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その魂に祝福を

作者:玄月
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魔石の時代
第五章
  そして、いくつかの世界の終わり2

 
前書き
総力戦編。あるいは、全力全開編。

 

 


「目を開けてくれ。リブロム」
 それが、自らの血肉を――魂の欠片すら練り込んで作り上げたその魔術書に初めてかけた言葉だった。そして、その時、その瞬間からその魔術書の名はリブロムと――偽典リブロムとなったのだ。
 だが、その魔術書に恩師の名をつけようと初めから考えていた訳ではない。……いや、無意識のうちには考えていたのだろう。その魔術書の作成に着手したのがいつだったのか、明確には覚えていないが……永遠に囚われると言う事の意味を思い知った頃だったのは間違いない。限りなく絶望に近い孤独の中で、思い描いたのは――自分にとっての始まりであったあの魔術書……リブロムの姿だった。あの絶望の中でも、彼がいたから乗り越えられた。それを思えば、この魔術書が『彼』の姿となっていったのは、むしろ必然だったのだろう。永遠という名の檻の中で、自分はただ一つの希望を欲していたのだ。口が悪くて陽気な――そして、クソ真面目なあの魔術書を。
 だが、自分が生み出したその魔術書はリブロムではない。当然だ。リブロムは――ジェフリー・リブロムはもうこの世にはいないのだから。
 世界は変わった。彼らの名前は忘れ去られ、彼らの残した言葉が僅かに伝わるのみ。アヴァロンもサンクチュアリもグリムも、それぞれが在り方を変えている。魔法使い達の生き方そのものもだ。国が生まれ、割れ、飲み込まれ、滅び、また生まれる。時には、魔物に蹂躙される事もある。その都度、文明は衰退する。
 だがそれは、永遠に繰り返されてきた神話ではない。人の歴史が魔物や魔法に翻弄される事はあっても――それはもう、閉ざされた永遠の中で繰り返されるものではない。名もなき人と呪われた魔法使いが演じる終らない悪夢ではない。彼らの生きた証は確実に積み上げられ、未来への道筋となる。今までも、きっとこれからも。……『楔』である自分が『奴ら』に負けない限りは。
 もっとも、何人もの名もなき人が――彼ら彼女らがこの世界に刻み遺した意思が自分を支えている限り、敗北は許されまい。何せジェフリー・リブロムとその相棒達の加護もあるのだから。これで負けたら、彼らに申し訳が立たない。
 だが……いや、だからこそというべきか。どれほど姿形を似せたところで――やはり自分が生み出したその魔術書はあの『リブロム』ではないのだ。だからこそ、それの名は『偽典』リブロムだった。
 その魔術書が本当の意味で生まれてから数百年の年月の間、ずっとそう呼んできた。
 だが、今になって思う。
「我ながら、酷い名前をつけたな」
『ああん?』
 記述と記述の狭間で――束の間戻った正気の中で、思わず呟いた。
「今さらだが……偽りなんて、酷い名前だと思ってな。お前はお前でしかないってのに」
 この魔術書は――大切な相棒は、偽りの存在ではない。そんな当たり前の事に、今さらになって気づいた。だが、
『ハッ! 急に何を言い出すかと思ったら、下らねえ。そんじゃあ、今から名前を変えてみるか?』
 本人は全く気にした様子も無く、笑って見せた。
 別の名前。そんなものは思いつかない。
『名前を替えたら、オレがオレ以外の何かになるとでも思ったか? オレはオマエの生涯の相棒だ。オマエが何と呼ばれるようになろうが、オレが何て呼ばれようが、そんな事は変わらねえ。ただそれだけだ。オレが紛い物かどうかなんて、関係あるかよ』
 それもそうか。自分とこの魔術書が相棒である事は変わらない。今さらお互いに何と言う名前で呼び合おうが、その程度の事で揺らぎはしない。
『それに、多分オマエが思ってるよりオレはこの名前が気に入ってるんだぜ?』
「そうか。そいつは良かった」
 再び意識が衝動に飲まれ始める。この状態が続けば堕ちるのは時間の問題だろう。
 世界の終わりを目前に、お互いに笑いあう。ここから先、少しでも何かが狂えば、自分は世界を滅ぼす不老不死の怪物に成り下がるだろう。だが、その脅威は――考えてみれば、『世界を変えた』あの日からずっと共にあったものだ。
 今さらになって特別視するような事ではない。
『おうよ。……つーわけで、これからも末長く頼むぜ、相棒』
「ああ。お前もな、リブロム」
 いつも通り――遥か昔から、今に至るまで変わぬ軽口を叩き合ってから、再び自分は衝動に飲み込まれた。




『やれやれ。なかなか身持ちが固てえな。まだ直接お相手はしてくれねえらしい』
「……そのようだな。貞淑なのはいいことじゃないか」
 相変わらずの軽口に対して、ため息交じりに頷く。ここまでくれば、いっそふてぶてしさが羨ましい。
『違いねえな。ヒャハハハハハハハッ!』
