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三つのプレゼントの恋

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4部分:第四章


第四章

3.インカローズの指輪
 インカローズの指輪を買った信吾はそのまま待ち合わせ場所に向かった。するともう美智子が憮然とした顔で待っていた。ブラウンの厚いコートにくすんだ赤のマフラーを身に着けている。コートの下には黒いブーツが見える。黒く長い髪を下におろしている。まだ幼さの残るふっくらとした可愛い顔である。えくぼまである。
「こら」
 彼女は信吾を見つけると怒った顔で彼を見据えてきた。
「遅いわよ」
「御免、ちょっとね」
「言い訳はいいわよ」
 そう言って彼の話を遮る。
「女の子を待たすなんて駄目よ」
「だから御免て」
「全く。まあちょっとだけだったけれど」
 少し言ったところで機嫌をなおしてくれたようであった。
「それでね」
「うん」
「何処へ行くの?」
 彼女は信吾にこう尋ねてきた。
「私は何処でもいいけれど」
「それじゃあ」
 彼は少し考えてからそれに答えた。
「面白い場所に行く?」
「面白い場所?」
「うん、この近くに大きなゲームセンターがあるんだ」
 彼は言う。
「そこでUFOキャッチャーでもしない?」
「えっ、UFOキャッチャーがあるの」
 美智子はそれを聞いて目を大きくさせてきた。実は彼女はUFOキャッチャーが大好きなのである。信吾もそれは知っていた。機嫌を完全になおす為にそこを出してみたのである。どうやらそれは成功であるようだった。
「それでどうかな」
「ええ、じゃあそこにしましょう」
 美智子は迷うことなくそれに答えてきた。
「早く。そこ何処?」
「うん、この商店街の端」
「ああ、すぐそこなのね」
「あれっ、行ったことないの?」
 UFOキャッチャー好きの彼女にしては以外だと思った。それで思わず尋ねてしまった。
「ええ、そうなの」
「まあはじめてならはじめてでいいよ。結構楽しめるから」
「そうなの」
「だからさ。今から行こうよ」
「わかったわ。それじゃあ」
「うん」
 こうして二人はゲームセンターに向かうことになった。店は三階建てでかなり大きい。何でもある大手のゲーム会社の直営店であるらしいのだ。
 二人を出迎えたのはまずは格闘ゲームであった。廃れてしまったと言われているがまだあることにはあるのだ。
「何か懐かしいゲームがあるわね」
 美智子はその中のゲームの一つを見て言った。
「見てよ、これ」
「まだあったんだ」
 それを見て信吾も同じ感想であった。そこにあったのは彼が小学生の頃にあったゲームだったからだ。ポリゴンの懐かしいゲームである。
「昔これよくやったんだ」
「私も」
 美智子はにこにこと笑ってそう述べた。
「あっ、そうなんだ」
「ええ、結構ね。プレステでもやったし」
「ふうん、じゃあさ」
 女の子らしくないと言えばらしくないが何か面白くもあった。彼はそれを聞いてあることを思いついた。
「一緒にやらない?」
「一緒に?」
「対戦でさ。どうかな」
 彼はそう提案してきた。
「僕このゲームには自信あったんだよね」
「あら、私もよ」
 さらに意外な言葉であった。
「結構ね。やるわよ」
「じゃあ勝負してみるか」
「そうね」
 美智子もそれに乗ってきた。そして早速向かい合って座り対戦となった。
 こちらが選んだのは青い服の忍者であった。犬を連れている。美智子はアイヌの少女だ。白い服が実に可愛らしくこのゲームの人気キャラでもある。お互い結構趣味に走ったキャラクター選びであった。
「いざ尋常に」
 美智子は調子よさげに掛け声を言う。
「勝負ってね」
「よし」
 それを聞いて信吾も気合が入った。
「じゃあ行くよ」
「ええ、何時でもいいわよ」
