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横浜事変-the mixing black&white-

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殺意はナイフと拳銃と言葉で紡がれる

同時刻 横浜某所 ビル内

 そこは一度『外部』からの攻撃を受けて陥落した筈の室内だった。壁周りを覆うようにして取り付けられたデスクとそれらに合わせた男女達。中心には同型のデスクが鎮座し、リクライニングチェアには若干白髪の目立つ男が座っている。全てのデスクに、統一型のデスクトップを始めとしたネットワーク用機器が置かれ、正常な稼働を見せていた。

 「第一に行うのは現状把握だ。すぐに殺し屋チームを捕捉してくれ」

 中心に座る男――阿久津は、四方にいる局員らにそう指示した。自身のパソコン画面には各局員が使うパソコンのそれが長方形に整列しており、仕事を放棄する者がいないか監視している。とはいえ、これまで作業をサボってパソコンで遊んだ局員は誰もいないのだが。

 ――ただ、クラッキングをされたからには内部の人間も嫌疑の範囲に加わってしまうのは無理ない話だ。

 殺し屋統括情報局本部は、一週間ほど前に何者かによるクラッキングを受け、コントロールを奪われてしまっていた。その上、ビル内のネットワークも封鎖されてしまい、彼らは外に出る事すら叶わなかった。これまで非常食のみでやり切って来たが、それでも限界は間近に迫っていた。

 そんな中、つい数十分前に本部のネットワークが復旧したのだ。自分達はお手上げで何もしていなかったため、突然の出来事に『罠か?』と訝しんだが、続いて局長から連絡がきた事でその予測は打ち破られた。プッシュ音を消す勢いで通話モードにしたのは記憶に新しい。阿久津は僅かに目を画面から落とし、局長とのやり取りを脳内で再生した。

***

 『やあ、阿久津君。息はしているかね?』

 「き、局長。今までどうされて……?」

 『その点は悪かった。こちらのサーバも少しだけ被害を受けてね。複数人から同時に仕掛けられるのは得意ではないのだよ。
 では話を戻そう。先ほど私は殺し屋統括情報局を蝕んでいた敵のクラッキングを解除した。それは君らも確認している筈だ』

 「確認しました。お手数お掛けしました」

 『いや、あれはかなり陰険な手口だった。それはさておき、君達には早速働いてほしい。今そちらに作戦内容を送るからそれを読んでみんなに伝えてくれ』


 『一歩間違えれば大変な騒ぎになる作戦だというのは覚悟したまえ』

***

 ――確かに、これは有史以来の大規模かつ危険な作戦だ。

 阿久津は自分のFAXに送られてきた内容に一通り目を通して、最初にそう思った。どの角度から見ても、内容が危険だという事には変わりなく、阿久津は局長の考えが読み取れずにいた。

 ――ここまでするだけの状況になっているのか?だとすると殺し屋チームは……。

 「解析完了しました。横浜南部の女学院付近に彼らがいます」

 思案していたところで局員の一人が室内全体に響いた。阿久津の目が再び画面に戻ると同時に、一つのパソコン画面がクローズアップされた。

そこは曲がりくねった一本道で、どこかの部屋の二階から撮っているらしかった。画質は中の下といったところで、酷くはないが良くもないものだった。フェンスなどで一部道が遮られていたりもするが、ほとんどは視認出来る。

 「すでに始まっている、か」

 副局長の声がトーン低めに吐き出される。リアルタイムで届いているその映像には、人と人が得物を持って殺し合うという惨たらしい光景が映し出されていた。一人は銃を片手にナイフを持ち、一人は両手に銃を握り――彼らは互いに殺す相手を決めてから動き出したようだ。道路のあらゆるところで赤黒い血液が飛び交い、まるで昔のドラマによくある大乱闘シーンを忠実に再現しているかのようだった。

 「状況は整った。これより作戦を開始する。表示する内容と私が立てたプランを読み、すぐに開始」

 その言葉を受けた局員の動きは非常に迅速的だった。阿久津がデータ転送した指示をすぐに読み、互いに競争し合っているのかと言いたくなるぐらい猛烈な速さで文字を打ち込み始めた。阿久津が数十分で作り上げた各員の担当プランに従って動いているのだ。