 というより、柄にもなく軽口に付き合った理由として、それにあやかりたいという思いがあった。世界の終わりなんてものを目前にすれば、さすがにそんな気分にもなる。
「この子たちは?」
「侵入者排除用の自動機械。小型はそこまで強力じゃないけど、大型になると装甲も固くなるから、突破するにしても簡単にはいかない」
 高町なのはの声に、フェイト・テスタロッサが応じる。御神光に聞かれでもすれば、また余計に機嫌を損ねるだろうが……正直に言って、この二人が突入戦に参加してくれるのは非常に助かる。
(数は多い上に時間はないからな)
 無論、目の前の機械人形程度に時間をかける気などない――のだが、だとしても根本的に時間がなかった。エイミィの予測では世界の終わりまでおよそ三〇分。御神光の限界は分からないが、彼を蝕む『魔物』を鎮められたとしても世界が滅んでいては意味がない。結局のところ、世界が終わるまであと三〇分しかない訳だ。
(三〇分もある、と言えるだけの気概があればいいんだが……)
 何となくあの男――御神光なら言いそうだ。ふと思いつき、ついで何となくそれを否定できないような気がしてきてげんなりとする。
「この程度の相手に無駄弾は必要ないよ」
 早速臨戦態勢になった同行者達に向けて――というより、むしろ意味もなく呼び起こしてしまった憂鬱さを振り払うような気分で言った。
『Stinger Snipe』
 掲げたデバイスの先から、複数の魔力光弾を解き放つ。螺旋を描き進む閃光は、機械人形の装甲をやすやすと貫く。別に慢心する訳ではないが――最低限この程度の事が出来なければ、執務官など名乗れない。
『おっと、雑魚相手にゃ滅法強いじゃねえか。もう一回くらい撃てば全滅も夢じゃねえぜ。ヒャハハハハハハハッ!』
「……素直に褒める気がないなら黙っていろ」
 そもそも、この程度の相手にもう一発必要だなどと思われるのは心外だった。
「それに、あまり侮らないでほしいな」
 十数体の機械兵の躯体を貫いた結果魔力が減弱した魔力光弾は、中空で螺旋を描き周囲の魔力を取り込んで再び力を取り戻す。あの男にはことごとく潰されたが、これがこの魔法の本来の姿だった。
「スナイプショット」
 その命に従い、再び魔力光弾が加速する。元々単独行動が多い僕にとって、より少ない魔力で多くの敵を討伐するための技術は必須だと言っていい。この魔法はその最たるものだった。
「もう一発必要だと思うか?」
 再加速した魔力光弾が残り全ての機械人形を貫き消滅するのを見送ってから告げる。
「凄い……」
「あんなにいたのに、一発で全部倒しちゃった……」
 フェイトとなのはの称賛に混ざって、リブロムが言った。
『ハッ、言うだけの事はあるじゃねえか』
「それは光栄だ」
 取りあえず一矢報いる事には成功したのだろう。リブロムの素直な賛辞などと言う珍しいものを聞いて思ったのはそんな事だった。正直に言えば、そう悪い気分ではない。
『そんじゃ、その調子でちゃちゃっとあの魔女のところまでエスコートしてくれよ。世界が滅びちまう前にな』
 ……認めてくれたと思っておく事にしよう。自分に言い聞かせるような気分で呻く。
何となくいいように利用されている気がしてならないが……まぁ、それは初めから覚悟の上か。それにお互い様でもある。そして何より、そんな事にこだわっていられるような時間はすでにない。
「分かっている。行こう」
 なのは達が頷くのを見届けてから走りだす。程なく巨大な扉が行く手を阻むが――
『ま、オレも一働きするとするか、なっと!』
 リブロムの放った火球――フェイトの部屋で御神光が使った魔法だ――があっさりと吹き飛ばした。……別にこだわる訳ではないが、先に僕の魔法が錠があるであろう部分を貫いていたのも決して無関係ではないだろう。ともあれ、余計な時間と余計な魔力を消耗せずに済んだのは助かる。
『おっと、何か妙な空間が広がってるな』
 その先の通路は、複数ヶ所に穴が開いていた。初めからそういう造りだったのか、もうすでに次元断層の影響が出始めているのかは分からないが――しかし、その穴の先に見える『空間』は少々問題だった。
「これは虚数空間と言って、あらゆる魔法が一切発動しなくなる空間だ。くれぐれも落ちないでくれよ。飛行魔法もデリートされるから、落ちたら重力の底まで落下する」
 もっとも、その『底』に何があるか――というより、そもそも『底』があるかどうかを確かめた人間などいない。あくまでもそう言われているだけだ。
『そいつはおっかねえな。……チビ、今度は転ぶんじゃねえぞ』
「転ばないよ!」
 確かにそれはいくらか不安だった。ついこの前も、空き缶に足を取られて見事に転んでいた訳だし。こんな危険地帯はとにかく慎重に通り抜けた方が全員のためだろう。少しだけ走る速度を落とし、後方に注意を払いながら進む。なのは自身が落下すると困るというのは言うに及ばず、リブロムを落とされるのも困る。何せ、その中には御神光もいるのだから。
『クロノ君』
 幸い通路が破損している――あるいは、そういったデザインの――場所は、それほど長距離ではなかった。さらに言えば、何より恐れていたそこでの襲撃もなかった。しっかりした造りの床へと戻った事にホッとしていると、エイミィから通信が入る。
