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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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空白期 第20話 「ユーリとお出かけ その2」

 家を出てから公園、図書館、デパートなど子供でも利用しそうな場所を巡った。ユーリの体力を考え、できるだけ場所が転々としないように心がけたのは言うまでもない。
 しかし、さすがに夏に外を歩き回れば汗ばみ体力を奪われる。その証拠に俺よりも体力がないであろうユーリの顔には数滴だが汗が垂れているのが見える。
 ――そろそろ一旦どこかで休んだ方がいいかもな。ここからだと……あそこが近いか。
 脳裏に浮かんでいる場所は知り合いに会う可能性が高いのだが、シュテルやレヴィといった人物はすでに知られている。いまさらユーリと彼女達が出会ったところで大したことにはならないだろう……ユーリが暴走しなければ。

「大分歩いたし疲れただろ。一度休もうか」
「え、いえまだ大丈夫ですよ。昔ほど体も弱くありませんから」
「そっか。でも君の意見は却下だから」
「えぇ!?」
「えぇ!? じゃない」

 俺が運ぶのはいいとしても、レーネさんやシュテル達からは何か言われるだろう。ユーリは自分が悪いと言いそうではあるが、そういう状態にしないようにするのが今日の俺の役目だ。
 それに俺と一緒なら大丈夫だろうということで今日の外出は許可されている可能性が高い。ユーリに何かあれば、様々なものが一度に壊れることもありえる。

「君に倒れられでもしたら困るんだから」
「……分かりました」

 駄々をこねられても困るので今のような言い方をしたが、予想通りユーリに自分を責めるような顔をさせてしまった。とはいえ、ここで意見を変えるわけにもいかない俺は自分のキャラじゃないと分かりながらも彼女の騎士として振る舞うことにした。

「いいですか姫」
「はい……え?」
「これから行く場所は俺の行きつけの店でお菓子が絶品です。それに、あとで案内しようと思っていました場所でもあります。正直俺も疲れているので一緒に涼みながら休憩してくれませんか?」
「……ふふ」
「ぅ……似合わないこと言っているのは自分でも分かってるよ」
「え、いえそんなこと思ってませんよ。ショウさんは今日1日わたしの騎士様ですし、ショウさんの行き着けのお店ならぜひ行ってみたいです」

 そう言って浮かべられたユーリの笑顔は太陽よりも輝いて見えた。どうしてこうも彼女は魅力的な笑顔を浮かべられるのだろう。もしも今日の出来事が数年先だったなら、俺は彼女の笑顔に惹かれてしまっていたかもしれない。
 嬉しさと恥ずかしさが混ざり合ったような感情を覚えた俺は顔が熱くなるのを感じた。反射的に見られないようにしようと思い、ユーリの手を引いて歩き始める。
 ――ほんとユーリの相手は慣れないな。ヴィータとは上手くやれているのに……って、ユーリと比べたらあいつが怒るか。見た目はあれでも精神年齢は違うわけだし。まあぬいぐるみに興味を示すことから幼さがあるのは間違いないだろうけど。

「……ところでユーリ」
「はい、何ですか?」
「一度さ……手を放さないか?」

 ユーリの安全のために手を繋いでいるわけだが、さすがに家を出てからずっと繋いでいると汗ばんで仕方がない。ユーリが頑なに放そうとしないので今まで言わなかったが、手の握り加減や位置を調整しても何とも言いがたい感覚を覚えてしまう今提案してみるのは悪くないはずだ。

「その、結構俺の手汗掻いてるから気持ち悪いだろ?」
「そんなことないです。というか、汗を掻いてるのはわたしのほうでしょうし……こちらこそすみません」
「いや、別に謝らなく……この流れだと終わりそうにないか」

 ユーリが力を緩めていたこともあって、俺が力を抜くと彼女の手は自由になった。俺が手の平に感じている涼しさをあちらも感じていることだろう。
 しかし、涼しいからといってユーリの気持ちが上に向きはしない。汗を拭ってもう一度握ろうかとも考えたが、こちらだけ拭って手を繋いでも彼女が気を遣って何かしらのやりとりがあるだろう。そう思った俺は、これまでユーリの手を握っていた手とは逆の手で彼女のもうひとつの手を握った。

「あ……」
「慣れないほうの手だと違和感あるかもしれないけど、汗が乾くまで我慢して」
「はい♪」

 笑いながら声を弾ませたことから判断するにユーリの機嫌は悪化していることはあるまい。
 左手で握るのは慣れていないので何となく落ち着かないが、自分から握ってたのだから右手の汗が引くまで我慢するしかない。目的地までの距離もそうないのだから。