 「……まったく、我々は幸せ者だよ。画面の先では仲間が命を懸けているのに、その危機感すら感じずに仕事を全うできるのだから」

 阿久津は自分達を卑下した言葉を吐き捨て、それでも真剣な色を目に映してこう言った。

 「だがやらせてもらう。局長の指示は絶対なんでな」

*****

同時刻 JR石川町駅前

 電話越しの人間――局長に指示された駅で降車した外国人の二人。青い制服の社長は携帯を取り出し、相手が送ってきた目的地までの地図を開いた。ここから意外と距離があると判断した彼女は隣の大男を連れてタクシー乗り場に向かう。そこにはすでに何台かタクシーが止まっており、新しい客が訪れるのを待っていた。

 社長は屋根のついた乗り場の真横に止まっていたタクシーに近寄り、ちょうど煙草を蒸かしていた運転手に声を掛けた。

 「タクシーに乗りたいんだが」

 「お、ああ、すみませんね。すぐにだし、ま……」

 運転手は徐々に声のボリュームを落としていき、しまいには持っていた煙草を手から放してしまった。彼は引きつった笑みを顔に貼り付けてこう言った。

 「あの、非常に失礼だと承知はしているのですが、後ろの方が腰を掛けられるかどうか……」

 「心配はいらない。こいつなら横に寝させる」

 大男が口を開く前に無理やり納得させる社長。しかし当の大男は反抗する態度を見せず、ボソボソと低い声を吐き出した。

 「私の事はお気になさらず。あまり時間がない」

 「はっ、はぃ!」

 素っ頓狂な声を出した運転手。彼は慌てた手つきで運転席に乗り込み、普段通りに客用の自動ドアを開ける。助手席には社長が、後部座席には大男が乗車した。彼は最初に足を忍び込ませ、それから身体を九の字に曲げて全体を中に押し込めた。グラリと車体が横に揺れるのを感じて、社長が嫌な顔をする。

 「私は酔いやすいんだ、いきなり揺らすな」

 「申し訳ありません。これからは用心致します」

 隙のない丁寧な敬語を紡ぎ出す大男をミラー越しに睨み、それから彼女は隣で深呼吸している運転手にこう言った。

 「ああ、とりあえずこの携帯にある地図通りに進んでくれ。それと安全運転でな」

 「えっと、場所は分かりますが、この時間からですか?行っても住宅街かイタリア庭園ぐらいしか……」

 「構わない。出してくれ」

 「わ、わかりました」

 運転手は怯え気味にそう言うとアクセルを優しく踏んだ。ゆっくりとタクシーが動き出し、ハンドルの動きに合わせてタイヤが右方向に曲がる。「お、重いなあ……」という運転手の戸惑った声を聞きながら、彼女は駅前のネオンを横目に見やった。

時間帯もあってか、人混みは先ほどのパーキングエリア辺りと比べると本当に少ない。それでも自分の住んでいる場所はほとんど人などいないが、と自嘲気味に笑う。

 ――むしろ私達は人を消す立場だな。

 それから社長は、安全第一で走り出したタクシーの運転手が蒸かす煙草の代わりに言葉という煙を車内に蔓延させた。

 「仕事というのは実に面倒だ。慣れてしまえばそれまでで、現実が退屈になってしまう。その上、嫌なことが起きて責任を取るとなったら苛立ちが募る。まるで今の私だ」

*****

同時刻

 田村要が殺すべき相手として選んだ人間はただ一人だった。大河内の腕が下がった瞬間、彼は後ろに新手の敵がいるにも関わらず、背を向けて駆け出した。その後ろで発砲音が響いて後ろを見ると、ヘヴンヴォイスの女性が左手に持ったナイフで銃弾を打ち返していた。今だけ、彼女が歴戦を共に戦い抜いた仲間だと錯覚してしまった。

 すでに周りでは敵との交戦が始まっており、一ヵ所に纏まっていた殺し屋統括情報局の殺し屋達は散開し、個々の連中と潰し合っていた。しかしその中でマトモに動けていない奴がいた。