『大変だよ。駆動炉も暴走し始めたみたい』
「無視できない範囲か?」
『うん。というより、多分プレシアさんの持つジュエルシードと共鳴してるんだと思う。このまま放っておいたら三〇分も持たないよ』
 思わず舌打ちしていた。無視して良い状況ではないのは疑いない。こうなると武装局員が全滅しているのが悔やまれる。幸い今のところ死者は出ていないようだが、もう一度突入させられる――実戦に耐えられる状態にある者もいない。撤退中にこの傀儡兵に襲われたせいだが……何であれ、今ここにいる戦力だけで対応しなければならない。
「共鳴しているという事は、駆動炉にもロストロギアが組み込まれているという事か?」
『うん。魔力波形から考えて、ジュエルシードと同型のものだと思う』
 面倒だが、まだ最悪の状況ではない。同型だというなら、対処法も大きく変わりはしない。ため息をついてから、告げる。
「なのは、駆動炉の封印を任せていいか? フェイトは案内してやってくれ」
「分かりました」
 二人の声が綺麗に重なる。仲が良いようで何よりだ。
「リブロム、御神光の調子はどうだ?」
『まだ暴れてるぜ。正気に戻るにはもうちょっと時間がかかるだろうな』
 それなら仕方がない。
「なら、アルフと一緒に二人を守ってくれ。彼女達は本調子じゃないはずだ」
『仕方ねえな』
「っていうか、当然だろ」
 二人の返事に頷き返してから、最後の一人に声をかける。
「ユーノ、お前は悪いが僕についてきてもらうぞ」
 さすがに一人でこの防衛網を突破するのは厳しい。それに、突破する事が目的ではないのだ。その後に高確率で生じるであろうプレシア・テスタロッサとの戦闘を考慮するなら、せめて一人くらいはサポートしてくれる人間がいて欲しい。能力的にも立場的にもユーノを選ぶのが妥当だろう。
「分かってる。地獄の底まで付き合うつもりだよ」
「心配するな。ここの最下層より下まで行く気はない」
 全員で生還するつもりだった。いや、全員を生還させるつもりだった。でなければ、申し訳が立たない。それに、あの世界の住人にこれ以上恨みも買いたくはない。
「この先にある螺旋階段で二手に分かれよう。アタシ達は上、アンタ達は下。分かりやすいだろう?」
「そうだな」
 アルフの言葉に頷くと同時、再び機械人形が襲ってきた。全く煩わしい。適当に蹴散らしながら――というほど楽でもないが、とにかく排除して進む。この程度の相手にいちいち時間などかけていられない。
「あの!」
 程なくして分岐点――つまり、螺旋階段まで辿りついた。上にも下にも大量の機械人形が配備されているのが分かる。強行突破もここからが本番と言う事だ。そんな場所で、フェイトが声をかけてきた。
「あの、その……」
「心配しないでいい。最下層に辿り着いたらちゃんと君を呼ぶよ。だから、それまでは駆動炉の方を頼む」
 フェイトはプレシアに何か伝えたい事があるのだろう。何となくだが、そんな気がした。それを邪魔する気はない。フェイトは一方的に告げられただけなのだから。それに、
「お願いします!」
 深々と頭を下げてから、螺旋階段を上っていくフェイトの背中を見送ってから呻く。
(最期のチャンス、か……)
 多分、それが彼女達が言葉を交わす最後の機会となる。何故なら、御神光を蝕む『魔物』を鎮めるには、プレシア・テスタロッサを殺害するしかないのだから。
(クソッ、何だってこう――)
 何に毒づき、何に怒り、何を呪えばいいのか。その結論はひとまず棚上げにして、僕らは螺旋階段の底へと向かって走りだした。




『……なぁ、嬢ちゃん達よ。オマエらの家の番犬は飼い主にも噛みつくように躾けられてるのか?』
 アタシ達の行く手を遮るように蠢く傀儡兵どもを見て、光の相棒だとかいう本――リブロムとやらが言った。
 そりゃ作ったのがあの鬼婆だからね――とは、さすがに主の手前言葉にする事は出来なかったが。
「まぁ、そんなに複雑な命令に対応できる訳じゃないからね。近づく奴はみんな追っ払えとかそういう大雑把な事しかできないんだよ」
 それでもさすがに敵味方の判別くらいはできるはずだが。けどまぁ、今さらと言えば今さらである。今の状況でなおアタシ達を味方だと思っているなら――それこそ、あの女は心の底から狂っているとしか言いようがない。
『なら仕方ねえ。強引にぶち抜くしかねえが……』
 やれやれと言わんばかりにリブロムはため息をつく。あの光の相棒だけあって、ふてぶてしいまでの余裕だった。
『問題はオマエらだけでそれが出来るかな?』
 にやにや笑いながら、リブロムは言ってくる。確かに光がいてくれれば、この程度は窮地にもならない。そう思わせるだけの実力が、あの男にはある。例え、得体の知れない衝動に囚われていたとしても。
 一方、主や光の妹は、お世辞にも万全の状態とは言えないし、残念ながら――いや、むしろ幸いにしてか?――彼ほどには荒事に慣れ切ってもいない。
(いや、フェイトならいつかきっと光にだって勝てるけどね!)
