
たった一つの料理で、何よりも自分を想ってくれる人の心で救われたんだ。

それがどれだけのことか今の今まで気がつかなかった。
どうして俺なんかの為に兄さんは全てを賭けてくれたのだろうかとずっと思っていた…。
でも…今ならわかる。


―――この手を守ろう。


ただ、自分の為に傷だらけになってまで料理を作ってくれたこの手を。
誰よりも俺の事を想ってくれるこの人を守ろうと、この人のために生きよう。

その為なら、どんなことでもしてみせる。
例え、再び世界を壊すことになっても、大切な何かを失う事になってもだ。
この人の為なら命だって捨てられる。この人の為に―――“今”を生きよう。

それが俺の生き方なんだ!


「やっとだ…やっとわかった」


どうして、こんなにも近くにあったのに今まで気がつかなかったんだ、俺は。
辛くて仕方がなかったこの数日、誰が俺の傍に居てくれたんだ?
誰が俺を支え続けてくれたんだ?

こんなにも自分のことを心配してくれる人がいた。
こんなにも自分を愛してくれている人がいた。
ずっと、ずっと…俺を支えてくれていた人が居たんだ。

ああ……俺は何て馬鹿だったんだ。
失った者ばかり見ていて今、隣にいる者をまるで見ていなかった。
ミラが止めてくれなかったら俺はこの人を殺していたかもしれない。

本当に俺は馬鹿だった……でも、ようやく気づくことが出来たんだ。
ギュッと優しく黒歌の手を握り締めてここ数日間まともに見ることが出来なかった黒歌の金色の瞳を真っ直ぐに見つめて笑いかける。その行動に戸惑いながらも黒歌も見つめ返してくれる。

君が、俺の―――




――“生きる意味”だ――

 
 

 
後書き
選択は決まりました。これがどういう変化を及ぼすのかは今後のお楽しみに。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