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青い春を生きる君たちへ

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第12話 罪を共に

「ねぇ、ちょっといい?」
「ん?」


田中の"愛の実験"一回目から数日後の昼休み、田中に唆されるままかけたイタ電がバレてないか、気になって寝不足気味の小倉に、高田が声をかけてきた。何だかんだ、高田と話すのはあの時以来であった。小倉も話しかけようともしなかったし、高田もいつも通り独りだった。一度寝ただけで、二人の距離は縮まりはしなかった。


「パン買ってからにしてくれよ」
「そうね、私もそうする」


二人は隣合って、一緒に購買の列に並んだ。二人の間には、狭く、しかし何とも気になる、絶妙な隙間が空いていた。



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「……ここでいつも、田中くんとご飯食べてたわね」
「ああ。元は俺が一人でここで食ってたんだが、あいつがいつの間にか隣に来てな」


高田と小倉は、校庭を見下ろすベンチに腰掛け、コッペパンを一緒に齧っている。そこは、田中と小倉がいつも一緒に昼食をとっていた場所で、冬の寒い風が吹き抜ける中、わざわざ外で食べているのはこの2人くらいのものだった。田中はあれから、学校には一切姿を現さない。当然である。いくつもの組織に追われておいて、平和に学校に通っている場合ではないだろう。高田も、あの日に早退してからというもの、今日になるまで学校に姿を見せなかった。まさか、あの2人、駆け落ちでもしたのか?そういう疑念も湧いたが、この日に高田はまた学校にやって来たのである。


「その田中くんは、どうしてここしばらく休んでるのかしら」
「さぁなぁ。インフルにでも罹ったんじゃねえか?」


田中の欠席の理由は、まだ明らかにされていないようであった。警察も公安も、指名手配や行方不明情報などはメディアに出していないし、葉鳥が小倉に「田中の事何か知らねえか?」と尋ねた事からすると、学校も状況を把握してはいないようだ。田中に対する捜査は水面下で行われているのか、それともそんなものは田中の狂言でしかないのか。……後者の可能性は、小倉が実際に公安に家宅捜索された事から、否定されてしまった。公安の構成員はドッキリとは到底思えない程の本格的なガサ入れを遠慮なくしていったし、その事実を口外した場合の処罰についてもしっかり説明して帰っていった。


「寂しい、わね」
「……?」


いつも孤高な高田から、らしくない言葉が漏れた。訝しげに見る小倉を、高田のシャープな目が正面から捉える。


「……いつも、賑やかだったじゃない、彼。1人の私にも、しょっちゅう声をかけてくれたし」
「俺もぼっちだったのに、よく構われたからな。そういう趣味あったんじゃないか?ぼっちキラーとか」
「そのおかげで、私とあなたも、少しだけど、繋がりができたわ。私とあなたの間には、田中くんが居たのよ。彼が居なきゃ、あなたと二度話す事があったか……私には自信が無いわ」


繋がり……小倉はその言葉を反芻した。繋がり、か。確かに、自分と高田の関係は、そういう曖昧な言葉が似合うだろう。どういう繋がりかは、イマイチ答えが出ない。二人の距離は必ずしも近くはない。しかし、繋がり、それが無いわけではない。


「小倉くん、これを……」
「ん?」


高田は小倉に、小さな紙袋を手渡してきた。小倉はキョトンとしながら、中を確認した。中に入っていたのは、スマホ用のストラップ。イルカをかたどった、可愛すぎないデザインのものだった。


「お前、これ……」
「今日、誕生日だったでしょ?」


高田は、表情一つ変わらない。いつも通りの無表情だ。しかし、その無表情の、小倉真っ直ぐ見据えていた視線が、ふいっと背けられた。


「……おめでとう」
「あ、ああ……」


その言葉を発するまでに、高田は少し間を要したし、小倉もマトモな返事を返せなかった。高田はいつも唐突である。あの時も、今回も。何でいきなり、親も無視する自分の誕生日を、高田に祝われるのか。小倉はまた、嬉しさよりも戸惑いが先に来た。そんな小倉の戸惑った顔から逃げるように、高田は「それじゃあね」とだけ言い残して、足早にその場を去っていった。



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《やぁ、幾日かぶりだねぇ!誕生日おめでとう、謙之介!》
「…………」


小倉が自室に帰ると、タイミングよくパソコンが(何も触っていないのにも関わらず勝手に)起動し、画面には毒々しいハートマークが大写しになって、やたらと元気そうな田中の声が聞こえてきた。不意を突かれてビックリした小倉は、事に気付いてため息をつきながらデスクの前に腰掛けた。