 誰にともつかない言い訳をしながら、取りあえず最寄りの傀儡兵を殴り飛ばす。とはいえ、いつでもお手軽に倒せるような相手ではない事くらいは百も承知だった。
(緻密な動きが出来る訳じゃないけど、単純な出力で考えるならAクラスの魔導師に匹敵するはずだからね……)
 単純な力比べに持ち込まれでもしたら、数で圧倒的に劣るアタシ達なんて瞬く間に壊滅させられてしまう。光やクロノとかいう執務官のように一撃で確実に破壊できるなら問題にはならないが、そうでないなら――
(スピードで引っ掻き回す!)
 それは狼を素体とするアタシにとっては得意分野だと言えた。群れの統率をかき乱すように跳びこみ、本能が命じるままに蹂躙する。確実に仕留める必要はない。どれほどの牙があろうが、コイツらの本質は哀れな子羊だ。群れからはぐれればそれで終わり。あとはこちらの群れの仲間達が仕留めてくれる。それに、
「アンタらごときお呼びじゃないんだよ!」
 隊列が乱され、棒立ちになった木偶人形に魔力を乗せた拳を叩き付ける。完全に破壊で来たかどうかは分からないが、いちいち確認する気も無い。
 アタシ達の狙いはただ一つ。この先にある駆動炉だけだ。
 そして、アタシの役目は主を無事にあの女の元に辿り着かせる事である。
 それなら、
「黙って――」
 それ以外のものは道端に転がる小石も同然だ。
「這いつくばってなッ!」
 そんなものは、ただ踏みつけ蹴散らせばいい!
『よう、狼の姉ちゃん。今日は随分と良い女じゃねえか!』
 傀儡兵の包囲を突破したなのはに抱かれたままリブロムがご機嫌そうに笑った。
「ハッ、今さら気づいたのかい!」
 このぎょろついた眼は飾りか何からしい。今さら何を言っているのやら。笑いかえすアタシの横を、フェイトがすり抜けていく。
「みんな、急いで!」
 壁に手を触れさせながら、フェイトが叫ぶ。いや、違う。主が触れているのは壁ではなくて――
「行くよ、なのは!」
「はい!」
 アタシ達が加速すると同時、フェイトは力いっぱいに『それ』を押した。ゴゥン――という鈍い音と共に、分厚い防火扉が等間隔に何枚か降りてくる。それがある事は知っていたが――実を言うとアタシは……多分フェイトも実際に稼働するのを見るのは初めてだった。時間稼ぎとしては上等だが……これは、別の意味でちょっとマズい。
(思ったより早い!)
 反射的に光の妹に腕を伸ばしていた。
「タイミングを合わせな!」
 言うが早いか、そのまま力いっぱい放り投げる。この子は、単純なスピードで言えばフェイトやアタシに劣っている。多少後押ししてやらなければ間に合うまい。
「きゃあああああっ!?」
 悲鳴を上げながら――それでも何とかバランスを保ち、なのはは分厚い最後の扉を掻い潜る。さて、アタシも急いだ方がいいだろう。人の面倒を見たせいで自分が取り残されるなんて間抜けすぎる。
「アルフ! 急いで!」
 もうフェイトのお腹辺りまでしか隙間がない。地面を舐められそうなくらいに姿勢を低くし、さらに加速する。そして、そのままの勢いでスライディング。僅かな隙間を縫うようにして文字通り滑り込んだ。
「やれやれ。この扉って、思ったより閉まるのが早いんだねぇ」
 もう少し遅ければ、分厚い扉に挟まれ上半身と下半身が泣き別れになっていたかもしれない。何となくむずむずするお腹辺りを撫でながら呟く。ついでに、扉にぶつけた胸がちょっと痛い。
「うん。……ごめんね、みんな。大丈夫だった?」
「大丈夫だよ。……ちょっと驚いたけどね」
『ああ。このチビが落としそうになった時はさすがに焦ったが……まぁ、時間稼ぎとしちゃ上等だな。ヒャハハハハハハッ!』
 まぁ、所詮は一時的なものなのだが。取りあえず、軽く息を整える暇くらいはもぎ取れたはずだ。そこで一分ほどの休憩を取ってから、再びアタシ達は走り出す。駆動炉なんてのは所詮折り返し地点に過ぎない。
 そんなところでいちいち時間をかけている暇など、アタシ達にはないのだ。




(さて、そろそろね……)
 決戦の地である時の庭園にあって、戦場からは離れたその場所で声にせず呟く。
