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横浜事変-the mixing black&white-

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朱 宇春はとあるロックバンドに対しても妖艶なペースを保つ

同時刻

 社長は、赤い門柱がトレードマークである南門の近くにまでやって来ていた。すでに23時を回っているにも関わらず、大通りは人と自動車の喧騒で盛んだ。地上の光が上空の星々を打消し、空一面が真っ黒に染まっている。彼女はそれを退屈そうな目で眺めていた。だが、いきなり身体を反転させて、背後を歩く部下達に指示を出した。

 「お前ら、ここでライブやれ」

 その言葉に反応したのはルースだった。刃創を受けた首をマフラーで隠しているが、少しだけ血が滲んでいる。

 「いやいや、ここ歩道ですから」

 無茶言うな、と遠回しに文句を付ける無礼な社員に、社長は鼻を鳴らして言った。

 「バカかお前は。別に歩道の真ん中でやれとは言ってないだろう。少し端に寄ってやるぶんには構わん」

 「だから、街の許可が……」

 「そんなのいると思うか?」

 ルースの呆れた声を一蹴した彼女の人差し指が、大通りの幹線道路に向けられる。指の動きに従って視線を移したミルの驚きと疑問を(はら)んだ声が鼓膜を打った。

 「……警察車両が多い?」

 「そう。そしてその件に私達は先ほどまで絡んでいた」

 「すなわち、この街の殺し屋達ですか?」

 大男の野太い声に社長は頷いて答える。

 「殺し屋組織の『頭』は、自分の手下を自らの策略で切り離したんだよ。本当の目的が何なのかは分からないが、これで横浜は安泰になる。私達にはどうでもいいが」

 息を(ひそ)めている社員達を肩越しに見やると、社長は息を吐いて、結論を口にした。

 「簡単な話、警察が奴らに目を向けている今なら、ゲリラライブの許可もクソもないだろってことだよ」

 「おお……」

 ルースが感嘆したように驚いた。あまりにも素直な反応に『やっぱこいつはバカだ』と実感しつつ、社長は唐突な指示の理由を口にした。

 「ぶっちゃけた話、『頭』にしてやられた気分で帰るのは(かん)に障るんだよ。ここは奴におせっかいという名の貸しを作って、財力か何かで私の会社を支援してもらおうじゃないか、と考えたわけだ。どうだ、良い話だろう?」

*****

同時刻 中華街

 そのとき(シュ) 宇春(ユーチュン)は、閉店時刻を迎えた朱華飯店の残り仕事を終えて帰路についていた。中華街にはいまだに人々が三者三様に跋扈(ばっこ)し、夜の賑わいを持続させている。

 冬場なのに薄地のチャイナドレスを身に纏った彼女は、周囲のから感じる視線に心弾ませながら、副業の方に頭を回していた。

 ――今回頼まれたのはデリヘルの応援だっけ?やだ、私好みの仕事じゃない。

 胸の奥がグツグツと煮えるような陶然たる感覚が増し、彼女は先を急ごうと歩くスピードを速めたのだが――

 「あれ?」

 足の歩みを止めた宇春。それから首を傾げ、前方に立つ二本の赤い門柱とその近くにいる色濃いメンバーを見て呟いた。

 「今どき特攻服だなんて、変わってる人達ねぇ。……ちょっと話しかけてみようかしら」

 妖艶な色気を放つ何でも屋はそう言って足を前にぐんぐんと進めていく。やがて会話が出来る距離まで近づいたのだが、彼らは誰一人として彼女に目を向けない。丸い輪を作って、誰しもが思案に更けた顔をしている。

 相手にされない事を不満に思って眉を曲げた宇春だったが、突然何か企むように口角を吊り上げると、すぐ近くにいた青い制服の少女の耳元に顔を近づけ、優しく吐息を吹きかけた。

 「ひゃっ!?」

 「ほほう、なかなか可愛らしい声を出しますなぁ」

 満足げな顔をする何でも屋。しかしその直後、どこからか途轍もない殺気を感じ取り、彼女はバネ仕掛けのおもちゃさながらの勢いで後ろに飛んだ。刹那、自分の顔があった場所に直球パンチが繰り出されていたのを視認し、彼女は背筋を強張らせた。

 ――あとちょっと反応に遅れてたら、私の顔潰れてたわぁ。誰なのよこいつら。

 それでも相手に感情を見せまいと、宇春は両手を合わせて謝罪のポーズを取った。一方で、いきなり行動を起こした彼らの様子を見た通行人は驚いた顔をして、そそくさとその場から離れていく。

 「突然イタズラしたのは謝るわ。ごめんねぇ」

 「貴方は何者ですか?まさか殺し屋……」

 宇春に不意打ちを食らわせようとした大きな体躯の男が低い声で問いかけたが、そんな彼を先ほどの少女が制した。

 「……その動き、只者ではないのは百も承知だ。今回の件に関わっていない殺し屋か?にしても、私への不意打ちには殺意を覚えた。耳に息を吹きかけられて喜ぶのはルースぐらいだぞ」

