| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

【銀桜】4.スタンド温泉篇

作者:Karen-agsoul
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第4話「念には念を入れておく」



「40秒で支度しな!!グズは嫌いだよ。こっちも忙しいんだからね!!」
 廊下での一件後、お岩の口調は荒々しいものに一変。
 『客』に対する優しさはなくなった。というより『客』として見られなくなった。
 銀時は投げ出された旅館の制服に仕方なく着替えるが、現在の状況が全く不明である。
「お登勢の奴なかなかイキのいい二人をよこしてくれたじゃないかい。他の奴らはてんでダメだっね。とり憑かれるようではこの仕事はやっていけない」
「……いや何を言ってんだよ、仕事って……」
【女将、女の方は支度できたよ】
「ギャアアアア!!」
 この宿に来て何百体ものスタンドを目撃した。だが拒絶反応があるせいか、どうにも慣れない。
 壁からぬっと現れた女の幽霊(スタンド)にお岩が柿ピーで昼間のように餌づけしていると、仲居姿に着替えた双葉が遅れて部屋に入ってきた。
 従業員が揃ったのを確認したお岩は、気を引きしめて新入りの指導を開始する。
「ギン、フゥ。ここでは本名を語るな。名とは『魂』と『肉体』をつなぐ鎖。奴らに知られれば、あっちの世界に引きずり込まれるよ」
「いやもう既に兄妹(きょうだい)揃って変な世界に引きずり込まれてるんだけど」
「それ以外に気をつけることは?」
「コイツを持っていきな」
 お岩は棚から取り出した特大サイズの柿ピー袋を二人に投げ渡した。
「そいつがあれば大概の霊は言うことをきく。やりすぎるんじゃないよ。仕事に支障が出るからね」
「はぁ?だから仕事って……」
「わかりました。女将殿」
「女将でいいよ。わかったんならさっさといきな。グズは嫌いだよ」
 一方的に押しつけられるお岩の言葉を何ら抵抗なく受け取る。そして珍しく丁寧語で応答する双葉は、冷めた表情のまま部屋から出ていく。
 対する銀時はお岩の説明の意味も全くわからず、混乱した頭で双葉を追いかけた。
 仲居姿に着替えた双葉は髪型もきれいに整っていた。普段ダラリと下がった前髪は桜のピンでまとめられ、彼女の端正な顔立ちがより表立っている。加えて豊富な胸からどことなく醸し出される色気。一見すれば遊女のよう。だがおおっぴらになった端正な顔からは、やはりいつもの無愛想な表情しかない。
「おい、一体どーなんてんだ?」
「だから、私たちはこれからここで働くんだ。幽霊相手と商売だ」
「幽霊言うな、スタンドだ!ってスタンド相手とォ!?」
「兄者知らなかったのか?」
「知るか!つかお前知ってたのかよ」
「いいや。私もさっき幽霊……」
「スタンドだ!」
 ビシリと突きつける撤回に短い溜息をついて、双葉は話を続けた。
「……スタンドから聞いた。まぁ、ここはマニアの間じゃ有名な霊界スポットだから噂は聞いてたが」
 世間的に知られていないが、ネット上では『あの世とこの世の狭間』『冥界の入り口』 と霊界スポットの一つとして名が挙がっている。
 ただし都会から遠く離れた土地、山々に阻まれた旅館、一日に一度のバスという行き来も非常に困難な場所であるため、仙望郷を訪れるマニアもいない。と双葉は語る。
 そうでなくても山々を覆う強力な磁場と霊圧が結界のようなものを作り出している。そのため生身の人間はまず山に入れない。
 ゆえに仙望郷を訪れるのは幽霊(スタンド)のみのはずだった。
「つーかお前、その……『スタンド』とか信じてねーんじゃなかったの?」
 夏にとある依頼で、銀時と双葉は真夜中の廃病院を探索することになった。その廃病院ではいくつもの怪奇現象が発生し、そのたびに銀時は絶叫を上げていた。だが双葉は怖がるどころか、動揺すらしていなかった。何を見ても冷めた表情で科学的なことを言ってはサラリと流していた。
 あの時の怪奇現象はかぶき町の子供たちの仕業だったが、この温泉旅館は違う。
 ここにいるのは正真正銘本物の幽霊(スタンド)だ。廃病院のように科学的根拠は通じない。
 しかし本物を目の当たりにしても、双葉は否定も動揺もせずあっさり受け入れていた。
「誰がそんなこと言った。そこにいるならいる、それだけだ」
「怖くねーのかよ」
「可愛いではないか」
「どこがァ!?」
 突拍子もない発言に銀時は目を丸くする。
 実は可愛いもの好きと女性らしい一面を持っている双葉。しかし彼女が『可愛い』と思う許容範囲は幅広く、普通に可愛いものから不気味としか思えないモノまで可愛いと思うズレた価値観の持ち主である。
 ちなみにエリザベスや鬼の形相の屁怒絽を『可愛い』と思っているようで、双葉のお気に入りらしい。
「どこって、フワフワしてるとこや卑屈に歪みまくった丸顔とかスタンドにビビる兄者とか黒っぽくて透けてる円らな瞳とか」
「おいィィ!今俺入ってたろ。テメェ楽しんでたのか。俺がスタンドでグルグルなってるとこ楽しんでたのか!?」
「とにかく怖いとは思わないな。私は兄者とは違う」
「お、お、俺だって怖くねーよ。お前くだらねー見栄張ってたって身体に毒だぞ。お、俺がスタンドの手ほどきしてやろうか?実は俺スタンド使いだったんだよ。あ、でもスタンド使うの久しぶりだし、勘取り戻すまで待ってくんない」
 明らかに見栄を張ってるのは銀時で、双葉はそんな兄を傍観していた。いつもならここで妹の冷めたツッコミが入るが――
「そうか。なら手ほどきの一つでも教えてもらおうか」
「え゛?」
「勘を取り戻さなくたって、定義ぐらいは教えられるだろ」
 兄のついた言い訳――もとい『嘘』に珍しくのってきた。大真面目に聞いてるのか、銀時に合わせた彼女の冗談なのか。その本意がイマイチ掴めない。
 しかし彼女が浮かべる微笑は、銀時にある種の圧迫感を与えていた。
「……すんません。見栄張ってました」
 結局、冷えた微笑に銀時は降参するしかなかった。

