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尼僧

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第十一章


第十一章

「まことに」
「では御主人は」
「はい、不意に倒れまして」
「それでなのですか」
「そうして私は一人になりました」 
 そうなったと。彼女の過去がここで自らの口から話された。
「その中で虚ろな日々を過ごし。そのうちにこの寺に参りまして」
「そう言う過去があったのですか」
「そして今に至ります」
 彼女の過去、そして現在であった。そうしたことがあったのである。
「そうなのです」
「ふむ。それはまた」
「私はこのままここで穏やかに過ごします」
 今度は彼女の願いだった。そうするというのである。
「永遠にです」
「そうされるのですね」
「はい、これからも」
 こんな話をしたのだった。それから二人は毎朝長谷寺の中を進みそうして語り合った。そして昼は友人と共に寺の中を歩いた。そんな一日を何度が過ごしであった。やがて最後の日になったのである。
 二本杉の前でだ。二人は向かい合って話していた。慶祐は自分の前にいる栄真に対して言うのであった。その静かな声で、である。
「ではこれで」
「帰られるのですね」
「はい、今日で京都に帰ります」
 そうするというのである。
「これで」
「そうですか。それではまた」
「縁があればお会いしましょう」
 静かに栄真に対して告げた。
「また」
「はい、それでは」
「お元気で」
 最後にこう言って別れたのだった。それで終わりだった。旅館に帰り最後に友人の酒抜きに付き合って風呂に入ってからであった。荷物をまとめて二人で駅に入った。
 そこから電車に乗りだった。二人は向かい合って席に座った。電車の出発はもうすぐだった。
「何か長いようで」
「ああ、短かったね」
「全くだね」
 こう友人に話す慶祐だった。
「何かあっという間だったし」
「本当だよ。それに」
「それに?」
「寂しいよ」
 こんな言葉も出したのだった。それも自然に、である。
「今はとてもね」
「寂しいのかい」
「何かね。何故かはわからないけれどね」
「長谷寺が気に入ったからかな」
「そうかも知れないね。まあ僕も」
 友人もここで微笑みながら彼に言ってきたのであった。二人は固い四人の席に向かい合って座っている。そのうえで話をしているのである。
「寂しくはあるよ」
「奈良のお酒と別れるからかい」
「ははは、わかるかい?」
 友人は今の彼の言葉に顔を崩して笑うのだった。
「全くね。寂しい限りだよ」
「まあそれはわかるよ」
 それは慶祐も否定はしなかった。
「それもね」
「そうか。それだったら」
「これからはまた京都の酒に戻るよ」
 これが彼の言葉だった。
「そうするよ」
「やれやれ。じゃあ大して変わらないじゃないか」
「変わるよ。奈良の酒と京都の酒は全然違うからね」
「そんなものかね。じゃあそろそろ電車が出るから」
「うん」
 二人の言葉のやり取りが変わった。微妙にであった。
 その途端に電車が動いた。動きはじめたその中で。慶祐はふと呟いたのだった。
「寂しいね」
 長谷寺の方を見ての言葉である。
「どうにもね」
「何か随分離れられないみたいだね」
「どうしてかな。本当にね」
 また言う彼だった。
「どうもね」
 そんなことを言っているとだった。不意に。
 駅に誰かが来た。それは。
「あれは」
「ああ、あの人は」
 彼女に友人も気付いた。その彼女は。
 栄真だった。彼女が駅に来たのである。そうして慶祐の方を見てである。
 微笑んだ。そのうえで頭を下げた。それだけであった。
 しかしそれだけでも。慶祐は心の中にある寂しさが消えたのを感じた。そのうえで長谷寺の駅を離れていく電車の中で。微笑んだのであった。
 満ち足りた顔であった。その顔で電車の中にいて。今は穏やかでいるのだった。
 その彼に対してだ。友人は優しい微笑みで声をかけてきたのだった。
「寂しさは消えたみたいだね」
「そうかな」
「うん、消えてるよ」
 こう彼に告げるのであった。
「充分にね」
「だったらいいけれどね。何かね」
「今度は何だい?」
「新しいこともわかったよ、ここでね」
 電車の中でこうも言うのであった。
「一つね」
「それは何だい?」
「それは内緒さ」
 それが何かは微笑みの中に隠すのであった。
「まあ君も知っているかも知れないけれどね」
「ふうん、僕もかい」
「僕は今知ったよ。それをね」
 そんな話をしてであった。彼は京都に戻るのであった。その自分で知ったその感情に満ち足りたものを感じながら。静かに長谷寺を離れるのであった。


尼僧   完


                2010・1・11
 
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