 クロノ達はすでに戦闘を開始している。さらに幸いな事に、駆動炉にもロストロギアが使用されている事から、部隊は二つに分かれている。つまり、戦場が二つに分かれたという事だ。時の庭園の至る所に傀儡兵の展開は確認されているが、その数は所詮有限だ。そして、彼ら――クロノやユーノ、なのはやフェイト達を相手に時間を稼ごうというなら、総力戦は避けられない。だが、どうせ向こうは消耗など気にもしないだろう。何せ、プレシア・テスタロッサはあとたった三〇分守り切ればいいだけなのだから。
 だからこそ、そこにこちらが斬り込む隙がある。
『艦長。お気をつけて』
「ええ。準備の方、急いでね」
『了解』
 その通信を最後に、その場から動きだす。目的地は戦場だが、目的は突入ではない。むしろ潜入というべきだろう。戦闘の混乱に乗じて、最深部へと侵入する。先に突入した武装局員達が文字通り命がけで持ち帰ってくれた各種の情報を元に、クロノやなのは達を囮にして、だ。だからこそ、
(それに見合うだけの働きはするわよ)
 慎重に、しかし迅速に。最深部――プレシア・テスタロッサの元へと向かう。
 とはいえ、
(私はあくまで状況の一つに過ぎない)
 私に万が一の事があった場合、エイミィに指揮官を代行するように命じてある。もっとも、誰が指揮を取ったところで、私達が失敗した時点でアースラに残された戦力で事態を収拾する事は不可能になるが――失敗したのが私だけなら、まだ可能性は残る。
「プレシア・テスタロッサ、終わりですよ」
 幸い、最深部への侵入は成功した。そこで、八つのジュエルシードを従えたプレシア・テスタロッサと対峙する。今さら言うまでも無い事だが、相手は大魔導師とまで称された稀代の魔導師である。その彼女が、たった一つでも小規模次元震を発生させるロストロギアを八つも従えているのだ。おおよそ考えられる限り最悪の状況の一つである。
「あら……。前線に飛び出して来れる様な骨のある指揮官がまだ管理局にいたのね」
 プレシアの反応は落ち着いたものだった。それも当然だろう。今の彼女であれば、私を始末する事くらい造作も無いはずだ。それも、単純な出力の差でねじ伏せられる。そんな事は分かっている。
≪エイミィ、お願い!≫
 どれだけ楽観視したところで――どれだけ都合のいい条件だけに目を向けたところで、
私の魔力では全く勝ち目などない。だが、それがどうした。
≪了解です!≫
 足りない部分は外から補えばいい。そう……。例えば、アースラに搭載された動力炉などから、だ。
 一個人の身体に収まりきらない魔力が身体から溢れだす。だが、無駄に霧散させる気などない。それは私の制御下で、羽となって背中に広がる。これは、私自身が編み出した独自の手法。おそらく、目の前の大魔導師とて知りえない、私だけの魔法。
 ただし、これはあくまで補助に過ぎない。本命は別だ。
≪ディストーションシールド展開を確認≫
 必要な魔力を確保した事で、ようやく目的の魔法が発動する。軋みを上げていた世界がほんの僅かに平静を取り戻した。それを認め、プレシアが舌打ちする。
「次元震は私が抑えます。それに――」
 アルハザード。その名前は、魔導師なら誰もが知っている。いや、魔導師ではない子どもでも知っているだろう。それくらいに有名だった。
「全ての秘術が眠る、忘れられた都アルハザード。そんなものは、存在するかも曖昧なただの伝説です」
 それは、よくある伝説として有名だった。どこの次元世界でも語られる理想郷、失われた超古代都市――そういった類の伝説である。そのはずだった。
「いいえ、アルハザードは確かに存在するわ」
 だが、プレシア・テスタロッサは断言した。しかし狂気は見られない。むしろそれは、冷静な科学者としての顔だった。
「時間と空間が砕かれたその先に、忘れられた都は確かに存在している。貴方にだって分かるはずよ。すでに『門』は開かれつつあるのだから」
 彼女には確信があるのだ。ゾッとしながらも、それを認めた。認めざるを得なかった。
(何、この感覚……)
 生じつつある次元断層から――プレシア・テスタロッサが開きつつある『門』の向こう側から、得体の知れない何かがこちらを見ている。それが分かった。
(でも、これは……ッ!)