 何故か彼女は余裕たっぷりであった。信吾はそれを見て心の奥で不愉快なものを感じていた。
 このゲームには自信がある。勝ってみせる。だからこそ相手のそうした態度が癪に障ったのだ。それで一気に攻撃に出ることにした。
 間合いを詰めていく。だが相手の動き速かった。
 すすす、と動き間合いを詰めて攻撃を仕掛けていく。そこから連続技を入れられてあっという間に体力を削られていく。これで流れを掴まれてしまい勝負は彼女の圧勝であった。
「どうかしら」
 勝負が終わった後で美智子はにこやかに声をかけてきた。
「私上手いでしょ」
「完敗だよ」
 美智子の使っているキャラクターの勝利を示す画面を見て残念な顔でそう述べる。
「まさかこんなに呆気無くやられるなんて」
「だって今でもやってるし」
 美智子は言う。
「だからよ。信吾君このゲームは最近やってなかったんじゃないの?」
「まあね」
 憮然とした顔でそれを認めた。
「格闘ゲーム自体殆どやってなかったよ」
「やっぱりね。そうだと思ったわ」
「わかるの?」
「わかるわよ。だって動きが固いから」
 美智子は言う。
「すぐにわかるわ。まあ見てて」
 美智子は瞬く間にコンピューターの相手を倒していく。流れるような動きであった。
「こうしてやっていくから」
「凄いね」
 美智子のその腕を見て思わず唸る。
「やり込んでた時でもそんなにできなかったよ」
「慣れよ慣れ」
 そう言いながらどんどん敵を倒していく。そしてラスボスまで来た。
「そいつ強いよ」
 信吾は言う。この会社のゲームのラスボスはかなり強いので有名であった。このゲームもその例に漏れず胡散臭いまでの強さを誇っているのである。彼は正直美智子がすんなりと勝てるとは思ってはいなかった。
「わかってるわよ」
 だが美智子は平然としたままであった。そして結局はそのラスボスも見る見るうちに倒してしまったのであった。
「どう?」
「いや、これは」
 エンディングの画面を下に話をする。
「凄いなんてものじゃないよ」
 賛辞の言葉が進化していた。
「ここまでやるなんてさ」
「ふふふ」
 そう言われて悪い気はしていないようである。にこりと笑っていた。
「もう一ゲームどう?」
「いや、僕はいいよ」
 何かさらに負けそうなのでそれは断った。これ以上負けたら何か嫌な気分になりそうだったからである。負けて気持ちのいい格闘ゲーマーはそうそういない。
「じゃあ行く?」
「うん、UFOキャッチャーだね」
 信吾はそれに応えた。
「二階にあるよ」
「わかったわ。じゃあ行きましょう」
「そうだね。よかったらさ」
「何?」
「僕が一個プレゼントしてあげるよ、ぬいぐるみでも」
「いいわよ、そんなの」
 だが美智子はその申し出は笑って拒んできた。
「全部自分で取るから」
「そうなの」
「そうよ。見てて」
 自信たっぷりに言っている。
「十個でも二十個でも取るから」
 腕に拳を作って高らかに宣言する。そしてそれで戦場に向かうのであった。
 UFOキャッチャーにコインを入れていざ開戦である。信吾も同じくコインを入れた。そしてぬいぐるみを狙ってハンドを動かしはじめた。こちらは好調であった。
 だがそれに対する美智子の方はと言えば。どうにも調子がおかしいようである。
「あれっ!?」
 ポロリと兎のぬいぐるみを落とす。
「あれ!?」
 今度は熊のぬいぐるみを。どうにも調子がおかしいようである。
「おかしいな。何でだろ」
 全く手に入れられていないのである。それでかなり焦っているようである。
「どうしたんだろ、普段はこんなことないのに」
 そう言って口を尖らせている。
「また。あれぇ!?」
 また落としている。それがどうしてなのか彼女自身にもわかってはいないようである。
「また。何でだろ」
「どうかしたの?」
「うん、ちょっとね」
 信吾に苦い顔で応える。
「ちょっと調子が悪くて」
「そうなんだ」