「……お前、あれから本当に公安が俺の家来たぞ……お前の言ってた事、マジだったのかよ……」
《えぇー?マジだと思ったから信じたんじゃないの?》
「嘘だった方がよっぽど幸せだったわ、ボケ!一体何をやらかしやがった!?俺自身も、お前なんかとつるんでる事がバレやしないか、肝冷やしてんだぞ!」
《大丈夫だよー。そもそも、ヘマこいてたら、俺は呑気にこんな電話かけられてないよ。バレてないんだ、今のところ。俺も、謙之介もね》


逃亡生活を続けている身とは思えないほど、田中の声はいつも通りだった。もしかしたら、以前もこんな状況はあって、逃避行には慣れているのかもしれない。だから、こんなしょうもないホットラインを小倉に繋げる余裕があるのだろう。前回、小倉は一応、共犯者となったが、そもそも小倉の家との間にホットラインなど繋いでなければ、偽情報を流す必要は無かった。そんなピンチなど、最初からできあがっていなかったのだ。むしろ、小倉にあの"イタ電"をかけさせる為に、ピンチを演出していたようにさえ見える。要するに、田中は今の追われる状況を、"愛の実験"とやらに利用していた。


《で、何で今日俺が連絡をとったかと言うと、誕生日を祝いたかったのもそうだけど、愛の実験の二回目をやりたいと思ったからだ。俺からの誕生日プレゼントだよ!》
「……また何かやれって言うのか……どうせロクな事じゃねえんだろ……人生で一番嬉しくない誕生日プレゼントだ……」


小倉が呻いているのを斟酌する事もなく、画面にはメモ帳のウィンドウが開く。今度は、前回とは比べものにならないほど細かい指示が出ていた。空き缶に便所紙の芯を入れ、灯油、卵白、塩を芯の中に詰め…………それらの材料をどこでいつ、仕入れるかまで指示が出ていた。


「……おい」
《質問?》
「ああ。……これ、一体何の工作だ?」
《うん、簡単な爆弾の作り方だよ。そいつを使ってひと騒ぎ起こして欲しいんだ》
「……ば……ばく……ハァ!?」


小倉は目を釣り上げた。爆弾。メモ帳には、その爆弾をある地点に置いて帰ってくるそのプロセスが事細かに記されていたのである。


「ふざけんな!おまっ……俺に爆弾テロリストになれってのか!?イタ電だけじゃ飽き足らず……お前は俺も犯罪者に仕立て上げたいのかよ!?」
《大丈夫だよ〜。バレないようにちゃぁーんと考えてんだからぁ》
「バッ……バレるとかそんな問題じゃねえよ!何故だ!?理由を言え!」


小倉は、今回"実験"に関しては腰が引けた。いや、前回の公安の撹乱というのも十分気が引ける行為だったのだが、今回は"イタズラ"程度では済まない。爆弾を仕掛けるというのだ。テロリストになれというのである。もちろん、爆弾というからには死傷者も出るだろう。こいつは、自分と一緒に咎人になれと要求してきてるのだろうか?


《一言で言うと、捜査の撹乱の為だね。知ってると思うけど、公安や警察の俺に対する捜査は秘密裡に行われてるんだ。俺の存在自体が、彼らにとってはスキャンダルみたいなもんだからね。おおっぴらに探す訳にもいかないらしい。そこでだ。爆弾テロが起きてしまったら、どうする?世間の目はそっちに向いて、警察も公安も、そちらに人員を割いて捜査せざるを得なくなるだろう?結果、俺に対してのマークが大幅に薄くなるわけ。段々俺に対する包囲網も縮まってきてるからね。隙を作るのはとても大事な事さ》
「お前自身が警察のスキャンダル?ますます、何やらかしたってんだよ…………理屈は分かったが、その為に、誰かに爆弾の巻き添え食わせろってのか?」
《大丈夫だよ!俺の計画では、人が居ない場所を狙うつもりだ。犠牲者は出ないよ。爆弾テロという狂言を打つ事自体が目的だからねぇ。そこはちゃんと配慮してるよ。俺は人非人じゃあない》


田中はサラッと言ってのけるが、小倉としてはどうしても、この破壊工作への抵抗感は拭いきれない。前回のイタ電に関しては、田中の言う通りにしたところ、現時点では足はついてない。公安の連絡規則の情報を入手し、回線への割り込みを果たして、なおかつ追跡を逃れられたというのだから、この田中という少年の実力は、ただ学校において優等生、という程度のものではなく、小倉の想像の斜め上をいっている事は確かだ。しかし、事が事である。イタ電で人は傷つきはしないが、爆弾は違う。誰かを殺傷する可能性は、多分にある。田中は人命に配慮すると言ってはいるが、そもそも爆弾テロを唆すような奴が、人命になんて配慮するのか?自分自身の命が危ない奴が、他人の命に遠慮なんてするのか?