 要は挨拶代わりに左手に持ったナイフを敵の顔面目掛けて投げつける。が、それは威力を落として敵の前で地面に落ちた。少しばかり距離がありすぎたと心中で舌打ちする。

 だが相手も自分に気付いたようで、こちらの顔を見て驚愕の声を漏らした。

 「……田村君?」

 敵は手に持つ拳銃すら落としそうになり、慌ててそれを持ち直す。素人丸出しの動きに笑いたくなるが、要は感情を心の裏側に押し込み、淡々とした口調で話しかけた。

 「まさかとは思ったけど、やっぱり暁だったんだな」

 「っ……」

 単純な事実を吐いた要に、眼前のクラスメイトは表情を硬くし、息を飲んだ。それは友達に嘘を吐いていた事への焦りか、自分の素性が露わになってしまった事への焦りか――

 ――どっちでもいいけどな。

 そして、要はゆっくりと結論を言葉に乗せて呟いた。

 「……蛇の道は蛇って言ってさ、同類は結局同じところまで堕ちちまうんだ、よっ!」

 語尾を放つのに合わせて要は思いきり地を蹴った。左手に持ったナイフを利き手に持ち替え、分かりやすく振り被る。それを見たケンジは驚いた顔をして、それからリズミカルに後ろへ下がった。

 だが、要の攻撃は避けられたから止まるわけではない。ナイフは空を切ったが、彼の身体は膝を地に着く寸前の状態で停止している。そこから両脚に力を込め、学生とは思えない爆発力で前方に飛び込んでいく。ナイフの切っ先を前に向け、勢いに乗ってケンジの腹部を貫く――事にはならなかった。

 ケンジはすぐに銃を手から離し、手ぶらになったところでまず身体を左横にスライドさせた。そして、要のナイフを持つ腕を片手で掴んで、真横に引く事でバランスを崩した。軸足のみになった要のそれを左足で捌き、彼を転ばせたのだ。

 突然の反撃に成す術もなく地面に倒された要。もろに背中と腰を打ったが、すぐに立ち上がる。そしてある程度の間合いを取るとケンジに話しかけた。

 「そういや合気道やってたんだっけ。反射神経は平均以上ってわけか」

 「田村君……」

 「ちなみに和解はできない。これは学校内での話じゃないからな。俺は俺の世界を守るために戦ってるんだ……って、さっきまでは言えたよ」

 「え?」

 「前に、どうして周りが一歩引いた態度取るんだって話したろ。俺はあの答えを知ってる」

 「どういうこと?」

 ――そんな素顔丸出しじゃ、後ろから刺されるぞ。

 心の奥底でそう呟き、裂綿隊に属する少年は敵であるクラスメイトに解答を教えた。

 「それはな、俺ら自体が周りから浮いてるからなんだ。それなのに俺は他人のせいにして、反対にお前は最初から受け入れた。本当にそれだけの話だよ。現実は平等じゃない。それを一番痛感した気がする」