「まあ大したことはないわよ。けれどね」
 前を向いたまま苦笑いを浮かべていた。
「何か。参っちゃったな」
「運が悪いのかな」
「そうね。こういうこともあるわね」
 自分でもそれを認めていた。嫌々ではあるが。
「けれど」
 その証拠に苦い顔をはっきりと見せてきた。
「これはちょっとねえ」
「やっぱり駄目なの?」
「うん、絶不調かしらね」
 その苦い顔のまま言う。
「今日はちょっと」
 言っている側から落としてしまう。どうにもならないようであった。
「ついてないわ」
「ついてないの」
 信吾はそれに問う。
「ええ。とことんついてないわね」
「さっきの格闘ゲームは上手くいったのに」
「そこで運を使い切っちゃったかしら」
 今度は苦笑いになった。
「そのせいかしらね」
「運なの」
「そうだと思うわ」
 どうやら普段はここまで悪くはないらしい。だからこその言葉であろう。
「そうなの」
 信吾はそれを聞いてあることを思いついた。丁度そこで美智子のコインが終わってキャッチャーが止まってしまった。丁度いいタイミングと言えばそうなる。
「あのさ」
 そのタイミングに入ってきた。
「何?」
「これ」
 そして紫の箱を出してきた。それをそっと彼女の前に出してきたのだ。
「ほら、誕生日だったよね」
「ええ。けれど」
 ここはゲームセンターである。もっとムードのいい場所で渡して欲しいと思ったのだ。
「あの」
 それでそれを言おうとする。だがここで信吾は言った。
「中、開けてみて」
「ここで?」
「うん。ここで」
 彼は言う。
「受け取ってよ。お願いだから」
「ううん」
 首を傾げて眉を顰めさせる。あからさまにいぶかしがる様子をしてみせるがそれでも信吾は勧めてくる。それが執拗でさえあった。
「いいからさ」
「わかったわ。じゃあ」
 渋々ながらその箱を受け取った。そして中を開けると。
「あっ」
 出て来たのは何とインカローズの指輪であった。幸運を招くと言われているあの宝石である。これのことは美智子もよく知っていた。
「あの、信吾君これ」
「うん、たまたまだったんだ」
 信吾はにこやかに笑ってそれに答えた。
「最初はね、何を買おうかと思ったんだ」
「そうだったの」
「それでたまたま買ったんだけれど。今運に見離されてるって言うから」
「私にくれるのよね」
「最初からそのつもりだよ」
 彼は述べた。
「僕だってもっとムードのあるところで渡したかったけれどさ。でも」
 優しい笑みになっていた。
「今運がないっていうからさ。それで」
「そうだったの」
 話を聞くとその心遣いを深く感じた。
「それだったらいいよね」
「ええ」
 その心遣いだけで充分に思った。だが受け取らなければ悪いと感じたので受け取ることにしたのだ。
 指に嵌めてみる。するとその淡い赤がやけに映えて見えた。
「どう?」
「奇麗ね」
 何か普段見るよりもずっとそう感じた。
「何か。見ていて落ち着いてきたわ」
「そうなの」
「ええ。だからね」
 笑顔で信吾に言う。
「すぐにやってみるわ。運を貰ったから」
「うん、やってみて」
 そう言った美智子を後ろで見守ることにした。美智子はすぐにゲームを再開した。
「あのさ」
 ハンドを操りながら信吾に声をかけてきた。
「何?」
「ぬいぐるみ捕まえたらさ」
「うん」
「信吾君にあげるね。今日捕まえた分もこれからのも」
「いいの?それで」
「ええ、それでいいの」
 美智子は言った。
「そんなのでよかったら。お返しに思って」
「うん、それじゃあ」
「見ててね。今から」
 美智子は早速虎のぬいぐるみを捕まえた。そしてそれを信吾に手渡す。今御礼がはじまった。信吾に運をもらった彼女から。


三つのプレゼントの恋   完


                   2006・11・21
 
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