青い冠
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第一章
第一章
青い冠
今よりずっと昔のデンマーク。この国は寒い国だ。
冬は長くとても厳しい。何もかもを雪と氷で覆ってしまう冬があまりにも長いのだ。
しかしそんな国にも春はやって来る。春はどんな寒い国にも存在しているのだ。
デンマークの長い冬が終わり春の日差しが世界を照らす。雪も氷もとけ花々が姿を現わしてきた。
「やっと春だな」
「ああ」
人々は笑顔で言い合う。雪がなくなった草原に出てチーズとワインを楽しむ者もいれば踊りを踊っている者もいる。羊や牛がのどかに草を食べ子供達がその周りではしゃいでいる。そんな楽しい春のはじまりであった。
春は嬉しい季節だ。皆が祝っている。フリッツもその中の一人だった。
野暮ったくて冴えない外見の若者だった。背は大きいがそれだけだ。茶色がかった金髪はやたらと癖が強く青灰色の目はいつもうなだれた感じである。うつむき加減で歩き暗い顔をしている。あまりいい外見の若者ではなかった。
彼は草原に座って一人ビールをちびちびとやっていた。木靴に質素な服。あまりいいとは言えない格好であった。
そんな彼のところに若者達がやって来た。そして朗らかに声をかけてきた。皆彼と同じく木靴に質素な服である。しかしその顔は彼のものとは全く違い実に明るいものであった。
「そこにいたのか、フリッツ」
「うん」
フリッツは静かな声で彼の周りに座った友人達に声をかける。
「向こうに行こうぜ。女の子達は踊ってるよ」
「いや、今はいいよ」
しかし彼はこう言ってその場を動こうとはしない。
「今はこうしてビールを飲んで過ごしたいんだ」
「ビールなら向こうにもあるぜ」
「なあ」
友人達はそう言い合う。
「ビールだけじゃなくてワインもある」
「チーズもソーセージもあるぜ。御前ソーセージ好きじゃないか」
友人のうちの一人がこう言ってきた。
「だからさ。来いよ」
「そうだよ。折角の春なんだからな」
「ううん」
しかしそれでも彼はいい顔をしなかった。暗い顔にさらに気難しさまで加えてきた。
「後で行っていいかな」
「そう言ってまた来ないんだろう?」
「駄目だぜ、そんなのは」
友人達は彼の引っ込み思案は知っていた。だからこう言って無理にでも引っ張ろうとする。
「それにさ。向こうには」
一人が笑みを作って言ってきた。
「マリーネがいるぜ」
「マリーネが」
「そうさ」
フリッツが顔を上げたのを見て心でも顔でも笑みをさらに強くさせた。
「どうだい?御前彼女のことが好きなんだろ?」
「いや、別に」
しかしフリッツはそれを否定した。それでも顔を上げたのは事実だからもう手遅れであった。友人達はここぞとばかりに搦め手で来た。
「いいから来いよ」
「皆で楽しくやればいいじゃないか」
「ううん」
フリッツはまだ難しい顔をしていたがそれでももう陥落寸前であった。実際に彼は陥落した。
「じゃあ」
「あっちだぜ」
「ついて来いよ」
「うん」
ビールを持って友人達について行く。彼等が案内したのは草原の上の方の丘であった。彼はそこに連れて来られたのであった。
「おう、フリッツ連れて来たよ」
そこには村の若者達と娘達が集まっていた。そしてそれぞれ酒や食べ物を楽しみ踊りを踊っていた。そうして春がやって来たことを祝っているのである。
皆笑顔である。その笑顔の中にはフリッツが意識しているあの娘のものもあった。彼はそれをすぐに見つけて心の中で微笑むのであった。
「こんにちは、フリッツ」
その彼女が微笑んできた。マリーネだ。
赤い髪に栗色の瞳をした可愛らしい女の子だ。白く透き通るような肌にまだ幼さの残る顔立ち、彫はそれ程ではないがそれでも整っていた。
背はかなり小さかった。フリッツが大柄なのと比べるとかなり差があった。青と白の服がよく似合っていた。
「うん、マリーネ」
フリッツは彼女に朴訥な声で挨拶をした。
「そこにいたんだ」
「ええ」
マリーネはにこりと笑った。しかしフリッツははにかんで笑うだけであった。
「そうよ」
「フリッツもこっちにいらっしゃいよ」
女の子のうちのそばかすの娘が声をかけてきた。
「あんた達もね」
「ああ、わかったよ」
「実はフリッツを連れて来たんだ」
彼等は口々にこう述べる。
「こいつがさ、ずっと一人でいたから」
「それでね」
「何で一人でいたの?」
「いや、何となくだけれど」
マリーネの問いにそう答える。フリッツは少し俯いていた。
「特に何も思い浮かばなくて」
「そうなの」
「全くよお」
若者のうちの一人がしょうがないなといった顔で彼に対して言ってきた。
「相変わらずだな、そういうところは」
「もうちょっと歌とか踊りとかやってみたらどうだ?」
別の若者も言った。さっき彼をここまで連れて来たうちの一人であった。羽帽子をお洒落に被っている。
「何かいつも野暮ったいんだよな」
「そうそう。大人しいし」
「俺歌も踊りもあまり上手くないから」
フリッツはそれに応えて言った。
「だから。そういうのは」
「まあ仕方ないな」
「それもそうか。御前は御前で得意なところがあるしな」
「ああ」
仲間達に答える。実は彼は大きな身体に似合わず手先が器用だ。それで色々と農具を修理したり何かを作ったりしているのだ。それで村では結構重宝されているのである。
「それでね。フリッツ」
あのそばかすの女の子が彼に声をかけてきた。
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