 それが伝説のアルハザードかどうかはともかく、世界が引き裂かれた先には膨大な力を秘めた何かが存在している。だが、私にはどうしてもそれが彼女の願いを叶えてくれるような代物だとは思えなかった。これは、人にとって決して救いになどならない。
 むしろ、その『何か』は、彼女に振りかかった悲劇を見て、ほくそ笑んでいるかのようにも思えた。
「私は、私とアリシアの全てを取り戻す。こんなはずじゃなかった世界の全てを」
 プレシアの魔力が跳ねあがった。ディストーションシールドが押し返される。いや、違う。これはもはや喰い破られていると言っていい。
(いくらロストロギアを従えてるからって……ッ!)
 それほどに、彼女の魔力は――彼女に流れ込むその『力』は異質だった。このままでは、最悪の予定よりもさらに早くディストーションシールドの限界が訪れてしまう。それでは意味がない。
≪出力を上げて!≫
≪ですが、艦長。それ以上の負荷は――!≫
≪いいから、早く!≫
 アースラから供給される魔力が許容量の限界を超える。身体中が悲鳴を上げたが――構わない。どの道こんな状態を長時間続けるような事になった時点で、私達の敗北は決定するのだから。
≪ダメです、次元震止まりません! 次元断層発生まであと一五分!≫
 口の中に血の味が広がった。頭痛が酷い。身体中が軋む。こんな様であと一五分、私自身の身体が持つかどうか。だが、力尽きたとしても構わない。
(早く来なさい、クロノ。それに、光君。早く来ないと、世界が滅びるわよ……)
 あくまでも主力はクロノ――ひいてはあの子が連れてくるであろう光であり、私はただの時間稼ぎでしかない。だから、時間稼ぎは時間稼ぎに徹すればいいのだ。プレシア・テスタロッサは次元断層を発生させる事を望んでいるが、その一方で間違っても暴走させる訳にはいかない。当然だ。世界を引き裂く力が暴走などした日には、真っ先に引き裂かれるのは彼女自身なのだから。だから、攻撃なんて余計な事をしている暇はないはずだった。つまり、
「世界はいつだってこんなはずじゃない事ばっかりだよ! ずっと昔から、いつだって、誰だってそうだ!」
 瓦礫を突き破って、クロノが突入してきた。ユーノの姿もある。だが、光の――リブロムの姿は見られない。
(一体どこへ?)
 いや、どこへも何もないか。なのは達の方に同行しているのだろう。心配なのは分かるが、今はこちらを優先してほしかったが――ともあれ、これで勝敗は決した。クロノとユーノを捌きながら今までのようにジュエルシードを制御するのは、さすがのプレシアにも不可能だろう。だから、私はその間に次元震を抑え込めばいい。
 ……そのはずだった。




 駆動炉案であと、数十メートルまで迫った頃の事だ。
「まぁ、そりゃそーだよねぇ。こんな状況だし」
『だな。つーか、別にこんな状況じゃなくたってこーいう場所はしっかり守っとくもんなんじゃねえのか?』
「うん。こんなところで電気とかガスとか止まっちゃったら大変なの」
『……ここの動力って電気とかガスなのか?』
 そんなやり取りはともかく――確かにこの場所は時の庭園でも、最も守りが固い場所だった。というより、昔から母さんは私をここに近づけようとはしなかった。それは、変わってしまっても――いや、おそらく私が出来損ないだと理解してからも。その理由は……今は身勝手な想像でしかできないけれど。
「でも、アレを倒せば駆動炉まであと少しだよ」
 目前に立ちはだかるのは、超大型の傀儡兵。斧を持った大型の傀儡兵よりさらに一回りは大きく、その背中には巨大な魔導砲が二つも備えられている。さらに、
「けど、アイツはデカイだけあって今までの奴よりバリアも強力だよ」
『ああ。ついでに言えば、この状況で撃ち合いになるのは避けてえところだな。へばったところを他の雑魚どもに群がられると厄介だ』
 確かに。お世辞にも万全とは言えない今の状況で、あのバリアを撃ち抜くのはかなりの大仕事だ。さらに言えば、消耗したところを他の傀儡兵に囲まれればまず勝ち目はない。
(フォトンランサー・ファランクスシフト……もう一度使える?)
