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横浜事変-the mixing black&white-

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殺し屋の日常はありふれていて、人間臭いものである(後)

 
前書き
この辺は殺し合いなしののんびりモードです。いつもこうだったらどれだけ平和なことか……。 

 
 要と別れ、ケンジはバッグを持って帰路についていた。彼との会話にどのような意味があったのか、そもそも意味などあったのか――悩みに悩んだ結果、ケンジは考えるのを止めた。もしかしたら質問してきた要の心に土足で踏み込んでしまう原因になり兼ねないと思い至ったのだ。

 校門を抜け、横浜駅に向けて歩き出す。駅付近はいつもと変わらず人で溢れ、歩行にある程度の注意を払わねばならない。それを毎日繰り返していくうちに少し億劫に感じたケンジだが、家が学校の反対側にあるため、駅を跨ぐ事になるのは避けられない。

 今日も横浜駅西口まで来て、駅内へ進もうとしたのだが――

 ――あれ、着信?

 ズボンのポケットから微振動を感じ取って携帯を取り出す。そして画面に表示されている番号を見て、すぐに通話を始めた。

 『あーもしもし。ケンG?俺俺』

 まるで詐欺の手口にそっくりな喋り方に苦笑しつつ、ケンジも言葉を返した。

 「はい。暁です」

 『んー、携帯から感じる雑踏の多さ、ケンGは横浜駅にいる?』

 「はい。学校終わったんで帰ろうかと」

 『これからヒマ?』

 「まあ、暇ですね」

 仕事か、とも考えたがそれなら電話ではなくメールで知らせてくる筈なので、その線は考えられない。だとすると一体何の要件だろうか。ケンジが聞いてみようとしたところで、通話越しの殺し屋は陽気な声でこう言った。

 『昨日のとこで飯食わない?メンツは昨日とは違うけどさ』

*****

横浜中華街 朱華飯店

 ケンジはJR桜木町駅を降りて中華街入口の門を潜り抜けた。中華街の喧騒は昨日と全く変わらず、派手やかな装飾や中華料理の香ばしい匂いが、他の街にはない独特の雰囲気を醸し出している。

 西門から直線に進む通りを歩き、終点の十字路へと辿り着く。そして営業中の料理店の一つに足を踏み入れた。

 「はーい。いらっしゃいませぇ。大河内くん達なら昨日と同じ場所にいるわよ」

 中に入って早々、宇春(ユーチュン)が明るい笑顔で出迎えてくれた。健康的な肌を包むチャイナドレスを他の客に見せ付けながら、彼女はケンジを床座敷へと案内する。そして「ご注文がお決まり次第お呼びつけ下さーい」と言って調理場へと消えていった。

 ケンジは目の前に座る二人の青年を見てペコッと頭を下げた。

 「こ、こんにちは」

 「そんなに緊張しなくていいよ。まあ、僕は君とあんまり話したことがないからね」

 そう言ったのはチームCのリーダーである大河内降矢。白シャツにジーンズというラフな格好だが、ルックスが良いので上手く着こなしている。彼と向かい合う形で法城がおり、こちらはいつ見ても同じ黄緑パーカーだ。

 ケンジは大河内の隣に座ろうとバッグを先に置き、それから座布団に腰を下ろした。電車でも座れず、常時立ちっ放しだったため疲れがドッと押し寄せてきたのが分かる。まもなく宇春がおしぼりとお冷を運んできてくれたので、渇いた喉をお(ひや)で潤した。

 「暁君は今の生活をどう思っているんだい?」

 突然大河内がケンジにそう言った。首をこちらに向け、全てを慈しむように優しい表情を浮かべている。嘘を吐いても見透かされると思うぐらい真っ直ぐな目を見て、ケンジは慎重に言葉を選びながら話した。

 「僕はその、人殺しです。それなのに普通の生活も両立出来ている。それが何だか不思議な感じ、です」

 「うん、そうだろうね。組織の力は関係者の身を守ってくれる。そうでなければ今頃みんな牢屋だしね」

 「はい」

 「じゃあ君は、この生活に『慣れ』を覚えたってことかな?」

 「え?」

 「何の変哲もない高校生活を送る一方で人を暗殺する仕事を繰り返す毎日。いつしか君にとって殺し屋の仕事は日常の一部になっているんじゃないのかな?」

 「……!」

 「図星、って顔だね」

 フフッと柔和な笑みを形作る大河内。その顔に殺し屋のように狂気じみた気配は感じられない。しかし、彼が発する言葉一語一語はケンジにとって鉄屑のように重みのあるものだった。

