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東方喪戦苦【狂】

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二十九話 決着

「まぁ、良かったと思うよ。狂夜君?」

裕海はただ立っている。



対する狂夜はただ倒れている。

狂夜の持っていた妖刀、狂乱月は刀身が折れてしまってもう使えない。


俗に言う『絶体絶命』だった。



狂夜は手に、できるだけの力を込めて立ち上がろうとする。
しかし手にも、足にも力が入らない。

身体の自由を失っていた。


「無理はしないほうがいい。君の肋骨は全て折りたたまれている。次の一撃で内臓が損傷する。」

裕海は狂乱月に切られた部位以外、まったくの無傷だ。

「それに…立ち上がった拍子に折れた肋骨が内臓に刺さったりでもしたら自滅するよ?」


「…ゲホッ」
狂夜は倒れた状態のまま吐血する。

そして狂夜は状態を起こし、立ち上がった。



その吐血した中に白い粉のようなものが混じっていた。

「…!体内で肋骨を全て潰したか」

もちろん肋骨が全て折れたら状態を上げることどころか呼吸すら困難に陥る。

しかし狂夜は、能力『人体改造』と『最強魔法』を使い、
体内で肋骨を粉微塵とし、補助系魔法で肋骨の代わりを補った。


「…さすが…新月家…というべきかな?」

再び裕海は身構える。


狂夜もまた、身構える。


――…こんなに瀕死の状態でも生きているところを見ると…まだ先はありそうだな…


――…そろそろ…目が眩んできやがった…もう終わらせないと…俺が死ぬ…


二人の考えは違えど、たどり着いた結論は同じだった。



曰く、『一撃で決める』と。

狂夜は左手の拳に力を込める。


「…右手は損傷して使えないようだな?」

裕海の質問に狂夜は押し黙る。


「裕海…これで終わらせてやるぞ…」

狂夜の発言に裕海は笑った


「奇遇だね。俺も同じ事を考えていたよ。」

狂夜は、拳を。
裕海は、刀を。


互いに離れる、そして、その場に留まる。



この戦いは、先に動いた方が負けるのだ。


両者、それが解っていた。


しかも先に動くしか無いのは狂夜だった。


肉体の損傷が激しい狂夜は、ここで勝利を収める方法は2つしか無い。


一つは相手が先に動くのを待つ。

但し裕海は、単純な男では無い、
負けると分かること等わざわざしないだろう。

ましてや口車に乗せるのも不可能だろう。


ならば二つ目。
フェイントだ。

しかし問題はそれが裕海に通じるかだ。

エイジスとオーダーのボスを勘づかれることなくこなす裕海の知能は間違いなく幻想郷の五本指に入るほどだ。

しかも裕海は既に勘づいているだろう。


そんな相手に勝利を得るのは難し過ぎる




しかし狂夜は後者に決めた。


何よりも神那の為に一発ぶちこんでやらなければいけない。


いや神那だけでは無い
白夜もアゲハもこいつが勝手に使ったんだ。

だから入れてやる。


確実に一発。

その懐に…



――…懐?たしか裕海の懐には一つ障害物がある筈だ。



狂夜は右足を大きく踏み込んで裕海に向かい音速を越えた速さで突撃した。

裕海は極限まで近づいてきた狂夜を『変形葉』で断ち切った。


しかし刀は空を斬り、狂夜は空を蹴り、裕海が刀を大振りで外した瞬間に再び空を蹴って裕海に向かって拳を振るう。

確実に隙を奪った。



――これで裕海は終わりか?


――いや、そんなものでは終わらない。




確実に当てられた筈の狂夜の左手は、裕海の迎撃によって、後ろに斬り飛ばされていた。

狂夜の左手から血が噴出した。




「ふん、解っていないはずが…なッ!?…」

裕海の台詞(セリフ)は途絶えた。

何故か?



狂夜は笑っていた。

左手を切り落とされて地獄のような痛みが身体を引き裂いているだろう。


しかし笑っている。


何故か?


裕海には理由がわかった。


いや、わかってしまった。



先ほど斬り飛ばした左手にモノが握られていたから。

何よりもデリケートなそれを手で守るようにして…


…彼は既に託すために戦っていた。


そして狂夜は握り締めていた右手の拳を裕海にぶつける。

斬るより殴るほうが速い。


狂夜は左手に注目を集め、右手に注目がいかないようにしていた。

狂夜の重い一撃を受けながら、裕海は自重気味に笑った。


「やっぱり君も…新月家の人間だな…」

裕海は勢いよく後ろに吹き飛んだ。


「…やはり…だめだったか…」

狂夜もその場にドサッと倒れた。

意識が完全に飛ぶ前に目蓋に少女が映し出された


――…もし本当に神が居るとするなら…あと少しだけ…猶予をくれ…
__________________

「…うや」
――誰だ?