「ここが目的の店だよ。翠屋って言うんだ」
「ミドリヤ? あっ、レヴィが少し前から美味しいって言ってたお店ですね」

 一瞬翠屋を知っていたことに驚いたが、レヴィが言っていたのなら知っているのも納得できる。彼女にはここのお菓子を食べさせたことがあるし、聞いた話ではこちらに出向いた際には毎度足を運んでいるそうだ。
 ――フェイトが大食いになったって噂を耳にしたことがあるけど、レヴィをフェイトだと勘違いした人が口にしたんだろうな。パッと見は同じだから仕方がないことではあるけど……レヴィに翠屋を教えた身としては、今度フェイトに謝っておいたほうがいいかな。
 ……そういえば、フェイトが2人居る!? って話は聞かないな。高町達の翠屋の利用頻度を考えればレヴィと鉢合わせしてもおかしくないはずだけど、今のところ遭遇することはないんだな。
 などと考えながら、ユーリの手を引いて翠屋の中に入る。程よい冷気が体に触れ、体の温度が下がっていく気がした。

「う~ん、とっても涼しくて気持ちいいです。それに穏やかな雰囲気が漂ってますし、美味しそうな匂いもします」

 ころころと表情を変えながら店内を見渡すユーリの姿は、実に子供らしくて可愛く見える。もしも両親が健在だったなら下の子が生まれていただろうし、妹でもいれば今ユーリに対して抱くような感情を常日頃抱いていたのかもしれない。
 店内に入ったこともあって手を繋ぐ必要もないだろうと、俺は力を抜きながら歩き始める。しかし、手が完全に離れる寸前でユーリが再び握ってきた。視線を向けてみると、俺の行動に小首を傾げている彼女の姿が見えた。どうやら手を繋ぐ状態がデフォルトになっているらしい。

「どうかしましたか?」
「いや……何でもないよ。空いてるところ探して座ろうか?」
「はい」

 人気がある店だけあって様々な年代の客が楽しそうに談笑している。ふと視線が合った客からは、兄妹で来ているとでも思われたのか、微笑ましい表情を向けられた。
 少々恥ずかしいと思ったが、人にレヴィと手を繋いでるところを見られたときよりはマシなレベルだ。それにユーリは手を放そうとしないので、どちらにせよ耐えるしかない。さすがに席に座れば放すとは思うが……いや、彼女は至って普通の子だ。ちゃんと放してくれるはず。

「……あれ?」

 ふと聞こえた覚えのある声に俺の視線は自然とそちらに向いた。視界に映ったのは、私服姿の高町。歩いている途中でこちらを発見したような姿勢からして、誰かと一緒に来ていて席を立っていたのだろう。
 高町は挨拶をするためにかこちらに体を向けると近づいてきた。いつもどおり明るい表情だったが、視線が俺から繋がれている手、ユーリへと移っていくに連れて疑問の色が現れる。

「ショウくん……えーと、この子は?」
「あぁこの子は……自分でできる?」
「え、は、はい」

 ユーリは面識のない高町との遭遇に戸惑っているようだが、俺の知り合いということは感じ取っているようで、きちんと挨拶をしようと思ったのか、彼女は俺の手を放して1歩前に出た。

「は、はじめまして、ユーリ・エーベルヴァインです」
「え、あ、はい、ご丁寧に。私、高町なのは……」

 頭を下げて挨拶をしたユーリに触発されたのか、高町も慌てながら挨拶をしながら頭を下げた。結果、お互いに距離感をきちんと掴んでいなかったのか、下げられていたユーリの頭に高町の頭が直撃。鈍い音が響いたのとほぼ同時に、ふたりの悲鳴も聞こえたのは言うまでもない。

「いてて……ご、ごめんなさい!」
「い、いえ……だ、大丈夫ですから」

 大丈夫と言ってはいるが、ユーリの目には涙が浮かんでいる。まああれだけ勢い良く頭をぶつけたならば、涙が出てもおかしくはない。
 とはいえ、シュテル達――特にディアーチェは過保護な部分がある。目に見える怪我をしていなくても、たんこぶを発見してしまうかもしれない。それを考えると事前に報告しておいたほうが面倒にならずに済む。
 ――はぁ……ある意味ふたりの性格が噛み合ってしまったことで起こった事故だよな。だから高町を責めるようなこともできないし、かといって挨拶をしたユーリが悪いわけでもない。とりあえず、触って調べよう。

「ちょっと動かないでくれよ」
「ショ……ショウさん?」
「うーん……たんこぶとかはできてないかな。あれだけ勢い良くぶつかったことを考えると大した石頭だね」
「そ、それは褒めてないです」

 そう言いながらユーリはむすっとした顔で睨んできたが、はっきり言って全く怖くない。とはいえ、不機嫌なままで居られるのも困るので謝罪のつもりで頭を撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。素直というか扱いやすいというか……。

「……君も大丈夫?」
「あ、うん……」
「…………もしかして、君も撫でてほしいの?」
「な……そ、そんなこと思ってないよ! ショウくんにも優しいところあるんだなぁとか、何だかお兄さんみたいだなぁって思っただけで!」