 何も言えなくなったケンジをよそに、大河内は淡々と言葉を紡いでいく。

 「僕は別に否定する気ないよ。だって、それは人間として当たり前だから。日々を重ねる中で『慣れ』は必ず生まれる。僕ら、そして君の場合は慣れる対象が歪だけどね」

 「……」

 大河内の話に耳を傾ける事にしたのか、ケンジは黙って彼の話を聞いている。大河内は料理のメニューを見ながら、少しだけ尖った言葉を突きつけた。

 「でも、人を殺す大本の理由がどうあれ、君がプロの殺し屋である事実に変わりはないんだ」

 「え……?」

 「気付かなかったのかい?君は『復讐』という理由でこの世界に来たけど、今はもうただの人殺しで、殺し屋統括情報局に所属する殺し屋なんだ」

 今までとは違う意味で沈黙した少年に、殺し屋らしくない殺し屋はなおも笑顔のまま話し続ける。

 「もしかしたら、君は僕が今言った事を前に忌避したかもしれない。けれど、少し遅かったみたいだ。この数日間、仕事が来なかったのを君は意識したかい?それは君が人殺しを受け入れたっていう何よりの証拠だよ」

 「っ!」

 隣でケンジが息を飲んだのが伝わる。店内は常に何かしらの生活音で塗れているのだが、彼らを取り巻く空間だけは別世界に変化していた。

 「君は自分で『殺し屋の電話番号』について調べた事はあるかい?」

 「え?ええと、その、ないです……」

 「だろうね。だって君は無意識に組織の力を利用しようと考えているから――」

 「大河内」

 そのとき大河内とケンジの空間に第三者が割り込んできた。これまで一言も喋らず二人の会話を見届けていた法城だ。しかし普段の楽天的な調子はどこにも無く、同僚に対し戒めの言葉を吐き出す。

 「ケンGは真面目な人間なんだから、例え殺し屋の仕事であっても『仕事』だと意識するのは当然だろ。俺は何も、こんなしみったれた話をさせるためにケンGを呼んだんじゃないよ?」

 「ああ、うん。ごめん。暁君も、ちょっと言い過ぎたよ。ごめん」

 素直に詫びる大河内に、ケンジは無理して作った笑みを顔に貼り付ける。

 「いや、大河内さんは正しいことしか言ってないんですし、謝る必要は……」

 「そんなことないさ。僕も大人らしくない態度で悪かったと思う。でも、これだけは言わせてくれ」

 大河内はいつになく真剣な顔つきでケンジを見て、忠告の言葉を口にした。

 「君はまだ学生だ。それに真面目で礼儀正しい。復讐なんて言葉とは不釣り合いだ。今ならまだ表側に戻れる事だけは考えてほしい」

 「……そうですね。ありがとうございます」

 それからは取り留めのない話をして時間を潰した。注文した料理を食した後、再び雑談に花を咲かせ、ようやく朱華飯店を出た時にはすでに夜を迎えていた。人工的な明かりが星々の輝きを打ち消し、空は末端まで漆黒に覆われている。この世界が黒い板で閉じ込められているような圧迫感すら覚えた。

 「ケンGはこの後もヒマ?」

 時刻は18時を回り、夕方よりもさらに人混みが膨れ上がっている十字路。その中でも比較的に空いている場所で法城がケンジに問い掛けた。ケンジは携帯で時間を確認してから「はい」と答えた。

 「よし、じゃあこれから一緒に遊びに行こう!」

 「え、遊び?」

 意気揚々と叫んだ法城のテンションとは反対に、目を点にさせて驚いているケンジ。対象的な二人を見て、大河内が爽やかな笑みを湛えながら言った。

 「ああ、遊びじゃないよ。これから向かうのは……」

 と、彼が説明しようとしたところで、法城が「あ」と口をポカンと開けたまま西門通りの方を見た。そんな彼の視線を追って二人もそちらを見てみるのだが――ケンジもその先にいた人物を見て「あ」と呟いてしまった。

 西門通りから歩いてくる制服を纏った女子高生。猫に似た丸っこい目、陶器のように染み一つない肌、茶髪のナチュラルボブ。身長はケンジと同じか少し高いぐらいで、スラリとした体型がそれらの特徴をさらに引き立たせている。

