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戦友

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第一章


第一章

                    戦友
 国境は穏やかだった。その辺りだけは。
 激戦が続く両国であったがその場所だけは軍事的にも経済的にも資源的にも何の利害もないので至って平和なものであった。だからこれといって軍も置かれてはいなかった。
 だからここには両国共それぞれ兵を一人ずつしか置いてはいなかった。その兵も教育期間で碌でもない成績を残した新兵であった。どうしようもないのでそこに回したのだ。
 一方にいる赤い軍服の兵士の名前はアルフレッド、もう一方の青い軍服の兵士の名前はコシュートという。アルフレッドは赤い髪と黒い目の青年でコシュートは金髪に青い目の青年だ。それ以外は二人共これといって特徴のない顔をしている。完全に景色に溶け込んでしまうような印象の薄い顔立ちをしていた。雰囲気までもが。
 その彼等は国境の詰所にいるだけだった。それが任務だった。ただそこにいて一日を過ごす。食べ物も水も送られてきてそれを自分で料理して後は適当にテレビを観たり風呂に入ったりして時間を潰す。これだけで時間が過ぎていく。両国は戦争をしているというのに全くもって穏やかなものであった。
 だが二人はそれもいいかと思っていた。何しろ教育期間で完全に役立たずの烙印を押されてここに回されたのである。それでどうこうする気持ちになれる筈もなかった。だから至って呑気なものだった。戦争が行われていることは新聞やテレビだけのことだった。それだけだった。
「さてと、今日は」
 アルフレッドは朝起きて御飯を食べてからゆっくりと今日のことを考えた。
「何をしようかな」
 テレビを観るか注文した漫画を読むか。そんなことを考えていた。しかしここでふと外を見た。窓の向こうには延々と連なる山脈があるだけだ。ここは山地なので山が連なっているのだ。この様に険阻な場所でしかも資源も何もないので抗争地点にはならない。そういうことだったのだ。
 山登りもいいかな、そうも考えた。ずっと山登りが好きだった。学生時代は登山を趣味にしていた。そのことも思い出した。それで登山をしようと思ったその時だった。
「んっ!?」
 窓の向こうに人影が見えた。そこにいたのは。
「あいつか」
 青い軍服だった。コシュートだ。しかし彼はその名を知らない。敵の兵士としか思っていない。ただそれだけの相手でしかなかった。
 彼を見ても何も思わなかった。ただそこにいるだけだと。たったそれだけの相手だった。
 だから彼を見ても自分の考えに影響は感じなかった。普通に山登りのことを考えながら外を出た。外は冷え冷えとしていて剥き出しの岩石や木々が見えている。白と青が美しい。見慣れてきているがそれでも美しいと感じるには充分な風景であった。やはり彼は山が好きなのだ。
 その山々を登ろうかと考えていた。外でも。しかしこの時にまたあの相手の兵士を見たのだった。
「またあいつか」
 この時もこう思うだけだった。何とも思わず山登りをはじめようとした。しかしその時だった。
「おい」
「おい!?」
 向こうから声がかかってきた。それを聞いて顔を彼に向けた。
「何処に行くんだ?」
「何処って。山登りだよ」 
 とにかく何もなくいるのも彼等だけだったのでこう言葉を返した。何しろお互い軍服こそ着ているが銃もヘルメットさえも身に着けてはいない。そんな姿だったから警戒もしてはいなかったのだ。
「今日はそれで時間を潰すんだ」
「山登りでか」
 コシュートはそれを聞いて何か考える顔を見せていた。距離はお互いの顔までわかる距離だった。見れば向こうは平凡な顔をしている。自分も人のことは言えないことは自覚している。
「そうさ、今日はそれだ」
「そうか、そうするのか」
 彼はそれを聞いて納得したようであった。しかし納得しただけで終わらせはしなかったのだった。
「なあ」
 またアルフレッドに声をかけてきた。
「何だ?」
「一人で行くのか?」
 こう尋ねてきたのであった。
「その山登り。一人か?」
「そうさ、一人さ」
 答えながら何を決まりきったことをと思った。何しろこの国でここにいるのは彼だけなのだ。他には誰もいないのだから。
「それがどうしたんだ?」
「なあ、提案なんだが」
「提案?」
「実は俺も山登りをしようと考えていたんだ」
 奇遇であった。彼もそれを考えていたというのだ。
「だからな。相談なんだが」
「相談?俺とか」 
 敵の兵士に何を言っている、内心そうも思ったが何しろここは他に誰もいないしまた誰からも見られていない、見捨てられた場所だ。だから敵という意識はあまりなかったので彼の話も聞くのだった。
「そうさ。一緒にどうだい?」
 こう彼に声をかけてきたのだった。
「一緒にか」
「どうせ一人なんだろ?」
 コシュートは誘いをかけてきていた。それはアルフレッドにもわかった。しかし敵と味方というお互いの立場がそれを拒もうという考えに向けていたのだった。アルフレッドに関してはそうである。
「だったら。どうだい?」
「敵同士でか」
「それは戦場でのことだけだろ?」
 これがコシュートの考えだった。気さくに笑ってアルフレッドに告げるのだった。
「だったら関係ないじゃないか。ここじゃ戦争なんて起こっていないんだしな」
「それはそうだけれどな」
「だったらいいじゃないか。いるのは俺達だけだ」
 それを言う。紛れもない事実だ。だからのどかであるのだ。二人だけでお互い何も干渉しないのならば。平和とは実に簡単に手に入れられるのである。
「だったら。別にいいだろ」
「一緒に何かしてもか」
「上官も誰もいない」
 そもそもあまりにも役立たずなのでここに回されたのだから。上官さえここにはいないのだった。どんな閑職よりも凄い場所であるのだ。
「俺達だけだ。それだったらいいじゃないか」
「そうなのか」
「そうさ。それでどうするんだい?」
 ここまで話してアルフレッドにまた問うてきた。
「一緒に行くかい?それとも一人で楽しむかい?」
「飯は持ってるか?」
 アルフレッドはすぐに答えることはせずまずは彼にこう尋ねたのだった。
「飯は。どうなんだい?」
「ああ、あるよ」
 コシュートはにこりと笑って彼に答えた。
「缶詰がな。たっぷりとな」
「そうか、だったら問題ないな」
 アルフレッドはそれを聞いて満足した顔で頷いた。最初に尋ねたことがクリアーされて満足したのだ。
「じゃあそれ持って。一緒に行くか」
「そうしてくれるか。有り難いな」
「どうせここじゃ戦争はないんだ」
 彼もそのことを思う。こう考えると実に気楽なものであった。何しろ彼等の他には誰もいない。戦争はここでだけは夢の世界の話であるからだ。
 
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