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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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12話 鬼の目にも涙

 それから千堂専務は更にいくつかの先進技術の基礎研究の進捗具合などを説明して去って行った。
 彼も専務という立場だ、壊滅した日本の産業を立て直すために多忙を極めている―――それに今の国土の半分が荒廃し、重金属で汚染された日本では満足な食糧すら手に入らない。
 食糧プラントの増産が必要不可欠、だが海洋プラントである合成食料生産プラントはその建造に年単位を必要とする巨大かつ高度な一大建造物だ。
 その巨大プロジェクトも並行して行っているのだ。このような場を設けれた事こそ僥倖と云わざる得ない。

「あの……大尉、一体何がどうなっているのですか?」

 千堂専務が去った後、少し気を晴らそうと中庭に出た自分に付き添った唯依が堪り兼ねた疑問を投げかけてくる。

「何がとは?」
「この着物に、先の話の内容、私をこの場に呼んだこと……全部です。」

 すっ呆けた回答に幾分かの不満を含めた声で聴き返してくる。

「そうだな……では先ず、之からいう事は他言無用と心得ろ。それくらい、軍人ならば分別はつこう?」
「分かりました、篁の名に懸けて他言は致しません。」

「分かった――日米共同の不知火強化改修計画、XFJ計画。この承認により日本の各企業はその開発のための人員と、後の生産・整備のためのノウハウ獲得のために次期主力機開発のリソースを幾分か削られる事となった。……ここまでが前提だ、いいな?」
「―――はい。」

 真面目な表情で唯依が頷く。共同開発に於いては参加する国の人材と資金を集めることが可能であるため、単独開発に際し必要とされる人員・資金が一か国当たりの割合が削減できるメリットがある。
 尤も、それに伴い技術流出や、他国に兵器の弱点を知られる、利害関係の対立により開発が遅れがちとなる等のデメリットが多く存在もする。

 今回の場合であれば、日本帝国の開発要望が主流であり尚且つ不知火自体が第三世代機としては旧式の陳腐化した性能である事。米国と共同と云うよりはボーイング社との共同開発という側面が強く、国際共同開発のデメリットはあまり表に出にくい事が予想される。

 しかしだ、日本企業は不知火の強化改修分のリソースを次期主力機開発に回していたが、その分を多少なりともXFJ計画に転化せずに居られない上に、先のBETA日本上陸で多くの開発拠点・試験場・人材が喪失しているため、そもそも開発リソース自体が減少している状態でこの計画の強行は事実上の次世代機開発の停滞を意味していた。

「だが、其処までのリスクを払ってもXFJ計画では日本の危機的状況を打開できない。斯様な痴愚を繰り返していれば日本は緩やかな自殺の道から外れる事叶わないだろう。
 今、日本帝国が必要としているのはG弾に頼らずのハイヴ攻略の切り札となりうる戦力だ。―――それはわかっているな。」
「はい。」

 その為に電磁投射砲を初めとした革新的兵器の実用化に苦心しているのだから、と言わんばかりに唯依が頷いた。



「だが、日本に残された猶予は然程に多くはない。長らく続く戦火により徐々に衰えていく国力、BETAとの消耗戦により失われていく人材。
 大を活かすために小を切り捨て続け、その結果切り捨てた小が積み重なり大となってしまう――このままでは戦況を好転させる余力すら消え失せる……目先の痛みを恐れ膿を放置した結果全てが壊死するのと同じ末路を辿るだろうよ。」

 大陸の絶望的な戦況を見てきたゆえか、撤退すら出来ない四国戦線を生き抜いてきた故か。
 無難な選択肢を取り続けるその結果を彼は知っている。
 何処かで反抗に打って出る必要がある、

 それは理解している―――だが、負けを重ねれば重ねるほど未来は遠のく。
 抗う意思が、反抗の意思がすり減ってしまう。
 どうせ勝てないのだと諦め、ただただその日その日を生き延びる為だけに戦うようになってしまう。
 そうだ、人材・資源・国力そのすべてに加え“人の意思”そのものが摩耗してしまうのだ。


「だからこその一大反抗のための決戦兵器開発と、既存兵器種の一斉強化計画のための基幹技術開発計画―――それが薄明計画だ。」
「薄明計画……!?」

「表向きはXFJ計画に於いて停滞するであろう次世代戦術機開発計画の一環である、ATD-X計画とF-4J改瑞鶴の後継機種開発の統合措置だ。
 日本の残存企業・研究機関の総力を集結させた一大プロジェクトだ。規模だけで云うなら余力のあった不知火の開発計画よりも規模は上だ。」

「それほどの……一体どうやって!?」
「さてな、細かい手続きは真壁や藤原女史がやったから詳しくはわからん。生憎と俺はインテリじゃない、(まつりごと)は苦手なのさ。」


 肩を竦める蒼き軍装に身を包んだ青年、だが彼の言葉はどちらかというと単に好まず興味がないと言っているように感じられた。
 そして同時に、正しく国の存亡を左右するその計画に携われない。それは辛苦の出来事であった。

「大方BETAの脅威を目前にして経営連中の尻に火が付いた処に付け込んだ、そんなところだろうよ―――間を置けば奴らの心に慢心と怠惰、楽観主義が生まれその機会も失われるからな。」

 現場から遠ざかれば楽観主義が蔓延する―――そんな言葉をどこかで聞いたことがある。
 つまりは、戦術機開発を行う各企業の経営陣に財務官僚共の慢心が打ち砕かれた今を置いて反抗のための手段を取れる時期が無いのだ。