「狂夜!」
――…ああ、お前らか…

狂夜の視界に映るのは、白夜達だ。


「すまねぇな…裕海…取り逃がしちまったぜ…」

白夜は強く首を横に振った。

「狂夜ぁ…どうして…どうしてぇ…」
白夜の目から涙が零れる。

狂夜は白夜の涙の溜まった瞳を指で拭う。

「白夜…せっかくの綺麗な顔が涙でぐしゃぐしゃだぜ…」

「だって…狂夜…心臓が…」
狂夜の胸には穴が開いていて、心臓が取り出されていた。


「…こんくらい…どうって事ぇよ…」

狂夜は、阿部に担がれている骸を見てから、神無と千尋をみて言った。

「…みねぇ顔だが…雰囲気が骸に似ているな…骸の姉さんか?」
神無は、狂夜の問いに短く頷く。

「そっちの彼女は………ふっ…骸も隅に置けねぇな…」
千尋は頬を染めた。


「阿部…そこに…俺の左手がある。」
阿部は斬り飛ばされた狂夜の左手を確認した。

「これは…」
阿部は狂夜の左手から脈を打つ心臓を回収した。

「そいつは骸の心臓だ…いれてやれ…」
阿部は既に分かっていたらしく、頷いて背負っていた骸を地面に寝かして心臓を胸に押し込んだ。



骸は一回身体を痙攣させると目蓋を指でこすって大きくあくびをした。
「…?ここ何処だ?何で狂夜兄さん血だらけなんだ?」

神無と千尋が骸に抱きついた。

「…骸…そこの綺麗な姉さんと可愛い彼女…大切にしろよ…」

狂夜は、幾斗の方に目線を向けていった。

「…幾斗…星花に謝っといてくれ、アゲハ、友を大切にな」
幾斗もまた小さく頷いた。
アゲハは、理解できなかっただろう、しかしいつか理解することになるのだ。
アゲハも小さく頷いた。

狂夜は上体を起こして言った。
「白夜、俺にはもう時間が…ない。だから…だから最期に…一つだけ…」

白夜は涙を拭い、話に没頭する。

「…お前は自由に生きろ。
…オーダーに捕らわれていたことなんて関係ない、
…ボスのトラウマなんか乗り越えられる、
…過去なんていくらでも振り切れる。」

「………」

「俺は…もはやこれ以上生きることは不可能だ。
しかしお前は時間がある。
過去のせいで人生をぶち壊されるのも
糞野郎のせいで人生を棒に振られるのも
俺はごめんこうむりたい。
お前もそう思うだろ?」

白夜は頷いた。

涙はいまだ止まらない。


「おいおい…いつまで泣いてるんだよ?」

狂夜は白夜の唇にそっと口づけした。


長く、甘い。


白夜は狂夜の体温を感じていた。

少しづつ、消えゆく。


だけどそれは何よりも温かかった。

静かに、濃厚な口付けは終わる。

「…熱い…熱いよ…狂夜。」

狂夜は微笑むと懐から煙草の箱を取り出した。


最後の一本だったらしく煙草を取り出すと箱をクシャッと潰した。

『…(メラ)

指先から魔法の火を出して、煙草に火をつける。


「…それじゃ…先に逝かせてもらうぜ…地獄で色々やってくるよ。」
狂夜は最後に微笑んで、身体から意識を手放した。
煙草が狂夜の口元から地面に落ちる。


また、狂夜から紫色の煙が立ち込めたと思うと、

その紫色の煙は、白夜に集まった。


もう彼女の瞳には涙は無い。

その瞳の鋭さは、狂夜から受け継いだようだった。


そして彼女は『紫色』の魔力で一つ魔法を使った。

『滅鬼怒』
紫色の魔力とはまるで異なる巨大な白い球体は幻想郷を包み込み、それはまるで白夜だった。

そしてその球体は狂夜の『滅鬼怒』と正反対で、球体が触れたものは、再生していった。

裕海と狂夜の戦いで損傷した大地は再生していく。

一瞬でここら一帯が花畑と化す。

白夜は狂夜と神那のコートを取ると自分に着せた。

白夜は受け継いだのだ、
新月家の覚悟と意思を。



白夜は、ゆっくり立ち上がる


――私には狂夜がいる

その想いは、少女、白夜の心を何よりも安心させた 
 

 
後書き
「…裕海…良く、無事で…」
鬼隆は帰ってきた裕海に話しかける

「ふふっ…どうやらいっぱいくわされてしまったようだ。」
やや照れながら言う裕海だが、流血も少なく目立った傷はなかった。

「裕海…それじゃあ…部品は拾ってきたんですか?」

「…」
裕海は何も言わずに鬼隆に狂夜の心臓を渡した。


「…さて…『不死の兵士』のパーツももう少しだ」
裕海は続けて言った。





「さて、次は『揚羽蝶』だ。」 
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