 あれなら周りの傀儡兵も巻き込めるが……今の私にあの魔法が使えるかと言われると難しい。それでも魔力を使い切る覚悟があるなら、撃てない事はない。ただし、撃ってしまえば、私が母さんのところに行くのはほぼ絶望的になるだろう。
「大丈夫。私達ならできるよ。ね?」
 知らずバルディッシュを必要以上に固く握りしめていた私の手に触れながら、光の妹さんは、そう言って笑った。身体から余計な力が抜けていく。
「そう、だよね。二人でならきっと」
「うん!」
 肩を並べ、お互いのデバイスを構える。ただそれだけで、場違いなくらいの万能感を覚えた。私達はきっと負けないのだと、そう思えた。
「バルディッシュ、行くよ!」
「レイジングハート、お願い!」
 私達の魔力が高まっていく。それを知覚して、傀儡兵達も動き出す。だけど、私達は二人だけじゃない。
「やらせるかい!」
 アルフのチェーンバインドが超大型の傀儡兵に絡みつき、強引に体勢を崩す。とはいえ、さすがのアルフでも傀儡兵と単純な力比べでは分が悪い。そう何秒も持たないだろう。そして、動きを止めた彼女に他の傀儡兵が殺到する。
「おっと、モテる女は辛いねえ!」
『違いねえな。ヒャハハハハハハハハッ!』
 リブロムの笑い声に獣の咆哮が混ざり――それは衝撃波となって、アルフに殺到していた傀儡兵を纏めて吹き飛ばした。
「行くよ、フェイトちゃん!」
「任せて、なのは!」
 魔力は充分。この魔法は必ず傀儡兵のバリアを撃ち抜く。
「ディバイン――」
「サンダー――」
 その確信と共に、魔法を解き放つ。
「バスター!」
「スマッシャー!」
 放たれた砲撃魔法は、ほんの一瞬だけバリアに食い止められる。だが、あの程度のバリアなんて今さら大した問題じゃない。必ず撃ち抜ける。砲撃に、さらに魔力を注ぎ込む。
「―――!?」
 物言わぬ傀儡兵が悲鳴を上げたような気がした――が、実際はバリアが砕ける音だったのだろう。それを最後に、全くの抵抗なく砲撃は目標を貫通した。
『おいおい。オマエら、オレ達が今訳の分からねえ空間にいるって事を忘れてねえか? 壁に穴なんぞ開けやがって……空気とか無くなったらどうする気だ』
 大穴があいた壁を見やり、リブロムが呻く。えっと、多分ここからならまだ外壁まで届いていないと思うけど……。
(あれ? でもちょっと危ない?)
 何となく外壁まで届いてしまった――というか、うっかり撃ち抜いてしまったような気もするけれど。
「ま、まぁ取りあえずささっと駆動炉を止めちまおうよ」
「そ、そうだね。急ごう……その、いろんな意味で」
 何となく次元断層とは別の危機感を覚え、私達は素早くエレベータに乗りこむ。
『つーか、今さらなんだが、駆動炉止めちまって平気なのか? 酸素の循環とか何とか色々問題が出そうな気がするんだけどよ』
「えっと、これはあくまでメインの駆動炉だから。生命維持に関係するシステムは予備の駆動炉が最低限確保してくれる……はずだよ?」
 確か昔、リニスがそう言っていたはず。今まで本当に駆動炉が止まったことなんてないから、ちょっと自信がないけど。
「まぁ、あれだよ。どうせそんなに長居する気はないんだ。ちゃちゃっと止めて、ちゃちゃっと終わりにしようじゃないか」
『ま、それが妥当か』
 リブロムが呟くと同時、エレベータが止まる。駆動炉はもう目前だった。そして、ここまでくればもう傀儡兵もいないはずだ。こんなところで戦えば、それこそ駆動炉が壊れかねないのだから。
『おい、チビ。さっさと封印しちまいな』
「うん!」
 光の妹さんが駆動炉に向かって舞い上がる。それと同時、アースラから連絡が入った。
『みんな急いで! あと五分くらいで次元断層が発生しちゃう!』
 そのオペレーターの声を肯定するように、時の庭園が大きく揺れた。
『あのガキどもは何やってんだ?』
『クロノ君とユーノ君だけじゃプレシアさんは止められないみたい!』
 悲鳴のように彼女は言った。クロノ達はすでに母さんの所に辿り着いているらしい。とはいえ、まだ決着がついていないようだ――と、つい安堵を覚えそうになった。
『ったく、仕方ねえな……。まぁ、いいか。そろそろ相棒も正気に戻りそうだしよ』
 これが最後のチャンスだがな――と、リブロムは小さく呟いてから、私達に言った。
『つー訳で、オレ達も急ぐぞ。オマエらさっさとこの狼の姉ちゃんに抱き付け』
 言うが早いか、リブロムはアルフの腕の中に舞い上がる。
『早くしろよ』
 理由は分からないものの、促された私達はアルフに抱き付く事にした。まぁ、アルフはアルフで良く分からないらしくきょとんとした顔をしていたけれど。
『よっしゃ、行くぜ!』
 リブロムの声と同時、突然床が抜けた。――少なくとも、その瞬間はそう思った。
「にゃあああああああああああッ!?」
「何これ何これどーなってんのさ!?」
『コイツは本来地面に潜り込んで攻撃を回避したり不意打ちしたりするための魔法だ。だが、使い方次第じゃこーいう事も出来るんだよ』
 床を無視して一直線に最下層に向かっているらしい。凄い早さだった。こんな時だけど、ちょっと楽しい。だけど、そんな気分もほんの一瞬の事だった。