《あ、疑ってる?そりゃ、そうだよねぇ。国家に追われてる爪弾き者の計画なんか、信じられないのは当たり前だ。この前と一緒だ。信じない理由を見つけるのは、メチャクチャ簡単なんだよ。このまま、俺の言うことを無視するかい?それも良いだろう。むしろ、君の将来を考えたら、俺と関わるリスクなんて犯さず、さっさと見捨てれば良いんだ》
「…………」


メモ帳に記された、行動開始の時刻は刻一刻と近づいてきている。小倉は、メモ帳と時計とを、何度も交互に見た。


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(……ここで、二十秒待つ)


小倉が足を止めて、物陰に伏せる。足音がカツコツと通り過ぎていき、守衛の姿が見えなくなったのを確認して、小倉はまた歩みを進めた。

その手には、田中に言われた通りに作った爆弾。改造した時計を起爆装置にした時限爆弾である。小倉が潜入したのは港湾工業施設群の一角だった。夜間でも、機械設備のゴウンゴウンという重低音がBGMとして響き、暗闇の中にポツリポツリと、小さな電灯の光が星のように輝いている。

小倉は、油臭い空気に顔をしかめさせながらも、感心した。田中の送ってきた行程表は、寸分違わず警備の目をくぐり抜けている。神がかり的である。数十秒単位で移動し、警備網の隙間をピンポイントで突くなんてのは、引っ切り無しに到着する電車を事故なく整理するダイヤを構築するような真似で、例えカメラの位置どりや見回りの時間などの情報を一通り知っていたとしても、誰もがここまでやれるとは思えなかった。

どうして。小倉は歯噛みした。どうしてここまで優秀なのに、その力をもっとマトモに使えなかった。小倉は内心で呟きながら、夜の闇を行く。



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「……はぁ」


小倉は息をつき、夜空を見上げた。田中の言った通り爆弾をしかけ、今や工業地帯が遥か遠くに見える所まで離れる事が出来た。寮生活での勝手な外出や門限破りなど、寮監の目を出し抜くような真似をした事は数限りなくあるが、今回はそれらとは全くもって重みが違う。寮監に見つかっても、殴られてボコボコになるだけで済んだ。今回はそれでは済まない可能性があった。やり直しの効かない一発勝負。そのプレッシャーは冬の寒空の下にも関わらず小倉に汗をかかせ、少し安心した今は、冷えた汗が小倉を凍えさせつつあった。


(そろそろか……)


小倉は腕時計を見て時間を確かめた。仕掛けた時限爆弾の起動時刻が近づいてきている。心の中でカウントダウンをしながら、小倉は遠くにポツポツと光を灯す工業地帯を振り返った。予定では、小さな爆発が起こるはずだった。死傷者が出ない程度の小さな爆発。5、4、3、2、1……

その瞬間、大きな火柱がいくつも上がった。突然量を増した光の眩しさに、小倉は目が眩む。続いて、雷鳴のような重く低い音が、大地を震わせてやってきた。腹の底を揺さぶられるような不快な感覚が続き、それが収まった時には、工業地帯は火の海になっていた。

「なっ……」


小倉は絶句する。そして火を噴く工業地帯に背を向け、逃げるように走り出した。



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《おかえりー》


小倉が自室に帰ってくると、田中の声がそれを迎えた。小倉は靴をほっぽり出すような形で即座に部屋に上がり、パソコンに写った毒々しいハートマークに向かって吠えたてた。


「てめぇ話が違うだろォがァ!!何が小規模な爆発だ、何が死傷者は出ないだ!!一体何台救急車が走ってたと思ってんだ!!嘘つきやがったなコノヤロォ!!何人……何人傷ついたんだ……」
《……興奮してるねぇ。そんなに死傷者数が気になるなら、テレビでもつけてみたら?》


他人事のように返す田中にどうしようもなく苛立ちながら、小倉は自室のテレビをつけた。チャンネルを回すまでもなく、工業地帯大炎上の緊急ニュースが流れている。テロップを見て、小倉は愕然とした。死者13名、負傷者78名……血の気が引いた。足に力が入らなくなり、その場に思わず腰をついた。13人?13人もの人生を、俺が終わらせたって言うのか?


