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無欠の刃

作者:赤面
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下忍編
  禁忌

 私がナルト以外のために生きている?
 私がナルト以外の為に動いている?
 違う、違う、違う。私は、私は、ナルトのために生きて、ナルトの為に死んで、ナルトの為に生まれてきて。
 ナルトの為に、ナルトの為に、ナルトの為だけに!!

 カトナの感情がその瞬間、激流の如く体中を荒らし回り、ばっとカカシの襟首をつかむ。
 身長さ的に、カカシの体が無理矢理下げられ、カトナと目が合わせられる。
 カトナは怒り狂っていた。これ以上ないほどに、これ以外ないほどに。
 そのまま、自分の中に荒れ狂う激情に身を任せるようにして、カトナは怒鳴りつけた。

 「殺したのを躊躇したのだって、ナルトの為に ナルトだけの為に!!」

 そんなカトナを、どこか痛むような目で見たカカシは、落ち着いた声で問い返す。

 「…ほんとうにそうなのか?」

 その言葉に反論しようとして、カトナは次の言葉に色を失った。

 「だから、あの男を殺せなかったんじゃないのか」

 違う。
 反射的にカトナが思ったのは、その二文字だった。
 あの男を殺さなかったのは中忍試験を落第したくないからで、中忍試験に合格しないと、私に向けられる嫌悪は減らなくて、私に嫌悪が向けられるのをナルトが嫌がっているから、私は殺さなかっただけで。
 ナルトの為に、ナルトの為に。
 私の為なんかじゃなく、ナルトの為に。

 ほんとうに?

 ならば、何故、今、自分の手が震えるのだ。
 ならば、何故、今、この時に。

 ぽた、ぽたと。

 涙が、カトナの頬を一筋伝った。

 驚いたように、カトナは掴んでいた手を離し、自分の目元をぬぐった。
 それに対し、カカシも驚愕した様子で、カトナを黙って見つめる。 
 カトナはその視線を無視し、自分の手を見つめる。
 震える手は、一向にとまる兆しを見せない。それはつまりは、自分が今も尚、何かを恐れているという事で。
 それが余計にむかついて、カトナは腹立たしげに自分の手を握りしめた。
 違う、はずだ。
 だって、違わなかったら、私はナルトのために生きれない出来そこないで、欠陥品で、ナルトを守れない、ナルトを傷つけてしまう役立たずだ。
 だったら、私は生きちゃいけない。
 だったら、私は、私は。
 カトナの手がカタカタと更に震えを増し、瞳が揺れる。 
 夢の中のあの人の声が、唐突に、脳裏をよぎる。


 生まれてこなければよかったのに。


 カトナの瞳がこれ以上ないほどに見開かれる。
 幻聴だと、ただの自分が生み出した妄想だと否定しようとしたその耳に、聞こえる筈の何、届くはずのない人間の声が何重にも響いて、脳裏をかき乱す。


 お前なんか。生まれてこなければ。


 「ちがう」
 

 ぽつりと呟いて、カトナは何度も頭を振る。
 あの人はそんなこと言わない。あの人はそんなこと思うわけない。
 でも、本当にそうなのか?
 不安定な部分を覆い隠していた強さが、めきめきとはがれていく。
 カトナが否定してきた感情で、心が鮮やかに染められていく。

 知らないのに、いいきれるの?

 幼子が笑う、声がする。
 自分が目を逸らし続けてきていた感情が、緩やかに芽吹く、音がする。
 

 愕然とした表情でカカシを見つめ返すカトナの顔からは、ありとあらゆる激情がほとばしっていた。
 しかし、その瞳を彩った感情を、正確にカカシは読み取る。
 恐怖。
 自分の弱点に触れられたことか。それとも、ナルトの為だけに生きれない自分であることか。それとも、カカシに…木の葉の里の大人に弱点を晒したことか。
 そこまでは、カカシにもわからないが、目の前の子どもは、カトナは間違いなく怯え、恐れ、震えていた。

 「、あ。ああああああああ、ああああ」

 言葉にならない叫び声を上げ、カトナが両手で頭を抱え、その場に蹲る。
 その脳裏に浮かぶのは、いくつもの人の顔、顔、顔、顔、顔。
 泣きそうになった、弟の顔。
 悔しそうに下を向いた、彼の顔。
 嫌悪感を浮かべる、誰かもわからない顔。
 憎しみに彩られた眼で、こちらの首を絞めてきた人の顔。
 そして、自分を見てため息をつく、ふたりの―両親の顔。
 カトナの中の感情が、爆ぜる。

「ごめっ、ごめんなさっ、ごめんなさい。ごめん、ごめん、ごめんなさっ」
「カトナ!?」

 血相を変えて駆け寄ったカカシにも気づかず、カトナは何度も何度も謝罪を繰り返す。
 その姿はまるで幼子の様で。
 警戒心をむき出しにし、ぼろぼろと涙を流し、カトナは怯える。
 カカシがそんなカトナを落ち着かせようと手を伸ばす。
 それが、カトナの中の彼らに重なる。
 恐怖で喉が凍りつく。
 たったそれだけのことが、自分に伸ばされた手が首を絞め、息が出来なくなっていく感覚に、よく似ているなと、冷静な、忍びとしてのカトナがそう酷評した。
 しかし、幼子は、そんな忍びになりきれない。
 びくりと震え、カトナはカカシの手から逃げるように後ずさろうとするが、力が上手く入らない体では碌に後ずさりも出来ず、しりもちをつく程度にしかならない。
 それでも逃げようと、カトナは頭を抑えていた両手を使い、なんとか後ずさる。
 その姿の、なんと非力で弱弱しいことか。
 思わず、手を伸ばしかけていたカカシを躊躇させる程度には、それはあまりにも可哀そうだった。
 カカシから距離をとろうと後ずさり続けていたカトナの背中が、とんと、壁に当たる。
 逃げ場がないと、カトナの手ががりがりと壁を引っ掻く。
 気が動転したカトナは目の前にいる存在が、誰かわからない。
 ただ、今のカトナにとって、カカシは自分の味方ではなく、里の大人だ。
 カトナの味方はここにはいない。カトナの敵しか、ここにはいない。
 カトナの味方の彼が居ない。
 カトナを助けてくれる彼が居ない。