 「ちょ、なんで俺の名前出すんすか」

 「お前ぐらいしか浮かばないからだよ、こういう系統に関心のある奴が」

 冷静な声色に内心ガックリする宇春だが、表情から笑顔を抜き取らず、言葉を返した。

 「私は殺し屋じゃないわ。中華街で働いてる普通の従業員。で、貴方達の姿が異様に目立ってたから話しかけただけなの」

 「今の攻撃を躱しておいて普通であってたまるか。……というか、お前寒くないのか?」

 怪訝そうな顔をして呟く少女に、宇春は自慢げな笑みを作って答える。

 「私は寒いの苦手じゃないから。それに、誰かから見られてるって思うと身体が火照っちゃうし」

 「……」

 少女の目が宇春の上半身から下半身へと移動していく。そして、下らないとばかりに顔を引き()らせ、呆れた言葉を吐き出した。

 「……お前、バカだろ」

 「やだぁ、年下の子にバカって言われちゃった。でも私って意外と有能なのよ?何でもそつなくこなせちゃうんだから」

 「そうには見えないんだが」

 「じゃあ、今貴女達が抱えてる悩みを解決してあげるわよぉ?」

 何気なくそう言ってみると、彼らの目つきが変わった。一気に周囲の温度が変わったのを感じて、宇春は少しだけ警戒する。彼らが堅気ではないのは確実だ。いざとなったら逃げるのもやむを得ないだろう。

 自分から話を振ったにも関わらず、さりげなく酷い考えを脳内に打ち立てた宇春に、白髪の少女は慎重に言葉を選びながら問うた。

 「本当に、言えば解決できるのか?」

 「あー、できるだけ日常的なことでよろしくねぇ」

 「今からここでライブをしたい」

 「……ん?」

 彼女の唐突な言葉に、さすがの宇春も目を点にさせた。聞き間違いだとしたら失笑を買う話だが、耳には自信がある方だ。それでも聞かずにはいられなかった宇春は、もう一度言うように頼んだ。

 「今からここでライブがしたい、と言っている。日本語通じてるか?」

 「……どうやら私の耳がおかしいわけじゃないみたいねぇ」

 「お前、私達の悩みが何だと思っていたんだ?」

 宇春はそこで彼らを一通り眺めてみた。女性が2人と男性が6人。そのうち青い制服の少女と、先ほど重そうな拳を繰り出した男以外は特攻服に身を包んでおり、彼らは誰もが剛健な体つきをしている。

 ――ん?白い特攻服と黒い特攻服……。どこかで見たような……。

 ――あ。

 「ねえ、貴方達、もしかしてヘヴンヴォイス?」

 その言葉に反応したのは、首元にマフラーを巻いた男だった。一ヵ所だけ赤く滲んだ部分がある。先ほど青い制服の少女にルースと呼ばれていた人物だった気がする。

 「おう、そうだ。アンタも俺らのライブ見たいだろ?」

 「私はこの後デリヘルの仕事だから」

 男の言葉を軽く受け流し、顎に手を当てて方法を思索する宇春。何でも屋である彼女は、この街に人間関係という薄くて広いネットワークを築いている。それらを必要最低限に利用すればどうにかなるかもしれないが――

 「だって貴方達、『私のお友達』の敵なんでしょ?」

 「あ?何言ってんだ?」

 マフラー男が胡乱な目でそう言った。しかし、それが偽りの色を含んでいる事を彼女は知っている。

 「私はね、この街で何でも屋もやってるの。そのために広げた情報網は綿密だし、私が求めなくても簡潔な情報ならいくらでも入ってくる。まあ、貴方達がロシアの殺し屋っていう話は、殺し屋のみんなから直接聞いた話だけどねぇ」

 眼前の集団から発せられる警戒の色が濃くなっているのを感じながらも、彼女は自分のペースを保ち続ける。

 「それで、貴方達は今ここで何をやっているの?私の本業は従業員だから、いつでも情報を得ているわけじゃないのよ」

 実際、彼女は数時間前から横浜各地で断続的に起きている不可解な事件――殺し屋の抗争について知らないし、横浜マリンタワーでのヘヴンヴォイス狙撃事件も聞いていない。そのため彼女は、知り合いの敵と会話している事に、強い警戒心と赤島達に対する不安を感じていた。どういった形で彼らはここにいるのか。フランクな口調で情報開示を求めたのだが、少女は彼女の心境をよそにあっさりと教えてくれた。

 「ならこちらも簡潔に教えてやろう。正直なところ、お前に一から説明するだけの時間はないんだ。
私達はこれから母国に帰る予定だ。でもその前に、この街の『頭』に借りを作っておこうと思ってな」

 「……」

 「真相は私達が帰った後にでも知ってくれ。とにかく今はここでライブをしたい。使える楽器と情報拡散。これで人をどっさりここに集めてほしい」

 「ふうん。つまり、その『頭』さんに対して無駄なお世話をするってわけかしらぁ」

 ――『頭』?誰のことかしら?チーム?組織?

 ――局長さん……はないわね。真意は分からないけど、宮条ちゃん達は関係なさそうだし、いっか。

 笑顔の下に相手を計るような目を向けていた宇春だったが、次には心の底からニコリと笑って答えを出した。

 「分かったわ。貴方達の依頼、受けてあげる。私が貴方達の情報をもっと蒐集するっていう条件が料金ね」

 しかし突然「あ」と言葉を漏らし、何でも屋は依頼人達に一つの制限を掛けた。

 「15分間で全部が終わらなかったら、私は貴方達の許可なくここから逃げるから、そのつもりでよろしく」



 「何でも屋としての先客が一人いるんだから、仕方ないわよね?」 
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