*  *  *
 
 新入りの指導が終わったお岩は、生前から仙望郷に仕えるスタンド―レイに次の指示を出す。
 近日中湯治に来る徳川家康公を迎える準備で、仙望郷は大忙しだ。スタンド不足のため生身の人間を手配したが、新入りの二人はかなりの霊感を持っている。
 本人達に自覚はないようだが、それなら女将として思うがままに使わせてもらうまで。
【ところで女将。コイツどうするんだい?】
 レイの横でフラフラと浮遊するスタンド化した長谷川。
 スタンドにとり憑かれ拒否反応が起きない限り、生きた人間がスタンド化することはない。生きた人間の幽霊(スタンド)―つまり『生霊』である。
 だが例え拒否反応が起きても、実際に『生霊』としてスタンド化することはめったにないことだ。誰かへの相当な怨念か、根強い想いがない限り。
 しかし長谷川にあるのは強力な負の念。負の念が強ければ強いほど、向こうの世界に引きずり込まれやすい。だが気絶しただけでスタンド化してしまうとは珍しい。今まで多くのスタンドを扱ってきたが、生霊を手にするのは初めてのこと。
 しかし負の念から生まれた生霊だとしても、スタンドはスタンド。使えることに変わりはない。
 長年の経験と積み重ねた知識がお岩にそう判断させた。
「かまわないよ。あの新入りたちと一緒にここのイロハを叩きこんでやんな」