 上の危機感が薄れない内に止められない規模で計画を強引にでも始めてしまうより他に手段が無い。
 それを行うには唯依(じぶん)は若すぎて、尚且つXFJ計画という曲がりなりにも大役を既に受けた身ではその末端すら担えない。


「では、千堂専務との会談はその中身だった――という事ですか。」
「然り。」

「では―――何故私をあの場に伴わせたのですか?」
「……己の個人的情緒、つまりは気まぐれだな。」

 中庭の砂利を踏みしめながら青を纏う青年が振り返った。
 そして唯依(じぶん)の前にへと歩み寄る―――

「何れ、君は君の父の、そしてこの俺の後を継ぎ次世代を担うだろう―――その時のためだ。俺の人生はそう長い物ではないだろうからな。」
「そんな!」

「俺が青を纏っているのは、摂家の武と信を示し兵を率いる為だ。そう易々と使い捨てられる気は毛頭ないが、英雄譚が生まれる土壌――つまりは絶望的な戦場にこそ今の俺の存在意義はある。」

 自らの役目を理解している彼は粛々と告げる。絶望的な戦場にて摂家の者が命を兵と共に懸けて戦っている――そういう美談づくりに己が使われると、故にその一生は闘争であり、闘争の中で倒れるは自明の理。

 その一生はかなりの高確率で老いが始まるよりも尚早くに末期を迎えるだろう。

「大尉はそれで良いのですか……!?」
「構わん、戦える戦場と納得できる理由があれば其れでいい―――好きなことを遣り通して果てる人生だ。例えの野に朽ちる定めだろうと、それはそれで幸福なものだろうよ。」

 ―――寂しい生き方だ。まるで花火のように直往邁進し、弾けて消える生き方。
 まるで『生き方だけに執着して、生そのものには執着がない』ようだ。

 しかし―――ならば何故、彼は戻ってきた。
 あの時、初めて出逢った時、彼の命の炎は消えようとしていた……なのに何故、生そのものに執着が無いのに戻ってこれたのだ?

 唯依(じぶん)は、その疑念を問う事が出来なかった。その時だった――――




「ま、だけど長生きはしてみる物だな―――おかげできれいな物を見れた。」

 残った左手を唯依へと伸ばし、そしてその頬を撫でた。
 自分の今の格好を思い出したのか頬が熱くなる唯依、だがその恥ずかしがる様子はいじらしく穏やかな感慨が胸裏にあふれる。

 ああ、篁唯依という女は、儚く弱い。
 自らにない強さを求めては、断崖に向かって全速力で疾走している。そんな危うさを感じる―――放ってはおけない。

 教えてやりたい、彼女は彼女のままで良いのだと。


「きょ、恐縮です―――それでこちらの着物は一体…?」
「それは母がどうしてもとね、あの人は娘も欲しかったと常々口にしていてね、実際は男三人という始末だが。
 そして、それなられば俺たちの嫁に自分の物を受け取って欲しいとな……君が着ている着物やら装飾品は母が持っていたものさ。」
「御生母様が……」

 壊れ物に触れるかのように、唯依は自分の身を包む着物をそっと優しくなでた。
 明らかに上質な着物や装飾品、相当に大事にされてきたのは何となくわかったのだろう、そんな大切なものを自分にという思いやりを感じてくれているようだ。

「母はよっぽど君を気に入ったようだ。あの人に気に入られるとはやるな……誰かに喜んでもらうことが好きな人間だが、誰とでもいうほど博愛精神には富んでいない。
 ―――ま、そのなんだ。すごく似合っている。きれいだ。……くそっ、高尚な言い回しはこういう時にこそ咄嗟に出てほしいというにな。」

 少し照れくさくなって、彼女の頬から手を放すと頭を掻きながら告げる。
 それに応じてか、ひどく単調な言葉しか出ない自分の語録の応用の利かなさに毒を突かずにはいられない。
 あの斑鳩や真壁ならスラスラ歯の根が浮くようなセリフが口から出てくるだろうが、あいにく其処までの上品さは意図して作らねば出てこない。だが、不思議と彼女の前はその仮面は上手く作れないのだ。

 目に焼き付いた、或いは脳裏に描いた美を絵画に綴ろうとして上手くいかない画家のもどかしさそのままの心境だ。今、正に。

「―――ふふっ」
「笑うな……こういうのは慣れてないんだ。」

 口元に手をそっと添えて唯依がほほ笑む。
 ああ、まるで春の日差しの中に風に揺られる蒲公英(たんぽぽ)のように可愛らしい笑みだ。
 どこか無性に気恥ずかしくなるが、もっと見ていたくなる。―――ああ、彼女の本当の顔はこういうモノだろう。

(―――憎らしいな、面倒はすべて自分が背負うと云えぬ己の漢気の無さが。)

 仮にそれを口にしても、彼女は頷かないだろう。
 彼女にとって、それらは己の手で成さなければ意味のない事であろう。他人の手でそれを成しても、彼女の心に永劫消えぬ影を落とすだけとなる。

 其処まで考えた時、自分の中に今までとは違う一念が混じった。

(――いつかお前に、お前はお前で良いんだ……そう云える益荒男(おとこ)に成りたいな。)




 修羅:忠亮の変性が始まっていることを彼自身が知る由は未だ無かった――――。
 
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