 両手をブンブン左右に振りながら必死に否定していることから本音だろう。そもそもとっさに嘘を言える性格をしているとも思っていないが。
 しかし、俺に『も』という言い方はどうなのだろうか。考え方によっては貶されているようにも思えるのだが……気にしないでおくのが得策か。そう完結させたとき、不意に何か考えているユーリが見えた。

「ユーリ、どうかした?」
「え、あの、その……シュテル達からこの方はナニョハさんって聞いてたんですけど」

 なにょはさん?
 確かそれってレヴィの言い間違いか高町のあだ名だったはずだけど……今シュテル達って言ったよな。つまり『なのは』だってきちんと理解しているあいつがわざと『なにょは』を使って刷り込んだ、と。
 前にからかったときに反応が良かったからってこんな手の込んだことを……。

「どうかしたの?」
「ん? あぁいや……その、なんだ……」
「何で言い淀むの? 私には言いにくいこと?」

 言えるといえば言えるけど、君の気持ちを考えると言いにくいというか……。
 上手く発音できないとか誤魔化すことは可能だけど、そうするにはユーリとも打ち合わせが必要だよな。でも打ち合わせしてる時間なんてないだろうし……。

「あの、あなたはナニョハさんですか? それともナノハさんですか?」

 ……ユーリ、素直なのはいいことだけどもう少し考えてから発言することも大事だよ。高町、知り合ってからの経験でレヴィに『なにょは』って言われたことが1番反応してた気がするし。

「え……なのはだよ。な・の・は!」
「ご、ごめんなさい!」

 突然の大声に驚いたのか、ユーリは謝りながら俺の後ろに隠れてしまった。怒らせてしまったと思っているのか、俺に不安そうな顔を向けてきたが、高町の声のトーンや表情からして怒っているわけではないだろう。おそらく反射的にツッコんでしまっただけだ。経験のないユーリに分かれというのは無理なことだろうが。

「……高町、気持ちは分かるけど怒鳴るなよ」
「あ……ご、ごめんねユーリちゃん。その怒ってるとかじゃなくて……」
「い、いえ……こちらこそすみません。シュテルやレヴィの言っていることを鵜呑みにして、お名前を間違って覚えてしまって」
「そ、そうなんだ。……レヴィちゃんはともかく、何であの子はわざとするのかな。似てない、絶対私とシュテルちゃんは似てない」

 高町……心の声が漏れてるぞ。
 まあ俺はシュテルへの感情は大いに分かるし、見た目に関しても髪型とか違うこともあって今のままなら他の人ほど似てるとは思わないけど。声もシュテルの方が低めというか落ち着きがあるし……でもあいつが意識して真似すれば分からなくなるだろうな。

「あっそうだ。ショウくんにユーリちゃん、もしよかったら一緒にどうかな? ショウくんともお話ししたいし、みんなにもユーリちゃんのこと紹介したいから」
「えっと……わたしは構いませんけど」
「別に俺もユーリがいいなら構わないよ。ところでユーリ」
「はい?」
「いつまで俺に隠れてるつもり?」

 高町が怒ってないってのは分かったはずだから離れてくれてもいいと思うんだけど。この体勢のままだと周囲に誤解されかねないし……高町が。

「そ、それは……ショ、ショウさん守ってくれるって言ったじゃないですか」
「守るのと隠れるのは違うと思うけど?」
「ショウくん、そういうこと言っちゃダメ。ユーリちゃん、あまり気にしちゃダメだよ。ショウくんは時々いじわるになるから」

 いじわる? まあそんな風に言われることもあるけど、高町に関しては受け取り方にも問題があると思うんだけどな。

「そうですよね」
「うん」
「あっでも、本当はとっても優しいんですよ。口ではなんだかんだ言ったりしますけど」
「それは……そうだね。もっと素直になればいいのにね」
「はい。だけど、意外とそこが可愛かったりするんですよ」

 会って間もないのに会話が弾むものだ……って、そうか。このふたりって基本的に素直だし、天然なところがあるよな。性格が似てればこうなって当然といえば当然……ユーリ、初対面相手に何を言ってるんだ?

「あぁうん、それは分かるかも」
「でもやっぱり、何よりもカッコいいんです。今日も1日わたしの騎士になってくれてるんですよ」
「そうなんだ。じゃあショウくんにとってユーリちゃんは大切な人ってことだね」
「た、大切だなんて……えへへ、でもそうだったら嬉しいです」
「……あのさ、もうそのへんにして移動しない?」

 これ以上、ふたりだけの空気で話し続けられたら俺の精神が持たない。
 このふたりの会話……ある意味シュテルのときよりも性質が悪いかもしれないな。……今日1日持つか心配になってきた。


 
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