 「…さすけ」

 見たくないものから目を逸らせないときは、俺がこの両手でお前の目を隠してやるよ。

 「…さすけ」

 聞きたくないものが聞こえる時は、俺がこの両手でお前の耳を塞いでやるよ。

 「…さすけ」

 お前がナルトを守るためにお前自身を犠牲にするなら、俺がそんなお前を守ってやる。
 どんなときでも、俺がお前を支えてやるよ、カトナ。
 

 たす、けて。


 声にならない声が、その場に響いて。
 その瞬間、ばんっとドアが開けられた。

 「カトナ!!」

 カトナがゆっくりと、その方向に振り返り、くしゃくしゃに顔を歪める。
 
 「さすけ」

 必死に手を伸ばしたカトナ以外に見向きもせず、サスケはカトナを抱きしめ、頭を撫でる。
 カトナはたったそれだけの挙動で、安心したように、サスケの服を握りしめ、そして何度も言葉を紡ぐ。

「なると、なるとのために、生きて。私、生きて、生まれて」
「そうだな」
「私、なんて、ナルトいない、と、何の役にも立たなくて、なるとが、なるとが、私にとって、の許しで、」
「ああ、分かってる」
「私、私が悪いって、知ってる。知ってる、けど、けど、わたし、がんばって、なにも、できない、できなくて」
「そうかもな」
「いやだ、やだ、みすてられたくない、やだ、ここ、いたい。おねがい、ゆるし、ごめんなさい、わたしがまんする。それでうまくいく、のに!!」
「知ってる」
「わたし、まもる、まもらなきゃ、やくそく。やぶりたく、ない。きらわれ、いや。こわい、おいてかな、ごめんなさ、がまん、がまんす、するから」

 何度も何度も、要領を得ない言葉を繰り返していたカトナは、ふいに、サスケをその赤い瞳で見つめた。

 「ごめん、さすけごめん、利用して、ごめん」

 今にも泣きだしそうな顔に、その言葉に、サスケは悲しげに微笑んだ後、そっとその手でカトナの頭を撫でる。
 その瞬間、カトナは今までの悲しげな顔を一転させて、嬉しそうに微笑んだ。

 「…眠ってろ、ばか」

 とんと、サスケがカトナの首筋に手刀を叩き込む。
 無防備に晒されていたカトナが、あっさりとそれを受け入れ、かくりと首が落ちる。
 それを慣れた動作で抱きとめたサスケは、カトナを壁にもたれかけさせた後、カカシを睨み付ける。

「てめぇ、カトナに何を言いやがった」
「…お前はナルトの為だけに生きているわけじゃないのか、って」

 素直に答えたのは、サスケが本気で怒っていることがカカシにもわかったからだ。
 それほどまでに、目に見えてサスケの怒り様は凄まじかった。
 彼がこれほどまでに切れた姿など、カカシどころかカトナすら見たことがないかもしれない。
 そう思わせるほどに、彼は怒っていた。ギラギラとした目が、全身でカカシをとらえ、思わず、カカシの体に力が入る。
 サスケもまた、カカシが臨戦態勢に入ったのに気が付いたのだろうが、しかし、ちっと舌打ちだけをし、サスケはじっとカトナを見つめる。
 弱い弱い彼女。
 サスケしか、知る筈がない。
 彼女がどれだけ苦しんで、恐怖と葛藤して、自身を苛んできたのかを、サスケしか知らないだろう。
 それがあだとなった。
 これから先、サスケがカトナの傍に居れる時間は減っていく。カトナを守ることが出来なくなっていく。
 その時、カトナは、サスケがいなければ壊れてしまうだろう。
 守りたいと強く思う。けれど、守りきれなくなるくらいならば、カトナが壊れてしまうくらいならば。
 覚悟を決め、サスケはまっすぐにカカシを睨み付ける。

 「おい、カカシ。俺が言う事を、今から一句も聞き逃すんじゃねぇぞ」

 その言葉に、ただならぬ雰囲気を感じ取ったカカシが頷く。
 その様子を見て、サスケはぽつぽつと語り始めた。
 
 カトナの秘密と禁忌と、そしてその根幹を生み出した言葉を。


 「…うそ、でしょ」

 呆然とした様子で呟いて、サクラは動揺している自分の体を抱きしめる。
 サスケが急に走り出したから、慌てて追いかけたサクラが壁に耳を当てたのは、少しの好奇心と心配からだったが、それは思わぬ事態をうんでいた。
 カトナはただのチームメイトであり、頼れる仲間であり、どんな時でも強く折れず曲がらない忍。
 それが彼女にとってのカトナだ。
 だからこそ、彼女にとって、それは強い衝撃を与えた。

 「カトナが、四代目の子供…?」
 
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