 そんな垢抜けた少女が、中華街のど真ん中を闊歩していた。周りからは当然の如く視線を浴びており、彼女はそれすらも自身の魅力として受け入れている。まるで人々の中に君臨する女王のような態度だ。

 「こんなとこであいつに会っちゃうとか……正直めんどいなぁ」

 独り言のように遠い目をして呟く法城。ケンジの隣で大河内が珍しく「はあ……」と溜息を吐いている。ケンジは喧騒の中を歩く彼女をもう一度視認し、その正体に気付く。

 「……あの人って」

 全てを悟った瞬間、ケンジはゾワりと全身に鳥肌が立ったのを直に感じた。忘れられる筈がない。見た目はモデル並みの美女なのに、口を開けば暴言ばかり乱射してくる個性ありまくりな先輩を。

 ――でも僕、あの人の名前知らないんだよなあ。

 だが自分と同じ反応をしているのを見るに、法城と大河内は彼女の素性を知っているようだ。ケンジはまだこちらに気付いていない少女から目を離さぬまま、大河内に問い掛けた。

 「あの人、知り合いですか?」

 「ああ……多分なんかの間違いだと……」

 大河内は先程と大違いの細々とした口調で話すが、その途中で前方を歩いていた少女がこちらに気付いて手を振ってくる。

 「あっれえええ?法城とオーコーチじゃん!そんな薄暗い所で何やってんの?もしかして一線越えた?」

 「……大河内、アイツ殺さね?」

 ボソッと呟く法城からは普段の明るい態度がごっそり削げ落ちており、完全に殺し屋の目をしていた。そんな彼にもゾクッとしながらも、ケンジは一歩ずつこちらに近付いてくる少女から目を離せずにいた。魅了されたわけではない。逃げ出したくても、何かがその行動を拒んでいるのだ。その間にも少女はこちらに近付いていき――

 「あれ、そこにいるの誰?……ん?」

 可愛らしく首を傾げる少女――玉木鈴奈に、法城が仕方なくといった顔で言った。

 「暁ケンジ。俺らの仲間だよ」

 「ふうん。ねえ、アンタどっかで……あ」

 ケンジと顔を合わせてから少し曖昧だった鈴奈の顔つきが、何かを思い出したようになり、次に怒りを帯びた。そして口から例の『アレ』が発射される事になる。

 「アンタ、昨日あたしにぶつかってきた奴じゃん!謝りもしないで逃げ出して、よくあたしの前に顔出せたわね?ていうか殺し屋なの?ハッ、笑わせんじゃないってのしょうゆ顔!そんな細い腕とクソ(づら)で人を殺せるわけないでしょうがバカにしてんじゃないわよモヤシヤロー!」

 「あ、どうも……」

 「どうもって、それだけ!?あのときあたしの貴重な2分ぐらいを破綻させたクセして生意気な奴ね!普通は土下座するとか金払うとか殺し合いするとか手段はいっぱいあるでしょうがクズ!いっぺん死ね!アンタにはトイレの便座がお似合いだっての!」

 「あれ、ケンG知り合い?」

 「名前知らないですけど、この人学校の先輩なんです……」

 「この人?今アンタあたしをこの人扱いした?どんだけバカにすれば気が済むわけ?殺してほしいの?あたしならいつでも殺せる準備出来てるけどどうすんの?こっちは阿久津のジジイが用意してくれたカスタム銃があんのよ!」

 「あ、知り合いだったんだ。こいつの名前は玉木鈴奈。チームDのリーダーだけど、普段は俺らと違う活動だから一緒に仕事する事は多分ないよ」

 「え、玉木鈴奈、さん?」

 「なんか文句あんのクズ。ていうか、あたしを知らないって時点でアンタ山垣学園辞めるべきよね」

 「いえ、その……前に赤島さんから聞いた事あるなぁって思って」

 「え!赤島さんから!?うっそそれホントに!?もっと詳しく聞かせてよ!あたしあの人すごい好みで……」

 「みんな、ちょっといいかな」

 ここでようやく大河内が会話の波に終止符を打った。ケンジ達が一斉に彼の顔を見つめる一方、彼は極めて冷静な口調で言い放つ。

 「ここが中華街だって事は、勿論覚えてるだろうね?」 
 

 
後書き
メリークリスマス!けれどこの日に投稿される作品は多いのですぐに埋もれてしまう!
というわけで年末も本作品は淡々と続きます。 
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