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雨宿り

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第六章


第六章

「まずはスタートラインに立った」
「ああ」
「はじまったばかりだ」
 次にこのことを強調してきた。
「いいな。豹みたいにだ」
「豹だよな」
「そうさ。気付かれないことだ」
 とにかくこのことを強く確認し合う。
「何があってもだ。わかったな」
「ああ、わかってるさ」
 加藤もまたその言葉に強く返した。
「もうな。じゃあ少しずつな」
「御木本さんの好みとかも調べておけよ」
「好み?」
「蜂捕まえるのには花だろ」
 今度は別の意味で出て来た花だった。
「蜂がどんな花が好きなのかだろ?」
「そうか。じゃあ御木本さんをゲットするにも」
「花だよ。それで教室で本読んでたんだよな」
「ああ」
 一旦この話に戻った。
「どんな本だった?漫画か?」
「小説だったな」
 その時見たことを思い出しながら紅に語った。
「あれは・・・・・・太宰治か」
「太宰か」
 紅は太宰と聞いてまた考える顔になった。そのうえで加藤に対して述べた。
「オーソドックスだな」
「オーソドックスか?」
「ああ、オーソドックスだな」
 こう彼に言うのだった。
「女子高生が読むにはな。文学少女の定番だな」
「そんなものか?あれって男が読むんじゃないのか?」
 加藤は腕を組んで紅に対して述べた。
「あれはよ」
「いや、あれで昔から女子高生が読むんだ」
 紅はそれでも加藤に対して話す。
「それ知らないか?男が読むのは芥川だろ」
「俺どっちも読むぞ」
 加藤は自分のことを基準にして考えているようだった。だからこうしたことを言うのだと紅は内心思った。しかし今はそれは言葉には出さなかった。そのかわり彼の話を聞いた。
「芥川も太宰もな」
「どっちも読むんだな」
「ああ」
 また彼に対して答えた。
「そうだよ。駄目か?」
「いや、この場合はかなりいいな」
 彼は冷静な顔で加藤に述べたのだった。
「それはな」
「いいか」
「御木本さん太宰読んでたからな」
「ああ、そうだな」
 加藤はこれですぐにわかった。勘はいいのだった。
「趣味が合うからな」
「言っただろ?蜂を捕まえるには蜂の好きな花を用意する」
「そうだな。だからか」
「ああ。だから太宰はこの場合いいんだ」
 確かな声で加藤に告げた。
「運がいいな。これで話が一つよくなった」
「太宰なら結構読んだな」
 加藤は会心の顔でまた紅に話した。
「初期から最後の作品までな」
「そうか。じゃあもうかなり知ってるな」
「大抵の代表作なら話せる」
 自信に満ちた言葉だった。
「大抵な」
「人間失格とか斜陽とかもか?」
「そんなの基本だろ?」
 その自信に満ちた言葉で返してきた。
「あと走れメロスとか富嶽百景とかな」
「他はあるか?」
「津軽とかトカトントンとか新ハムレットとかヴィヨンの妻とかだな」
「まあそれだけ読んでたら大丈夫か?」
「他にも色々読んだな。如是我聞とかな」
 末期の太宰の代表作の一つである。当時文壇の長老とされていた志賀直哉への批判である。そこで太宰は芥川への回帰も話している。彼の考えを知るうえでかなり貴重な作品でもある。
「だから大抵読んだからな」
「じゃあ大丈夫だな。まずはそれを掴んだな」
「そうだな」
「で、それでだ」
 勿論話はこれで終わらない。むしろこれからだった。名前を知った時と同じでここからはじまるのだった。
「問題はそれをどう生かすかだけれどな」
「どうする?A組まで行って太宰の本読むとかはないだろ」
「それはあんまりにもわざとらしいな」
 だからそれは問題外と切り捨てる紅だった。
 
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