 結果として、それがお岩の――仙望郷の運命を大きく分ける行動になる。

*  *  *

 銀時と双葉、そしてスタンド化した長谷川は、レイから旅館業の作法を一通り教わっていた。
 客に失礼がないのを第一に、後は他のスタンド従業員達の真似ごとをしていればいいとの事だった。
 風呂掃除や食事運びなど幾つか雑用をさせられ、切のいい時間で今日の仕事は終了となった。
【明日も仕事はたくさんあるから今日はゆっくり休みなよ】
「ゆっくりできねぇよ。そこら中スタンドだらけでウンコ漏れそうだよ」
 この状況にまだ納得できない銀時が文句をもらす。諦めの悪い男にレイは淀んだ目を向けた。
【ウンコが漏れそうなのはあんたがヘタレなだけよ。あんた本当に女将が選んだ助っ人?そんな調子じゃここでの商売勤まんないわよ】
「化け物にサービスできっかぁぁ!」
【なら慣れるまであたしがみっちり叩きこんであげるわよ】
 スゥーっとレイと銀時の距離が一気に縮まる。目と鼻の先にまで迫ったスタンドに銀時は声を失い、その場で硬直してしまう。遠目からすれば今にも唇を交わしそうな危うい体勢だ。
 もっとも本人たちにそんな自覚はないだろうが。
「おい、スタンド」
【レイよ】
 いつもよりやや低い声が二人の体勢を崩した。
「寝る部屋はどこだ」
 仕事の先輩に対しても、いつもと変わらない無愛想な態度で双葉はレイに問う。
【UNOしてる仲間の部屋で寝な。他の部屋はお客さんでいっぱいだからね】
「冗談じゃねーぞ!閣下の横で寝られっか。蝋人形にされるわッ!」
【心配すんな銀さん。俺だっているんだから】
 肩に手をのせ慰めるのは、ふわふわと浮遊する半透明の長谷川。
「余計寝れるかァァァ!」
 長谷川の手を振り払って銀時は双葉に向き直る。だが彼女は先に部屋へ戻り始めていた。また幽霊(スタンド)に囲まれそうになって、銀時は慌てて妹を呼び止めようとした。
「ちょ、待てふた―」
【ギン!】「兄者!」
 二人の女性―うち一人は幽霊だが―に怒鳴られ、銀時の声は遮られた。それが結果的に良かったのだが、怒鳴られた本人は訳がわからず頭に疑問符を浮かべている。
 みかねたレイは再び彼の眼前に迫った。
【言われたはずだよ。幽霊(やつら)に名前を知られたら、あの世にひきずりこまれるって。この意味わかるね?】
 その一言で銀時は悟った。さっき自分がしようとしたのは、妹を殺そうとしたのも同然だ。普段名前で呼んでるから無意識の行動だったとはいえ、取り返しのつかないことをするところだった。
「わーってるよ。……まぁ、ありがとな」
【おや意外と素直なんだね。可愛いじゃないか】
 目の前で笑われ、銀時は言い淀んでしまう。
 その様が余計おもしろいのか、レイはまた微笑をもらした。
「スタンドッ」
 さっきよりも強みのかかった低い声がレイの微笑を止める。
【だからレイよ。フゥ、あんた名前覚える気あるの?】
 溜息をつきながらレイは聞くが、双葉は答えずそのまま廊下を歩いていく。
 追いかけた銀時は先頭に立って進む勇気はないため、妹の後ろにひっついて歩いた。
「……たくなんでこんな目に……」
「………」
「あのお登勢(ババァ)温泉行って来いなんておかしいと思ったら、俺たちを身売りしやがったな。しかもスタンド温泉だとォォ」
「………」
「フザけんじゃねェ。こんな地獄みてェなトコいられるかっての」
「………」
「ババァ覚えてろよ。帰ったら絶対ェ倍返しで復讐してやっからな」
「………」
「おい、フゥ。一人じゃ寂しいだろ。じゃあ一緒に寝てやろうか」
「………」
「何か言え!寂しいだろうがァァ!!」
「………」
 だんまり。
 いくら話を振っても、双葉は黙々と歩き続けるだけ。
 そんな彼女の肩を掴んで振り向かせたが、返ってくるのは突き刺さるような視線。そして沈黙。
 この態度は明らかに――



「オメーなに怒ってんだ?」
 冷めた顔は変わらない。
 だが幼少からずっと一緒だった銀時にはその微妙な違いがわかった。意外にも双葉は怒るとすぐ表情(かお)に出るタイプで、これは明らかに怒ってる顔つきだ。
 だがピザのないオンボロ旅館に来ても、無理矢理働かされても、表情一つ変えなかった妹が今になって怒っている。
 その理由(ワケ)がさっぱりわからない銀時は思うまま聞いてみたが、双葉はムスっとした顔で答えてきた。
「怒る?なぜ私が?……だいたい兄者にはそこのスタンドがいるから寂しくないだろ」
 冷たく言い放って、双葉は部屋に戻って行った。

【あんたも罪深い男だね】
「ギャアアアアアアアアアア!」
 いつの間にか真横に浮かんでいたレイにまた絶叫。
「俺にばっか憑いて来んな。双葉(アイツ)に憑け。アイツ接客とか全然向いてねェから。アイツみっちり叩きこめ!」
【無理よ。私はあの子に嫌われてるみたいだから】
 さっきの突き刺さるような視線。
 あの視線が横にいた自分にも向けられていたことに、レイは気づいていた。その原因も理由もレイには察しがついていたが、兄の方は眉をひそめるだけで全然気づいていないようである。
 鈍感な男に心の中で溜息をつくも、レイは真相を話そうとはしなかった

【明日は早いからとっと寝なよ】
 レイに言われなくても銀時は早く寝たかった。
 せめて夜だけは寝ることでこの現実から逃れたい。
 だが現実は、そんな安息すら許してくれない。
 布団の真横には魂の抜けた長谷川の肉体が並んでこっちを見ている。
 反対側を向けばスタンド化した長谷川と目が合う。
 そして永遠とつづく閣下たちのUNOの雄叫び。
「こんなトコで寝れっかァァァァァァァ!!」
 悲痛な叫びは銀時を余計眠れない夜に誘うだけにしかならなかった。

* * *

 消灯時間が過ぎ、闇に埋まった仙望郷の廊下。
 真っ暗な道を一つの影が歩んでいる。
 『湯』と書かれた大きな暖簾(のれん)をくぐって、岩場が広がる露天風呂へ足を運ぶ。
 ひんやりとした空気が肌に伝わる。影は手に持つ小さな灯で周辺を照らした。
 幽霊(スタンド)(こころ)を癒す温泉。行き場を失った魂を癒して、あの世へ成仏させる場所。
 それが『仙望郷』のかつての姿だった。仙望郷を訪れるのは、未練からの解放を求めるスタンドたちだけだった。
 だが――
「ここじゃない」
 来た道を戻って、また別の場所を目指す。
 影は歩み続ける。探し続ける。
 ただ一つの幻想を抱いて闇の中を。

=つづく=
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