『構えろよ。そろそろ最下層だ』
 リブロムが言うが早いか、私達は最後の床を突き抜けて最下層に降り立つ。そこには、ボロボロになったクロノとユーノ、同じく消耗しきったリンディ。そして、
「さぁ。『門』が開くわ。これで、私の願いは叶う!」
 奇妙な魔法に取り憑かれた母さんの姿があった。
「ダメ! 母さん、やめて!」
 思わず叫んでいた。ジュエルシードが開いた『門』の向こう側から、得体の知れない力が伝わってくる。確かに、その力ならアリシアを蘇らせる事が出来るのかもしれない。でもダメだ。その力に頼ったら、母さんも姉さんもきっと不幸になる。そんな事は絶対にさせない。なりふりなんて構っていられなかった。強引にジュエルシードを封印しようとする。無茶は承知だ。私の身体が耐えられなくてもいい。
『臨界点突破! 次元断層が――!』
「人形が邪魔をするな!」
 それ以前に、母さんの魔法で焼き尽くされるかもしれない。でも。それでも、
「あなたは私が守ります。私があなたの娘だからじゃない。あなたが私の母さんだから」

  ――世界が終わるとしても、伝えたい想いがある



「ダメ! そんなの無茶だよ!」
 ジュエルシードを強引に封印しようとするあの子に向かって叫ぶ。彼女が封印しようとしているジュエルシードは暴走している訳ではない。今も彼女のお母さんが使っているのだ。そんな状態では封印なんてできる訳がない。それくらいの事は、素人の私にも分かっていた。きっと、あの子の方がよく分かっているはずだ。それがどれほど危険な事なのかを。それでもやらずにはいられないのだ。けれど、それでも。
「ごめんなさい!」
 誰に向けてとも分からないまま叫び、レイジングハートを構える。プレシアを止められれば、世界とあの子を救う事だけは出来るはずだ。それ以上の事を考え、迷ってしまう前に魔法を解き放つ。確かに身体は疲れている。もう魔力も少ない。けれど、迷ってはいないはずだった。だから、それは今の私に撃てる最高の魔法だった。それでも、
「そんな――ッ!」
 プレシアに届く遥か手前で、その閃光は歪んで霧散していく。彼女が何かしたようには思えなかった。多分、ジュエルシードから溢れ出る魔力が私の魔力をかき消してしまったのだろう。それほどの暴走を、あの子は一人で抑え込もうとしている。その結末がどうなるのか、嫌でも分かってしまう。でも、どうすればいいのか。
(このままじゃ――)
 誰も、何も助けられない。今までしてきた事全てが無駄になる瞬間を前に胸を貫かれる様な、身体の全てを押し潰される様な――そんな、重く暗い衝撃を覚える。その衝撃に名前をつけてしまう前に、誰かが言った。
≪目を逸らすな≫
 叫んだ訳ではない。けれど、力強い声だった。
≪オマエの願いは間違っちゃいない。だから、簡単に諦めるな≫
(諦めたくなんてない。でも、私にはもう――!)
 泣いてしまいそうだった。泣きだしそうだった。悔しくて悔しくて涙も出ない。何で、何で私はこんなに弱いの?
≪バカ言うな。オマエの想いがここまで希望を繋いできたんだ。だから、まだ世界は終わらない。何も終わったりはしない≫
 私が何を繋いだの?――結局私はずっと光の背中を追っていただけだ。追いつく事も出来ない。私だけじゃ何もできない。
≪オイオイ、忘れちまったのか?≫
 その誰かはにやりと笑った。その笑みに応えるように、リブロムから――そのページの隙間から光が零れ出る。
『やれやれ。ようやく真打ち登場だぜ』
 リブロムが大きく開く。その光の中から、最初に浮かび上がったのは八つの宝石だった。青白く柔らかな輝きを放つジュエルシード。それからこぼれ出す光は、引き裂かれそうなあの子を――そして世界を静かに包み込む。その光の中で、あの子の身体から力が抜けるのが分かった。慌てて傍まで飛ぶ。
「しっかりして!」
「私は大丈夫……。それより、母さん達は?」
 抱きしめ呼びかけると、彼女は弱々しく――それでもはっきりと言った。ああ、良かった。思わず涙がこぼれた。慌ててそれをぬぐう。
「もう大丈夫だよ。ほら!」
 私がそこを指差す前に、こんな声が聞こえる。
≪足りねえ分はウチのバカ弟子がどうにかするって言っただろう?≫
 ああ、そうだ。まだ何も終わっていない。
「やれやれ。お前は本当に無茶をするな」
 呆れたように。怒ったように。それでも、よく頑張ったなと言うように。八つのジュエルシードを従えて戻ってきた光はそんな事を言った。

 
 

 
後書き
一日遅れですが今週も何とか更新できました。
完結まで残り四話となりました。この調子なら年内に何とか完結させられそうです。
今回はリンディさんまで参戦した総力戦となっています。そして、次回はいよいよ決戦となります。……さて、どうなることやら。
それでは、また来週更新できる事を祈って。

2014年12月15日:誤字修正 
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