《……犯行声明は、国内左派過激派・日本赤軍から出ており……》
「……え……?」


ボンヤリと薄れていきつつあった意識の中で聞いた、テレビの向こうのアナウンサーの言葉に、小倉はキョトンとした。日本赤軍?聞き覚えのない名前だが、テレビの報道では、工業地帯大爆発の大規模テロの犯人が日本赤軍であると、そう報道されていた。


《もうお分り?俺たちが爆弾を仕掛けたのと同じ場所、同じ時間に、日本赤軍も爆弾テロを仕掛けたらしいねぇ。謙之介が仕掛けたお手製爆弾の威力なんて、本当にちっぽけなもんさ。それだけでは13人も殺せはしないよ。なんなら、アレでは怪我した人さえ居ないんじゃないかな?まあ、ここまでの大規模テロに紛れてしまうと、答えは藪の中だけどねぇ》
「…………」


小倉は少し、安堵してしまった。自分も爆弾を仕掛けていたという事実は変わらない。しかし、あれほどの爆発、あれだけの死傷者は、少なくとも、自分だけのせいではなかった。
ただそれだけで安堵してしまった。しかしすぐに、恐ろしい可能性に思い至る。


「……まさか、日本赤軍とやらを手引きしたのも、お前か?」
《……いや?そんな事はしていないさ。ただ、うっかり、あの工業地帯の警備当番表やカメラの配置図、簡易爆弾の作り方は漏らしちゃったかもしれないねぇ。でもこの行動に打って出たのは彼らの意思だよ。例え条件が整っても、意思が無ければ行動は起きないからね。13人を殺したのも、彼らの殺意だ。俺のじゃない》
「…………」


ごく当然の事のように語る田中の態度に、小倉は"逃亡者"田中智樹の、その理由を見た。13人。13人の命を、こいつはどう捉えているのだろう。条件を整えはしたが、実行したのは自分ではない。だから、自分は殺してなどいない。その理屈は間違ってはいないが、しかし、そもそも田中が条件を整えなどしなければ、こんな事にはなっていないのだ。殺意に手段を与えたのは、間違いなく田中なのである。しかし、田中はしれっとしている。ここまで完璧に、理屈による自己防衛によって罪悪感を回避する事ができる男……分かりきった事だが、田中智樹は、普通ではない。


《謙之介だって、行動を起こしたのは、俺の計画が完璧でミスる恐れもなく、なおかつ人命への配慮によって死傷者なんて出ないはずだと、謙之介自身が信じたからだろう?それは謙之介の意思だ。俺が無理強いしたからじゃない。だからこそ、その決断には価値がある。俺への信頼を示す決断としての、ね》
「何が無理強いしてない、だ……それをやんなきゃ、自分は死ぬだなんて、脅しておきながらよ……」


小倉はまた、パソコンの前に座り直した。画面にはハートマークだけが相変わらず映っており、その向こう側の田中がどんな顔をしているかまでは教えてはくれない。向こうには、自分の顔が見えてるのだろうか。この、冷や汗にまみれたひどい顔が。


「……何で、俺が今日爆弾を仕掛けたかってな……怖かったんだよ……俺がこれをやんなきゃ、お前が死ぬかもしれない、俺のせいでお前が死ぬかもしれないって事がな……お前に恨まれるって事が怖かっただけなんだ……だったら、顔も知らん誰かが傷つき死ぬかもしれねえけど、そんな事お構いなしにお前に協力しておいた方がって…………自分の知ってる奴を、知らない奴より優先しただけの話だ……自分の都合でな……」
《ほうほう。ま、それも一つの愛だねえ。俺を優先したという事だろ?他の、顔も知らない誰かさんよりも、ね。他の誰よりも俺を助けようとした訳だ。そして、俺を助ける為に罪を犯した。罪を共有した訳だ。まさしく愛だ!美しいじゃないか!》
「ふっざけんなよ!これが愛なら、愛なんて要らねえよ……ただの縛りじゃねえかよ……」
《愛が必要か、不要かの判断は君個人に任せるよ。君個人の人生だからねぇ。愛なしに生きていく人生、それもまた素晴らしいだろう。でも、実験はまだ続いているよ。それは、君が自分の意思で終わらせようと決断しない限り、自ら愛を捨てない限りは続くんだ。君は何だかんだ、俺を信じて、俺の言う通りにここまで行動してきてる。まだ俺を信じる事は辞めていない。また連絡するよ。今日はゆっくり休んでくれ。じゃ、改めて、誕生日おめでとう!》


また頭を抱えた小倉に、田中の明るく、挑発的で、残酷な声が浴びせかけられ、そしてパソコンの画面は切れた。小倉は奥歯を噛みしめる。一体、どこまで続くんだ……

お前は、俺をどこまで試せば気が済むんだ?









 
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