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お嬢様と執事

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第一章


第一章

                 お嬢様と執事
 我儘勝手、この言葉が何よりも似合う。
 同時に容姿端麗、眉目秀麗、文武両道といった言葉も当て嵌まるが彼女に似合う四字熟語はやはりこれであった。少なくとも彼から見ればそうであった。
 四条紗智子、彼女は名門四条家の所謂御令嬢であり日本でもかなり有名なお嬢様学校に通っている。これ等の四字熟語が示すように文句なしのお嬢様である。ところがであった。
 性格は我儘で高飛車で勝手気まま、本当にこれで顔が悪ければ何もないといった人間であった。そんな人間の執事なのがこの彼、島本正人である。
 彼は元々代々四条家に仕えている。彼の父や祖父どころか曽祖父、いやそれより前から代々仕えているのだ。四条家は公卿出身で明治時代には華族としてみらびやかな栄華を誇っていたことで知られている。今も財界に大きな影響力を持っている。
 そんな時代遅れの共産主義者から見れば打倒されるべき存在に彼は仕えているのだ。大学を卒業してすぐに紗智子の執事になった。この紗智子のことは昔から知っているがどうにもこうにもその我儘さで手を焼き続けているのだ・
「島本さん」
「はい」
 彼女は正人を島本さんと呼んでいる。彼の言葉は大抵その言葉に応えるところからはじまる。
「明日の用意はできまして?」
「既に」
 畏まって彼女に答える。学校の帰りにもう迎えの車を校門に持って来ている。運転手をその車の中において執事姿に長身でその細面の端整な顔に黒髪を後ろに丁寧に撫で付けた彼が車の後部座席の左のドアのところに立って恭しく待っていたのだ。見事なまでに絵になる姿であった。
「万端整っております」
「よろしくてよ」
 彼のその言葉に素っ気なくこう返すのが常であった。その彼女といえば如何にもお嬢様学校といった地味ながら清潔感を感じさせる制服に豊かな茶色の髪をたなびかせ切れ長でそれでいて二重の瞳に自信をみなぎらせ白い卵のそれに似た形の顔に整った高い鼻と紅のやや大きめで薄い唇を持っている。気品に満ち溢れ、それでいて高慢さも感じさせる美貌であった。
「それでは。今は」
「お屋敷に帰られるのですね」
「勿論。それでは」
「はい」
 いつものやり取りの後で紗智子を車の中に入れ自分も入って車を進ませる。車の中では彼女は静かであった。しかし家に帰ると。
「島本さん」
 馬鹿に広い庭を持つ左右対称の緑の庭を抜け西洋、しかも十九世紀イギリスのそれを思わせる大きな屋敷の門をくぐりこれまた豪奢な屋敷の中に入るとすぐに紗智子また彼を呼ぶのであった。
「はい。何でしょうか」
「すぐにあれの用意をして下さる?」
「あれですか」
「そう、あれですわ」
 あれとしか言わないのであった。
「宜しいですわね」
「畏まりました」
 正人は静かに紗智子の言葉に頷くとすぐに姿を消した。そうして暫く経ってから持って来たものは小さな木製の小箱であった。
「お待たせしました」
「遅いですわね」
 礼を述べるのでもなくそう文句を言うのだった。その間表情を変えることはない。
 オルゴールを受け取ると静かに姿を消した。その時にまた正人に対して言う。
「いつも通りに」
「七時でございますわね」
「それはもうわかっている筈ですわ」
 またきつい声になっていた。
「宜しいですわね」
「はい、それでは」
 正人の一礼を受け流すようにして二階の自分の部屋に向かう。自分の手でその樫の木の扉を開けるとその中に消えた。正人はそれを見送っていたが扉が完全に閉まるとすぐにその場から姿を消した。彼が向かうのは屋敷の中にある使用人達の控え室であった。そこは控え室にしては豪奢なもので屋敷の中の空いた部屋を使っていることがわかる。そこにメイドやシェフ、運転手達が座ってめいめいテレビを観たりゲームをしたりお菓子やお茶を楽しんでいた。かなり楽しんでいると言えた。
「ふう」
「ああ、お帰りなさい」
「島本さんお疲れですね」
「いや、疲れますよ」
 正人は彼に声をかけてきた若いメイドの佳澄に言葉を返した。表情にもはっきりとした疲れが見えていた。
「お嬢様の執事というのも」
「そうですか?」
「疲れませんか?」
「楽だよね」
「ねえ」
 それを聞いた佳澄は隣でチョコレートクッキーを摘んでいる同僚に顔を向けて声をかけた。その同僚も彼女に同意して頷くのであった。
「お嬢様お優しいし」
「よく気が利かれる方ですし」
「何処が?」 
 だが正人はメイド達のその言葉に顔を顰めさせて言い返すのであった。彼にしてみれば彼女達の言葉は何処が、といった感じだったのだ。
「あのお嬢様の執事になってから大変なんだけれど」
「そうなんですか」
「大学を出てすぐにこの家にお仕えしたけれどさ」
 これは彼の家の決まりであった。学校を出たらすぐにこの家に仕える。そうして代々生きてきているのである。なおこの部屋にいるメイドや運転手達も同じなのだ。だから彼等はこの四条家にとっては家族も同然なのである。正人もこのメイド達や運転手達のことはそれこそお互い若い頃、赤ん坊の頃から知っている。当然紗智子に関してもだ。彼はその紗智子に対してまた言うのだった。
「昔からの御気性がさらにきつくなっていて」
「お嬢様昔からとてもお優しいですよ」
「そうですよ」
 だがメイド達はまた彼に対して言う。
「何かの間違いではないですか?」
「それは」
「そうかな」
 正人は彼女達の言葉に首を捻りながら空いている席につく。それから側にある冷蔵庫からアイスクリームを取り出してそれを食べだすのであった。バニラのアイスだ。
「僕昔からお嬢様に振り回されて」
「そうなんですか」
「大変だったけれど。執事になってから余計に」
「そういえばどうして島本さんがお嬢様の執事になったか知ってます?」
「さあ」
 佳澄の言葉に首を傾げる。
「それは知らないけれど。そういえばお嬢様には今まで執事なんていなかったし」
「お兄様方やお姉様方に執事がつけられたのは大学を出てからですよね」
「うん、そうだったね」
 実は紗智子は四条家では末っ子だ。上に兄が四人、姉が二人いる。一番上の兄とはかなり離れている。
「けれどお嬢様はまだ高校生。どうして」
「お嬢様が旦那様と奥様に特別に御願いしたんですよ」
「えっ!?」
 正人はそれを聞いて思わず声をあげて同時に今食べているアイスクリームにスプーンを突き立てたまま動きを止めてしまった。
「そうだったの」
「御存知なかったんですか」
「初耳だよ、そんなの」
 彼は驚いた声でまた言葉を返した。
 
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