 「……でも、そうだとしても僕らは悪くないと思う」

 「は?」

 ――何言ってるんだ、こいつ。

 自分が言った事が通じていないんじゃないか、と要は呆れそうになるが、眼前の少年は『こういうとき』は素だった。

 「運命には逆らえない。けど、願うのは許されることだと思うんだ。僕には幼馴染がいたけど、君にだって一人ぐらいいただろ?一緒に笑って泣いて喧嘩し合った人が」

 「……」

 ――ああ、そうか。

 ケンジに関する新たな結論が要の脳を打ち抜いた。硝煙の臭いが鼻を突くのを感じながら、彼はゆっくりとそれを口に出した。

 「結局、俺とお前の違いはそこなんだな」

 「?」

 「お前はどんなに辛くても最後に前を向く。けれど俺は違う。誰かのせいにして現実の音を耳に入れないんだよ。ホント、ただの人殺しだ」

 「……田村君」

 「あー、なんか吹っ切れた。もう堕ちるところまで堕ちてみるか」

 無表情に自虐の笑みを混ぜた狂気じみた自分に気付き、さらに笑えてくる。結局何が言いたかったのか。それすらも分からなくなりそうだった。

 孤独に塗れた少年は、同類にして歴然の差がある敵を見据えて呟いた。

 羨望と怨嗟が彩る絶望の言葉を。

 「お前は希望で、俺は絶望。二人合わせて死ねば全部なくなる。そうだろ?」

 ケンジの厳しい眼光を受けてもなお、彼は口を止めない。

 「どっちにしろ、最初に殺すのはお前だけどなぁ!」

 戦う理由にも現実にも、『殺し屋』という存在にも見捨てられた哀れな少年は、殺人鬼となって眼前の少年を殺しにかかる。

 それが全ての終わりにつながるという妄想を信じて。

*****

 元チームCのリーダーは少し先で繰り広げられている少年達の殺し合いを見て楽しそうに微笑んだ。とはいえ、それは聖母のそれではなく残忍な光に満ちた蛇そのものだったが。

 と、そこで斜め上から殺意の念を掴み取り、大河内は真横に回転した。その直後、大河内がいた地点をナイフが突き刺し、フェンスにいた人物が道路に降りてきた。

 「俺を殺しにきたんですか、赤島さん」

 「ベテランからの粛清だなんて滅多に味わえねぇよ?ここは乗っておくべきだと思うぜ」

 大河内に奇襲を仕掛けたのは赤島だった。右手の包帯は依然として取れず、大河内に戦闘ですでに一歩遅れている状態なのは一目瞭然だ。

そんな無精髭を生やした組織の古参を前にしても、大河内は動揺せずに語り出した。

 「殺されるにはまだ早いですね。けれど俺は赤島さんを高く買っているんでね。本望と言えば嘘ではないかもしれません」

 「口まで達者なんだから、俺も太刀打ちできねえかもなぁ。で、どうして俺を買ってんだ?」

 「もちろん先輩だからです。鋭い洞察力が生み出す仮説は全て的を射ていたし、戦闘能力は言うまでもない」

 「お世辞にも程があるな。俺は後ろから表舞台で踊る連中の姿勢を支えてやるだけなんだからよ」

 「それが殺し屋としての最高な立ち位置だと思いますよ、俺は」

 赤島は「やれやれ」と苦笑混じりに呟くと質問を投げかけてきた。

 「話は変わるけどよ、なんでこの住宅街の連中は俺らの存在を無視しているんだ?普通なら俺らはもう警察の世話になってておかしくないだろ」

 「ああ、それは簡単な話です」

 大河内は首を周りの家々に巡らせる赤島を見ながら平坦な口調で答える。

 「この辺りの無線、有線全てのネットワークは全て我々が止めました。家を出ようにも、俺らの存在はすでに既知でしょうから無理ですし」

 「……皮肉だな。それと陰険だ」

 「でもこれで思う存分暴れることができますよ。ああ、こちらの仲間はみんな銃にサプレッサーを付けていますから遠くまで響かないようにしてあります。良かったですね、俺が優しい人間で」

 「……」

 大河内は赤島の左手にいつの間にかナイフが握られている事に気付いた。愉快そうに笑い、彼も左裾からバタフライナイフを取り出す。周囲は歓声の代わりに、銃声と金属が擦り合う音が大合唱し、緊迫した二人の間を取り持っている。

 最初に動き出したのは大河内だった。彼は真正面から赤島に向かって地を蹴り、右手に持ったナイフを捻らせながら、赤島の脇腹目掛けて飛び込んだ。

 呼吸を乱された赤島は防御を優先し、前から迫る大河内の殺意をギリギリで躱してナイフを大河内の脇腹に突き刺そうとした。だが大河内はその攻撃を読んでいたのか、右肘を真横に回った赤島の右腕に激突させる。

 「ッ、ガッ……」

 小さな呻き声が耳に伝わり、大河内の頬がさらに緩む。彼の身体は赤島とは逆方向に飛び、再び二人の間に間隔が生まれた。

 「今のは牽制です。まさかここで『俺は怪我人だから手加減しろ』なんてことは言いません、よね?」

 「おいおい、舐めてもらっちゃ困るぜ。殺し合いに怪我もクソもあるかよ」

 「その通り。俺と赤島さんは互いに殺意を持って殺し合っている」

 端正な顔立ちを悪意で歪めた青年はナイフの先端を小指で弄びながら呟いた。

 「これこそが我々殺し屋の日常だ。そうでしょ?」 
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