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二つの顔

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第一章


第一章

                     二つの顔
 柳場杏奈は看護婦である。ある大学の付属病院に勤めている。
 小柄であるが中々整った外見をしている。はっきりとした丸めの目と厚めの唇を持った大人の知性を見せる顔立ちをしており眉は細い。髪は少し茶色にしていてそれを長く伸ばしている。見るからにしっかりとした雰囲気を醸し出させている大人の女である。看護婦の白い服も実によく似合っている。
 その彼女の交際相手はボクサーである。武内裕典という。鋭い二重の目をしており口は大きい。黒い髪の色はかなり濃い。眉の形は目に合わせて鋭いものになっている。背は一八〇程度で身体はかなり引き締まっている。その彼が彼女の交際相手というわけだ。
 その彼がだ。杏奈の勤めている病院に来てだ。声をかけてきたのである。
「アンニーナ、いるかい?」
 彼女の仇名を病院の中で言う。その白い病院の中でだ。
「いたら返事してくれないか?」
「あれ武内裕典よね」
「そうよね」
 患者や看護婦達が彼の姿を見て言う。
「日本チャンピオンの」
「近いうちに世界チャンピオンにも挑戦するんでしょう?確か」
「そうらしいわね」
 こう彼について話される。
「確かね」
「それで何でその世界チャンプがここにいるの?」
「あれ、知らないの?」
 看護婦達は彼を見ながら話す。
「彼へ、杏奈の彼氏なのよ」
「えっ、そうだったの?」
「杏奈の彼氏だったの」
「そうなのよ」
 彼と杏奈のことを知っている看護婦の一人が話す。
「それでなのよ。結構この病院に来るわよ」
「へえ、チャンピオンが彼氏ね」
「杏奈も隅に置けないわね」
「あれでね」
 こう話されていくのである。
「で、その杏奈は?」
「今日はこれで終わりだけれど」
「今日は夜勤はないしね」
 彼女についても話される。
「それで迎えに来たみたいだけれどね、彼」
「ふうん、それでなの」
「けれどね。それにしても」
「そうよね」
 裕典を見ての話に戻った。その彼の引き締まった長身を見てだ。それは彼が今着ている皮のコートの上からでもはっきりとわかるものであった。
「やっぱりボクサーだけあってね」
「凄い引き締まった身体してるわよね」
「今のところ無敗だしね」
 彼の戦歴についても知っている看護婦がいた。
「あれは本当に強いわよ」
「何処かの猿みたいな顔した一家とは違うのね」
 日本の恥と言ってもいい厚顔無恥な一家の話も出た。
「八百長ばかりしてマスコミに贔屓されてるだけのあの一家とは」
「あんなの全然大したことないじゃない」
「頭も悪いしね」
「品性も何もないし」
 そうした人間でもマスコミが持て囃せばそれで英雄になるのが日本である。これこそわが国の七不思議であると言ってもいい。紛い物が宝石になる筈がないのにである。
「何でも武内はね」
「普段はそうじゃないのね」
「まああの一家よりずっと顔はいいわね」
 顔は確かにいいものだった。精悍であり端整ですらある。
「全然ね」
「確かに」
「試合の時なんか凄い顔だけれどね」
 その顔のことが特に言われる。
「もうね。戦士みたいな顔だから」
「戦士なの」
「そうよ、凄い顔になるのよ」
 また話される。
「鬼気迫るっていうかね。刀持ってるみたいなね」
「侍ってやつね」
「それって」
「そうね。侍ね」
 まさにそれだというのである。
 
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